閑話 アストリア、戦う
さらっと書いてた進軍とか戦闘シーンにこれだけの裏があったのですよ。
わたしの名はアストリア。内戦が始まってしまった。殿がいきなり辺境伯に叙任され、クーデターを起こしたバルデン伯の討伐を命じられた。殿自身はアルフェンス伯が総大将でと算段しており、やべえ、なんも考えてないとやや顔色を悪くしていた。以前より行商などで街道や集落などの情報を得ていた。商業路はそのまま軍事転用できる。シャイロックからあげられた情報で殿は息を吹き返した。進軍ルートの選定や、補給体制の構築。それにより会戦の可能性がある戦場の確認など、シャイロックの巡らせた商業ルートから上がった情報は万金に優る価値をもたらしたのである。
さて、殿とともに地図をにらむ。殿とともに騎士学校を出た幕僚たちもいるが、そもそも小部隊の指揮しか経験がない。とするとわたしの経歴が生きてくる。曲りなりに1000以上の軍を指揮した経験があるのはラーハルト家では私だけなのだ。そして殿は采を預けるとまで言ってくださった。軍の編制や指揮など、自分の知識をもって殿に進言を行う。もともと戦略的な視野を持ち合わせている方である。一を聞いて十を知る殿に対し、私の助言できる点はあっという間に少なくなってしまった。敵の内情に詳しいレイリア殿が出撃してくる敵指揮官や兵力などの情報を地図に書き込んでゆく。
「こちらの東部諸侯に隣接する中部諸侯たちですが、バルデン伯の影響力化にあると思われます。子爵家がひとつ、男爵家が3つ、合わせて3000ほどの手勢を差し向けてくるでしょう。会敵予想地点は、このあたりかと」
「やや起伏のある平野部だな。場合によっては伏兵も想定して戦わないといかんか」
「普通はそうなんですが…貴族至上主義と権威主義に凝り固まってるお馬鹿さんと言ってピンときますかしら?」
レイリア嬢のセリフに殿をはじめ幕僚たちはややぽかんとしている。シャイロック卿は苦笑を浮かべている。そしてわたしは、元故国の豚のような貴族どもを思い浮かべていた。
「アストリア卿、お心当たりがありそうですわね」
「ああ、そうですな。奴らは中央に近いほど偉いと思い込んでいる。そういう権威は万物すべてに適用されると思い込んでいて、自分たちの威光(笑)にあてられて敵はいきなり崩れるとでも思っているんでしょうなあ」
どうも私が毒を吐いたことが珍しかったのか殿もややぽかんとしている。シャイロック卿はニヤリとした笑みをこちらに向けている。彼とは良い友になれそうだ。カイル卿は何となく想像できたのか笑いをこらえているようだった。
「となれば、下手に緻密な戦術は不要だな。無用な侮りは不要だが、まあ、会敵した時点で敵の質もわかるだろう。方針を決めて後は敵に合わせて臨機応変にだな」
「殿、行き当たりばったりといいませんか?」
「アストリア卿。まあ、私が知っているものが出てきて、お目付け役もいなかったら、おそらくバルデン伯配力偵察とでも思っているでしょうね」
「なるほど、承知した。なれど、油断は禁物とあえて言わせていただこう」
「それはおっしゃる通りですね」
当家の軍議は終わった。そのまま参謀として諸侯軍の軍議が執り行われる。まずは当家の手勢のみで緒戦を戦う。その後アルフェンス軍、オルレアン軍と順次合流する。そもそもうちが一番兵力が少ないのである。兵站はシャイロックが3家分を準備しているが、兵の招集と編成などで時間がかかる。まあ当然だ。しかし1000あまりの兵で3000の兵力に挑むなどある意味正気の沙汰ではない。ただ勝算は十分にあった。殿の人外レベルの武勇である。どんな緻密な戦術も策略も盤ごとひっくり返す力を持つ。後は、風王の塔で手に入れた俯瞰のスキルが大きい。使い魔を放って視界を同調できると聞いたときはいろいろな常識が崩壊した。ゲシュタルト的な何かが。
行軍は順調だった、シャイロック卿の働きは実に見事だった。おかげで士気低下もなく、兵たちが戦うことに専念できている。行軍速度も速く、会敵地点の予測を西にずらした意図はこれかと感じ入ることしきりだった。敵は常識的な行軍速度で会敵を予測している。そこに敵の予測を上回る速度で接近することにより、ただそれだけで奇襲となる。ふつうならば・・・だったが。
問題は敵が無能すぎた。会敵した時点でいきなり部隊を分けて包囲を試みてきた。むろんお互い視界に入っている。完全に丸見えの状態で部隊を分け、丸見えの状態で移動していった。こちらが動かない藁人形ならばそれでよいが、当然こちらも敵を破ろうとしている。殿の戦術はある意味常識的で、別の意味では非常識な代物だった。
「わが全力をもって敵の分力を討つ」
「殿、その言葉は?」
言いたいことはわかるが、初めて聞く言葉である。
「ナガマサに借りた兵法書だが、なかなか面白かったぞ」
「ほほう、して、どのような意味ですか?」
「敵は間抜けにも部隊を分けてきた。そのままぶつかれば有利だったはずにもかかわらずだ。ただ勝ったのでは面白くないとでも考えているんだろう。その油断を突く」
「ということは出撃ですか」
「高所に陣を作ったのはこちらが守りを固めて援軍を待つと誤認させるためだ。敵は見事に引っかかって陣を包囲しようと企図してきた。だがまあ、こちらが動かないっていう理由もないよな」
「全くですな。こちらの全力の多数をもって、分散した敵を各個撃破ですか」
「そういうことだ。この陣はシャイロックの部隊を入れる。まあ、彼らが交戦するようではうちの負けだが」
「そうはならぬと?」
「ふむ、まあ、そうさせないように動くさ。臨機応変にな」
「ははっ!」
これじゃどっちが軍師だかわからんなとぼやきつつ、自分の部隊に戻る。オルレアン伯に頼み込んで買い付けた軍馬。虎の子の騎兵20も出撃だ。殿に従い移動する。俯瞰スキルのおかげもあって、見事敵の側面を突くことに成功する。本来前線で剣を振るうところだが、殿の隣にあって采を振るう。はずだったが、敵側面に奇襲が成功したという状況のため、かかれの一言ですべてが済んでしまう。もう1部隊への攻撃も同様で、最後に敵本体への夜襲が成功した。これも区々たる戦術というものではなく、攻撃イコール蹂躙であり、軍の駆け引きというレベルを超え、戦闘に至る前の戦術、さらに広範の戦略レベルで勝負がついていたのである。敵の予測を上回ってこちらに有利な戦場で会敵したこと、敵をこちらの望むように誘導したこと、ここまでおぜん立てが整っていれば士官学校を出たての新米でも勝てる。将の将たる器であると感じた。わたしとは見ている視野が違うと思い知らされたのである。
アルフェンス勢と合流した。こちらもシャイロック殿の手引きで行軍速度が向上したことで、補給や兵站の体制を見直すと感じ入っていた。器の大きな御仁だ。
オルレアン軍の合流がやや遅れている。斥候と俯瞰スキルでの確認で、バルデン軍に発見され追走されている。後方にくっつかれているので、停止は言うに及ばず、反転しようとすれば後背に食らいつかれる。進軍方向と位置が正確にわかっているので、あらかじめ兵を配置した。わたしは殿に付き従い自分の手勢から騎兵を引っ張り出して付き従う。手勢はエスゲイに預け、殿の指示を叩き込んできた。敵の足が止まったら後背を突けと。
前方から土煙が見える。オルレアン勢がこちらに向かって駆けてくる。殿率いる騎兵がオルレアン勢とすれ違いざま合図をした。オルレアン勢と交差して、そのまま敵の側面に突撃を敢行する。さすがに突破まではできなかったが敵の足が止まる。そこに敵の前方から歩兵中心の部隊が攻勢をかける。動きの止まった騎兵は格好の弓兵の的である。長槍兵が槍衾で動きを止め、弓兵が矢の雨を降らせる。殿率いる騎兵がさらに波状攻撃をかける。そして我がフリーデン兵が敵の背後に回り込んで奇襲に成功した。半包囲に成功してはいるが突破を阻むほど分厚い陣容ではない。敵将が落ち着いて戦力を集中して突破を図れば可能だろう。そこにオルレアン騎兵が反転して戻ってこなければ。ミリアム嬢率いるオルレアンの最精鋭騎兵が中央突破に成功し、敵陣は崩壊した。というか最後のとどめは殿の一騎駆けだったらしい。指揮官は伯の長子が執っていたらしいが真っ先に逃亡したらしい。こうして遭遇戦も何とか乗り切り合流した我々はグラナダ要塞の攻略に挑むこととなったのである。
この閑話たちをあとから本編の合間に挟むべきか・・・話数というか構成が変わると混乱をきたすのか?
次回で、王都解放までを書いてアストリア視点は終了の予定です。そっからは本編に戻ります、今度こそ。