閑話 商人、これからも働く
戦闘は前線だけで起きてるわけじゃない。ゲリラの奇襲は弱いところに行われるんだ。
私の名はシャイロック。グラナダ要塞を抜き、わが軍は王都に向け進軍を開始するところだ。兵力は膨れ上がり、王都にこもった軍の数を超えている。前途は明るいように見えるが、ここからが正念場だと考えていた。なにしろ補給線は本拠からは伸び切り、グラナダから先は小領主が納める猫額の地が多い。ゲリラ戦に出られたら非常に厄介なのだ。大軍の泣き所は補給だ。輜重隊を攻撃される危険度はこれから飛躍的に跳ね上がることだろう。
近衛兵団は1個大隊ごとで、南北に分かれて進撃することとなった。物資は最低限で各兵が持つ腰兵糧のみとなるが、進軍速度が上がることが利点だ。中央は東部諸侯軍が進む。敵対しない諸侯からは物資を買い上げる。敵対した諸侯は攻め滅ぼす。とりあえず3つほど居館を攻め落としたら、敵対する者はいなくなった。ただ後方で蠢動する可能性があったので、それを防ぐために余剰物資を買い上げて軍事行動をしづらくしたのである。だがまあ、すべての攻撃を防ぐことはできない。前方で比較的大規模な迎撃部隊が出てきた。交戦中との報告が来た直後にこちらも攻撃を受けたのである。
「円陣を組め!」
荷馬車と台車を使って簡易陣地を作る。敵は傭兵を排除すれば何とかなると思っているのか、矢を浴びせてくるが、こちらもただやられるわけではない。中央の荷駄の覆いをとる。手はずに従って荷駄隊の兵に武器が渡ってゆく。確かに彼らは剣をふるうことはできないし、槍衾も組めない。だが、ある武器についての習熟訓練はしっかりとこなしてきた。こちらが反撃できないと踏んで、身をさらして矢を放つ敵兵たち。そして剣を振りかざし怒声をあげていた兵がいきなりハリネズミのような状態になって息絶えた。
このクロスボウという武器は、森に長期間こもる狩人が使っていた武器だ、長時間弦を引き絞った状態にでき、普通の弓よりも射程が長い。狙いもつけやすい。欠点は連射ができないことだが、そこは数をそろえることで対処した。射撃がうまい塀を前列に置き、装填したクロスボウを渡して次々と撃たせる。後方の兵は矢を装填する。その分業で敵以上の密度で反撃を可能としていた。そして敵兵はこちらに気を取られている。その後方から味方の傭兵が襲撃をかけた。
こちらはわずかな負傷者を出したが戦死者0という完勝で終わった。だが、慣れない指揮で疲れていたのか、私はへたり込んでしばらく立つことができなかった。
輜重隊にも十分な備えがあることがわかり、襲撃は減った。だがそれでも襲撃をしてくる場合は戦術魔法でも撃ち込まれるときだろうなといやな考えに身震いしていた。実際には襲撃はなく、最後の野戦も勝利を収めた。王都にこもる兵はわずかで、ラーハルト軍が先鋒に立ち、王都を包囲している。そして軍議で我が君自らが内部に潜入することとなった。まあ、シリウスがくっついているので問題はないと思宇野だが、一抹の不安は残る。同時に北からファフニルが大軍をもって国境を越えたとの情報が入っていた。なれば、私のやるべきことは一つ。北の敵軍を迎撃する準備を始めることだ。我が君ならば間に合う。そう信じて頭を切り替え、王都周辺から物資を買い付けた。また、フェルナン卿に依頼して北方面の街道の確保と物資集積を行う。機動力を重視するならば騎兵を先行させるはず。馬稜の用意はかなり多めにした。戦争は時間との戦いがかなりの割合を占める。速さが勝敗を分ける場面を私は何度も目にしてきた。それ故のこの準備である。
私の苦労は報われた。往生で爆発が起きたときは肝を冷やしたが、我が君が見事謀反人の首魁を打ち取り、国王陛下から賞されたこと、イリス王女殿下が軍を率いてファフニルとの決戦に臨むこと。我が君が副司令官に任ぜられたこと。そこで、北方への遠征準備が整っていると伝えたとき、我が君は至極かつ朗らかに大笑いをされた。東方の国にいた名宰相に優ると王女殿下の面前でほめたたえられた。主従ともに面目を施し、軍は北へ向かった。オルレアン軍がまず先行して、レイリア嬢の護衛にカイル殿がついていくとき、イリス殿下はやたら目を輝かせていた。レイリア嬢への激励の言葉も何か意味が違っていたように感じられたのはなぜか?
私は王都で留守居と、後方支援統括を命じられた。物資の供出を申し出てきた商人たちの中には見知った顔がいたが、公私は分けられるべきだ。その旨を伝えた上で、物資と資金はありがたくいただいた。数日後、わが軍の勝利と講和の知らせが届いた。カイル殿の雄姿に惚れ込んだトゥールーズ候がカイル殿を一人娘の婿に選び、そのままカイル殿を後継者に指名したとの知らせはさすがに驚いた。そして我が君がイリス殿下と婚約し、摂政に任ぜられたときも驚いた。わたしはラーハルトの本領にいったん帰還したが、すぐに呼び戻されることを予想し、シャイロック商会を部下に任せ、フリード城の政務もアストリア殿に引きついた。まずサムス殿が引き抜かれ王都へ向かった。そしてそれからひと月もたたずに私に王都への召喚命令が来た。デスクワークが増えるとアストリア殿はぼやいていたがまあ、それも仕方ない。
我が君と共に働けることに胸を躍らせながら、王都へと赴いたのであった。王都についた私は我が君に満面の笑みで迎えられた。そして執務室を埋め尽くす膨大な書類と、空っぽの金蔵に顔色を失いこうつぶやいたのである。
どうしてこうなった・・・と。
まあ、そんなこんなでも私は幸せだった。偉大なるエレス王の英雄譚の裏方をすることができたのだから。
これにてシャイロック篇ひとまず終わりです。次は本編に戻る予定です。