偶然などあり得ない
「空から降って来る君を見た瞬間、ボクちんは理解したニャン。あの女の子こそ、天より舞い降りた麗しの救世主だってことを!」
「えっと……?」
「ああっ、その可憐な風貌、艶やかな黒髪、無垢な瞳、小鳥がさえずるような声……君の全てがボクちんを狂わせてしまう。
一目惚れの魔法ニャー!」
「え、あの……」
お喋りなその黒猫の迫力に気圧されて、私は相槌しか打てないでいた。
先程からもう数十分くらいこうして絡まれているのだ。
正直、アエトス以外の獣人はまだ怖かったりする。
それにもともと人見知りな性格なのもあって、こういうノリには返答に困ってしまうのだけど。
アエトスは――何故か隣でむっつりと黙り込んだまま微動だにしない。
(どうしてこんなことになったんだろう……)
私はひっそりと溜め息を付いた。
それは――街外れの裏路地に私達が降り立った時のことだ。
「ありがとうアエトス、ずっと飛んでて辛くなかった?」
「問題無い。それより貴女は昨日から何も食べていないだろう、この街で早く何か摂取したほうが良い」
「でも私、お金持ってないよ」
そもそも、この世界の経済事情がどのようなものなのか知らない。
通貨制度なのか物々交換なのか、いずれにしても身一つしか持ち得ない私には、ハードルが高過ぎる。
どうしたものかと人気の無い周囲に目を配ると、小道を挟んだ向こう側に建つレストランから良い香りが漂って来て、くぅ……と侘しげにお腹が鳴った。
「お腹、空いたね……」
「……どこかで人間を襲って金目のものを奪って来よう。貴女はここで隠れて待っていてくれ」
思いがけない言葉に驚愕とする。
飛び去ろうとするアエトスの腰に、私は慌ててしがみついた。
「待って、何言ってるの?そんなの駄目だよ。絶対駄目!」
「だがこのままでは」
「お願い、人を傷付けないで。そんなことアエトスにさせたくない」
こんなことを言うのは狡いのかもしれない。自分では何も出来ない癖に、この期に及んで綺麗事を押し付けているのだ。
考えが甘い、と私の中の私が嘲笑した。
それでも、私のせいで彼に汚れ仕事をさせるのは何だかとても嫌だった。
「――理花」
アエトスに抱き付いたまま顔を埋めていると、背中に彼の腕が回される。
そしてもう一方の手で、俯く私の顎をそっと掴み上げると――……
「ニャッ、何て健気なんだニャン!」
「わぁっ」
「……何者だ」
唐突に響き渡る声に、アエトスの手がすっと私から離れる。
振り返ると、ふさふさの黒毛に全身を覆われた猫の獣人がレストランの屋根上に佇んでいた。
私を後方に隠したアエトスが剣に手を掛ける。そんな様子など気にも止めず、猫の獣人はスマートな体躯をしなやかに動かしながら飛び降りた。
「ボクちん、猛烈に感激中ニャー!人間は追い詰められると道徳を失ってしまうものだけど、最後まで人で在ろうとする心は大事なんだニャー。
それは甘さとはまた別の――信念なのだからニャン」
澄んだ空色の瞳を細め、黒猫はしたり顔で頷く。
「あなたは、さっきの黒い……」
「こいつを知っているのか、理花」
「あ、うん。降りる時にちょっと目が合っただけだけど」
「ボクちんのことはベリエールと呼んでくれ――理花。ボクちんは君を追ってここまで来たんだからニャン!」
――そして冒頭に至る訳で。
黒猫ベリエールにうんざりしたように、アエトスが重々しく口を開いた。
「理花、こいつは人ではない。人でなければ斬っても良いだろうか」
「だっ、駄目だよ。多分悪い猫さんではなさそうだし」
この街に来てから、何だか彼のガラが若干悪くなっているのは気のせいだろうか。
するとベリエールが、芝居じみた素振りで大きく肩を竦ませる。
「やれやれ、男の嫉妬は醜いニャー。守りたい子の腹さえ満たしてやれなくて悔しいからって、ボクちんに当たらないで欲しいニャン」
「え……?」
そろりとアエトスの顔を見上げると、猛禽の双眸が睨み付けるようにベリエールへと向かっていた。
……まさか彼がそんな風に思っていたなんて知らなかった。
私は胸の奥が良く分からない充足感でいっぱいになって、アエトスの指をきゅっと握る。
「そして、ボクちんは予言する――今日のランチは腹ペコな君達とテーブルを囲むことになるだろうとニャ!」
ベリエールはそう言って、私へ意味ありげな目配せをした。




