歯車は廻り出す
それから暫く、私達は空を泳ぐように進んでいた。
最初は怖かった飛行にも慣れて、下界を見下ろす余裕も出てきた。
きょろきょろと視線をさ迷わせる。
すると土と岩だけだった景色から一変して、群青色の海が現れた。
太陽に照らされた海面はダイヤモンドのように反射し、眩しさに目を細める。
息を深く吸えば、風の運んだ潮の香りが鼻腔いっぱいに広がった。
私はアエトスを見上げて、
「ねぇ見て見て、海だよ。風が気持ち良いね……何だかずっとこんな風に空を飛んでみたかった気がする」
「……ああ。私も貴女を空へ連れ出してやりたいと、ずっとそう思っていた」
遠く海原を見据えたまま、アエトスは静かに答えた。
「太陽があって海があって、前の世界とそんなに変わらないね」
少し拍子抜けしてしまった。別の地球と言うからには、太陽が二つあるだとか海の色が赤だとか、何となくそういうものを想像していた。
あるいはSF小説みたく放射能に汚染されて廃退した世界とか。
意外にもこの世界の大地は広大で美しく、海水は清浄で、空気も美味しい。
(きっと、大丈夫だよ)
何度もそう自分に言い聞かせる。
そうでもしないと心にぽっかり空く暗闇に落ちてしまいそうで。
今はただ――ひたすら前に進むしか道は無いのに。
「――見えたぞ理花。街だ」
海を抜ければ、そこには沢山の船が止まる港が見えた。
ずっと先には原色のカラフルな建築物が建つ街並みが広がり、多種多様の人々が行き交っているようだ。
さすがに日本では無いだろうけど、どこかの外国に来たみたいで、ここでも別の地球という感じはしない。
「あれ、思ったよりも普通だね?」
「いや……あそこにある一番大きな船を良く見てみろ」
そう言われて、漁船に目を凝らす。
船内を占めるのはラテン系の顔立ちをした男の人達と――アエトスのような獣の頭を持つ獣人達だった。
犬、虎、熊、ゴリラなど種類は様々で、どれも筋骨隆々の身体で重そうな荷物をせっせと運んでいる。
そして驚くべきは、その中に人の形をしたロボットまで存在することだ。
彼らもまた軽快な動作で荷下ろしをしていたり、人間と何か話し込んでいたりする機体も居た。
「……前言撤回。全然普通じゃない」
「無機物のガラクタがああまで機敏に動くのか。人間の技術は凄まじいな」
と、アエトスは妙な所に感心する。
「でもこれならアエトスが歩いてても変じゃないね。そこが心配だったんだ」
日常生活に獣人というものが存在する世界なら、アエトスと一緒に居ても問題は無いだろう。
彼と離ればなれにならずに済むことにほっと胸を撫で下ろす。
どうやら私はすっかりこの鳥の人に馴染んでしまったらしい。
ずっと助けてくれた彼なら信頼出来るし、やはり一人ぼっちは不安だ。
「あの、ちょっと街に降りてみたいんだけどどう思う……?」
「思うにままにすれば良い。例え何があろうとも、必ず貴女を守る」
アエトスが見下ろして言う。その眼差しに堪えかねた私は俯いてしまった。
「う、うん。じゃあなるべく目立たない場所にお願いします」
「承知した」
私の身体を庇うように、アエトスはゆっくりと降下してゆく――その時。
街中でこちらを見つめる黒い獣人と、視線が交わった気がした。