いばら道を踏み締めろ
「やっぱり衣・食・住の確保が重要だと思うんだよね」
翌日、生乾きのセーラー服に袖を通しながら口を開く。
熱も下がりすっかり全快した私は意気込んでいた。
考えても分からないことを考え続けるよりも、今ここで出来る最善を尽くしてみようと決めたから。
明日は明日の風が吹く。今後のことは、それからじっくり考え始めても遅くはないはずだ。
「確かに、この場所に貴女の食糧になりそうなものは無いな。木の実にもどんな毒性があるか分からない」
アエトスが樹木を仰ぎながら答えた。
あれから一晩中、彼は私の身体を包んで暖めたり、水場から汲んだ清潔な水を口に含ませたりと、付きっきりで介抱してくれた。
群がる大量の蚊を追い払い、蛇やムカデなどを寄せ付けないよう常に警戒してくれたお陰で、安心して眠ることが出来たのだ。
それでも時たま思い出したように啜り泣くと、アエトスは困惑しながら宥めるように私の頭や頬を撫でやった。
そんな彼にこれ以上の迷惑を掛けないために、私ももっと自分自身の力で動いて行かなくちゃいけない。
「うん。それにまたイカみたいなのが襲って来るかもしれないし、早くこのジャングルから出て安全な所に行きたいんだけど……」
周囲を見渡して途方に暮れる。まずどちらが右で、どちらが左なのか。
天高く覆い茂った草木のせいで太陽が隠れていて、方角や時間の予想すらつけられそうになかった。
「一体どうやってここから出たら良いんだろう……闇雲に動いたら余計に迷っちゃいそうだし」
「それなら問題無い。私が居る」
アエトスは、今まで閉じていた大きな翼をバサリと広げた。
真白に輝くそれは逞しい体躯に見合った力強さを放っていて、さながら神話に出てくる大天使ミカエルのような堂々とした姿でそこに佇む。
「え……もしかして飛べるの?」
「当然だ。私に命じろ、理花。どこへ行きたい?」
「えっと、じゃあ取りあえず人が居そうな場所に……ここがどんな世界なのか見てみたいから……ってわ!」
「承知した」
背中と膝裏へ腕を入れて私の身体を横抱きにすると、アエトスは何度か羽ばたいた後に勢い良く飛翔した。
「……っ!」
「舌を噛むなよ」
ぐん、と浮遊感が襲った直後、空気を切る音が耳に届き、顔が強風に叩かれる。
セミロングの髪も制服も豪快に舞った。
規律に厳しいカトリック系の女子高だったお陰で、スカート丈が大分長めなのがせめてもの救いだろう。
そうでなければパンツ丸見えの極刑だったのだから。
……と、自分の足元を見ていたらジャングルの地表が視界に入る。
もし落ちたらべちゃりと潰れて確実に即死だな、と思うと悪寒が走った。
アエトスのことは信用しているけれど、この不安定な横抱きではぶらぶらと浮かぶ身体が心許ないのだ。
「や、やだっ……これお尻が落ちてるし怖いよ、ちゃんとアエトスにくっ付きたい。昨日みたいにもっと強くぎゅーってして!」
「……それは構わないが」
涙目で訴える私を一瞥してから、彼は少しだけ速度を落とす。
そして私の身体をすっぽりと胸の中に包んで閉じ込めてくれた。
アエトスがぽつりと呟く。
「理花、貴女は……雛鳥のようだ」
「どういう意味?」
見上げると目線をやんわりと逸らされてしまって、私は首を傾げるばかりだった。