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I〈アイ〉の遺伝子  作者: YuYu
第一章 夢-ユメ-
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さまよえる子羊達よ

 

 遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。

 ざわめく風が木の葉を唸らせ、ついでに私の髪も揺らしていった。

 土の匂いが鼻腔を掠めて、自分が野外で倒れているらしいことに気付く。

 蒸し暑さを感じながらゆったりと重い目蓋を持ち上げた。


「……ここ……どこ?」


 鬱蒼としたジャングルだった。

 慌てて飛び起きると、ぎしりと身体が軋む。どうやら随分長いこと気を失っていたらしい。


(っていうか、暑い……)


 まるで真夏日だ。汗を含んだセーラー服が肌にまとわり付いて気持ち悪い。

 ふ、と息を一つ吐き周囲を見渡す。

 南国の森のように立派な草木が密生して天高くそびえ、空が覆われているせいで太陽の光が僅かしか届かない。

 少し不気味で、得体の知れない獣でも潜んでいそうな雰囲気だ。

 それに湿度が異常に高い。もしかしたら、熱帯雨林ってこういう感じなんだろうか。


 どう考えても私の地元ではお目にかかれない光景だ。

 何となくだけど、日本ですら無いのかなとも思う。

 だって本来の季節は冬のはずで、今朝の天気は――雪だった。



「……もしかして夢なのかな」


 それならこの状況にも説明がつく。


 私は立ち上がって樹木を撫でた。

 想像の産物にしては随分リアリティのある感触だとは……思う。

 だけど幼少の頃、夢の中で確かにトイレに入ったつもりが、実際は布団へ漏らしていただけ――なんてこともあった。

 例え夢の中の出来事でも、人は五感で鮮明に感じられるものだ。


 ――だからこれも夢だよね。


 そう結論付けた時、離れた場所からガサリと木々が揺れる音が届く。

 顔を向けるとその音は次第にこちらへ近付いて来ているようだった。

 嫌な予感がして、心臓が強く脈打ち無意識に呼吸を忘れる。

 口の中が酷く渇いた。ごくりと唾を飲み込んで誤魔化す。


 いよいよ音の主が姿を現した時、私は思わず呟いた。


「……イカ」


 普通のイカなどではなく深紫色をした三メートル程の巨体だ。

 長い胴体に、およそ十数本はあろうかという棘だらけのうねる触手。

 ギョロリとした単眼がこちらを捉えると、腹部から勢い良く瘴気を噴き出しながら奇声を発した。


「……っ」


 私は瞬時に駆け出す。訳も分からないままただ必死に足を動かした。

 走れ、もっと早く!と自分を奮い立たせて身体に鞭を打つ。

 “あれ”に捕まってはならない。

 本能がそう叫んでいたのだ。


 普段、運動に縁が無い高校生活を送っていたせいですぐに息が切れる。

 木々にぶつかって皮膚があちこち切れた痛みを感じたけど、そんなことに構っている余裕は無かった。

 背後から追って来る気配がして、無我夢中で走り続けていた。


「あぐっ!」


 足がもつれた拍子に倒れ込む。身体を強く打ち付けて、衝撃に唸った。

 素早く触手が両足に巻き付く。鋭利な棘が刺さり、唇を噛んで堪える。

 イカは私の身体をズルズルと自分のほうへ引き寄せて、逆さまに吊り上げた。

 そのぎらつく単眼が、ねぶるように私の顔を覗き込んで。


 ニィ……と笑った。眼を細めて、確かに笑ったのだ。


「いっ、嫌――――!!!!」

 

 何故、何故、何故、どうしてこんなことになった?頭がぐちゃぐちゃに混濁する。

 これは夢だ、何度そう言い聞かせても震える身体は収まってはくれない。

 無数の触手が、一斉に花開く。

 その奥にある――口内からは、だらだらと黒い涎が流れ出ていた。


(……死ぬ?私……ここで死ぬの?)

(イカの化物に食べられて……?)

(こんな簡単に死んじゃうの……?)


 奥歯がガチガチと音を立てた。

 熱い涙が頬を伝う。次から次へと溢れては零れ、零れてはまた溢れる。

 視界が歪んで、もう何も見えない。


 ――あんまり痛くないと良いな。


 薄っすらとそう思いながら目蓋を閉じた。






【――死にたいの?】






「え……?」


 突如聞こえた少女の声に驚いて、再び目を見開く。

 眼前には今にも私を飲み込んでしまいそうなイカしか居なくて、きょろきょろと視線をさ迷わせる。

 だけどやっぱり誰の姿もない。


(何だ、幻聴だったんだ)


 ――死にたいの?だって。


「そんな訳無いよ。だってまだ何もしてない。こんな風に死ぬために生まれたんじゃないのに。何か……やらなきゃいけないことがあったんだ、だから生まれて来た!

死にたくなんて、無い。私はまだ死ぬ訳にはいかないんだ!」

「――当然だ」


 先程の幻聴とは異なる低音のバリトンが響いた直後、イカの身体に亀裂が入って真っ黒な体液が噴き出した。

 途端、暴れるイカに投げ出された私の身体が急速に落下する。

 苦しさに息が詰まった。

 だけど地面に打ち付けられるより前に、空中で何かに身体を包まれる。

 それ(・・)は私を横抱きにしながら、すとんと着地したらしかった。


 何が起きたのか分からないまま、強く瞑っていた目蓋を開くと――


「…………」


 鳥の頭部に、人間の筋肉質な巨躯を持ち、純白の毛皮に全身を覆われた“その人”は、猛禽の双眸で私を見下ろして言う。


「貴女を決して死なせたりはしない」



 それが私――神田理花かんだりかと鳥人の騎士との出逢いだった。

 

 

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