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I〈アイ〉の遺伝子  作者: YuYu
第二章 因-イン-
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追憶のはじまり

 

「…………あれ?」


 私は目を瞬かせて困惑する。いつの間にか、霧深い竹林の中に一人で立っていたからだ。

 当然ながらこんな場所に来た記憶なんてありはしない。


  ――これは夢?どこから(・・・・)が夢?


 ばくばくと激しい動悸を落ち着かせるように、胸元でこぶしを握る。


「何ここ、アエトス?」


 内心焦りつつアエトスの姿を探すも、どこにも人影は見当たらない。

 まだ白昼だというのに薄暗く、辺りは不気味に静まり返って、冷やかな風が竹の間を縫って唸り声を上げる。

 次第に不安が増していく。嫌な汗がじっとりと噴き出てきた。


「……アエトス!」


 堪らなくなって叫んだ、その時。


「おい、奴らが来おったぞ」


 野太い声に驚いて振り向くと、三人の屈強そうな男の人が立っていた。

 まるで大河ドラマに出てくる僧兵のようないでたちである。

 法衣を着込み、頭全体を包む白い頭巾は目元以外の全てを覆っていて、その手にはものものしい薙刀まで持っているのだ。


「あ、の」


 すぐ傍に居るのに彼らは私の存在なんて気付かないみたいに振る舞う。

 怖々と声を掛けてみても、誰一人こちらに顔を寄越すことはなかった。


(……もしかして見えない(・・・・)のかな)


 私は今、向こうからしたら幽霊のようなものなのかもしれない。


(やっぱり夢だから?)


 アエトスは、私を一人にはしないと約束してくれた。

 またどこか別世界へ飛ばされた――というのなら、彼は必ず付いて来てくれるはず。

 だからアエトスの姿がどこにも無いということは、恐らくここは私の心の中の夢幻なんだと思う。

 もしアエトスの存在そのものが夢の産物だったとしたら――なんて考えたくはない。


 私は、先程から僧兵達が熱心に視線を送っている先に目を向けてみた。


(何だろう?)


 靄の向こうから、数名の人間がぞろぞろとこちらへ歩いて来ていた。

 全員、時代劇さながらの着物姿だ。

 男の人は武士のように腰から得物を差していて、後に続く女の人は頭から大きな竹笠を被っている。


 その団体を、厳しい目付きで見据えていた僧兵の一人が言う。


「では行くぞ。手筈通り、巫女の付き人らは全員始末せよ!」


 僧兵達はそれぞれ薙刀を構えると、鬼気迫る空気をまといながらあの人達の元へ駆けて行った。


花籠(はなかご)の巫女とお見受けする」

「何奴だ!?」


 突如現れた僧兵の奇襲に武士が刀を手にするより早く、僧兵の薙刀が武士の首を斬り付ける。

 血の噴水を飛び散らして、呻き声を漏らしながら崩れ落ちる身体。他の人達も男女関わらず、次々と僧兵達に斬り倒されていく。


 ほんの一瞬の出来事だった。


「や……っ」


 私は肩を震わせて硬直する。夢だと分かっていても凄惨で恐ろしい光景には違いなかった。

 地面に横たわるその身体をなるべく見ないようにしながら、僧兵達の元へそっと近付く。


「――妾に何用か」


 僧兵に取り囲まれて、最後に残された一人が静かに呟く。

 腰辺りまである艶やかな黒髪を一つに束ね、白衣に赤い袴をまとった小柄な彼女は、深く被っていた笠をゆっくりと脱ぐ。


 私と同じ歳くらいの少女だった。

 淡雪を思わせる白い肌、純黒に輝く大きな瞳。まるでお人形みたいだ。

 気位の高そうな凜とした眼差しが、僧兵をきつく見上げて口を開いた。


「そなたらは北嶺(ほくれい)の山法師であるな。殺生はもっとも重い業であると、師に教わらなかったのか?」


 ふん、と僧兵の一人は鼻を鳴らす。


「我らの正体を見抜きおったか。さすがは神眼を持つと噂の巫女姫だ、朝廷にくれてやるのはますます惜しい」


 そう下品に笑い、巫女の華奢な腕を掴み上げた。


「妾に触れるなっ、離せ!」

「その力、延暦寺(えんりゃくじ)の下で使え。お主の力があれば我らは、公家や武家にも劣らぬさらなる権威となるであろう」

「ええいっ、手を離せと言っておるのだ無礼者め!」


 がぶり、と巫女が僧兵の腕に噛み付くと僧兵は低く唸った。


「このっ、じゃじゃ馬が……!」

「ぅぐっ!」


 僧兵の平手が巫女の頬を打つ。肉が鳴る乾いた音が聞こえた後に、彼女の小さな身体は竹へと叩き付けられた。


「酷いっ、やめて!」


 女の子を殴るなんて……最低だ。

 慌てて駆け寄って、倒れたまま動かない巫女を抱き起こそうとする。

 だけど私の手は彼女の身体をするりとすり抜けてしまい、触れることが出来ない。


「そんな……」

「小娘が、手間を掛けさせおって!」


 気を失っている巫女に僧兵が近付く。このままでは、この子は僧兵達に連れ去られてしまうのではないか。

 それは何だか、とても良くないことのように思えた。


(どうしたらいいの?ねぇ――そこ(・・)に居るんでしょっ?)


 私はぎゅっと目を瞑って“彼女”へ念じた。


【大丈夫だよ。これは過ぎ去った過去であり、記憶の残像に過ぎないもの。

つまり今は、録画した映画を再生して観ているのと同じこと】


「――イヴァンカ!」


 頭に直接響く言葉。彼女の姿こそ無いものの、しばらく聞いていなかった懐かしい声にほっと安堵した。

 本当に私の傍に付いてくれていたことが嬉しくって心強い。


 そしてイヴァンカは続ける。


【寝てる時に見る夢は、過去や未来から届けられるギフトなの。夢だけが唯一、時間と空間を超えられる。知りたくても聞けなかった答えを得られるはずだわ。

だから理花はね、この夢の結末を見届けるべきなのよ】


「夢の結末?」


 私は巫女の顔を眺める。厳しい物言いに似合わない、いたいけな表情。

 打たれた頬は腫れていて、桜色の唇の端からは少しだけ血が滲む。


 それでも、閉じられた瞳は涙一つ流してはいなかった。


 

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