禁断の果実を喰らう
きゅっとノズルを捻る音。頭上から勢い良く温水が降って来る。
アエトスがシャワーを流しながら私の汚れた顔を洗う。尖った鉤爪が頬を傷付けないよう、慎重過ぎるくらいそうっと触れているのが分かった。
「ん……」
くすぐったいけど気持ち良くてうっとりと目蓋を閉じる。
シャワーを止めて、ソープのボトルを押せば綿雲みたいな白い泡が出た。
掌にこんもり乗せていると、アエトスに泡を奪い取られてしまう。
「ずっと見てきたから知っている。貴女はまず、最初にここから洗う」
言いながら私の右腕を取って、泡を滑らせていく。
手首から二の腕を上下に、普段の私の洗い癖そのままの動作だった。
「次にもう一方を、そして肩、首」
這うように首筋まで上がって来て、ぞわりと栗立つ。
外し忘れたペンダントが胸の膨らみの間で微かに揺れている。
アエトスの指先が刻印のある場所をなぞった。くすぐったさに首を竦めると、阻むように肩を抑え込まる。
それだけでもう、身動きなんて取れなくなった。
「アエトス、」
「貴女はもう私のものなのだろう」
「え、うん」
「ならば大人しくしていろ」
「うん……」
肩を押さえたままもう片方の彼の手が背中に触れて、身体が跳ねる。
まるで無数のミミズが這っているみたいな妙な感覚だ。
泡の付いた大きな掌が、慈しむようにじっとりと滑っていた。
それは恐ろしい程に心地好くて、与えられる熱にただ浮かされていく。
潤んだ目で彼を見上げると、鋭い眼差しと視線がかち合って、心臓が強く鼓動を打った。
「貴女はいつも泣いている」
「ぁ……だって」
「以前の世界でもそうだった。私が傍に付いていれば、貴女を泣かせずに済むと思ったのだがな」
別にこれは辛い涙じゃない。
その逆で、震えるくらい心地好くて勝手に泣けてくるのだと、そう言いたいのに何も言葉にならなかった。
だからせめてこの想いだけでも伝わるように、彼の身体へ縋り付く。
「アエトス、好き」
「……そうか」
ふいに太股の裏を撫でられ、ひゃうと間抜けな声が出る。
それはゆったりした動きで、私の腰や臀部や足に泡を塗り付けながら蠢いている。
頭がくらくらした。
荒くなっていく呼吸はとてもいけないことに思えて、きつく下唇を食む。
だけど、アエトスの指が足の付け根を掠めた瞬間。
「うぁ、っ……くっしゅ!」
「…………」
情けない矯声を漏らした後、身体が冷えてしまったらしく身震いをする。
すると今まで蹂躙していた掌がぴたりと止まり、見ればアエトスが少し狼狽えた様子で固まっていた。
「アエトス?」
「すまない……酔い過ぎた。私も少なからず契約の影響を受けていたようだ。後は自分で出来るな?」
アエトスはぎこちない動作で浴室を去ろうとするけれど、心無しか足取りがおぼつかない気がした。
何だか彼らしくない。一体どうしたというんだろう。
「あ、あの」
「貴女は……予想以上だった……」
静かにそう呟いて、ぴしゃりと戸が閉められてしまった。
「……何が?」
残された私は首を捻るのだった。
◆
気の済むまで清め終えて、浴室の傍のラックから大判のタオルを取って肩から身体に巻く。
毛先から垂れる水滴を感じながら脱衣場へ戻ると、待っていたとばかりにアエトスが私の頭へタオルを乗せる。
わっしゃわっしゃと、濡れた犬にするみたいに擦られた。
「何かアエトスってお母さんみたい」
「……そうか」
一瞬、動きが止まったかと思うとまたすぐに再開される。
私はされるがまま身を任せた。だって彼のやることに間違いなんて無いからだ。
いつの間にか、熱は引いていた。
最初と同じように抱えられて部屋へと戻る途中、急に強烈な睡魔に襲われてしまう。
「さすがの貴女も、霊力を消耗したのだろう。……色々あったからな」
こっくりと船を漕ぎ始める私の頭が落ちないように、後頭部に手を添えてからアエトスは言う。
部屋に入る頃には電池が切れた人形のようになっていて、ベットへ身体を下ろされた途端シーツへ潜り込んだ。
上掛けを掛けられる気配がする。
「アエトス、あなたはどうして……」
先の言葉を言い終えるより前に、私は深い微睡みに落ちていった。
――その夜、夢を見た。
女の子が泣いている、悲しい夢だ。




