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I〈アイ〉の遺伝子  作者: YuYu
第一章 夢-ユメ-
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禁断の果実を喰らう

 

 きゅっとノズルを捻る音。頭上から勢い良く温水が降って来る。

 アエトスがシャワーを流しながら私の汚れた顔を洗う。尖った鉤爪が頬を傷付けないよう、慎重過ぎるくらいそうっと触れているのが分かった。


「ん……」


 くすぐったいけど気持ち良くてうっとりと目蓋を閉じる。


 シャワーを止めて、ソープのボトルを押せば綿雲みたいな白い泡が出た。

 掌にこんもり乗せていると、アエトスに泡を奪い取られてしまう。


「ずっと見てきたから知っている。貴女はまず、最初にここから洗う」


 言いながら私の右腕を取って、泡を滑らせていく。

 手首から二の腕を上下に、普段の私の洗い癖そのままの動作だった。


「次にもう一方を、そして肩、首」


 這うように首筋まで上がって来て、ぞわりと栗立つ。

 外し忘れたペンダントが胸の膨らみの間で微かに揺れている。

 アエトスの指先が刻印のある場所をなぞった。くすぐったさに首を竦めると、阻むように肩を抑え込まる。

 それだけでもう、身動きなんて取れなくなった。


「アエトス、」

「貴女はもう私のものなのだろう」

「え、うん」

「ならば大人しくしていろ」

「うん……」


 肩を押さえたままもう片方の彼の手が背中に触れて、身体が跳ねる。

 まるで無数のミミズが這っているみたいな妙な感覚だ。

 泡の付いた大きな掌が、慈しむようにじっとりと滑っていた。

 それは恐ろしい程に心地好くて、与えられる熱にただ浮かされていく。

 潤んだ目で彼を見上げると、鋭い眼差しと視線がかち合って、心臓が強く鼓動を打った。


「貴女はいつも泣いている」

「ぁ……だって」

「以前の世界でもそうだった。私が傍に付いていれば、貴女を泣かせずに済むと思ったのだがな」


 別にこれは辛い涙じゃない。

 その逆で、震えるくらい心地好くて勝手に泣けてくるのだと、そう言いたいのに何も言葉にならなかった。

 だからせめてこの想いだけでも伝わるように、彼の身体へ縋り付く。


「アエトス、好き」

「……そうか」


 ふいに太股の裏を撫でられ、ひゃうと間抜けな声が出る。

 それはゆったりした動きで、私の腰や臀部や足に泡を塗り付けながら蠢いている。

 頭がくらくらした。

 荒くなっていく呼吸はとてもいけないことに思えて、きつく下唇を食む。


 だけど、アエトスの指が足の付け根を掠めた瞬間。


「うぁ、っ……くっしゅ!」

「…………」


 情けない矯声を漏らした後、身体が冷えてしまったらしく身震いをする。

 すると今まで蹂躙していた掌がぴたりと止まり、見ればアエトスが少し狼狽えた様子で固まっていた。


「アエトス?」

「すまない……酔い過ぎた。私も少なからず契約の影響を受けていたようだ。後は自分で出来るな?」


 アエトスはぎこちない動作で浴室を去ろうとするけれど、心無しか足取りがおぼつかない気がした。

 何だか彼らしくない。一体どうしたというんだろう。


「あ、あの」

「貴女は……予想以上だった……」


 静かにそう呟いて、ぴしゃりと戸が閉められてしまった。


「……何が?」


 残された私は首を捻るのだった。



 ◆



 気の済むまで清め終えて、浴室の傍のラックから大判のタオルを取って肩から身体に巻く。

 毛先から垂れる水滴を感じながら脱衣場へ戻ると、待っていたとばかりにアエトスが私の頭へタオルを乗せる。

 わっしゃわっしゃと、濡れた犬にするみたいに擦られた。


「何かアエトスってお母さんみたい」

「……そうか」


 一瞬、動きが止まったかと思うとまたすぐに再開される。

 私はされるがまま身を任せた。だって彼のやることに間違いなんて無いからだ。

 いつの間にか、熱は引いていた。



 最初と同じように抱えられて部屋へと戻る途中、急に強烈な睡魔に襲われてしまう。


「さすがの貴女も、霊力を消耗したのだろう。……色々あったからな」


 こっくりと船を漕ぎ始める私の頭が落ちないように、後頭部に手を添えてからアエトスは言う。

 部屋に入る頃には電池が切れた人形のようになっていて、ベットへ身体を下ろされた途端シーツへ潜り込んだ。

 上掛けを掛けられる気配がする。


「アエトス、あなたはどうして……」


 先の言葉を言い終えるより前に、私は深い微睡みに落ちていった。






 ――その夜、夢を見た。

 女の子が泣いている、悲しい夢だ。


 

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