としょしつのまもの
「としょしつのまもの」
そこに彼女は「いた」んだ
楓の葉も色づき秋風が吹く様になった今日この頃
僕はいつもと変わらず寂れた図書室の一番奥の席に座ろうとした
ちょうどシリーズものの小説を読んでいて、僕みたいな子供が読むには少々分厚過ぎる気もするその本は、棚の特に上の方にあった
上の棚から本を取るには、下にある低めの棚によじ登るほかない
僕はその時もそうやって本を取ろうとした……すぐに落ちる事になったけど…
なぜならその棚の上に彼女が「いた」からだ
「…君、こんなところで何してるのさ」
「……あなた…だぁれ?」
長い銀色の髪アメジストみたいな綺麗な紫色の瞳、そんな彼女はそこに「いた」
「わたしが、みえてるの…?」
不思議そうに首をかしげる少女、そんな彼女になんだか興味が湧き、僕はそれから毎日彼女に会いに行った
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数年後……僕は13歳になり、外国に渡る事になった
彼女はその日もそこに「いた」
「僕、明日この国を出るよ」
「あら、どうして?」
本から目を移し、僕を見据える瞳は綺麗なアメジスト色だった
「出なきゃならないんだ、僕も、もう13歳だから……行かなきゃならない」
「そう…さみしく、なるわね……」
静かで暗い時間が訪れる
「「ねえ」」
どちらともなく声が重なる
「……待ってて…くれるかい?」
「待つわ」
「いつまで、待っててくれる?」
「いつまでも、待つわ」
「僕も待ってる」
「私も、待ってる」
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あれから、10年の月日が経った
僕は殆どの事は忘れていた
毎日通った楓の並木道
あの時好きだった噴水の公園
ケーキ屋から香る甘い香り
それらが、まるで新しい物の様に感じられる程度には、10年という月日は長いものだった……
ギイィィッ
あいも変わらず立て付けの悪い扉が、不気味な音を立てながら開く
中は割と綺麗なまま管理されており、受付のお姉さんはおばさんになっていた
いつもの指定席、一番奥の隅にある棚の前の席に進む
多少古ぼけてはいたが、あの時の小説は未だに処分されず、残っていた
……ふと、視界の端に銀糸の様なものがチラつく…
「……あなた…だぁれ?」
彼女はあの時と何一つ変わらないまま、そこに「いた」
「待ってたよ」
「お帰りなさい、随分待ったわ」
彼女を胸に抱きとめ、僕はようやく帰って来たのだと実感した
後ろに誰かが立つ気配がした
「その子、随分気に入っているのね」
「ええ、とても良い子で……」
受付のお姉さん…もとい、おばさんだった……おばさんは優しくこちらに微笑み、こう言った
「よかったら、お譲りしますよ…もう随分持ち主が見当たらないものですから」
その後の事は何も覚えていない
強いていうのならば、未だに僕の部屋にはその時譲って貰った「彼女」がある
今ではぴくりとも動かないし、話すこともない、ガワだけの張りぼての様な「彼女」が置いてある
でも、確かに
彼女は「いた」んだ
そこに「いた」
きっと今でも「いる」んだろうね
寂れた図書室の一番奥の席
「としょしつの------------」
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「あの図書室、出るんだって〜!!」
「図書室に出るって話、知ってる?」
「マジらしいよ??」
「呪われた一番奥の席の話でしょ!?」
「実際に呪われた人、入るってよ!」
「やだぁ!嘘でしょ??」
「また被害者出たらしいよ」
「怖〜い!!」
「え〜本当に出るのかなぁ……」
「としょしつのまもの」
fin.