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コウちゃんの空

作者: いちは

小学生のとき、会話のテンポが僕たちより少し遅くて、

国語の教科書を読むのもつっかえつっかえで、

算数の足し算、引き算が苦手で、そのうえ運動も下手な子がいた。

彼の名はコウジ、みんなからはコウちゃんと呼ばれていた。

勉強も運動もからっきしダメなコウちゃんは、絵だけはとても上手だった。

低学年のころはそうでもなかったはずなんだけれど。

コウちゃんは、図工のときによく空の絵を描いた。

抜けるような空の色は、あお、アオ、青、蒼、碧。

僕は、子ども心に凄いなと思っていた。


もともと担任だったヨウコ先生が妊娠してお腹が大きくなったから休むことになり、

4年生の二学期から担任になったヒサダ先生は、30歳くらいの男の先生だった。

ヒサダ先生は僕たちには優しかったけれど、コウちゃんには厳しかった。

国語の教科書は、どんなにどもってもつっかえても、途中で読めなくて止まっても、

ヒサダ先生はむっつりと黙ったまま、絶対に許すことなく最後まで読み上げさせた。

算数の時間には、コウちゃんには無理そうな問題でも容赦なく当てる。

立ったコウちゃんは指を使って、

「ええと、ええと」

と言いながら、答えを出そうとする。

そんなコウちゃんの姿を、教科書で顔を隠しながら笑う子もいた。

ヒサダ先生は、コウちゃんが正しい答えを言うまで、しつこくしつこく、何度も言わせた。

僕もそんなコウちゃんを見て笑いながら、だけど、

そんなことをさせるヒサダ先生が大嫌いだった。


5年生になっても担任はヒサダ先生のままで、

ヒサダ先生のコウちゃんイジメは5年生の終業式まで続いたが、

ヨウコ先生が6年生から戻ることになって、ヒサダ先生は違う学校への転任が決まった。

終業式で、各クラス代表が転任する担任の先生に挨拶をすることになった。

うちのクラスの代表を決める話し合いで、クラスのリーダーのダイちゃんが、

「先生に一番世話をかけたんだから、コウちゃんにしようぜ」

と言い出した。

コウちゃんは顔を真っ赤にして、だけど嫌とは言わなかった。

男子は笑いながら、女子は我関せずという素振りで、コウちゃんが挨拶係に決まった。

お別れ会で一人立たされて、「ええと、ええと」と、どもる姿は、きっと誰もが思い浮かべていたはずだ。


終業式の日。

いよいよヒサダ先生が壇上に立った。

まずは、僕たちからの贈る言葉だ。

放送委員から名前を呼ばれたコウちゃんが立った。

コウちゃんは、顔を真っ赤にして、だけど、ヒサダ先生をまっすぐに見ながら口を開いた。

「ヒサダ先生」

思いのほか大きな声だったので、それまで下を向いていた人たちまでコウちゃんを見た。

コウちゃんは、そのままいつもより断然大きな声で続けた。

「ぼくを、普通の子と、いっしょに勉強、さ、させてくれて」

そこで、コウちゃんはひときわ声を振り絞って、

「ありがとうございました」

そう言った。

コウちゃんの、つっかえながら、どもりながらの贈る言葉は続いた。

水彩絵の具の色の選び方を、一生懸命に教えてくれたこと。

国語でも算数でも、言葉や答えにつまったコウちゃんに、決して他の先生みたいに、

「はい、もう良いですよ。次の人」

そう言わずに、ただ黙って待ってくれていたこと。

放課後、コウちゃんにつきっきりで算数を教えてくれたこと。

ヒサダ先生はコウちゃんから目をそらさず、ぶるぶる震えていた。

コウちゃんの贈る言葉が終わり、ヒサダ先生のサヨナラの挨拶の番となった。

体育館に響いたのは、ヒサダ先生のくいしばったような嗚咽だけだった。

2chの書き込みを元にしています。

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