仲間の剣士を鑑定したら独占欲が∞だった 〜鑑定士ですが、ステータスに感情欄なんてありませんよね?〜
鑑定というスキルは、本来もっと役に立つはずだった。
敵の弱点、罠の位置、アイテムの真の価値――そういうものを見抜くための、冒険者なら喉から手が出るほど欲しがる代物だ。
実際、俺のパーティーもそれを当てにして俺を連れ歩いている。
「リザードマン、脅威度C。弱点は喉だが、それより右足だ。古傷で踏み込みが甘い。そこをまず崩せ」
ウィンドウを一瞥し、俺は全員へ指示を飛ばす。パーティーの面々が頷く。
ヒーラーが素早く全員へ補助魔法をかけ直す横で、剣士のユークが無言のまま剣を抜いた。ユークが低く体を沈める。
その瞬間、魔導士がリザードマンの右足へ重力操作の魔法を放った。踏み込もうとした足がずしりと重くなり、動きが一瞬鈍る。その隙を逃さず、ユークの剣先が古傷の残る足首を薙いだ。
ぐらり、と巨体が傾く。
リザードマンが痛みに仰け反り、喉の奥から裂けるような叫び声を上げた。反射的にさらけ出された喉――その一瞬を、ユークは見逃さない。踏み込みざま、切っ先が一直線に喉へと吸い込まれた。
断末魔すら上げる間もなく、リザードマンはその場に崩れ落ちる。
静寂が戻った。
ユークは血を払うように剣を一振りしてから鞘に収める。ちらりとこちらへ視線を寄越したが、すぐに逸らした。
何年一緒にいても、この男が何を考えているのかは分からない。慣れてしまえば、それだけのことだった。
敵を片付け、休憩に入る。魔導士が小さな火球を薪へ落とし、焚き火を起こした。
仲間の能力なんて、もう何度も鑑定している。だから普段は改めて確認することはない。
――それでも、手持ち無沙汰だったせいか。癖で近くにいたユークへ鑑定を発動してしまった。深い意味はない。
……はずだった。
ウィンドウに並んだ文字列を見て、俺は思わず二度見する。
『筋力:812』『敏捷:640』『剣術熟練度:S』
――ここまでは、いつも通り。その下に、見慣れない項目が増えていた。
『対象(俺)への好感度:∞』『対象(俺)への依存・執着度:∞』
「……は?」
声に出てしまったのは仕方ないと思う。だって、モンスターの鑑定でも、ここまで数値が振り切れたことなんてなかった。
……そういえば昨日、鑑定スキルの熟練度が上がったばかりだった。新しい情報が表示されるようになったのか?
ユークが、こちらをちらりと見た。
「どうした」
「いや……なんでもない」
なんでもなくはない。
だが、これを「なんでもある」と認めた瞬間、何かとんでもないことになる気がした。俺は静かにウィンドウを閉じる。
平静を装いながら、もう一度鑑定を発動した。
今度はユークではなく、向かいに座る魔導士へ向ける。
『筋力:120』『敏捷:203』『魔力:450』『詠唱速度:B』
『対象(俺)への好感度:68』
普通だ。仲間としては、ごく自然な好感度だった。念のため、ヒーラーにも向けてみる。
『筋力:98』『敏捷:180』『回復量:390』
『対象(俺)への好感度:72』
これも仲間としては普通の数値だ。となると、さっきの表示は――。
見間違いだと言い聞かせたかった。そう自分に言い聞かせながら、恐る恐るもう一度ユークへスキルを向ける。
『筋力:812』『敏捷:640』『剣術熟練度:S』
『対象(俺)への好感度:∞』『対象(俺)への依存・執着度:∞』
『独占欲:∞』『嫉妬度:∞』
『他の男との会話:今週3回』『威嚇行動:1回/成功率0%』
――ユークの独占欲パラメータが、なぜか俺の行動記録まで持っている。
見間違いどころか、鑑定するたびに、ユークに関する新しい項目が勝手に追加されていく。
意味が分からない。
しかも最後の一行が、地味に不穏だ。
威嚇って何だ。誰にだ。
そのまま、これまでのユークの言動を思い返してみる。そういえば、今週始めの合同依頼のとき、やけに渋って、他のパーティを睨んでいたような……あれは単に「苦手なタイプなんだ」と思っていたが。
夜営の順番を決めるときも、いつも俺の隣を「たまたま」引き当てていた。
……今更ながら、それにも意味があったのではないかと思えてくる。
考えれば考えるほど、思い当たる節が芋づる式に出てきた。
ユークは近くの岩に座り剣を膝の上に横たえ、刃に残った血を布で丁寧に拭っている。
気づけば、また口に出していた。
「……独占欲∞って、嘘だろ」
「待て」
剣の手入れをしていた、ユークの手が止まった。
「言え」
ユークが静かに立ち上がる。
手には、まだ拭いかけの剣と布。抜き身の剣を持ったまま近づいてくる姿には、有無を言わせない圧があった。
剣先はこちらへ向いてすらいない。
それなのに、息が詰まる。
三年間、幾度となく戦場でこの男の背中を見てきた。だが、真正面から向き合って、これほどの威圧感を覚えたのは初めてだった。
「言うんだ」
ここまで来て誤魔化しても無駄だろう。
「どっ……独占欲∞、嫉妬度∞。あと、他の男との会話は今週三回、威嚇行動一回、成功率0%」
一息に言い切る。言ってしまってから、自分の声がわずかに震えていたことに気づいた。
ユークはしばらく黙っていた。
「……そうか」
それだけ言って、少しだけ目を伏せる。
無表情なはずのその顔に、初めて見る種類の困惑が滲んでいた。
「威嚇成功率のところ、余計だ」
「そこはツッコむのか」
沈黙が落ちる。
焚き火の薪が爆ぜる音だけが、やけに大きく響いた。
それから、何かを振り切るように短く息を吐いた。
「元々、隠していたつもりはない。ただ、気づかれないとは思っていた。」
「思いっきり隠してただろ!三年間!」
それは隠していたと言うのではないだろうか。
俺の隣へ腰を下ろし、手にしていた剣と布を静かに脇へ置く。
これまでの「たまたま隣」ではない。
明確な意思を持って、さらにこちらへ寄る。
次の瞬間、鎧越しに肩が触れた。
「ちょ、近い」
「今更だろう」
「今更で片付けるには距離感が急すぎる」
「知られた以上、遠慮する理由がない」
これが「開き直り」というやつか。
無口な男の開き直りは、距離だけは容赦なく詰めてくるらしい。
触れられた側のはずなのに、なぜかこちらの方が熱を持っている気がした。
「……お前、いつからそうだったんだよ」
「知らない。ずっとだ」
「それは、これからも変わらないってことか」
「悪いか」
そう言って、男は真っ直ぐこちらを見た。
冗談でも、勢いでもない。
その瞳には、迷いも照れもなく、ただ当たり前のことを告げているような強さがあった。
吸い込まれそうになる。
気づけば、こちらの方が言葉を失っていた。
不思議と、嫌ではなかった。
……むしろ。
そう思った自分に気づいて、慌てて首を振る。
ふと、視界の端にウィンドウが浮かんだ。
反射的に確認すると、そこには新たな文字列が表示されている。
『【鑑定】のスキル情報が更新されました』
『特殊条件を満たしました』
『特殊条件:対象への認識変化を確認』
『対象への興味・関心値が一定以上に到達しました』
『対象:ユーク(剣士)専用モードに移行しました』
『※他対象への鑑定精度は今後低下します』
「……は?」
思わず声が裏返った。
規格外だと思っていた鑑定スキルは、今この瞬間、俺の意思とは無関係に、たった一人の男の感情を追い続けるためだけの機能へと変わってしまったらしい。
ありえないだろ。
「……また何か見えたな」
「なっ、何で分かるんだよ」
「顔に出てる」
それだけ言って、ユークは焚き火へ視線を戻した。
しばらく炎を眺めたあと、独り言のようにぽつりと続ける。
「隠すのが下手だな、お前は」
図星だった。
何と答えていいか分からず黙っていると、視界の端のウィンドウが、また勝手に更新される。
『本音:今この瞬間、抱きしめたい(自制中)』
――なっ!?!?
思わずユークの顔を二度見する。
当の本人は相変わらず涼しい顔で、焚き火の炎を眺めている。
……だが、その口元だけが、ほんのわずかに緩んでいた。
これはもう、便利とかそういう次元の話じゃない。
どうやら俺の鑑定スキルは、ユーク限定で妙な方向へ進化してしまったらしい。
お読みいただき、ありがとうございました。
鑑定スキルが妙な方向へ進化してしまいましたが、剣士が責任を持って面倒を見ますのでご安心ください。
少しでも楽しんでいただけましたら、評価・感想・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。




