「なりもの入り」が定番?実野菜の話、きゅうり編
前のエピソードで述べたように、トマトは比較的安定して手堅くスタートダッシュできる作物だが、もしも、人間として規格外の体力があるとか、家族数人でバッチリ手間と労力を掛けてもいいという場合は、きゅうりを作るという手もある。
ちなみにこれは新規就農としてはお勧めしない。稼ぐ額が大きいので話と通帳の額は派手だが、きゅうりはブラック労働エピソードに事欠かない呪いの作物である。借金に追われて来年の命すら惜しくないというのでなければ、新規で始めるのはやめておこう。
ここからは与太話の1種として話をしよう。
きゅうりはおそらくこのタイトルに出てくる全ての野菜のなかで2番めに年間売り上げが高い作物である。
きゅうり農家には豪農が多い。売り上げが1000万円に届く生産者は決して少なくない。そして売り上げの割には投資額が少なく、差し引きでの荒利がとても大きいのだ。もちろんそれと引き換えになるものは多々あるのだが。
ここからは複数の農家さんの話から大体こんな感じ、というのを語っていく。
例えば東北のきゅうり農家は例外なく夏秋きゅうり農家である。読んで字のごとく夏から秋にかけてハウスで収穫し販売する。最近は本当に初霜が遅くなったので11月初旬までハウスが稼働している場合が多い。
ニーズの高まる時期に作れるわけなので、当然売り上げは高くなるわけだ。そういう意味では素敵な仕事と言えるかもしれない。1日換算10万円を稼げるというのは別に誇張ではない。単に事実だ。
さあ、では怖ろしい話もしなくてはならない。収穫最盛期のきゅうり農家さんの平均睡眠時間は、1日何時間くらいだろうか。
約4時間である。繰り返す。きゅうり農家さんの繁忙期はおよそ4時間しか眠れない。その他の時間は、風呂と食事、洗濯と掃除以外ほとんどきゅうりを収穫し、箱に詰め、各地域の農協集荷場へ持っていく作業に当てられている。
繁忙期の長さはその家々の出荷計画にもよるが、2ヶ月から3ヶ月にも及ぶ。いくら稼げるとはいえ、1日16時間労働を3ヶ月やると言い換えたらどうだろうか?耐えきれるだろうか?
きゅうりはなぜそんなにも極端な負荷を生産者に強いるのだろう。答えはきゅうり自身の成長の早さである。
きゅうりの収穫は、驚くなかれ、1日なんと3回もある。朝、花がしぼんで大きくなり始めたきゅうりは昼過ぎには採り頃になるというのだから驚きだ。大きくなり過ぎれば当然価値がなくなるためベストなタイミングを逃さぬように収穫回数を増やすしかない。
そしてそれを箱に詰める。スーパーで箱に綺麗に整列したきゅうりをみたことはあるだろうか?
あれは生産者が山のように収穫してきたきゅうりを並べながら入れているのだ。手作業なのだ。それを1日、数十箱、多ければ百箱に届く量捌き続ける。きゅうりに日曜日はない。当然生産者にも休みはない。
だからきゅうり農家は農家の中でも一、二を争うブラック労働なのだ。きゅうり農家にサブロク協定も何もない。ただ毎日毎日、きゅうりが実り続ける限り収穫し箱に詰め続ける作業が膨大に続いている。真冬なのに背筋が寒くなる話をするつもりはなかったのだが事実なので仕方がない。
私自身も身の回りで地獄の責め苦のようなきゅうり農家の繁忙期の話を聞くたび、きゅうりの商売だけはしまいぞと何度も思わされたた。
もちろん体力があればしっかり稼げる良い稼業だろうが、私がそんな真似をしたら自らの生命を切り売りすることとどれだけ違うというのか。シーズンの終了を待たず人生が終了するに違いない。
こんなことばかり言うと、ではきゅうりは悪い作物なのかと思われるかも知れないが、これもトマトのときと同様、ほぼ半年間の話である。オフシーズンはまずゆっくり休み、暇なら働きに出ることもできる。収入が大きいためお金をかける趣味に時間もひと月まるまる費やすような遊び方もできる。それがキュウリのよいところである。実際私の知っている農家さんは夏こそ寝る間もないほど忙しいが、冬はスポーツカーでサーキットに入り浸っているという。お金があればこその楽しみ方だろう。実にマッシブ。夢があると言われれば確かにあるのだ。
「なりもの入り」にはオススメしかねるが、気の合う仲間何人かで始めるとか、身体の頑丈な人、頭が切れる生産計画の上手い人などは、一度挑戦してみてもいいかもしれない。きゅうり御殿は夢物語ではなく、今も日本で続いている現実なのだから。
きゅうり農家の売上というのは返す返すも凄まじく、トマトと同じくらいの面積で投資額もそこまで大きく変わらないのに約2倍の売り上げを叩き出す。
だが悲しいかな、人として限界を超えた作業量に襲われて心身を壊す人も少なくない。悲劇的な話を聞くこともある。世間一般のキツい農業のイメージには間違いなく、きゅうり農家のような激務の襲う作物のイメージが含まれていることだろう。
もちろんその作業量を捌き切った誰かのおかげで1年中いつでもスーパーにはきゅうりが並ぶのだから、農家さんには頭が上がらない。きゅうり農家の皆様、本当にいつもお疲れ様です。




