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7 暗闇に響き渡る笛の音

 夜道を歩く鏡太朗は、不安そうに葬儀屋のおばあさんに訊いた。

「葬儀屋さん、夜十時を過ぎたら何が起こるんだろう? 何か知らないの?」

「村人の間には、夜十時を過ぎると恐ろしいことが起こると先祖代々伝えられ、外出を禁じられてきたのじゃ。じゃから、わしら村人は、夜十時が近づくと家から外には出ずに寝てしまうのじゃ。どんな恐ろしいことが起こるのかは、わしらにもわからぬ。ただ、夜十時を過ぎて村に滞在した余所者は、たとえ家の中にいたとしても、次の日の朝には、村を縦断する朝死川に惨たらしい死体となって浮かぶことになるのじゃ。生き延びた余所者は、未だかつて一人もおらぬと言われておる」

 鏡太朗は胸の中に広がっていく不安を感じながら、恐る恐る質問した。

「惨たらしい死体って……、どんな……?」

 おばあさんは重々しい表情で視線を落とし、しばらく無言で歩いていたが、やがて溜息をつくと、ためらいながら口を開いた。

「……鋭い刃物で……体中を滅多刺しにされているのじゃ」

 鏡太朗は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。突然、鏡太朗は両目を見開いた。

「誰だ?」

 鏡太朗は後ろを振り返りながら叫び、背後を懐中電灯で照らした。しかし、そこには誰もいなかった。

「驚いたのじゃ! 一体どうしたというのじゃ?」

 おばあさんが驚きの表情で鏡太朗に訊くと、鏡太朗は緊張した表情のまま言った。

「驚かせてすみません。今、後ろから誰かに見られている視線を感じたんです。気のせいですね、きっと。急ぎましょう」

 鏡太朗はおばあさんと一緒に先を急いだ。その背後の畑では、黒いかぼちゃの実と葉っぱが不自然に揺れており、複数の何かがガサガサと音を立てながら動き回っていた。


 もみじはもう一人のおばあさんと一緒に、それぞれが手にした懐中電灯の灯りを頼りに畑の間の暗い農道を進んでいた。やがて、二人の前方に神社の建物が見えてきた。

 古くて立派なその神社は広大な広場の中心に建っており、その広場は等間隔で地面に打たれた高い杭で囲まれていた。杭には、高さ二メートルの位置に、黒いしめ縄と血で染められたような赤黒い紙垂(しで)が張り巡らされており、神社には鳥居がなかった。手前にある拝殿の前面上部には、横長の黒い神前幕が掛けられ、そこには円の中に正三角形が描かれた神紋が白く染められていた。

 神社の裏側に古くて大きな建物を発見したもみじは、おばあさんに訊いた。

「葬儀屋さん、神社の裏のでっけぇ建物は一体何すか?」

「あれは世界中の危険な呪われた物を預かり、保管している蔵じゃ。危険じゃから、村人が中に入ることは禁じられておる」

「そうだ! 咒嗟(じゅさ)という名前の仮面をつけた女を知らねぇですか? それから、漆咒(しつしゅ)(はく)という名のでかい人形と、怨咒(えんじゅ)という名の小さい人形は?」

「聞いたことがないのう。そんな女は見たことがないし、そんな人形も聞いたことがない。もし、その人形が危険な呪われた物であれば、そこの蔵の中じゃろう。わしら村人は、蔵の中に何があるかは知らぬのじゃ。

 そういや、誰もいないはずのこの蔵の中から、時々、背筋が寒くなるような不気味な笛の音が聞こえるのじゃ。蔵の中から話し声が聞こえたと言う者もおる」

 もみじの目が鋭く光った。

『あいつら、普段はこの蔵の中にいるに違いねぇ! 村人に見られないように、あのワープする黒い雲で蔵の中と村の外を往来してるんだ。だとすると、まふゆはあの中か? この神社の神子(みこ)を名乗る奴も、あいつらの仲間だと見て間違いねぇ! ナツも危険だ! ナツを救い出してから、あの蔵でまふゆを助けるぞ!』

「葬儀屋さん、ここまで連れてきてくれてサンキューっす! あとは一人で大丈夫だから、鏡太朗たちが女の子を探すのを手伝ってもらいてぇんですが……」

「わかったのじゃ。早く行方不明の子を探さないと危ないのじゃ」

 おばあさんは今来た道を引き返し、畑の間の農道を歩いていった。もみじは、おばあさんの後ろ姿を見送った後、燃え上がるような目で正面の神社を睨んだ。

『ナツ、まふゆ、待ってろ。ぜってぇにあたしが助けるからな!』


 鎌と懐中電灯を手にして歩く鏡太朗とおばあさんが農道を抜けると、サッカーコート二面分くらいの広さのグラウンドに到達し、おばあさんがグラウンドについて説明を始めた。

「このグラウンドは、わしが子どもの頃には、運動会などの村の行事や子どもの遊び場として使っていたものじゃが、村人が高齢者ばかりになってからは、そのように使うことはなくなり、今ではヘリコプターの発着場として使っているのじゃよ。グラウンドの奥を見てみい。村全体を囲むようにどこまでも続く黒い鎖苦拉(さくら)の森が見えるじゃろ?」

 グラウンドの奥に見える暗い森は、まるで村全体を囲む壁のように、左側にも右側にもどこまでも続いていた。

「この森はとてつもなく広く、森の切れ目は村を縦断する朝死川が村に流れ込む場所と、流れ出る場所、車が出入りできる唯一道路の三箇所しかないのじゃよ」

 鏡太朗がグラウンドの左側に目を向けると、杭と黒いしめ縄、赤黒い紙垂(しで)で丸く囲まれた墓地があった。円形になっている墓地の敷地の直径は、グラウンドの奥行きと同じくらいの長さで、墓地の中には老朽化した木製の墓標が無数に並び、墓標に墨で書かれた(おくりな)と呼ばれる死後の名前や、帰幽日と呼ばれる命日は判読が困難なほど色褪せていた。

 鏡太朗とおばあさんが、森に向かってグラウンドを進んで行くと、円形になっている墓地が段々近づいてきた。

「これは『朝死川霊園』じゃ。わしらには見えんが、神子(みこ)様が仰るには、霊園の中では幸せそうな幽霊が元気に過ごしているそうじゃ」

 鏡太朗は呆然として霊園を見つめた。鏡太朗の目に映る霊園の様子は、二百体以上の老若男女の幽霊が絶望の表情を浮かべ、うなだれて佇んでいるというものだった。

神子(みこ)様を補佐して神社を切り盛りしている禰宜(ねぎ)様が、ヘリコプターで全国を回り、浮かばれずにこの世を彷徨う浮遊霊や地縛霊をこの霊園に連れてくるのじゃ。禰宜(ねぎ)様は、全国を回る旅と村への滞在を、三か月ごとに交互に繰り返しておられるのじゃ。ちょうど今夜、年に一度の儀式のために、村へお戻りになるはずじゃ。

 年に一回のその儀式で、神様が霊園にいる全ての幽霊を神様の国へお連れになり、幽霊たちは神様の国で幸せと安らぎの中で、永遠に過ごすとのことじゃ。とても素晴らしいことなのじゃ。わしは特別な能力を持っておらんから、霊園にいる幽霊たちの活き活きとした幸せな顔を見ることができなくて、とても残念じゃよ」

 おばあさんは優しい笑顔で満足そうに言った。しかし、鏡太朗の目に映る幽霊たちは何かにひどく怯え、救いを求めるような眼差しで鏡太朗をじっと見つめていた。

「あんた、俺の姿が見えてるんだろ? 目が合ったよな! 頼む、ここから出してくれーっ!」

 一体の中年の男性の幽霊が、鏡太朗に向かって叫んだ。その叫びが合図であるかのように、幽霊たちは次々と鏡太朗の方へできるだけ近づいてきたが、黒いしめ縄を超えて霊園から出ることはできなかった。

「お願い、助けてーっ!」

「ここから出してーっ!」

「今すぐ、ここから出してくれーっ! 頼むーっ!」

 老若男女の幽霊たちは、鏡太朗に向かって必死に叫び続けた。鏡太朗は悲痛な表情で俯きながら、前方の暗い森に向かって歩き続けた。

『幽霊たちの恐怖と悲しみと絶望の感情が、ひしひしと伝わってくる……。でも、ごめん。みんなの話を聞いてあげたいけど、今は切子ちゃんを助けないと……。後で必ず戻ってくるから、今は……ごめん……』

 鏡太朗は目に涙を浮かべて、前方に近づいた森を睨んだ。

 鏡太朗とおばあさんを追うように、複数の何かの気配が微かな足音を立てながら、二人の後ろをついて行った。


 たくさんのロウソクの灯りで照らされた神社本殿では、激しい目眩と頭痛、吐き気に襲われながら、ナツが何とか立ち上がろうとしていた。その背後で、神子(みこ)が冷たい笑みを浮かべてナツに言った。

「お前が生き残る術は一つしかない。すぐにその左腕を斬り落とすことじゃ。左腕を失うことにはなるが、体を腐らせるその怨念が胴体を蝕むと手遅れになる。余がその(のろ)われた左腕を斬り落としてやろう。感謝するがよい」

 片膝をつき、よろよろと立ち上がろうとしていたナツは、神子(みこ)の話を聞いて目を大きく見開いた。

『そ、そうか……。左腕さえ捨てれば俺は生きていられるのか……。だが、左腕を失うのは怖い。そんなのは絶対に嫌だ! 左腕を失うくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ! でも、死ぬだって嫌だ……。死にたくない……。俺は一体どうしたらいい……?』

 ナツは悲痛な面持ちで葛藤し、その目には涙が滲んでいた。その時、ナツの脳裏にまふゆのギラギラした目で笑う姿が浮かんだ。

『まふゆ! そうだ、俺はまふゆを助けるんだ! 咒嗟(じゅさ)漆咒魄(しつしゅはく)怨咒(えんじゅ)を倒すことは難しい。合理的に考えて、あいつらからまふゆを救い出すためには、俺は最大限の戦闘力を維持していなければならない!』

 ナツは立ち上がって悲壮感溢れる目で神子(みこ)を真っ直ぐ見据え、力強く叫んだ。

「俺は妹を絶対に助け出す! 化け物どもと闘って妹を救うためには、この左腕が必要なんだ! たとえ命を失うことになっても、妹を助けるために、俺はこの左腕と一緒に闘い続ける!」

「浅はかじゃな。どのみち妹は助からぬ。お前が世迷い言を言うのなら、今すぐお前の左腕を斬り落としてやろう」

 ナツは目を見開いた。

「妹は助からぬだと? 何か知ってるな? お前はあいつらの仲間なのか?」

「あいつらだと? 咒嗟(じゅさ)怨咒(えんじゅ)のことか? あのような者どもが、たっとき神の声を聞く者である余の仲間であるはずがなかろう」

「やはり咒嗟(じゅさ)怨咒(えんじゅ)のことを知ってるな?」

 ナツの表情は怒りに満ちていた。

「無論じゃ。咒嗟(じゅさ)怨咒(えんじゅ)は余の忠実な手下じゃ。余の手持ちの駒に過ぎぬ者どもを仲間扱いするなど、無礼にもほどがあるぞ」

 神子(みこ)の目つきと声は、冷たい怒気を孕んでいた。

「お前が黒幕だったのかああああああああああっ! 古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊しょうすはくげんのみことよ! その御力(みちから)を宿し給え! 灼熱之槍!」

 ナツの両手に、刀身が朱色の炎に包まれた朱色に輝く槍が出現した。

「妹はどこだ? 早く妹を返せ!」

 ナツは激しい怒りに燃える表情で叫んだ。しかし、神子(みこ)はナツを見下したような薄笑いを浮かべていた。


「ナツ! 無事かあああああああああああっ?」

 そこに、もみじが懐中電灯を手にして土足で本殿に駆け込んできた。もみじは灼熱之槍を構えるナツを見て、一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐにナツの前に出て神子(みこ)を睨んだ。

『ナツ、聞こえるか? あたしは今おめぇの心に話しかけている』

『ああ、聞こえてる。こいつが咒嗟(じゅさ)怨咒(えんじゅ)の親玉だ』

『あたしもさっきそれに気づいた。それよりも、今すぐ目ぇ瞑って深呼吸しろ。息を吸う時に、白い光が自分の中に入って自分の中に溢れ、溢れた白い光がバリアになって呪いの力から守ってくれるのをイメージするんだ』

 ナツは、もみじの後ろで目を瞑って深呼吸を始めた。もみじは警戒した表情で()()に言った。

「あんたが神子(みこ)か? 一見すると普通のばあさんに見えるが、あんたの深いところからとんでもなく強い呪いの力を感じる。あんた、何者だ?」

 神子(みこ)は狂気を感じさせる笑みを浮かべた。

「ふふっ! お前には余の内に秘した咒靈力(じゅれいりょく)が感じ取れるのか? 褒めてつかわそう。お前からは膨大な霊力が感じられる。余はお前のような者が来ることをずっと待っていたのだ」

 ナツが目を開いて鋭い目で神子(みこ)を睨み、心の中でもみじに語りかけた。

『もみじ、やっと普通に動けるようになった。ここは俺に任せて、まふゆを見つけて救い出してくれ』

『ナツ、このばあさん……。すげぇ強力な呪いの力を秘している。恐らく、めっちゃ強いぞ』

『相当苦戦することは予測している。だとしても、客観的に考えて、俺よりもまふゆと心で会話ができるもみじの方が、まふゆを探し出せる可能性が高い。しかも、咒嗟(じゅさ)漆咒魄(しつしゅはく)怨咒(えんじゅ)からまふゆを取り戻すことも、戦力的に考えると、俺よりももみじの方が成功の可能性が高い。俺がこいつを引き受けて、もみじがまふゆ救出に向かうことが合理的だ。まふゆを無事に救い出してくれ! 頼む!』

『わかったぜ。だが、ぜってぇに死ぬなよ!』

 ナツは無言でもみじに微かな笑顔を見せた。もみじは神子(みこ)に背中を向けて、本殿から走って出て行った。

 神子(みこ)は薄ら笑いを浮かべながら言った。

「お前の妹を助けに行ったか? 無駄な足掻きだというのに。それに、お前たちは誰一人この村から出ることなど叶わぬのだ。たとえこの場におらずとも、今の女は余の掌中にある。

 さあ、まずはお前の左腕を斬り落とそうか。切断された自分の左腕が腐っていき、少しずつ朽ち果てていくのを喜びとともに見つめながら、命が助かったことを余に感謝し、感激の涙を流し続けるがよい」

 神子(みこ)は冷笑を浮かべたまま両腕を水平に広げ、 ナツは警戒しながら灼熱之槍を構えた。


「危ないんじゃーっ!」

 黒い花弁が舞い落ちる暗い森で、おばあさんが鏡太朗の足元に鎌を振り下ろした。鏡太朗は驚いて足元を懐中電灯で照らすと、紫蘇の中におばあさんが振り下ろした鎌が深々と突き刺さっており、おばあさんが鎌を持ち上げると、鎌に頭部を貫かれたマムシの死体が紫蘇の中から姿を現した。鏡太朗は驚きながら、おばあさんにお礼を述べた。

「あ、ありがとうございます……。もう少しで噛まれるところでした」

「何のこれくらい。わしに惚れ直したじゃろ?」

 おばあさんは鏡太朗を見つめてウインクをした。

「ははは……」

 鏡太朗は、答えに困って曖昧に笑った。


「おーい」

「おーい、誰かいないかーっ?」

 鏡太朗が振り返ると、七十代から八十代のおじいさん四人とおばあさん四人が、長靴を履いて手に懐中電灯と鎌または棒を持ち、暗い森の中で誰かに呼びかけていた。その中のおじいさんが鏡太朗と葬儀屋のおばあさんに気がつくと、大きな声で呼びかけてきた。

「おーっ、葬儀屋さーん! 今、村の者全員が手分けして、行方不明の女の子を探しているところじゃーっ!」

 鏡太朗と葬儀屋のおばあさんは、八人のおじいさんとおばあさんが近づいてくるのを足を止めて待った。鏡太朗は、村人たちの優しさ溢れる行動を目の当たりにして、感激して涙ぐんでいた。

「みなさん……、何の縁もない俺たちのために、こんなに一生懸命になってくれて……。本当に、本当にありがとうございます……」

 鏡太朗は、近くまで歩いてきた八人のおじいさんとおばあさんに深々と頭を下げ、鏡太朗の両目から涙が零れた。

「気にすることはないんじゃ。困った時はお互い様じゃ」

「こんなこと、人として当たり前のことじゃよ」

 おじいさんとおばあさんたちは、屈託のない笑顔を見せた。

 その時、八人のおじいさんとおばあさんの背後の地面に生い茂った紫蘇が大きく揺れ、その揺れはおじいさんとおばあさんに向かってゆっくりと近づいていった。

 

 もみじは神社の裏にある巨大な蔵に向かって走っていた。

『この土地全体から強力な呪いの力が立ち上っているが、それに加えてこの蔵からは膨大な呪いの力を感じる。咒嗟(じゅさ)漆咒魄(しつしゅはく)怨咒(えんじゅ)、それに世界中から集められた危険な呪われた物の呪いの力なのか……?』

 もみじは、強い緊張と不安が心と体に広がっていくのを感じていた。

 もみじは蔵の入口に到達し、懐中電灯で扉を照らすと、扉は古い木製の両開きのもので、そこには鉄の(かんぬき)が取り付けられており、(かんぬき)にかけられた鍵が無断の侵入を拒んでいた。


 まふゆは暗闇の中で闇でできた棘だらけの枝に捕らえられ、その顔は短時間ですっかりやつれきっていた。

『体中に呪いの力が満ちていく……。心だけは呪いの力に蝕まれないように、心を希望と光で満たすんだ!』

 まふゆは自分にそう言い聞かせると、心の中が白い光で満たされていることをイメージした。白い光のイメージの中に、額に包帯を巻き、左頬にガーゼを貼った母の顔の記憶がふと浮かび上がった。

『お母さん……。助けて……』

 まふゆは心に浮かぶ母の笑顔に向かって救いを求めた。まふゆのイメージの中の母は優しく微笑むと、その顔はもみじの笑顔に変わった。

『もみじさん! 助けて! もみじさん!』

 まふゆは、心の中のもみじの笑顔に向かって必死に叫んだ。


「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ。その御力(みちから)を宿し給え。一条之稲妻あああああああああああああああっ!」

 もみじの叫び声とともに、まふゆの前方を覆う闇の向こう側で巨大な雷が水平に走り、蔵の扉とその奥の引き戸を吹き飛ばし、その雷の光が蔵の中を一瞬明るく照らした。蔵の中にはたくさんの棚が設置され、そこには古今東西の様々な人形、甲冑、仮面、刀剣や多種多様な道具、人間や様々な動物のミイラなどがぎっしりと置かれていた。蔵の内部に吹き飛んだ扉と引き戸は雷で発火し、その炎が蔵の中に足を踏み入れたもみじの姿を鮮やかに浮かび上がらせた。

「も、もみじさん……」

 まふゆはやつれた顔に微笑みを浮かべ、その目からは大粒の涙がポロポロと零れた。

「もみじさんが……来てくれた……」

 もみじは暗い蔵の奥を懐中電灯で照らしながら、まふゆに呼びかけた。

「まふゆーっ! ここにいるのかーっ? おめぇの心の叫びが今聞こえたぜええええええっ! 暗くてよく見えねぇ! いたら返事をしてくれええええええっ!」

 まふゆは胸いっぱいに溢れ出した喜びと感動で体を打ち震わせ、その頬には次から次へと歓喜の涙が流れ続けた。

「もみじさああああああああああああああああああん!」

 まふゆは涙を散らして力の限り叫んだ。

「まふゆ!」

 もみじが一歩足を前に踏み出そうとした時、蔵の中に不気味な笛の音が響いた。 

咒嗟(じゅさ)の笛か? はっ!」

 笛の音が続く中、蔵に置かれた人形や甲冑、仮面、ミイラなどが目を開き、一斉にもみじに顔を向けた。顔や目のない刀剣や道具も、もみじに顔を向けたかのように、一斉に向きを変えた。

『とんでもねぇ数の悪霊があたしを見てやがる! こいつらの呪いの力……、破裂寸前の風船みてぇにどんどん膨れ上がってる! な、何だ、こりゃああああっ?』

 もみじは自分の足元を見て愕然とした。

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