22 いつ爆発するかわからない爆弾
未舗装の夜道を進むもみじのSUV車が舗装道路に到達すると、車は舗装道路を走行し、それまで続いていた揺れと振動が収まった。
運転席ではもみじが険しい顔でハンドルを握っており、助手席に座るまふゆは、青ざめた顔をして前方に続く夜道を見つめていた。後部座席にはナツと凍りついて気を失っている切子が座っており、ナツは以前の肌の色になった左腕を押さえるように右手を置き、窓の外を睨んでいた。
助手席に座るまふゆが、運転しているもみじに訊いた。
「ねぇ、もみじさん。あたしたち、気がついたら森の出口に倒れていたよね? あれだけひどかった傷も治っていた……。何がどうなってるんだろう?」
「あたしにもわかんねぇよ。今回はわからねぇことだらけだ……」
「ね、ねぇ、もみじさん。切子の中から出てきたあの影は一体何? 何かが切子に取り憑いていたの?」
正面を向いて運転するもみじは、深刻な表情を浮かべた。
「いや、もっと厄介なものだ。あれは……悪魔だ。あの時、切子の心が分裂して、新しい悪魔が誕生したんだ。たぶん後ろで気を失っている切子は、もう誰かを襲うことはねぇだろう……」
まふゆとナツは目を見張った。
「悪魔? もみじさん、悪魔って何?」
もみじは、目の前の道を睨みながら答えた。その頬には、一筋の冷や汗が流れていた。
「悪魔は人間の心の闇が命を持った存在なんだが、とても厄介なことが四つある。
一つ目は、悪魔の体は人間の心でできていて、物質になることもできれば、心と同じ思念体という状態になることもできる。元々物質ではない悪魔は、ダメージを与えることも、殺すこともできねぇ」
まふゆとナツは愕然とした。
「二つ目は、悪魔が使うのは普通の霊力だが、人間とは違って、扱える霊力の量は肉体による限界というものがねぇんだ。だから、とんでもねぇ量の霊力を操ることができる」
まふゆとナツの表情に緊張が走った。
「三つ目は、悪魔は人間の心の中に入り込むことができる。全ての人間の心は、その奥底では繋がっているんだが、悪魔はそこを自在に移動し、特定の人間の心に潜り込み、心の中から人間の心を攻撃できるし、そこから外の世界に出ることもできる。悪魔に狙われたら、逃げることは難しいんだ。切子から分裂した悪魔は誕生したばかりだから、今すぐにはそんなことはできねぇと思うが、自分が持つ能力を自由に使えるようになったら、恐らくもう逃げられねぇ」
まふゆとナツの不安と緊張が高まっていた。
「四つ目は、切子が鏡太朗を殺そうとした自分の心と葛藤して、その心を追い出してあの悪魔が誕生した。だから、あの悪魔は鏡太朗を殺すことを欲し、そのことに執着し続けるだろう……。鏡太朗が危ねぇ……。
しかも、鏡太朗の中に封印している悪霊の集合体は、さっき見た時、飛躍的に呪いの力を高めていた。今度封印を解いたら、もう手がつけられねぇ。鏡太朗と鏡太朗の周りにいる人は、いつ破滅するかわからねぇ。
ちくしょう! いつ爆発するかわからねぇ爆弾を、色んな奴から別々の荷物に仕掛けられて、同時に持ち運んでいる気分だぜ!」
もみじは沈痛な面持ちで目の前の夜道を睨んだ。
『いつ爆発するかわからない爆弾か……』
ナツは右手で力いっぱい左腕を掴み、窓に映る自分自身の顔を鋭い目つきで睨んだ。
空が薄明るくなった黒い桜の森の中で、神子は奇妙に曲がりくねった枝に吊るされた人形から、右手に持った新しい呪い玉の中に悪霊を移し替えていた。悪霊が宿って呪いの言葉を喚きながら揺れていた人形は、神子が呪い玉をかざすと、白い光の粒が抜け出て呪い玉の中に消えていき、その後は動くことも喋ることもなくなって静かになった。
神子は、後ろに立つ咒恨に向かって言った。
「咒恨よ。最初は力が弱かった悪霊どもも、このように長い間吊るしておき、大地から放射される咒靈力を吸収する内に、強力な悪霊に育っていく。禍忌凶怨咒尊様の無限の咒いの恵みの賜物であるな」
咒恨が弱々しい口調で言った。
「神子様〜。長い間ずっと一緒にいた怨咒と咒嗟がいなくなったなんて、信じられませんよ〜。だからと言って、あいつらの分まで俺が忙しくなるのは嫌ですよ〜」
神子は、いつものような尊大な口調で言った。
「怨咒と咒嗟の穴を埋めるべく、余は三体の惨狂をつくることとしよう。一体は余の中に秘し、残る二体にはこの村を守らせることとしよう。
咒恨よ。お前は余の新たな憑代を探し出し、ここへ連れてくるのだ。さらに、村で暮らす若者も集めて参れ。咒いが支配する世界が実現するその日まで、この村は存続せねばならぬのだ。
この村は咒いの世界を築くための実験室であり、村の者は咒いの世界の住民の在るべき姿なのだ。人間の心には日々咒いの気持ちが生じ、咒靈力を生み出し続けている。人間というものは、咒いと共存する以外に存在し得ないものなのじゃ。
しかし、この村の者に限っては全く邪気がなく、憎しみも、争いも生じることがない。それは、村の者の中に秘す悪霊どもが、村の者の心の中に生じた咒いの気持ちや、他者に新たな咒いを生み出させる邪な心、咒靈力を吸収しているからなのだ。
日中は生者の魂が体を支配し、生産活動と文明の維持発展を担いながら咒靈力を生み出し続け、その咒靈力は体に秘す悪霊が吸収して活力とし、夜は生者と入れ替わった悪霊が支配する世界、それこそが禍忌凶怨咒尊様が目指しておられる咒靈力が支配する持続可能な未来の姿なのじゃ。
その理想の世界を実現される禍忌凶怨咒尊様の御子が、真の力に目覚められる日は近いのじゃ。ふふふふっ」
神子は満足そうに笑い声を上げた。
咒恨が足元の紫蘇の群生に目を向けると、紫蘇の葉が一斉に笑っているように揺れており、呪われた大地も笑っているように感じられた。
「禍忌凶怨咒尊様も笑っておられる……のかな?」
午後の日差しを浴びている三万人を収容するアリーナでは、満員になっている観客たちが、ライブが始まる瞬間を今か今かと熱い期待を胸に待ちわびていた。
アリーナ入口に設置された大型ビジョンには、ライブタイトル『リリィ・ファースト・アリーナ・ライブ「天使と悪魔」』の文字と、黒い仮面で目と鼻を隠し、口と下顎だけが見える黑リリィのアーティスティックな画像が映し出されていた。
「リリィって凄えよな! 激カワだから街でスカウトされて、歌ってみたらあのエモい歌声だもんな!」
「あの歌声はヤバいよ! うちもリリィのバラードは何回聴いても泣いちゃう!」
「あんなに魂込めた歌で、聴く人みんなを感動させるんだから、リリィってめっちゃ純粋で優しい女の子なんだろうな〜」
「でも、デビューして一年でアリーナ、しかも、初ライブがアリーナってヤバくない? おまけに、生リリィの初お披露目が今日のこのライブで、その瞬間に立ち会えるなんて、めっちゃ幸せ〜」
「リリィってさ〜、プライベートの情報を一切公開してないから、謎めいてるんだよな〜。もしかしたら、人間じゃなくて天使なんじゃないかって、本気で思っちゃう〜!」
開演前の観客たちの期待は高まる一方だった。
「みんな〜っ! 元気〜っ?」
「わあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
会場にリリィの声が響き、観客たちは興奮のボルテージが最高潮に達して一斉に大声で歓声を上げた。
ステージ上の天井から黒い液体のようなものが降りてきて、床に到達すると、黒い液体のようなものは人の形になり、やがて黒いロリータファッションを着て、ウエーブがかかった長い髪をツインテールにして微笑みを浮かべる黑リリィの姿に変わった。
「すげえええええええっ! どんな仕掛けなんだよおおおおおおおおおっ?」
三万人の観客が一気に盛り上がった。
黑リリィは右手にマイクを出現させると、三万人の観客に呼びかけた。
「アリーナ〜ッ! 元気いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「今日は、あたしの初ライブに来てくれてありがとおおおおおおおおっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
リリィの呼びかけに、観客たちは歓喜の叫びで応答した。
黑リリィは可愛らしい笑顔で観客たちに語り始めた。
「みんなに聞いて欲しいことがあるのぉ。あたし、街でスカウトされて歌声を褒められてね、歌手としてデビューして、今日で一年になるのぉ〜」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「あたしの歌を熱心に聴いてくれるみんなのことを想いながらぁ、このアリーナのステージに立つ日を夢見て、一年間、一生懸命頑張ってきたんだけどぉ……」
観客は静まり返って、リリィの次の言葉を待った。
「飽きちゃったから、今すぐ引退するねっ!」
リリィの言葉を冗談だと思っている観客たちは、笑い声を上げた。
「どこかであたしを見かけても、ぜ〜ったいに話しかけないでね〜っ! じゃあね〜、さよなら〜っ!」
リリィは黒い液体のような姿に変わって、天井に向かって飛んでいった。その背後で楽器を構えるバンドメンバーたちは、唖然とした表情で凍りついたように身動きしなかった。
「え……、演出だろ…… すぐにまた出てきて、『本当はみんな大好き〜』とか言うんだろ?」
「そ……、そうだよな。ライブタイトルが『天使と悪魔』だから、今のが悪魔の演出で、これから天使のリリィが出てくるんだよな……」
三万人の観客がざわざわしており、スタッフと関係者が慌ただしく動き回っていた。その上方では、リリィが黒い液体のような姿で浮遊していた。
『まだ現実を受け入れられないなんて、みんなおバカさんねぇ〜。さぁ、これからどうなるか見ものだわぁ〜! ワクワクするわねっ!』
「おい……、何か……おかしくないか?」
「リリィを出せよ!」
「早くリリィを出せえええええええっ!」
三万人の観客が次々と立ち上がり、ステージやスタッフ、関係者に向かって怒りの形相で押し寄せた。
高速道路をイギリス製の白い高級車が走っていた。熟練の職人たちが仕上げた高級な木工品やレザーの見事な内装の車内では、黑リリィの父が高級なスーツを着てハンドルを握っていた。
黒い液体のようなものが、黑が運転する車を追うように飛んで来て、車の外装を通り抜けると、後部座席で人の形に変わり、リリィの姿になった。運転席の黑が、前を向いたままリリィに言った。
「リリィ、お疲れ様。面白かったかい?」
「パパ、あたしの言葉が冗談じゃないって気づいた時の観客の顔、真っ青になって動揺するスタッフと関係者の顔、どれも最高に見ものだったわぁ〜! あの瞬間のためだけに、面白くもない仕事をしてきたんだもの、一年間我慢してきた甲斐があったわぁ〜! 美味しいビールを飲むために、頑張って運動する人間の気持ちがわかるわね! でも、あの後で、あたしの姿を撮ったカメラを全部壊すのは面倒だったわよ。だって、あたしの姿が世間に知れ渡っちゃったら、これから自由に行動することが難しくなるじゃない?
あ、そうだ! パパ、そう言えば、昨日の真夜中にね……」
「リリィもあの気配を感じたのかい? どうやら、人間界に新しい悪魔が誕生したようだね」
「ねぇ、パパ。どうして人間界で生まれる悪魔は、みんな性格がぶっ壊れた困ったちゃんばっかりなのかしら?」
「リリィ、人間界で生まれる悪魔は、リリィやパパとは別の種類なんだよ。悪魔は誕生の仕方で分類すると、三つの種類があるんだ。
ほとんどの悪魔は、集合的無意識で誕生する。リリィも知っているように、人間の意識の深い部分は意識の光が当たらない潜在意識になっていて、色んな感情や記憶、思考パターンや行動パターンのプログラムなんかが、ごちゃごちゃに保管されているよね。そして、潜在意識のさらに深い部分は全ての人間の潜在意識と繋がっていて、全ての人間が共用する心の領域である集合的無意識と呼ばれる世界になる。
集合的無意識の世界では、世界中の人間から、色々な感情を帯びた心の欠片が雪のように降り続けているよね? その中のネガティブな感情を帯びた心の欠片はお互いに引き寄せ合い、くっつき合って、どんどん大きな塊になっていく。数万もの心の欠片が合体すると、独自の心が生まれて悪魔になるんだよ。ほとんどの悪魔はこうして誕生していて、パパもこうやって誕生したことは、リリィも知っているよね?
そして、リリィのように、悪魔が自分の一部を使ってつくり出した悪魔の子もいる。
パパやリリィは、たくさんの心の欠片が集まってできているから、心に偏りがなくて、バランスのとれた安定した性格の持ち主になるんだ。
でも、人間界で生まれる悪魔は一人の人間から生まれるんだ。ネガティブな心と、その心を自分から追い出したいと強烈に願う心が分裂して生まれるんだよ。一人の人間が自分から追い出したいほどのネガティブな心だからね、ほとんどが相当歪んでいて、何かに執着する偏執狂的な性格で、狂気に満ちた心なんだよ。それが独立した存在になって悪魔になるんだから、狂気に満ちた悪魔が多いのは当然なんだよ。ただ、呪いの力に心が支配されている場合は、生霊と呼ばれる悪霊に堕ちるらしいけどね」
リリィは溜息をついて、黑に言った。
「あたしが今までに見てきた人間界で生まれた悪魔は、みんなまともじゃなかったわよ。昨日の夜に生まれたのは、一体どんなぶっ壊れた悪魔なのかしら?
パパ、きっと今頃その悪魔は、帝国の連中に捕まって、集合的無意識にある悪魔の帝国に連行されているはずよね?」
「そうだね。新しい悪魔には教育をしなければ、三千年前に誕生した皇帝ザギャリーザが千年かけて築き上げた悪魔の秩序が、維持できなくなるからね」
「あたし、今日でしばらく暇になっちゃったから、暇つぶしに帝国に行って、その悪魔を見てこようかしら? 昨日誕生したのは、一体どんな困ったちゃんなのかしらね」
黑リリィは、ワクワクした顔で楽しそうに言った。
(おわり)
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます!
心から感謝します!
私は執筆する際には、頭の中に色々な場面を映像で展開させて、
その映像の内容を文字に書き起こして初稿をつくり、
後から原稿を何度も読み返して、文章表現を整え、
説明が足りない部分を書き足し、
細かな設定の揺れを修正するなどしています。
そして、いつも初稿を書き上げた後には、
抜け殻のようになって何をする気も起こらなくなり、
数日経ってから読み返しを始めています。
今回の第五話につきましては、
初稿を読み返した時、どのように話を展開させたのか
覚えていない箇所がたくさんあり、
「え? この先どうなるんだろう?」と何度も思いながら
自分が書いた物語を読むという初めての体験をしました。
皆様はいかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたとしたら、最高に幸せです!
さて、現在の構想では、本シリーズはあと七話続く予定です。
今後も一話ごとに魂を込めてつくり上げてまいりますので、
何卒、最後までお付き合いください。
今後もよろしくお願いいたします。
小雨 無限




