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18 ぼたんとの思い出

 ナツと(のろ)いの淚尽(ナツ)の攻防を見ていた神子(みこ)が、苛立ちながら叫んだ。

(のろ)いの淚尽(ナツ)よ! 何をぐずぐずしておる? 早くお前の心を制圧し、その体を支配するのだ!」

 (のろ)いの淚尽(ナツ)神子(みこ)を鋭い目で睨みつけると、神子(みこ)を狙って口から直径十センチの憤怒の咒弾(じゅだん)を発射した。神子(みこ)の隣に立っていた惨狂(さんきょう)神子(みこ)の前へ移動し、その腹部が鋼鉄に物質化して憤怒の咒弾(じゅだん)を受けると、憤怒の咒弾(じゅだん)は砕け散った。

 ナツが灼熱之槍を百五十センチ先の床に斜めに突き刺し、刀身を包む朱色の炎がその周囲の直径一メートルの範囲の床に広がり、床を焦がして消え去った。

「古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊しょうすはくげんのみことよ! その御力(みちから)を宿し給え! (せみ)時雨之破砕(しぐれのはさい)!」

 ナツは右掌から大音量のセミの声を発射し、セミの声は半透明の惨狂(さんきょう)の胸の向こうに透けて見える神子(みこ)に向かって伸びて行ったが、惨狂(さんきょう)の胸が鋼鉄に物質化してセミの声を受け止めた。

「おのれえええええええっ! 身のほど知らずがああああああああああっ! 余に楯突くとは、お前には教育が必要であるな! 惨狂(さんきょう)、この愚か者の右腕と両脚を斬り落とすのだ!」

 激高した神子(みこ)の命令を受けた惨狂(さんきょう)は、左足を踏み出しながら長い左腕をナツの右肩目がけて振り下ろし、その前腕が物質化して刀に変化した。ナツはすかさず右手で灼熱之槍を引き抜き、惨狂(さんきょう)の斬撃を受け止めたが、その瞬間、刀になっていた(さん)(きょう)の左前腕が半透明の半物質に戻って灼熱之槍を通り抜け、再び刀になってナツの右肩に振り下ろされ、ナツは目を見張った。

『しまった!』


 まふゆの体は怨咒(えんじゅ)の魂に支配され、まふゆの顔とは思えない邪悪な表情に変貌し、その一帯に生えていた闇の茨が揺らめく闇に変わってまふゆに吸い込まれていった。

「わたしくは咒靈力(じゅれいりょく)を物質化することもできれば、物質化した咒靈力(じゅれいりょく)を元の状態に戻すこともできますのよ。今吸収した咒靈力(じゅれいりょく)で、こんなこともできますわ」

 邪悪な顔のまふゆの口から怨咒(えんじゅ)の声で言葉が発せられると、まふゆの両掌の中心から闇でできた棘だらけの枝が出現し、右の枝が長く伸びながら鞭のようにもみじの左肩を打ち、棘はもみじの左肩に突き刺さり、もみじの全身に闇の雷を放出した。

「ぐわあああああああああああああああああああああああっ!」

 もみじが全身を襲う激痛に顔を歪めた時、まふゆの左掌から生えた闇の枝が伸びて、もみじが左手で持つ怨咒(えんじゅ)の水晶を呑み込んだ。水晶は闇の枝を丸く膨らませながら、枝の内側を通ってまふゆの左手の五本の指の間へ移動した。

「この水晶と一体になって、さっきまでの力を取り戻させていただきますわ」

 まふゆは怨咒(えんじゅ)の声でそう言うと、左手で水晶を頭のてっぺんへ持っていった。まふゆの頭皮から闇が滲み出ると、水晶を呑み込みながら膨らみ、闇はまふゆの髪全体に広がって棘がある七本の太い枝の形になって物質化した。

「この体は、わたくしの膨大な咒靈力(じゅれいりょく)にいつまで耐えられるかしら?」

 まふゆが邪悪な笑みでそう言った直後、その顔はいつものまふゆに変わり、まふゆの声で叫び声を上げた。

「ぎゃああああああああああああああっ!」

 まふゆの顔が再び邪悪な表情に変わり、ニヤリと笑みを浮かべた。

「わたくしには心地よいこの痛みと苦しみが、この(むすめ)には耐え難いようですわ。きっと今頃は、体が砕けるような激しい痛みと苦しみを味わっていることでしょう」

 もみじは激しい怒りで体を震わせた。

「て、てめぇえええええええっ! てめぇえええええええええええええええっ!」

 邪悪な顔のまふゆが楽しそうに言った。

「じゃあ、闘いを再開しましょう」


 まふゆの両手から棘だらけの枝が伸びて、鞭のようにもみじを次々と襲い、もみじは足捌きでそれを避けた。

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! その御力(みちから)を宿し給え! 稲妻之帯!」

 もみじの体を囲むように幅三十センチの帯の形の雷が出現すると、半径九十センチの輪になり、もみじの胸の高さでくるくると回り始め、怨咒(えんじゅ)に憑依されたまふゆが繰り出す棘だらけの枝の鞭を防いだ。

 まふゆの体が宙に浮かぶと、蝶々のような不規則な動きでもみじの背後まで移動して、もみじの右ふくらはぎを枝の鞭で打ち、その棘がふくらはぎに突き刺さったもみじは、闇の雷が全身を駆け抜けて絶叫した。

「ぎゃあああああああああああああああああっ!」

 まふゆの顔が一瞬普段の表情に変わると、涙を流して叫んだ。

「もみじさん!」

 もみじが激痛に耐えながら背後を振り返ると、すでにまふゆの姿はなく、もみじの上方五メートルで邪悪な表情に戻って宙に浮いていた。

『こ、こいつ、移動が素早い上に、軌道とスピードが変則的で動きが読めねぇ!』

 愕然とするもみじの目の前で、まふゆは蝶々のような不規則な動きで飛び回ると、五メートルの距離を挟んでもみじの正面で滞空した。邪悪な顔のまふゆがもみじに言った。

「この肉体では移動するスピードに限界があるから、咒靈力(じゅれいりょく)を使って宙を舞って移動していますのよ。移動する度に体を流れる咒靈力(じゅれいりょく)が強くなって、全身がさらなる痛みと苦しみで満たされて心地よいのですけれど、この体はいつまでこの強い咒靈力(じゅれいりょく)に耐えられるかしら? もう少しで死んでしまうかもしれませんわね。ふふふ……」

「てめぇえええええええええええええええええっ!」

 もみじは激高して叫んだ後、必死に思考を巡らせた。

『まふゆの体に攻撃する訳にはいかねぇ! どうすりゃいいんだ? こいつは死を経験してねぇだけで、生きながらにして悪霊になったんだ! 人間に取り憑いた悪霊はどうしたら退治できる?』


『ねぇ、ばあ様、うちの神社では、どんな霊でも祓うことができるというのは、本当ですか?』

 もみじの脳裏に、八歳の時の祖母との会話の記憶が蘇った。


 もみじは祖母のぼたんと二人で並び、早朝の境内を竹箒で掃いていた。六十代半ばのぼたんは背筋が真っ直ぐ伸びたスラリとした体型で、白髪を後ろで一本に束ね、美しい顔立ちに優しい微笑みを浮かべていた。ぼたんは白衣に紫色の袴を身に着け、ショートカットのもみじは白衣に緋色の袴の姿で、二人とも白足袋に雪駄を履いていた。

「もみじ、そんな話を誰に聞いたの?」

「学校の同級生が言っていました。その子の両親が言っていたそうです」

「もみじ、悪い幽霊が怖がるものが何か知ってるかい?」

「悪い幽霊……、悪霊のことですか? 悪霊に怖いものなんてあるのですか? 怖いものなんて、何もなさそうな気がします」

「もみじ、悪霊は雷が怖いんだよ」

 もみじは驚いた顔でぼたんを見つめた。

「雷……ですか?」

 ぼたんは優しい笑顔を浮かべると、もみじの頭を右手で撫でた。

「人の魂はね、死んだ後、黄泉の国という場所に行って、しばらくすると別の人間に生まれ変わるんだよ。でもね、生まれ変わる時には、心の中に抱え続けている想いや、それまでの人生の記憶が邪魔になるから、それらを消してから生まれ変わるんだよ。

 人は生まれ変わる時、この世界に繋がる『神鳴之隧道(かみなりのずいどう)』と呼ばれる雷でできたトンネルを通り抜けるの。魂がそこを通り抜けるのは一瞬なのだけれど、その時に、心に抱えている想いや記憶のほとんどを雷が消してくれるんだよ。

 悪霊はね、何回生まれ変わっても悪霊になるの。本性というその人が生まれつき持っているものは、なかなか変わらないものなのよ。死んでもずっと誰かを強く呪い続けて悪霊になった人たちだもの、誰かを呪うことに執着し続けて、その想いはどうしても手放さないの。

 だから、悪霊は生まれ変わりのために神鳴之隧道(かみなりのずいどう)を通り抜ける時、誰かをいつまでも呪い続けようとする想いや、その想いと結びついている記憶を手放すことに抵抗するの。その想いと記憶を手放すまでは、神鳴之隧道(かみなりのずいどう)を抜け出すことができないから、結局、悪霊は何か月も、何年も、何十年も雷に包まれ続けて、苦しみ続けることになるのよ。

 最終的には、誰かを呪う想いと、その想いと結びついている記憶の大部分を手放して生まれ変わるのだけれど、雷の中で長い間味わい続けた激しい苦しみと痛みと恐怖の感情は、魂にしっかり刻まれたまま生まれ変わるの。

 だから、悪霊は雷のことが怖くて、逃げ出したくなるんだよ。

 雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社は、特別な神様である雷の神様をお祀りする神社。普通の方法では祓うことが難しい強い悪霊でも、雷の神様の力を借りれば祓うことができるの」


 もみじは、記憶の中のぼたんに向かって微笑んだ。

『ばあ様、ありがとう。雷ならこいつを祓えるんですね! そうか! さっき咒嗟(じゅさ)は、あの死体の体は神子(みこ)の術で雷から魂を護る防具になってるって言ってたよな。あいつの魂にとっては雷が弱点だからこそ、体にそんな術をかけて魂を守っていたんだ! よしっ、稲妻之帯で連撃するぜ! まふゆ、頼む! 耐えてくれ!』

 もみじは邪悪な表情のまふゆに向けて稲妻之帯の両端を交互に長く伸ばして攻撃したが、まふゆはフワフワと飛び回って容易くそれらの攻撃を避けた。

『こいつの動きは捕らえどころがねぇ! まるで凄いスピードで飛び回る蝶々みてぇだ!』

 まふゆが右手の枝でもみじの顔を狙うと、もみじは稲妻之帯で枝を防いだが、まふゆはすぐにもみじの左斜め後ろに移動して左手の枝を地面すれすれの高さで水平に振り、枝はもみじの左足首に命中して棘が突き刺さり、そこから闇の雷が全身を駆け巡ったもみじは激しい痛みで絶叫した。

「があああああああああああああああああっ!」

「もう、やめてええええええええええええっ!」

 まふゆの顔が突然元の表情に戻ると、大粒の涙を溢して絶叫した。その直後、まふゆの体がもみじの右斜め上方に移動すると、まふゆは涙を流したまま苦しげに悲鳴を上げた。

「ぎゃあああああああああああああっ!」

 まふゆの顔が涙で濡れたまま邪悪な表情に変わると、冷たい声で笑った。

「ふふふふっ。わたくしが咒靈力(じゅれいりょく)を使って移動する度、そして攻撃をする度に、この体に流れる咒靈力(じゅれいりょく)の量が飛躍的に高まって、甘美な激痛が体を襲いますわ。どうやら、この体は大量の咒靈力(じゅれいりょく)に耐えきれずに、もうすぐ死んでしまいますわよ。ふふふっ」  

「てめぇええええええええええええええええええっ!」

 もみじがまふゆを見上げて激高して叫んだ次の瞬間、まふゆはもみじの真正面に移動してもみじの右膝を狙って左手の枝を伸ばし、もみじは稲妻之帯を下げて枝を受けた。

「がああああああああああああああああああああっ!」

 稲妻之帯がまふゆの左の枝を受けたのと同時に、右の枝がもみじの左脇腹を打って棘が突き刺さり、もみじの全身に闇の雷と激痛が広がった。

 邪悪なまふゆの顔がいつものまふゆの表情に戻り、涙を溜めて体を震わせた。

「もみじさん! ごめんなさい……。体が勝手に動いて……。もうやめて……。これ以上、もみじさんを苦しめないでぇええええええええええええっ!」

 まふゆが涙を散らして絶叫した直後、その顔が邪悪な表情に変わり、笑い声を上げてもみじに言った。

「ふふふふっ。あなたとこの(むすめ)は、一体どっちが先に死ぬのかしらね?」

 もみじは全身を駆け巡る闇の雷の激痛に耐えながら、声を絞り出した。

「や、やっと……、捕まえたぜ……」

「一体何を言っているのかしら? な、何ですって?」

 まふゆの右掌から伸びた枝の棘がもみじの左脇腹に刺さり、もみじは両手でその枝をしっかり握りしめていた。もみじの両手の甲からは、掌を貫通した棘が飛び出し、血が流れていた。

「まふゆ! こらえろおおおおおおおおおっ!」

 もみじはそう叫ぶと、稲妻之帯の端を伸ばして枝に巻きつけ、雷は一瞬でまふゆの体に伝わって全身を包んだ。

「ぎゃああああああああああああああっ!」

 邪悪な顔のまふゆは絶叫し、その体の中のまふゆの魂は必死に雷に耐えていた。

『こ、こらえるんだ……。どんなに苦しくても耐え抜いて、絶対に怨咒(えんじゅ)の魂をあたしの体から追い出すんだ! 季節の神様、お願い! 力を貸して!』

 まふゆの魂は御神氣で包まれて、白い輝きを放ち始めた。

 もみじは霊力で自分の体を包み、雷が自分の体に伝わるのを防いでいた。

『あたしは霊力を集めて雷から身を守っているが、まふゆの体はいつまで耐えられる? まふゆ、頼む、こらえてくれ!』

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!」

 まふゆの体から、袖なしの衣を身に着けた怨咒(えんじゅ)の魂が絶叫しながら飛び出し、まふゆはその場に崩れてうつ伏せに倒れた。怨咒(えんじゅ)の魂は白い光の粒に変わり、ふらふらとゆっくり上昇を始めた。まふゆの両手と頭から伸びていた枝は消え去り、まふゆの目の前には水晶が転がっていた。

「やった……」

 もみじは稲妻之帯と自分の体を覆う霊力の壁を消し去り、その場に崩れるように座り込んでホッとした笑顔を見せた。

「まふゆ、大丈夫か?」

 もみじが声をかけると、まふゆはうつ伏せのまま顔を上げて笑顔を見せた。

「あたしは大丈夫……。ありが……、もみじさん!」

 思わず叫び声を上げたまふゆの目に映ったのは、満身創痍で座り込むもみじの体目がけて、白い光の粒が飛び込んでいく光景だった。白い光の粒はもみじの体に侵入した。

「も、もみじさん……?」

 まふゆが恐る恐るもみじに声をかけた直後、もみじは邪悪な表情を浮かべて笑い声を上げ、まふゆに向かって言った。

「ふふふふっ! 今度はあなたよりも膨大な霊力に耐え得るこの女の体をいただきましたわ!」

 もみじがまふゆの目の前に転がる水晶に右手を向けると、水晶は宙に浮き上がってもみじの右掌に飛び込み、その手の中に収まった。

「さあ、この体を使って、あなたを殺して差し上げますわ」

 もみじは邪悪な笑みをまふゆに向けながら立ち上がり、右手に持った水晶を頭の上に持っていくと、その頭の上に十二本の闇でできた枝が生え、水晶を呑み込みながら長く伸びた。

「もみじさん……、そんな……」

 まふゆは絶望に心を支配され、変貌を遂げたもみじを呆然として見つめた。


 蔵の中では、惨狂(さんきょう)の左前腕が灼熱之槍を通り抜け、刀に変化してナツの右肩に振り下ろされていた。

 ガチッ!

 ナツの右肩に振り下ろされた刀は、(のろ)いの淚尽(ナツ)が左手で持つ闇と(のろ)いの槍が受け止めていた。

「俺の右肩に薄汚れた刀を向けるな!」

 (のろ)いの淚尽(ナツ)は、惨狂(さんきょう)の半透明の体の向こうに見える神子(みこ)の顔を目がけて口から憤怒の咒弾(じゅだん)を放ち、惨狂(さんきょう)は腹を鋼鉄化してそれを防いだ。

「何だと?」

 惨狂(さんきょう)が突然驚きの声を上げた。ナツの左腕と(のろ)いの淚尽(ナツ)の体が半透明になっており、長く伸びた左腕がヘビのように惨狂(さんきょう)の体に巻きついていた。(のろ)いの淚尽(ナツ)(さん)(きょう)を見下したように言った。

「この左腕もお前と同じく咒靈力(じゅれいりょく)の塊なら、合理的に考えて、お前と同じ半物質の状態になれると思ったが、思った通りだ! 半物質同士なら、お前を捕らえることができるようだな!」

 惨狂(さんきょう)の体が物質化し、異様に長い指と細長い体、縦に長い人間に似た顔を持つ全身が鉄色の姿に変わると、邪悪な表情で笑い声を上げた。

「ははははっ! 体を物質化させれば、俺は半物質になったお前を通り抜けられるのさ!」

 惨狂(さんきょう)が右足を一歩踏み出し、体に巻きついている半物質の左腕を通り抜けた瞬間、ナツが叫びながら灼熱之槍を惨狂(さんきょう)の腹に深く突き刺した。

「だあああああああああああああああっ!」

「ぐううっ!」

 惨狂(さんきょう)は体をくの字に曲げ、その腹は朱い炎で燃え上がり、呻き声を上げた。

「止めだああああっ! 俺の(のろ)いを受けてみろおおおおおおおっ!」

 (のろ)いの淚尽(ナツ)とナツの左腕が赤と黒のまだらの炎になって燃え上がり、(のろ)いの淚尽(ナツ)は、闇と(のろ)いの槍とともに形を変えていくと、赤と黒のまだらの炎でできたドラゴンになった。ドラゴンの額からは前に伸びた鋭い角が一本生え、指先が尖った左腕があった。

 鉄色の体に物質化した惨狂(さんきょう)は、両前腕を刀に変化させて構えたが、その瞬間、赤と黒の炎のドラゴンと化した(のろ)いの淚尽(ナツ)が、口から赤と黒のまだらの炎を吐き出し、惨狂(さんきょう)は悲鳴を上げながら赤と黒のまだらの炎に包まれた。

「こんな(のろ)いの炎、半物質になれば逃れられる!」

 惨狂(さんきょう)の体が再び半透明になって赤と黒の炎から抜け出すと、赤と黒の炎はたちまち消え去った。

「これが俺の(のろ)いの力だああああああああああああああああああっ!」

 赤と黒の炎でできたドラゴンが半透明になって、額に生えた角から惨狂(さんきょう)の胸に突進し、角が深く刺さった瞬間に体をうねらせながら回転した。

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫した惨狂(さんきょう)の半透明の体は、赤と黒の炎で包まれた無数の破片になって飛び散り、やがて赤と黒の炎で燃え尽きて消え去った。


 赤と黒の炎でできたドラゴンは次第に縮んでいくと、黒地に赤く光る縞があるナツの左腕に変わり、ナツの心の中に左腕から(のろ)いの淚尽(ナツ)の声が聞こえた。

『客観的に見て、俺は自分の中にある咒靈力(じゅれいりょく)を使い切ってしまった。合理的に考えて、もうすぐこの左腕を支配することも、お前に語りかけることもできなくなるだろう』

「お前がいなかったら、あいつは倒せなかった。お前があいつを倒したんだ」

『お前との共闘は、これが最初で最後だ。お前の心に咒靈力(じゅれいりょく)が溢れ、お前が黒い涙を流した時、俺は再びこの心と体を支配する。その時こそ、お前の存在を完全に消し去ってやる』

「ふざけるな。消えるのはお前の方だ」

『俺は必ずこの心と体を支配する。俺は絶対に母さんを殺した奴、母さんの死に関わった奴ら、母さんの苦しみと死を楽しんだ奴らを許しはしない。必ずそいつら全員に地獄を見せてやる。俺の復讐にとって邪魔になる存在は、誰であろうと消し去ってやる。お前とまふゆは、必ず消し去ってやるぞ。覚えておけ……』

 ナツの左腕は突然静かになり、他の部位の肌と同じ色に変わった。

「人間の心が咒靈力(じゅれいりょく)を生み出し、咒靈力(じゅれいりょく)が人間の心を狂わせていく……。(のろ)いの淚尽(ナツ)よ。狂気に陥った俺自身よ。俺は絶対にお前を消し去ってやる。お前には、二度とまふゆに手出しはさせない」

 ナツは眼光鋭く自分の左腕を睨んだ。

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