17 絡みつく枝と棘
咒禍死は鏡太朗の五メートル手前で立ち止まると、ニヤリと笑って言った。
「さあ、お前とあの娘のどちらを先に殺そうか?」
鏡太朗は激高して叫んだ。
「切子に手を出すんじゃねぇえええええええええええっ!」
「お前がそれほど怒るのなら、あの娘が先に死んだほうが楽しそうだ。決まりだな」
咒禍死は楽しそうに笑った。
「てめぇえええええええええええええええええええええええっ!」
鏡太朗の姿が消えると、いつの間にか咒禍死の目の前に立って右の拳を咒禍死の顔面に叩き込んでおり、咒禍死は二百メートル吹き飛んで河原を転がった。
咒禍死は愕然として立ち上がった。
『こ、こいつ……、あの娘を守るためだったら、とんでもない力を発揮するぞ』
咒恨が咒禍死に向かって大声で命じた。
「咒禍死〜。そのお友達には手を出したらダメだよ〜」
切子はお札を右手で掴み、鏡太朗と反対側に向かって必死に河原を駆けていたが、翼があるヘビの姿の二体の式神が切子を追って飛んでいた。
「だって、そのお友達には、これから大切な役割があるんだからね〜」
咒恨の顔がニヤリと笑った。
「てめぇえええええええええええっ! 何を企んでやがる! うわあああっ!」
咒恨に向かって叫んだ鏡太朗の体から闇が滲み出た。
「こ、こんな時に時間切れか?」
広がっていく闇に視界を覆われていく鏡太朗の耳に、咒恨の楽しそうな大声が届いた。
「君はあの護符がなければ、あと八分くらいで消滅するんだよね〜? だから、あの護符は、君には絶対に手が届かない場所に運んでおくよ〜。式神は護符の強烈な御神氣に触れたら、きっと術が解けて元の墓標に戻っちゃうから、護符はお友達に持ってもらって、お友達ごと君から遠い場所に捨てておくよ〜。悪霊に支配された村人が獲物を求めて徘徊している森の奥にね〜」
「離してえええええええええええええっ!」
両上腕を二体の式神に捕らえられた切子は、必死に暴れながら叫び声を上げ、暗い森に向かって飛んで行った。切子の叫び声は、どんどん遠ざかっていった。
「君のお友達は、あと何時間、いや、あと何分生きていられるかな〜?」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
絶望の叫びを上げた鏡太朗の意識は、闇の奥深くに呑み込まれていった。
蔵の外に飛び出したまふゆの目の前では、もみじと三十メートルの距離を挟んで怨咒が地上三メートルで浮遊しており、その周囲には咒靈力が物質化した三百個の鋭く尖った黒い矢尻が浮かんでいた。
「もみじさん!」
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 稲妻之帯、六連!」
もみじの体の周りに帯の形の雷が六つ出現し、豪雨のように降り注ぐ三百個の矢尻を防ぎ、稲妻之帯に当たった矢尻は雷の飛沫を上げて消え去った。もみじは身を低くして稲妻之帯の陰に身を隠しながら、必死に考えを巡らせていた。
『こいつの呪いの力の強さは、咒嗟や漆咒魄とは桁違いだ。霊力は宇宙中に満ちているから、いつでも膨大な量を集めて使うことができるが、呪いの力は人間の感情が生み出している。攻撃の瞬間に、こんなに膨大な量の呪いの力を生み出すなんて不可能だ。だからと言って、たった一人の魂の中に、こんなに膨大な呪いの力を蓄えておくのも無理だ。魂とは別のどこかに、呪いの力を蓄えているに違いねぇ!』
降り注ぐ闇の矢尻が止むと、もみじは六つの稲妻之帯を消し去り、怨咒と距離をとったまま、怨咒の周囲を走り出した。
「古より月を司りし月光照之命よ! その御力を宿し給え! 無限合鏡!」
駆け回るもみじの姿が二十人に増えた。
「面白い術を遣いますのね」
怨咒は二十人のもみじに向けて、左右の手からソフトボール大の闇の塊を次々と発射したが、もみじと十九人の幻のもみじは縦横無尽に駆け回り、闇の塊を避けた。
『こいつが呪いの力で攻撃する瞬間、右目に嵌め込まれた水晶から強い呪いの力を感じるぜ! そうか、水晶は十万体の悪霊を封印できるほど、大量のエネルギーを蓄えることができる! あの水晶の目的は、膨大な量の呪いの力を蓄えておくことだ。それなら体を新しい人形に取り替えても、あの水晶を嵌め込めば、それまでと同じ力を使うことができる』
「もみじさん! あたしも闘うよーっ! 古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 凍結之……」
まふゆが人差し指と中指を伸ばした両手を顔の前で交差しながら叫んだ時、怨咒が両手を地面に向け、両掌から地面に闇の光線を放った。闇は一瞬にして地面に広がり、怨咒から半径五十メートルの範囲の地面から、闇でできた茨が無数に生えて見る見る成長し、二十人のもみじとまふゆにその枝が絡みついた。闇の茨の棘が体に刺さると、十九人のもみじの幻は次々と消え去り、もみじとまふゆは全身に闇の雷が駆け巡り、耐え難い激痛に襲われて絶叫した。
「がああああああああああああああああああああっ!」
「きゃあああああああああああああああああああっ!」
闇の茨はもみじとまふゆの両手首にも巻きつき、もみじとまふゆは腕を動かそうと試みたが、棘が深く刺さり、一層激しい痛みが体中を駆け巡った。
『う、腕が動かせねぇええええっ! 指まで動かねぇ!』
闇の茨は、もみじとまふゆの掌と指にも巻きついていた。
怨咒が笑いながら言った。
「ふふふっ。わたくしは記憶にあるだけでも、ここ数百年で神伝霊術遣いを三十人は殺してきましたわ。もう覚えていない遠い昔を含めますと、恐らく二千年以上の間に二百人以上は殺してきたと思いますわ。そして、わたくしは理解しましたの。神伝霊術は意図せぬ術の暴発を防ぐため、神に呼びかけて神と繋がった後、術の名前を叫びながら決まった動作をしないと術が発動しないことをね。武器を出すだけなら動作がなくてもできるけど、相手を攻撃する術を放つ時には、必ず手や指を使って一定の動きをするのですわ。ですから、手や指が動かせないと、あなたたちは神伝霊術を遣えない。そうでしょう?」
もみじは闇の雷に苦しみながら、怨咒の言葉に愕然とした。
『こ、こいつ、とんでもなく強い上に、神伝霊術の弱点を知っている!』
怨咒は冷たい声で続けた。
「さぁ、二人一緒に殺すのはつまらないですわ。先に一人が死んで、残った一人が怒り、悲しみ、泣き叫ぶ様子を十分に楽しんでから、じわじわと止めを刺して差し上げますわ。もしかしたら、わたくしを咒いながら死んで、そのまま悪霊に堕ちるかもしれませんわね。そんな筋書きで楽しませていただこうかしら。さぁ、どっちが先に死んだ方が面白いかしら?」
怨咒は苦しみ続けるもみじを見ながらそう言った後、ゆっくりと顔をまふゆに向けると、闇の雷で苦しんでいるまふゆの顔をじっと見つめた。まふゆは全身を襲い続ける激痛に苦しみながら、怨咒の顔を見て目を見張った。怨咒は表情がない人形の顔で、楽しそうな笑い声を上げた。
「ふふふっ。決めましたわ」
もみじは目を大きく見開いて怨咒に言った。
「おい……、やめろ……」
怨咒は、まふゆを見つめながら笑い声を上げた。
「ふふふっ。こっちが先に死んだ方が、これからの展開が盛り上がりますわね」
ナツと咒いの淚尽は、互いが持つ槍同士で激しい応酬を続けていた。咒いの淚尽は、ナツの左肩から伸びる腕の先で自由に宙を飛び回っていた。
ナツは攻防を続けながら苛立った表情を見せており、やがて咒いの淚尽に向かって怒鳴り声を上げた。
「咒いの淚尽よ! お前など、絶対に俺の心の一部であるはずがない! 人一倍強い自尊心を持つ俺は、絶対に誰の支配も受けはしない! なのに、客観的に見て、お前は神子の下僕に成り下がった。単なる神子の下僕に過ぎないお前の姿が、誇り高き俺と同じであるのを見ると、腸が煮えくり返るほどの怒り込み上げてくるんだあああああああっ!」
咒いの淚尽は逆上して、槍の連続攻撃を放った。
「俺が下僕だと! そんな訳あるかあああああああああああっ! 俺は俺の咒いを成就させるために、神子を利用してるんだ!」
ナツは咒いの淚尽を蔑んだ目で見た。
「客観的に見て、お前は神子の忠実な奴隷だろ? 左腕を斬り落とされたことを何とも思わずに、神子の命令通りに動いているんだからな! 『神子様、左腕を奪っていただき、ありがとうございます』って感謝してるのか?」
「俺は左腕を斬り落とされたことは、絶対に許さない! お前を倒して俺の体を支配し、神子を利用して俺の復讐を果たした後は、次は神子に復讐する!」
「いや、合理的に考えて、お前は神子には何もできないさ。何しろ神子は、お前のご主人様なんだからな」
「俺は神子に復讐すると言ってるだろおおおおおおおおおっ! 俺の左腕を奪ったことは、絶対に許さない!」
咒いの淚尽は渾身の力で槍を突き出し、ナツはそれを槍で受けると、挑発的な笑みを浮かべた。
「それなら証明してみろよ。なぁ、俺と一緒にあいつらを呪わないか?」
河原では、鏡太朗の全身が直径二メートルの闇の塊に包まれた後、闇の塊が人の形に凝縮し、全身が真っ黒な第二形態の鏡太朗が姿を現していた。闇でできた炎のようなその体からは細くて黒い煙のようなものが無数に立ち上り、頭部には赤く光る丸い両目と三日月のような形で笑みを浮かべる牙だらけの口があった。
咒恨は第二形態の鏡太朗を見つめながら、満足そうにニヤニヤ笑っていた。
「さっきよりも咒靈力がずっと高まっているけど、咒禍死の咒靈力の強さには足元にも及ばないね〜。お〜い、君〜っ! 質問いいかな〜」
咒恨が右手を挙げて第二形態の鏡太朗に呼びかけると、鏡太朗は赤く光る両目を咒恨に向けた。
「その体を支配している魂が、今入れ替わったんだよね? 君は今この状況をどこまで理解してるのかな〜?」
第二形態の鏡太朗は不気味に嗤った。
「うひひひ……。俺たちはお札を剥がされた瞬間から、外で起こっていることを感知できるのさ……。お前たちが俺たちを倒し、消滅させようとしていることはわかっている。逆に、俺たちがお前たちを食らい尽くしてやるぜ。うひひひ……」
咒恨は安堵の表情を浮かべた。
「いや〜、君がそう言ってくれて安心したよ〜。君は俺たちと同類だからね〜。このまま俺たちの仲間になっちゃったら、咒禍死の力を試す千載一遇の機会を失うと思って心配したよ〜」
「うひひひ……。その疎ましい笑い顔を串刺しにして、後でその体と魂を食らい尽くしてやるぜ」
第二形態の鏡太朗が不気味に嗤いながら右手を咒恨に向けると、右手の五本の指が長く伸びて咒恨に迫った。
「何だと?」
驚きを見せた第二形態の鏡太朗の視線の先では、いつの間にか咒禍死が咒恨の前に立っており、伸びていく鏡太朗の五本の指を水晶でできた眼球で睨み、指先は咒禍死の目から放射された紫と闇がまだらになった光に包まれ、咒禍死の鼻先三十センチの位置で止まっていた。
「ゆ、指がこれ以上前に進まねぇ……」
第二形態の鏡太朗が動揺を見せた時、咒禍死が視線を鏡太朗に向けると、その両目から放射された紫と闇がまだらになった光が大きく広がって鏡太朗を吹き飛ばし、光は川面に高い水飛沫を上げながら対岸の土手に鏡太朗を叩きつけた。
鏡太朗を吹き飛ばした紫と闇の光が消えた時、光が当たった場所に生い茂っていた黒い雑草は全て枯れていた。紫と闇のまだらの光が上方を通過した川の水は、水飛沫が収まると紫と闇のまだらに変わり、紫と闇のまだらの水は下流に向かってどんどん広がっていった。しばらくすると、紫と闇のまだらの川面に黒い魚の死骸が次々と浮かび、それを見た咒恨は歓喜した。
「うん、うん! 咒禍死の名前に相応しい力だよ〜! 俺の咒禍死はその名の通り、その咒われた力で世界に禍と死を撒き散らし続けるのさ〜」
土手にめり込んでいた第二形態の鏡太朗は起き上がると、対岸の咒禍死を睨んで叫んだ。
「俺たちの闇の炎で燃やし尽くしてやるぜ!」
鏡太朗の口から闇の炎がもの凄い勢いで放射され、川の上を通過して咒禍死に迫った。
「何っ?」
いつの間にか咒禍死は鏡太朗の背後に立っており、鏡太朗の赤く光る目が大きく見開いた。咒禍死は鏡太朗の背中に横蹴りを放ち、鏡太朗は苦しげな叫び声を上げながら、闇でできた炎のような体をなびかせて対岸まで吹き飛んだが、その時にはすでに咒禍死が先回りして対岸の河原に立っており、吹き飛んでくる鏡太朗の胸に前蹴りを放ち、鏡太朗は再び対岸の土手に強烈に叩きつけられ、その衝撃で周辺の土が吹き飛んで土手には大きな穴が開いた。
「あれ〜?」
咒恨は対岸で起き上がった第二形態の鏡太朗を見て、不思議そうな顔をした。
「あの黒い炎のような体に変身したら、さっきよりも咒靈力が増大したし、力も速さも高まったんだけど……、さっきの姿でお友達を助けようとした瞬間は、今なんか問題にならないくらい力が強くて速かった……。あの状態が続いていたら、きっと咒禍死でも敵わなかった……」
怨咒の周囲に、闇でできた矢が二十本出現して宙に浮かび、全ての鋭い矢尻はまふゆに向けられていた。
「一瞬で消滅するよりも、この咒靈力を物質化した矢に一本ずつ貫かれて、痛みと苦しみを長い時間味わっていただこうかしら。さぁ、何本目まで生きていられるかしらね」
まふゆは愕然として宙に浮いて自分を狙う矢を見つめ、もみじは絶叫した。
「てめぇえええええええっ! やめろおおおおおおおおおおおっ!」
「一本目!」
怨咒がそう言った瞬間、矢の中の一本が発射されて、一瞬でまふゆの左肩を貫通し、まふゆの体にはさらに多くの闇の雷が駆け抜けた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」
「まふゆーっ!」
もみじは目に涙を溜めて叫んだ。
怨咒は楽しそうに言った。
「次はどこがいいかしらね? すぐには死なないように、最初は腕と脚を穴だらけにしようかしら? さあ、二本目!」
再び矢の一本が発射されて、一瞬でまふゆの左大腿を貫くと、まふゆの体に闇の雷が駆け巡り、まふゆは耐え難い激痛で再び絶叫した。
「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」
「てめぇえええええええええええっ! 古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え!」
怨咒はもみじの声の方を振り向いて驚愕した。
もみじは闇の茨の上に跳び上がり、涙が溢れる怒りの燃え上がった目で怨咒を睨みながら、右手の二本の指で空中にジグザグ模様を描いていた。
『バ、バカな! 一体、どうやって咒靈之茨から脱出したというのですの?』
怨咒はハッとして目を大きく見張った。もみじの衣服はあちこちが切り裂かれ、体中に生じた切り傷から流れる血をなびかせていた。
『そ、そんな! 体中に棘が深く刺さっているのに、力ずくで体を引き抜いたというのですの? そ、そんなことをしたら、身体中を刃物で切り刻むようなものですわ! この女、感情が爆発すると、行動が無茶苦茶過ぎますわ!』
怨咒は慌てて自分の体を咒靈力の闇で包んでバリアを張ったが、もみじはそのまま怨咒に突っ込み、怨咒を包む闇に触れたもみじの全身に闇の雷が駆け巡った。
「がああああああああああああああああああああああっ!」
もみじは激痛で絶叫しながら怨咒を睨み続け、怨咒の体に抱きついた。
「これなら逃げられねぇだろおおおおおおっ! 一条之稲妻あああああああっ!」
もみじが怨咒の背中に当てた右掌から凄まじい雷が発生し、怨咒ともみじの全身を包み込んだ。
「きゃあああああああああああああああああっ!」
「がああああああああああああああああああっ!」
怨咒ともみじは、絶叫しながら雷に包まれて闇の茨の中に落下し、その周囲の茨は雷で粉々に吹き飛んだ。もみじは仰向けの怨咒に右腕で抱きついており、左掌を振りかぶった。
「これでどおおおおおおおだあああああああああっ!」
もみじは叫びながら、渾身の力で怨咒の右目の辺りに左掌を叩き込み、怨咒の頭部は粉々になって吹き飛んだ。もみじが左手を上げると、その手には怨咒が右目に嵌め込んでいた水晶が握られていた。
「おめぇは、この水晶に膨大な呪いの力を蓄えて使っていたんだろ? これがなけりゃあ、もう大したことはできねぇよな?」
その時、怨咒の体の中から小さな光の粒が一つ飛び出し、宙を彷徨った。
「魂が逃げやがった!」
もみじは魂を目で追いながら素早く立ち上がったが、怨咒の魂が向かった先を見て愕然とした。
「な、何だと……?」
怨咒の魂は、闇の茨に捕らえられて身動きできないまふゆの目の前で滞空していた。白い光の粒は、袖なしの麻の衣を身に着け、髪を後ろで一つにまとめた若い女性の姿に変わると、その女性は邪悪な顔つきで笑い声を上げた。
「わたくしにとって、体とは単なる魂の容れ物。壊れれば、新しい容れ物に替えるだけのことですわ。わたくしの新しい体は、ここにございますのよ。早速、新しい体をいただきますわ。ふふふっ」
「や、やめろよ……、やめろって言ってんだよ……」
呆然とするもみじの目の前で、怨咒の魂は再び小さな白い光に姿を変えると、茫然とするまふゆの体の中に消えていった。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
もみじの絶叫が夜空に響いた。




