16 押し寄せる記憶と心象と感情
神子は咒嗟の魂が夜空に消えていく様子を忌々しそうに見上げ、吐き捨てるように言った。
「二千年以上使った持ち駒が減ったか。使えない奴め」
怨咒が宙を飛んでもみじに近づくと、可愛らしい無表情の顔で口だけを動かした。
「今、わたくしはあなたのことを殺したくて、殺したくてたまらないほどの怒りを感じていますわよ。散々苦しめ抜いて、わたくしのたった一人のお友達を奪ったことを死ぬほど後悔させて、最後に殺して差し上げますわ。さあ、わたくしと闘いなさい。圧倒的な力の差で、絶望と恐怖を感じさせてあげますことよ。もし闘わないというなら、そこの娘と一緒に今すぐ殺して差し上げますわ」
もみじは大きな緊張と不安を感じながら、強い眼差しで怨咒を睨んだ。
「わかったぜ。ただし、表に出ろ! ここじゃあ、思い切り闘えねぇ」
「それでは、あなたの死に場所はこの蔵の外に決まりましたわ。早く来なさい」
怨咒は壁の穴に向かって飛んで行き、もみじも歩いてその後に続いた。
「もみじさん! そんな体で大丈夫なの?」
まふゆが大きな不安を胸に抱えながら、もみじの背中に声をかけた。
もみじは穏やかな笑顔で振り返った。
「大丈夫! あたしはぜってぇに生きることをあきらめねぇよ。おめぇもぜってぇに生きることはあきらめるんじゃねぇぞ」
もみじは壁の穴から外に出ていき、まふゆは胸の中に湧き続ける不安を払拭できないまま、もみじが姿を消した壁の穴を見つめ続けた。
「わあああああああああああああああああああああっ!」
突如として咒いの淚尽が叫び声を上げ、まふゆが驚愕して咒いの淚尽に目を向けると、咒いの淚尽が両手で頭を抱えながら天を仰いで絶叫していた。
第一形態の鏡太朗が呆然として見上げる視線の先では、水晶が放出した光が物質化した式神が川の上で宙に浮いていた。その式神は咒恨とよく似た姿をしていたが、二つの眼球は水晶になっていて、額や両耳の上と首の両横、両手の甲などに水晶が埋め込まれてその一部が露出しており、それらの水晶の中では紫色の光と暗闇がまだらになって揺らめいていた。
咒恨に似た式神の前方では、羽ばたく二体の式神のしっぽに上腕を巻かれて咒恨が滞空し、喜びの声を上げていた。
「うん、うん、いいね、いいね〜。人類史上最強の式神が生まれたんだからさ〜、その記念に今の俺と同じ姿にしてみたよ〜。そうだ、特別な式神のお前には、名前をつけてあげよう。『咒禍死』……、咒禍死がいい! 咒いの力で、あらゆる人間に災いと死をもたらす式神だ! さあ、咒禍死よ、十万体の悪霊の力を持つそいつの存在を消し去っちゃってね〜! 危険だから、もうその体はいらないや〜」
鏡太朗は緊張と不安を感じながら咒禍死を見つめていたが、咒禍死の姿が突然消え去り、鏡太朗は動揺しながら咒禍死の姿を捜して周囲を見回した。
「あの野郎、どこに行きやがった?」
「ここだ」
いつの間にか咒禍死が冷笑を浮かべて鏡太朗の背後に立っており、鏡太朗は愕然として目を見開いた。
「この野郎! いつの間に?」
鏡太朗が慌てて咒禍死から距離を取りながら振り返ると、そこには咒禍死の姿がなく、咒禍死は鏡太朗と反対側を向いて鏡太朗のすぐ左隣に立っており、左の手刀で鏡太朗の後頭部を打ち、鏡太朗は叫び声を上げながら前方に吹き飛んだ。
「がああああああああああああああああああああああっ!」
鏡太朗は空中を百メートル吹き飛んだ後、小石だらけの河原を転がると、勢いよく起き上がった。
「あの野郎ーっ!」
「呼んだか?」
愕然として冷や汗を流した鏡太朗の背後には、すでに薄ら笑いを浮かべる咒禍死が立っていた。咒禍死は右掌を鏡太朗の背中に打ち込んだ。
「がああああああああああああああああああああああああっ!」
鏡太朗は悲鳴を上げながら、前方に百メートル吹き飛んで河原を転がった。
「鏡太朗さん!」
土手に伏せて鏡太朗を見守っていた切子が、思わず鏡太朗の名を叫んだ。
「やぁ、お友達。また会ったね〜」
切子が背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、咒恨がニヤリと笑いながら立っていた。その背後では、二体の翼があるヘビの形の式神が滞空していた。
「せっかくだからさ〜、君もこの面白いイベントに参加しようよ〜」
切子の顔からは、見る見る血の気が引いていった。
「わああああああああああああああああああああああああっ!」
咒いの淚尽の叫び声が響き、まふゆと神子がナツに目を向けていた。
両手で頭を抱えて絶叫する咒いの淚尽の目からは、煌めく透明な涙が流れ続け、その姿が次第にナツの姿に戻っていった。赤く光る縞が入った黒い左腕も、以前の肌の色に変わった。
「ナツ!」
ナツの名を叫ぶまふゆの顔が、希望で輝いた。
「元に戻っただと?」
神子はナツの姿に驚き、目を見張った。
ナツの心の中では、苦しんで絶叫するもみじの姿、全身を串刺しにされて絶叫する母のイメージ、それを見て興奮しながら喜んでいる何万人もの人間が笑う口元、母の遺体を泣きながら揺すり続けた五歳の自分とまふゆ……、様々な記憶と心象、感情が渦巻いていた。
『頭の中で色んな記憶や心象が同時に蘇って、頭がおかしくなりそうだ! 色んな感情が同時に心の中で爆発して、胸が破裂しそうだああああああっ!』
ナツは両膝を床につき、両手で頭を抱えて苦しみながら絶叫し続けた。
「わああああああああああああああああああああああああっ!」
ナツの脳裏に、それまで忘れていた母を失って間もない頃の記憶が蘇った。
五歳のナツは、祖父の家の和室に置かれた故人を祀る祖霊舎の上に飾られた母の写真の笑顔を見つめ、立ち尽くしていた。母の死を受け止めることは、幼いナツにとってはあまりにも残酷なことであり、悲しみに打ちのめされた幼い目からは、涙が流れ続けていた。
ナツは、前から聞こえる嗚咽に気づいて目を向けると、幼いまふゆが祖霊舎の前に座り込み、母の写真を見上げて泣きじゃくっていた。
ナツは服の袖で涙を拭うと、まふゆの右隣に座って一緒に母の写真を見上げた。まふゆは泣き濡れた顔をナツに向けると、声を震わせた。
「ナツ……、お母さんに……会いたいよお……。お母さんと……手を……繋ぎたいよお……」
ナツは左手でまふゆの右手を握ると、写真の母の笑顔を見ながら言った。
「お母さんって、いつもこんな風に元気に笑ってたよね。きっとお母さん、まふゆにも、いつも元気に笑っていて欲しいって言ってるよ」
まふゆは涙が溢れる目でナツを見つめ、その小さな体を震わせた。
「あたし……、お母さんがいなかったら笑えないよお……。お母さんがいなかったら……、お母さんがいなかったら……、笑えないよおおおおおおおおおおっ!」
ナツも本当はまふゆと同じ気持ちだった。ナツだって、本当はまふゆと一緒に泣き叫びたかった。しかし、泣き出したい気持ちを懸命にこらえ、その小さな胸を押しつぶそうとする大きな悲しみと寂しさに、体を震わせながら耐えていた。どんなにこらえても、どんなに耐えても、それでも目に涙が滲んだ時、ナツは右の袖で涙を拭うと、力強い眼差しで母の写真を見上げた。
「まふゆがそんなことを言ったら、お母さんは悲しくて泣いちゃうよ。お母さんは、きっとどこかでまふゆと俺を見てる。だから、お母さんが泣いちゃうことは、もうやめよう。俺はもうお母さんのことでは泣かない。お母さんに約束したんだ。まふゆも、いつも元気に笑っているって、お母さんと約束しよう。お母さんがまふゆと俺をいつも笑って見ていられるように」
「ナツ……」
まふゆはナツが自分に向けた笑顔を見つめた後、左袖で涙を拭って母の写真を見上げた。
「お母さん、あたしも約束する。あたし、いつも元気に笑っているから。お母さんみたいに……」
幼いナツとまふゆは母への誓いを胸に、母の写真をいつまでも見つめ続けた。二人の小さな手は、お互いの手をしっかりと力強く握りしめていた。
『まふゆ!』
ナツは、一緒に母に誓いを立てた幼い日のまふゆの手の温もりを左手に感じ、左の掌を愕然として見つめた。
『お、俺はこの左手で、まふゆを殺そうとしていたんだ……。何てことを……』
その時、ナツの心の中で自分の叫び声が響いた。
『そんな奴ら、許せる訳があるかあああああああああーっ! そんな奴らに、生きる資格なんてあるものかあああああああああーっ!』
ナツの心の中に、母が体中を突き刺されて絶叫する姿と、それを見て喜び叫び、大笑いしている大勢の人間の口元の心象が浮かんだ。
『ゆ、許せるものか……。俺はそいつらを呪ってやる……』
ナツの表情が憎悪で歪み、目に黒い涙が滲んだ。
『がああああああああああああああああああああああっ!』
まふゆを守るために、体の限界を超える霊力を使って憤怒の咒弾を防ぎ、苦しみ叫ぶもみじの姿が浮かんだ。その姿に、母の死の瞬間の心象が重なった。
目に涙を溜めたまふゆが、まふゆを殺そうとしている咒いの淚尽を悲しい顔で見つめていた記憶が蘇り、まふゆと一緒に涙を拭って母の笑顔の写真を見上げた記憶が重なった。
『俺は本当はまふゆを殺したくない! 俺はこれまで、まふゆと一緒に悲しみや辛い思いを乗り越えて生きてきたんだ!』
ナツが心の中でそう叫んだ時、透明な涙が流れて目に滲んでいた黒い涙を押し流した。
『お前はそれでいいのか?』
ナツの心の中に、咒いの淚尽の心象が浮かび、ナツに話しかけてきた。
『誰なんだ、お前は?』
『俺はお前だ。お前の心の奥底に抑え込まれていたお前の心の一部だ。俺は母さんを殺した奴、母さんの死に加担した奴ら、母さんの死を楽しんだ奴ら、全員を許さない。俺はそいつらが破滅するまで咒い続ける。俺の邪魔をするな』
『なぜ、まふゆを殺そうとする? まふゆも俺たちと一緒に、あんなに悲しみ、苦しんだだろう?』
『まふゆの存在は、俺と咒いの力をお前の心の奥底に閉じ込めてしまう。俺が咒いの力で復讐を果たすためには、まふゆは最大の障害になるんだ』
『俺は絶対にまふゆを殺させはしない! 俺がお前からまふゆを守ってみせる!』
『今となっては、お前も邪魔だ。この体を俺に明け渡せ!』
ナツの左腕が黒くなって赤い縞が光ると、左手がナツの首を掴んで締め始め、同時に左手から闇の雷がナツの体に広がり、ナツは苦悶の表情を浮かべながら苦しげな呻き声を上げた。
まふゆは驚いてナツの左手を両手で押さえて叫んだ。
「ナツ、何やってんだ? 何なんだこの左腕は? きゃあああああああっ!」
まふゆはナツの左手に触れた瞬間、そこから発生した闇の雷が全身を駆け巡り、体中に激痛を感じて悲鳴を上げ、ナツの左手から両手を放した。
『咒靈力を物質化したこの左腕だけは、俺が支配できる! 俺はこの体をお前から奪ってやるぞ!』
赤く光る縞があるナツの黒い左腕はナツの首から手を放すと、長く伸びて空中をうねり始め、その先端が膨らんで次第に変形していった。
ナツとまふゆは、変貌していくナツの左腕を唖然として見つめた。
長さ二十メートルまで伸びて空中をうねるナツの左腕の先端は、咒いの淚尽の裸の上半身に変化し、その黒い体には赤く光る縞があり、右腕がなかった。
「ナツよ! お前を倒して、お前の心も体も俺が支配する!」
長く伸びたナツの左腕の先の咒いの淚尽の上半身は、闇と咒いの槍を左手の中に出現させ、左手で短く持って構えた。
「古より時節の移ろいを司る青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 灼熱之槍!」
ナツの右手の上と下に炎でできた棒が伸びると、灼熱之槍に変化して槍先の刀身が朱い炎で包まれた。ナツは右手で灼熱之槍を短く持って構えた。
「行くぞ! その体は俺のものだああああああっ!」
咒いの淚尽の上半身は叫び声を上げると、腰の下の長い腕をうねらせながら、宙を自由に動き回って闇と咒いの槍の連続攻撃をナツに仕掛け、ナツは灼熱之槍でそれを受けた。
咒いの淚尽の上半身は、ナツと距離をとった瞬間、呆然として見つめているまふゆを狙い、口から直径十センチの憤怒の咒弾を吐き出した。
「まふゆーっ!」
ナツがまふゆの前まで駆けつけ、灼熱之槍の朱い炎で包まれた刀身で憤怒の咒弾を真っ二つにすると、二つに分断された憤怒の咒弾は朱い炎に包まれて消え去った。ナツは振り返ってまふゆに向かって叫んだ。
「こいつの狙いはお前だ! お前はここを離れてもみじを加勢しろ!」
「で、でも……」
「心配するな。こいつは俺の心と体を支配しようとしている。だから、俺を殺すことはない。それよりも、もみじを守るんだ! 絶対に、もみじを母さんのように殺させるな!」
ナツの真剣な言葉を聞いた瞬間、まふゆの脳裏に母の笑顔ともみじの笑顔が浮かんだ。
「わかった! ナツ、気をつけて! もみじさんはあたしが守る!」
まふゆは蔵の外へ向かって駆け出した。ナツはまふゆの後ろ姿を優しく微笑んで見つめた。
『そうだ、お前はもみじと一緒にいるんだ。もみじと一緒なら……、もみじが絶対にお前を守ってくれる。俺は自分の命と引き換えにしてでも、絶対に俺の咒いの心を止めてみせる! こいつにまふゆは殺させない!』
咒禍死の掌打を受けて吹き飛び、河原を勢いよく転がった第一形態の鏡太朗は、怒りの形相で上体を起こし、体に貼り付く濡れたTシャツを脱いで地面に叩きつけた。左膝と左手をついて勢いよく立ち上がろうとした鏡太朗は、目の前に落ちているお札に気づいた。
『お札だ! こいつを貼り付けりゃあ、あいつは元の水晶に戻るはずだぜ! お札を手にしたら俺は力が出なくなるが、あいつの方から近づいた瞬間に、何とか隙を突いて貼るんだ!』
鏡太朗がお札に右手を伸ばした瞬間、咒恨の大声が響いた。
「それには触るなーっ!」
鏡太朗はお札の手前で右手を停止して土手の上を見上げると、そこには地面に立つ咒恨の姿があった。咒恨は鏡太朗と目が合うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「君〜、その護符の力を使うのは反則だよ〜。反則をする悪い子には罰があるんだよ〜。見てごらん」
咒恨は鏡太朗から八十メートル離れた場所の地上三十メートルの位置を指差し、鏡太朗はそこに目を向けて愕然とした。
「切子!」
「鏡太朗さん!」
鏡太朗の目に映ったのは、再び二体のヘビの姿の式神のしっぽで上腕を捕らえられ、式神の翼の羽ばたきで宙に浮いている切子の姿だった。
「鏡太朗さん! わたしのことは気にしないで、その化け物をやっつけて!」
切子は力強い目で叫んだ。
「俺に悲しい思いをさせるなって言っただろおおおおおおおおおおおおっ!」
鏡太朗は切子に向かって怒り叫んだ。
「うん、うん、感動的なセリフだね〜。また涙が出てきたよ〜」
咒恨は再び懐から手拭いを取り出して涙を拭くと、楽しくてたまらないといった笑顔に変わり、切子を捕らえて滞空する式神と、いつの間にか鏡太朗のすぐ後ろに立っていた咒禍死に命じた。
「それじゃあ、罰なんだから、そのお友達は落としちゃって〜! 咒禍死は彼が邪魔しないように痛めつけちゃって〜!」
切子を捕らえていた式神は切子の上腕からしっぽを放し、切子はそのまま三十メートル下の石だらけの河原に向かって落下した。落下する覚悟を決めていた切子は、目を閉じたまま悲鳴を上げることもなく、河原に向かって落ちていった。
『わたし、死んでしまう。鏡太朗さん……、ごめんなさい……』
切子の涙が雫になって宙を舞った。
「切子おおおおおおおおおおおおっ!」
鏡太朗が切子の名を叫びながら、切子の落下地点に向かって駆け出そうとした時、咒禍死が一瞬で鏡太朗の前へ移動して行く手を阻んだ。
「これで止めだ!」
咒禍死はそう叫び、鏡太朗に向けて右の拳を叩きこもうとした。
「邪魔するんじゃねええええええええええええええええええええええっ!」
鏡太朗が怒り叫びながら放った右の拳は動きが目に見えないほどの超高速で、咒禍死の拳よりも先に咒禍死の顔面に炸裂し、咒禍死は凄まじい勢いで二百メートル吹き飛んで地面を転がった。
「何だとっ!」
咒恨が愕然として見つめる先では、鏡太朗が跳び上がって両腕で切子の背中と両膝を抱き止めていた。自分の体が受け止められたことを感じた切子が目を開くと、目の前には優しく笑う怪物と化した鏡太朗の顔があった。
「鏡太朗さん……」
嬉しそうに微笑み返した切子の目に、涙が浮かんだ。
河原に立つ咒恨は信じられないものを見たかのように、目を大きく見開いて鏡太朗の姿を見つめていた。
『な、何なんだ、今のは? 今、彼の中で渦巻く膨大な咒靈力を遥かに超える量の霊力が彼の中で膨れ上がったよ〜。彼は想いが高まると、とんでもない量の霊力を集めて利用することができるんだ。今この場で始末しないと、危険だよ〜』
突然、闇がまだらになって混じった紫色の光線が鏡太朗に向かって伸びると、着地する瞬間の鏡太朗の腹を一瞬にして貫いた。
「ううっ!」
「鏡太朗さん!」
鏡太朗が切子を自分の背後に下ろした時、その腹と背中に開いた穴からは青い血が流れていた。鏡太朗が光線が飛んで来た方を睨むと、前方五十メートルの位置に咒禍死が怒りの形相で立っていた。咒恨が咒禍死に向かって大声で命じた。
「咒禍死〜。そこに落ちている護符を破壊しちゃって〜」
「何っ?」
鏡太朗が驚いて八十メートル後方に落ちているお札に目を向けた瞬間、咒禍死の額に埋め込まれた水晶から闇と紫がまだらになった光線が発射され、光線はお札を直撃して炸裂した。それを見た鏡太朗は、叫び声を上げた。
「お札が!」
しかし、お札は光線が当たっても全く損傷がなかった。
「切子、頼みがある。あのお札に何かあると、俺は二度と元には戻れなくなる。あのお札を持って、どこかに隠れていてくれ。俺はこの後、悪霊どもに心と体が乗っ取られる。だから、絶対に俺には近づくんじゃねぇ。万が一、悪霊どもに乗っ取られた俺がお前を襲ったら、そのお札を俺に貼るんだ。いいな?」
「う、うん、わかったよ! 鏡太朗さんのために、わたしが絶対にあのお札を守るよ!」
切子はお札に向かって走って行った。
鏡太朗は青い血が流れる腹部を左手で押さえながら、ゆっくり歩いて近づいて来る咒禍死を睨んで立った。
『もうすぐ悪霊どもが俺を乗っ取っちまう。ここに切子しかいない以上、あのお札で悪霊どもを封印するのは不可能だ。俺はもうすぐ消滅する。だが、悪霊どもが切子を襲った場合には、あのお札を持っていれば悪霊どもを封印して切子が助かる可能性がある。あとは、こいつが切子に手出しをしないようにするだけだ』
第一形態の鏡太朗は消滅する覚悟を決め、切子を守るために咒禍死を倒す決意を固めた。




