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1 最古にして最強の神伝霊術 

 雷鳴轟(らいめいとどろき)神社の本殿で、御神座と呼ばれる神様が鎮座する本殿奥に向かって巫女姿のさくらが正座し、紙に書かれた祓詞(はらえことば)を読み上げていた。その背後では、三十代前半の男性の参拝者が布と木でつくられた折り畳み椅子に腰かけ、目を閉じて両手を合わせていた。

 さくらの祓詞奏上が終わると、御神座に向かって右側に立っていた巫女姿の來華が、小さな鈴が七個、五個、三個の三段になって付いている神楽鈴を参拝者に向けて振り、鈴の音を響かせながら反対側の壁との間を歩いて往復した。


「さっき良縁祈願をした男の人、いい女性(ひと)に出会えたらいいねっ!」

 参拝客が帰った後、社務所内の和室で木の椅子に座ったさくらが、木のテーブルを挟んで向かいに座っている來華に言った。

「絶対に出会えるはずじゃ。雷の神様は鏡太朗を導いていて、本当に存在しているんじゃからな」

 來華がそう言った後、二人は俯き、二人の間に沈黙が流れた。やがて、來華が顔を上げてさくらに笑顔を向けた。

「さくら……、さくらのとーちゃんとかーちゃんのことは大丈夫じゃ! 二人が戦うことなんて、絶対に起こらないんじゃ! きっと、もみじがいい方法を見つけてくれるんじゃ!」

「うん……、そうだよね……。そのために、今、おねーちゃんは、鏡ちゃんたちと一緒に移季節(うつろうきせつ)神社の神主さんに相談に行ってるんだもんね……。気を遣わせちゃって、ごめんね、ライちゃん」

 さくらは顔を上げると、無理してつくった微笑みを來華に向けたが、再び俯いて黙り込んだ。


 少しの間を置いて、さくらは俯いたまま來華に言った。

「ねぇ、ライちゃん……。前から訊きたかったんだけど……、その……、あのね……、え〜と、ライちゃんって……、その……、鏡ちゃんのこと……どう思う?」

 さくらは膝の上の拳をぎゅっと握りしめた。

 來華はきょとんとした顔で答えた。

「心から信頼ができて、大切な仲間だと思ってるんじゃ」

 さくらは思わず顔を上げた。その表情には、強い不安と迷い、緊張が浮かんでいた。

「そういうことじゃなくて! その……、れ……、恋愛対象として、どう思っているのかなって……」

 さくらは再び俯き、消え入りそうな声で言った。

 來華は『恋愛』という言葉を聞いた瞬間に思わず目を見張り、胸にズキッという痛みが走った。來華は右手で胸を押さえながら、視線を落として答えた。

「わしは人間が大嫌いで、人間が出ているドラマや映画、アニメ、マンガなんかを絶対に見なかったのは、さくらも知ってるじゃろ? さくらがぼたんと一緒に恋愛ドラマを夢中になって観ていた時も、わしは人間を見るのが嫌で、自分の部屋に籠もっていたじゃろ? だから、わしは恋愛というものがどんなもので、どんな気持ちになるのか、よくわからないんじゃ。

 でも、わしは魔物で鏡太朗は人間。友達や信頼する仲間にはなれても、それ以上のことになることは絶対に有り得ないんじゃ」

 來華はさくらに向かって優しく微笑んだ。さくらは顔を上げて來華の顔をじっと見つめたが、その時、來華の笑顔の奥にある寂しさを感じ取っていた。

 再びさくらは俯き、目を見開いて膝の上の拳を握りしめた。

『間違いない……。ライちゃんも鏡ちゃんのことを……』


 その頃、鏡太朗はもみじとナツとともに、大股で先を歩くギラギラした目のまふゆの後に続いて移季節(うつろうきせつ)神社の廊下を歩いていた。鏡太朗はグレーのパンツに白い七歩袖のルーズTシャツを着ており、もみじは神主姿、ナツは茶色のキャロットパンツに黒いTシャツを着て、上に赤い半袖ロング丈のサマーカーディガンを羽織っていた。まふゆはデニムパンツに水色の半袖スウェットを着ており、その背中には雪の結晶のグラフィックがプリントされていた。

 四人が廊下の奥にある本殿の手前まで来た時、本殿の中から箒とちりとりを手にした老神主が姿を現し、老神主は驚いた顔を見せた。

「おお! まふゆ! ナツ! もみじちゃんも! 突然でびっくりしたよ! みんな揃ってよく来たね!」

 老神主は、まふゆたちの姿を見ると嬉しそうな笑顔を見せ、もみじは老神主に会釈した。

「突然お邪魔して申し訳ありません。どうしても相談に乗っていただきたいことがあるんです。あ、そーだ! こいつがこの前お話した鏡太朗です」

 もみじは、後ろに立っていた鏡太朗を自分の前に押し出した。

「初めまして。屍鏡太朗と言います」

「おお、君が鏡太朗くんか! 確かに凄い量の霊力を感じるよ! この霊力が、想いが爆発した時にはどれだけ膨れ上がるんだろう?」

 老神主は嬉しそうな笑顔を鏡太朗に向けたが、鏡太朗の表情は強張っていた。

「あの……、一つお訊きしたいことがあるんですが……」

 鏡太朗が怒りを滲ませながら口を開いたため、老神主は不思議そうに鏡太朗の顔を見つめた。

「なぜ、廊下にピラコちゃんの写真があるんですか?」

 鏡太朗の後ろに続く長い廊下の壁には、古い写真がたくさん貼られており、ずっと後ろの方には、子どもの頃の老神主と座敷わらし族のピラコが写っている写真があった。老神主は鏡太朗の質問を聞くと、驚愕の表情を浮かべた。


「そうかーっ! ピラコがびっくり島にいたのかーっ! あのピラコの子どもに違いない! そうかーっ! それは本当に嬉しいよ!」

 居間のソファに老神主が座り、その右隣にまふゆ、正面にもみじと鏡太朗が座っており、老神主は子どもがはしゃぐように無邪気に喜んでいた。老神主の左斜め前には、ダイニングから木の椅子を持ってきたナツが座っていた。鏡太朗も嬉しそうに言った。

「まさかピラコちゃんの先祖が、代々この神社に住んでいたなんて、こんな偶然があるんですね! 俺も、めっちゃ嬉しいです! びっくり島にいる魔物の子どもたちは、みんな人間からひどい目に遭わされたと聞いていたので、ピラコちゃんの写真を見た時、あなたのことを警戒してしまいました。どうも、すみません」

「そんなの、いいんだよ。逆に、それほどピラコを大切に思ってくれて、本当に嬉しいよ!」

 老神主と鏡太朗の様子を見ていたもみじは、頃合いを見て口を開いた。

「実は、どうしたらいいか全然わかんねーことが二つあって、今日はそのことについて相談に来たんです」

 もみじは、桃花が言っていた『稲妻の戦士』と呼ばれる人間と『悲しみの魔女』と呼ばれる人間が、九年半前に魔界へ行ったまま戻らない父と母であると思われること、二人がそれぞれ属している軍が軍事衝突するのは時間の問題だと桃花が言っていたことを老神主に伝えた。


「あたしは父上と母上の衝突を回避して、二人を連れ戻したい。でも、そのためにはどうしたらいいのか、それが全然わかんねーんです」

 もみじは、両手の指を顔の前で組んで俯いた。老神主はしばらく何かを考えていたが、やがて口を開いた。

「もみじちゃん、もし君が今すぐお父さんとお母さんを見つけ出し、連れ戻すことができる状況であるなら、一日でも早く行動した方がいい。でもね、今持っている情報だけでは、たとえ魔界に行ったとしても、君のお父さんとお母さんが戦う前に二人を見つけ出すことも、人間界に連れ戻すのも無理だと思う。今はまだ、その時ではないんだ。

 君にできることは、自分が望む結果に意識を集中して、霊力を注ぎ込むことだ。この宇宙で起こるあらゆる事象の背後で霊力が働いている。霊力は人の強い想いに反応して、それを実現させようとして働くんだ。だから、どうしたらいいかわからないという想いに霊力が注ぎ込まれると、霊力の働きで、どうしたらいいかわからないという状況がいつまでも続く。もしかしたら、霊力の力でもっとひどい事態になるかもしれない。

 だから、もみじちゃんはお父さんとお母さんを無事に救い出すこと、そして、不安や迷いには絶対に意識を向けないこと、この二つのことを決意し、自分自身に誓いを立てなければならない。恐らく、君のお父さんとお母さんがそんな状況に陥っている背後では、二人を利用しようとする魔物たちの強い想いが働いている。君の想いの強さは、そんな魔物たちの想いを上回る必要があるんだ。想いの強さの戦いはすでに始まっているんだよ! 自分が望む結果に意識を集中し、自分の中の不安や迷いに打ち勝ち、お父さんとお母さんを利用しようとする魔物たちの想いに勝つんだ。そうすれば、最善の行動をとる機会が最適なタイミングでやってくる」

 もみじは顔を上げると、老神主の顔を真っ直ぐに見つめた。

「……わかりました。確かに、無策の無謀な行動以外、今のあたしには何もできねぇ。だから、今は自分が望む結果に意識を集中して、霊力を注ぎます。ありがとうございました……」


「もみじちゃん、一つだけいいかな?」

「は?」

 老神主は少し心配そうな顔をしていた。

「魔界のことは、私もよく知らない。でも、もみじちゃんに伝えておくべきことがある。昔、私の祖父からこんな話を聞いたんだ。

 祖父の弟は、血気盛んで好戦的な性格だったそうで、若い頃、たくさんの魔物と戦って武者修行をするために、魔界を数年間放浪したんだ。

 祖父の話では、魔界から帰った弟は人が変わったように何かに怯え続け、ずっと部屋に閉じこもり続けたそうだ。弟は誰とも口をきこうとしなかったが、ある時、自分の部屋から出てきて、祖父にこんなことを言ったそうだ。

『兄さん、魔界には悪魔と悪霊がいないのを知っているかい? 不思議だろう? 魔物だって人間と同じように、心に闇を抱える奴もいれば、誰かを恨み、呪う奴だっている。それなのに、なぜ悪魔と悪霊がいないと思う?』

『魔界には、富士山くらいの巨大なピラミッドが三つある。その一つの中に潜り込んで……、俺は……、俺は……恐ろしいものを見たんだ!』

 弟はここまで話すとパニックを起こし、祖父はそれ以上のことは聞くことができなかった。弟はその夜、山の中で自ら命を断った……。

 もみじちゃん。魔界には、魔物以外の恐ろしい何かがあるようなんだ。もし、魔界に行くようなことがあっても、絶対に、そのピラミッドに近づいてはならない」

 もみじと鏡太朗、まふゆ、ナツは、老神主の話を聞いて、言い知れぬ不安を感じていた。


 雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社の社務所で、今度は來華がさくらに聞いた。

「さくらはどうなんじゃ? さくらは鏡太朗にホレてるんじゃろ?」

「ぶーっ!」

 さくらは、ペットボトルから飲んでいたお茶を思わず吹き出した。

「あ、あ、あたしも、こ、こ、心から信頼ができて、た、た、た、大切な仲間だと思ってるよっ! そ、それだけだよっ! あ、あとは()()()()()()っ!」

 さくらは顔を真っ赤にしながら、しどろもどろになって答えた。來華はさくらの様子を見ると、さくらから視線を逸し、それ以上は何も言わなかった。

『さくらはとてもわかりやすいんじゃ。でも、これではっきりしたんじゃ。よし、わしは鏡太朗とさくらのことを応援するんじゃ……』

 來華の脳裏に、手を繋いで幸せそうに微笑み合う磯姫と彌助の姿が浮かんだ。

『何で磯姫と彌助のことを思い出すんじゃ? それに何なんじゃ? この胸の奥が押し潰されるような苦しさは?』

 來華は立ち上がってさくらに背を向けると、憂いを帯びた顔で部屋を出た。一人残ったさくらも來華と同じ表情を浮かべていた。

『あたしの鏡ちゃんへの想いは、恥ずかしくてずっと誰も言えなかったけど……、たとえ誰かに知られることがあったとしても、ライちゃんにだけは絶対に知られる訳にはいかない。ライちゃんが鏡ちゃんのことが好きなのなら、応援してあげたい……。応援してあげたいけど……、でも、そんなのできないよ……。ライちゃんと鏡ちゃんが二人で幸せになったら、やっぱり悲しい……。でも、あたしが鏡ちゃんと幸せになれたとしたら……、ライちゃんのことを考えると、それだって悲しいよ……。どんな結果になったって悲しい。こんなのって、辛過ぎるよ……』

 さくらは声を殺して泣いていた。


 移季節(うつろうきせつ)神社の老神主の自宅の居間では、もみじがまふゆとナツに真剣な目を向けていた。

「まふゆ、ナツ。あたしはおめぇたちを信じられる仲間だと思っている。だから、二人に頼みてぇことがある。これから話すことは、絶対に誰にも言わねぇでくれ。特に、さくらとライちゃんには絶対に言わないで欲しい。今日、二人に神社の仕事を言いつけて置いてきたのは、二人にこのことを知られたくないからなんだ」

 もみじがまふゆとナツの顔を見つめると、ナツはすぐに無表情で答えた。

「俺は何かをペラペラ話すようなことはしない。安心しろ」

「あたしだって、絶対に言うもんかーっ! あたしは世界で一番信用できる女なんだからーっ! 安心して何でも言ってちょうだい!」

 まふゆもギラギラした目で力強く言うと、もみじは頷いて鏡太朗に言った。

「鏡太朗。服をめくってお札をみんなに見せるんだ」

「え? お札を? 別にいいけど……」

 鏡太朗はTシャツをめくって、腹に貼られたお札を老神主とまふゆ、ナツに見せた。お札を目にした老神主は、興奮気味に大きな声を出した。

「これは! 間違いない! このお札は宇宙創造の神の力を借りる神伝霊術の術でつくられたものだよ! 話には聞いていたけど、実物は初めて見たよ!」

 もみじは不安げな表情を浮かべて続けた。

「今、このお札に宿る御神氣の力で、鏡太朗の中に十万体の悪霊の集合体を封印してるんです。でも、このお札はどんどん黒ずんでいる……。恐らく、十万体の悪霊の呪いの力が強力過ぎて、お札が少しずつ壊れ始めているのに違いねぇ。このままだと近い内に……」

 もみじは悲痛な表情で言葉を詰まらせ、鏡太朗とまふゆとナツはもみじの言葉を聞いて両目を見開いた。鏡太朗は大きな衝撃を受けて、動揺しながらもみじに言った。

「お、俺……、毎日お札を見ているせいか、変化に気がつかなかった……。でも、確かにそうだ。初めて見た時のお札は、こんなに黒ずんでいなかった……。このお札は、あとどれくらいもつの?」

 もみじは俯きながら、声を荒らげた。

「そんなの、あたしにもわかんねーよ! 何もかもがわかんねーんだよ!」

 もみじは顔を上げて老神主を見つめた。

「このお札が神伝霊術の術でつくられたものなら、その神伝霊術の伝承者なら同じお札をつくれると思うんです。何かご存知ではありませんか?」

 老神主はもみじを見つめながら、悲しそうな表情で答えた。

「それは不可能だよ。そのお札は宇宙創造の神の力を借りる神伝霊術の術でつくられたものだ。でもね、その最後の伝承者は十五年前に亡くなっている。その術は失伝してしまったんだ」

「そ、そんな……」

 もみじは呆然として身動きしなくなり、鏡太朗とまふゆとナツも唖然とした。

「もみじちゃん。現在、神伝霊術の多くはすでに失伝してしまっているんだよ。現存している神伝霊術だって、伝承の中で多くの術が失われ、新しい術が生まれ、時代とともに変化しているんだ。

 ただね、そのお札をつくり出した神伝霊術は、特別な存在なんだ。何しろ、世界最古にして、最強の神伝霊術と言われているんだからね」

 まふゆが最強という言葉に即座に反応し、老神主に食ってかかった。

「最強ーっ? ひいじいちゃん、神伝霊術は遣い手によって、術の効果や威力が違うでしょ? たまたま大昔に凄く強い遣い手がいただけなんじゃないのーっ? あたしたちの術だって、極めれば最強になれるはずよ!」

「まふゆの言うことは、ある意味正しいことは認めるよ。でもね、その神伝霊術だけは、他の神伝霊術とは次元が違うんだ。何と言っても術を遣う時に力を借りる神様が、全ての神様をつくり出した神様なんだからね」

 まふゆと鏡太朗は、老神主の言葉を聞いて驚愕した。

「その神様は、神様たちの神様でもあるということか?」

 ナツが無表情で呟くと、老神主が答えた。

「ナツ、その通りだよ。だから、この神伝霊術だけは特別な存在なんだよ。お札には見たことがない文字が書かれているだろう? これは古代ヘブライ文字なんだよ。漢字は紀元前三世紀に秦の始皇帝が各地の文字を統一し、その時、それまでの象形文字を簡略化した隷書が誕生して現在の漢字の原型になったとされているけれど、それよりも遥かに昔、紀元前十世紀頃には古代ユダヤ人の間に宇宙創造の神の力を借りる神伝霊術が伝えられていたと言われている。そのお札にある文字こそ、それが宇宙創造の神様の力を借りる神伝霊術でつくられた証拠だよ」

 鏡太朗は驚いて老神主に聞いた。

「でも、それがどうして日本に?」

「古代ユダヤ人の多くがニ千七百年ほど前に世界中に移動したと言われていて、移動先の一つが日本だったという説があるのだよ。もちろん、異論もあるのだがね。

 ただ、古代ユダヤ人の文化が大昔に日本に伝わった可能性は高く、他の言語と共通点が少ない孤立した言語と言われる日本語には、古代ユダヤで使われていた古代ヘブライ語と同じ単語が三千語以上あると言われているんだ。そして、旧約聖書に出てくるモーセの十戒が刻まれた石板を収めた聖櫃と、それを運ぶ時の様子が、日本の御神輿にそっくりだとも言われている。

 その辺りのことは諸説があって私には事実がわからないが、一つだけ確かなことは、世界最古の神伝霊術は古代ヘブライ文字が使われていた遥か昔には既に存在していて、今から二千数百年前に日本に伝わり、そこから様々な神様の力を借りる他の神伝霊術が誕生したということなんだよ」

 もみじが顔を上げて真剣な表情で老神主に聞いた。

「このお札に代わることができる強力なツールを知りませんか?」

「今言ったとおり、このお札をつくった神伝霊術は特別な最強の術なんだ。それに匹敵する力を持つものなど、果たして存在し得るものなのか、わたしにはわからないよ」

 重苦しい沈黙が、しばらくの間その場を支配した。


「色々とありがとうございました」

 鏡太朗がもみじの車の前で老神主にお礼を述べると、老神主が鏡太朗に言った。

「鏡太朗くん。さっき私がもみじちゃんに言ったこと……、自分が望む結果に意識を向け続けることを君も実践するんだ。自分が望む結果に意識を集中させ、そこに膨大な霊力が流れ込んだら、きっと全てがうまく行くよ」

 鏡太朗は笑顔で答えた。

「ありがとうございます。やってみます」

 老神主はまふゆとナツに鋭い視線を向けた。

「まふゆ、ナツ。さっきお前たちが告白したこと、密かに魔物を倒して回っていたことは許しがたいことだ! だが、私はお前たちの復讐心には気づいていたよ。でも、気づかないふりをしながら、神伝霊術の修行の中で二人の心が変わっていくことを期待していたんだ。

 ただ……、お前たちの目的は母の敵討ちだと思っていたが、まさか全ての魔物をこの世から消し去るなんて大層なことを考えていたとは、想像もしていなかった。弟子であるお前たちを正しく導くことができなかった私の責任だ」

 まふゆが老神主に言った。

「今までのことは謝るよ。でも、今はあたしたちの信頼できる仲間の中には、魔物だっているんだ。魔物だという理由だけで偏見や憎しみを持つことは、絶対に二度としない。誓うよ」

 まふゆは力強い笑顔を老神主に向け、その隣ではナツも微かに笑顔を見せた。老神主は破顔して二人に言った。

「色々あったが、お前たちは私が望んだとおりの気持ちになったようだね。本当に、望む結果に至るまでの道程というものは、人知では計り知れないよ」

 まふゆはギラギラした目を老神主に向けた。

「でもね、あたしたちは人間に危害を加える魔物は絶対に許さない! みんなを守るためなら、あたしたちはいつでも魔物と闘うよ!」

 ナツも力が漲る目で老神主を真っ直ぐ見つめた。

「それから、俺たちは母さんを殺した魔物は、絶対に探し出して復讐する。そいつのことだけは絶対に許しはしない! これだけは、ひいじいちゃんが止めても絶対に成し遂げてみせる!」

 老神主は溜息をついた。

「きっと二人には何を言っても無駄なんだろうね……。ただ、これだけは言っておく。復讐の想いと感情は霊力を歪ませ、狂わせる。心身に漲る霊力を呪いの力へと変質させ、その呪いの力が強くなると、それはいつの日かお前たちの心を呑み込み、お前たちからまともな思考や精神、生き方、健康、人間関係、命など、あらゆるものを奪ってしまうんだ。このことだけは絶対に忘れぬように」

 

 もみじが運転し、まふゆが助手席、鏡太朗とナツが後部座席に乗ったSUV車が出発し、それを見送る老神主の表情が不安で陰りを見せていた。

『まふゆとナツが自分たちの復讐心に呑み込まれることがないよう、私も自分が望む結果に意識を集中しよう。二人が自分たちを縛り続ける復讐心から解放され、自分自身の幸せに向かって歩き出せるように……』

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