結婚しよう、そして10kg太ってくれ
トリクシーは非常に困っていた。
だって、幼馴染兼婚約者のルークが、わけのわからないことを言い出したからだ。
「君があと10kg太ったら結婚してください。」
「!?」
◆
「トリクシー。突然なんだが、僕のおねがいを聞いてくれ。」
2週間に一回のお茶会の時間。我が家の庭のガゼボにて急にルークが頭を下げた。
「ど、どうしたの、急に。」
いつもは他愛ない話をしながらブラブラ庭を散策するのだけど、今日に限って少し話がしたいと言われ、わざわざ立ち止まって話を切り出すのを待っていた。
ルークったら、真っ赤な顔をしながら、あーとかうーとか言い出すものだから、てっきり、プロポーズ?!と、こちらまで緊張してきてしまった。
「君と僕は婚約者だ。しかも、8歳の頃から婚約を結んでいるので、もう10年にもなる。」
「ええ、そうね。」
私たちは領地が隣同士、しかも同じ爵位、そして親同士が親友ということで、記憶にないくらい小さい頃からよく顔を合わせていた。お互いに気を遣わず、親の目から見ても相性が良かったようで、8歳になった年に、私たちは婚約した。
「僕たちはお互いに好き同士という認識であっているよね?ちなみにもちろん僕は君のことが大好きだ。」
「あ、ありがとう・・・ちょっと照れるけど、私もルークのこと大好きよ。」
今、私は心臓がバクバク言っている。結婚の時期については今まで触れてはこなかった。親からも自分たちのタイミングでいいと、なんともぬるいことを言われていたので、まさか20歳を前にプロポーズされるかもしれないなんて、思ってもみなかった。
「ふふ、ありがとう。それで、そんな君が好きな僕から提案がある。」
「あら、私が好きなあなたから提案ってどんなもの?」
来る、来るぞ、きっと指輪からの結婚してくれ、が・・・・!!!!
「君があと10kg太ったら結婚してください。」
「はい、、、ん?」
おかしい。結婚してくれの前に、不思議な条件が聞こえた気が。
「やったー!!!!!快い返事をありがとう!さすがだよ!僕のトリクシー!!!」
まてまて、とんでもない笑顔で私を抱きしめて発言を軽く流さないで。
「待て待て待て待て、ごめん、どういうことか説明して。結婚してください、の前よ。」
「言葉通りの意味だよ。君は昔から、結婚するときは、君の母上が結婚したときに着ていたドレスで式を挙げたいと言ってただろ?」
確かに、私は母のドレスに憧れをもっていた。
父の居室にある、父と母の挙式の様子を描いた肖像画がとても美しくて。この絵は母とつながりのある、とある有名な画家に描いてもらったと言っていた。
背景の教会の厳かな様子はもちろんのこと、何より母が着ていた、全体に細かい刺繍が入って繊細なレースで彩られたドレスが私の目に焼き付いた。私が結婚するとき、その流行り廃りのない形の美しいドレスを着て式を挙げるという絶対的な拘りがあった。ルークにも「あのドレスじゃないと私は結婚式をしないからね!」なんて言って困らせていた。
「ええ、確かに言ったけど、それと10㎏太るとどういう関係が?」
「それが関係あるんだよ。あの母君様のドレスなんだけど、特注も特注、今となってはお直しができない代物らしく、、、っていうのも、ドレス自体に妖精の祝福がかかってるんだって。だから下手に手を入れたら妖精たちの不況を買うかもって。君もそれは嫌でしょ?」
私の実家の伯爵領の森には、今は絶滅寸前の妖精が住んでいる。妖精の不況なんて買ったら、今後の人生不幸しか起きないってくらい厄介なもの。
毎日靴ずれするとか、前髪がうねってしまうとか、命に別状はないものの、地味に気分が滅入ることが起きるという・・・・なんて恐ろしい。
「そりゃ不況を買うのは嫌だけど、それで?」
「どうしてもあのドレスを着たいなら、君があのドレスに体形を合わせるしかないんだ。」
「なんでそうなるの。もし私の体形より大きいなら、お直しでなくとも、何かしら工夫できるでしょ。」
「それができないんだって。お針子が試しに針を入れただけで、顔にニキビが3つもできたそうだ。」
「う、うわ~・・・」
ニキビが3つだと・・・!地味につらい!そのお針子さんのニキビが早く治りますように!
「母君様はあの絵だとほっそりして描かれているが、実際はあのドレスが少し窮屈なくらいふっくらとされてたそうだ。」
「なんだって!?」
まさかの絵画詐欺!今現在お母様はかなりぽっちゃりした体形だけど、結婚当初は細かったんだな~くらいにしか思ってなかった。完全に騙された。
「僕は早く君と結婚したい。やっと18になったんだ。君と家族になりたいんだ。」
「ルーク・・・」
彼からこんなにもまっすぐな気持ちを伝えられたのは初めてで、言葉に詰まってしまった。
「だから、君があのドレスを着ないと結婚しないと言うなら、僕は君を10kg太らせてあのドレスが似合うようにしてあげたい!」
「キュンとして損した!」
なんだよ10kg太らせるって!結婚式に向けて女の子は少しでも自分をキレイに見せるために身体を絞るもんじゃないの!?
「くっ・・・・本当は長年の夢だったドレスをあきらめたくなんかないけど、やっぱり結婚式は一番最高な状態でやりたいから、どうしても太る必要があるなら、私はあのドレス以外を着ることにするわ。」
だって一生に一度の大イベントよ?それがドレスに自分を合わせるってなんか違うくない?その後のダイエットで元の体形に戻るかわからないし。
「トリクシー、実はそれもできないんだ。」
「!?」
「妖精たちは君にあのドレスを着せたいみたいで、もし別のドレスを着て挙式を挙げるなら、僕たちの新居は一生日当たりが悪くなるように逆祝福をしてやるってさ。」
「呪いじゃん!」
もはや妖精ではなく悪魔だ。
「もういちど言うよ。僕はトリクシー、君を愛してる。僕と結婚してくれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。いや、うん、結婚はする、するけど、ちょっと、ちょっとだけ解せない、いや、うん、もういいや、わかった」
最後まで言うことなく、ルークから口を塞がれてしまった。内心複雑すぎて、私の脳内を占めるプロポーズされた喜びの割合はとっても少ない。ごくわずかだ。
でも、大好きだったルークとやっと家族になれることを思ったら、妖精たちのことなんてどうでもよくなっていた。
◆
トントントン
控室の扉をノックする音がした。
「トリクシー?準備はどう?」
「・・・いいわよ。入って。」
扉を開けて、ルークがドレス姿の私を見つめる。
「とっても、綺麗だ。」
ルークの瞳は嘘は言っていない。少し顔を赤くして、とても嬉しそうに言ってくれるから、私も本当に自分がキレイだと錯覚しそうになる。
「ありがとう。本音を言うなら、1年前の私の状態でこのドレスを着たかったわ。」
鏡に映った私はあの憧れのドレスに身を包んでいる。
よく言えばふっくらと、悪く言えばむちむちした厚みのある自分。
そう、私はあれから1年かけて頑張って増量した。健康的に10kg太ることを目標に、栄養バランスを考えて食事量を増やし、運動量を減らした。日に日に肉がついていく自分を見て、友人たちに「幸せ太り?」と言われる始末。
クローゼットの中の服はだんだん着ることができなくなって憂鬱になっていったが、そのたびにルークが気を効かせて新しい服を買ってくれた。
そしてやっとあのドレスがぴったりに着れるようになったときには、私は元の体重より15kgも増えていた。当時のお母様はよほど肥えていらっしゃったようだ。
いまの私の身体と言えば、お腹は丸くポヨンとしており、二の腕は歩くと揺れて、太ももは歩くとこすれるくらい太くなった。顔の輪郭は丸く、頬もぷっくりしたので、相対的に目が小さくなった気がする。指も手の甲すらもぷっくり肉がついてしまったので、手持ちの手袋がキツくて入らなくなったとき、こっそり泣いた。
そんな苦いことを思い出していると、
「・・・・そんなこと言わないで。今の君が一番だ。」
そう言いながら軽くかがんで、私の丸い頬にキスをする。
ずるい、そんなこと言われたら本当にそう思ってしまうではないか。
「抱き心地も最高だしね。」
最近のルークは私のあちこちを揉んでくる。あちこちの肉が掴めるという状況が初めてなので、内心とても複雑だ。
「それにね、妖精たちが言ってたんだ。」
「妖精って、このドレスに祝福を与えてくれた妖精?なんて言ってたの?」
「このドレスを着てくれた人間の子に、安産子沢山の祝福を授けてるんだってさ。君も8人兄弟だもんね。これで賑やかな家庭を築くことができることが約束されたね。」
ーーーーこうして、二人はその日に夫婦となり、式の様子は、父と母と同様、絵画として記録された。新婦の姿は、ほっそりした体形に補正された形で。
二人はそれから妖精の祝福の通り、5男、1女の子供に恵まれることとなった。トリクシーはすっかり安産体形が定着してしまうが、ルークはどんなときでも「今の君の姿が一番好き」と愛を囁いていたとかなんとか。
男の方が外見を気にしない人だった、っていう内面イケメンのお話でしたとさ。