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魔大猪の浄化肉ステーキ

「魔に生まれ、牙を持つ獣よ、その罪は死によって浄化され、汝の魂が輪廻へ回帰することを我らが神はお許しになられた。穢れを濯ぎ、今ここに神の奇跡を証明しましょう────浄化(ピュリファイ)


 魔大猪の前で膝をつき、聖印を握りしめて祈りを捧げていたブレイズが、祝詞を紡ぐ。洞窟型のダンジョン内だというのに、きらきらとした光が魔物の死体に降り注いだ。

 死体から、紫色の靄が染み出し、光に照らされると消えていく。


 浄化による変化は劇的だった。

 くすんでいた毛皮に艶が生まれ、立ち込めていた腐敗臭が綺麗さっぱり消えた。腐敗していた肉は、屠殺直後を彷彿とさせる鮮度へ蘇っている。


 勇者一行にも、浄化を使える聖女がいた。

 でも、ここまで強力な奇跡ではなかったはずだ。

  広域の魔瘴気を軽く浄化するのに精神的にも肉体的にも疲労していた聖女に比べて、腐敗の進行が酷かった魔物の死体を浄化したブレイズは、軽く一仕事を終えたとでも言わんばかりに涼しげな顔で、神への祈りを捧げている。

 二人の違いはなんだ? 魔力の量も、素質もさほど変わらないように思える。ひとつ考えられるのは、この世界に生まれた命だからこそ、この世界の神に祈りと魔力が届きやすいのか。


「浄化、完了しました。ですが、本当にこれを調理するんですか?」


 ブレイズの声にハッと我に帰る。

 好奇心に負けて私のお願いを、今回限りと承諾してくれた彼だったが、やはり魔物を喰らうということへの忌避感があるらしい。

 アリアからの挑戦という形で魔大猪を調理することになったが、私にも事情というものがある。


「はい、実は私もまだお腹が空いていて、食べ応えのあるものを胃に入れたくてしょうがないんです」


 ゴブリンのスープで空腹を紛らわせたに過ぎない。

 根本的な空腹は変わらずあった。


「それなら、私の保存食を差し上げますよ?」


 ブレイズの提案に私は首を振る。


「そういう訳にはいきません。冒険者にとって、食料は生命を維持するのに必要不可欠。対価もなしに、同じ冒険者から受け取る訳にはいかないんです」


 勇者一行の中で、私は施しを受ける側だった。

 一度や二度なら、割り切れる損失も、何度も続くとなれば精神的な影響が出てくる。

 私はほんの僅かでも、勇者一行に恩を返すことができなかった。だから、もっとも彼らが追い詰められたダンジョンの奥底で追放されたのだ。

 同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。


「……分かりました、ですが体調不良になったら教えてください。魔物食は、まだ未知の部分が多い。人体への影響も、不明なんですから」

「お気遣いありがとうございます」


 視線を魔大猪に戻す。

 私は腰から解体用の鋭いナイフを取り出し、すぐさま部位毎に切り分けていく。獣型の生き物を解体するのは久々だ。

 切り端を試しに、セットしたフライパンで焼いてみる。


 サシの入ったきめ細やかな肩ロースから、熱で溶け出した油が広がっていく。

 表面を覆っていた神聖な気配は、輝きを失うどころか増していくばかりだった。

 焼けた肉を口に放り込んだ。


「こ、これは……」


 豚より臭みは強いが、ゴブリン程ではない。

 魔大猪よりも小型で、穢れの薄い個体は、一部の辺境の地で飢えを凌ぐ為に食べられる事もあると聞いていたが、この程度なら香辛料でいくらでも調理できるだろう。

 冒険者として活動するアリアが、その事を知らないはずはない。なら、どうして私を試す素振りをしていながら、魔大猪を食材に指定したんだ……?


 アリアは無言で私を見つめていた。

 何を考えているのか、表情からは読めない。


 魔大猪をどう調理するか、既に決めていた。

 ステーキならば、火加減に注意すれば手軽に調理できる食べ応えのある一品になる。


 切り分けた肩ロースを、フライパンの上に置く。

 じゅう、と肉の焼ける音が、洞窟に響いた。

 遠くで、匂いに釣られた魔物たちの興奮する鳴き声が聞こえる。


「ふん、魔物どもにとっても空腹を刺激するこの匂いには反応せずにはいられないようだな」


 エルドラの能天気な呟きが、私の耳を通り過ぎた。

 私が今、作ろうとしている料理は、アリアにとって残酷なものではないか。


 【報復の晩餐】

 東の霧の森に住むエルフは、森の主である世界樹と契約を交わした一族だ。その地に住む権利を得る代わりに、森を侵す魔物、動物、あるいは人間や同族さえも狩りの対象にしなければならない。彼らには植物を摘むことさえ許されず、薬草ひとつさえ自然に落ちた葉を森中を彷徨ってかき集めなければならない。


 この世界では、魔物食は一般的じゃない。

 相当に飢えていない限り、選択肢に上がらないほどだ。

 アリアの過去に食べた事があるという発言は、恐らく【報復の晩餐】によるもの。

 その経験は、あまり良い記憶だったとは言えないのでは?


 一瞬の迷いが生まれたが、事の発端はアリア自身だ。何か言いたい事があれば、あの性格だから黙ってはいないだろう。

 それでも、今この瞬間は沈黙を選んでいる。

 なら、私は目の前の肉を最善の一品に仕上げるしかない。

 それをどう受け止めるかは────アリア次第だ。


 肉を調理用の箸でひっくり返し、火の勢いを弱める。じっくりと熱を通していくのだ。

 火加減はミディアムレアにする。


 ダンジョン内には虫の姿はない。高濃度の魔力に適応できないためとも、大型に変異するためとも言われている。

 とにかく、ダンジョン内であれば寄生虫の心配はない。ウィルスや細菌はいるみたいだが、浄化された肉なら問題はないだろう。


 そうして、料理が出来上がった。


 皿に盛り付けたステーキは、魔物の肉を使っているというのに神聖な空気を纏っていて、食欲を唆る肉の焼けた香ばしい香りを振り撒いていた。


「魔大猪の浄化肉ステーキです」


 盛り付けた料理を片手に振り返れば、いつのまにか土で作られた長机と椅子があった。魔法を発動した気配も、音さえもなく、人数分の椅子が並べられている。

 恐らく、これは土属性の構造魔法、使ったのはエルドラだろう。

 並大抵の練度では維持するのも難しく、軽く触れるだけでも崩壊してしまう高難易度の魔法だ。


 上座に腰掛けているのは、エルドラ。

 長机の一番端にアリア、ブレイズと並び、その向かいに私の席が設けられていた。ご丁寧に、ネームプレート付きで。


 試練を課してきたのはアリアだが、発破をかけたのはエルドラだ。

 エルドラなりに、場を整えてくれたのだろう。


 出来上がった品を、まずはアリアの前に置く。

 

「────っ!」


 椅子に座っていたアリアが、目を見開いた。


「信じらんない……これ、アンタ、どうやって……」


 アリアの唇が震える。

 彼女が何を問いかけているのか、聞かれなくても分かった。


 【報復の晩餐】における、調理の手順。

 狩った獲物を解体し、肉の筋を徹底的に切る。使う道具は、壊された大木から削り出した道具。報復として命を奪い、糧とする。

 他所から野蛮だと揶揄される因習も、その地に住む者にとっては明日を生きるための道標であり、積み重ねた知恵が反映されている。


 魔大猪の調理において、何よりも大切なのはいかに筋を断ち切るか。

 筋切りを丁寧に行えば、加熱の際に脂が溶け出して噛みやすい肉になる。逆に言えば、これを怠れば酷い経験をすることになる。


「我ながら恥ずかしい話ではありますが、前のパーティーでは全く役に立てず、休日は文献を読み漁る日々でした」


 この世界に召喚されてすぐ、言葉と文字を覚える為に文献を読みあさっていた。どんな人たちが住んでいて、どんな文化があるのか、知っておきたかった。

 他のクラスメイトたちのように、何も知らなくてもなんとかなるとは思えなかったから。


「メンバーからは陰気臭いと馬鹿にされましたが……その中に、魔大猪の調理について記されたものもありました。タイトルは霧の森に住む者たちの伝統や風習について」


 カトラリーを並べる。

 アリアは手を伸ばさない。

 白い喉が上下に動いていたが、私の目から視線をステーキに動かし、青褪めた表情で穴が開くほどに見つめている。


「……これが、魔物の肉なの? 本当に……?」


 ブレイズがぶつぶつと口の中で呟く。


「これが、魔物から作られた料理……? たしかに魔力の量は凄まじいですが、ゴブリンのスープと様子が違うようですね……調理方法はほぼ変わってないと聞きますが、なかなかに薄気味悪い……しかし、これが本当に食べられる料理なのであれば、ダンジョンでの生存率が上昇する可能性も……ならば、試さなくては!」


 ブレイズは静かに観察したかと思えば、嫌悪感に顔を歪めている。それでも、フォークとナイフを手に取った。


「ふむ、やはり良い香りだ。余の分はもちろんあるだろうな? このテーブルと椅子を用意した礼ぐらいは貰えるだろう?」


 ステーキを前に言葉を失うアリアとブレイズに反して、エルドラは通常運転だった。両手を、いつの間にか用意した白のナプキンで拭いている。爛々と期待に輝く目が、ステーキを欲していた。

 彼の前にも料理を運ぶ。

 私の一挙手一投足を、彼は熱い視線で眺めている。


「おまたせしました、魔大猪の肩ロースを使った浄化肉のステーキです。火加減はミディアムレア、どうぞ心ゆくまでお召し上がりください」


 私も椅子に座る。

 魔大猪の浄化肉ステーキは、静かにそこにあった。

 両手を合わせて呟く。


「では、いただきます」


 皆が食べ始めるのを見たアリアは、震える手をフォークに伸ばした。

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