交渉相手
ある夜のこと、一隻の宇宙船が大統領が住む邸宅の屋上に音もなく飛来した。その宇宙船の中から現れた宇宙人もまた、その優れた科学技術を使い、誰にも気づかれずに床や天井をすり抜けて、目的の場所まで一直線に降りた。
「……あら、変わったお客さんね。天井から来るなんて」
「お、これはこれは、失礼しました。さすがはこの星の支配者。名乗る前から我々の気配を感じ取るとは」
「ふーん、この星の支配者とは言い過ぎね。私が支配しているのは、この声が届く範囲だけよ」
二人の宇宙人は、「ほう」と声を漏らした。
「その謙虚さ。やはり、主」
「調査により、接触すべきはあなた様だと我らの星で決まったのです」
「ふーん、まあ見る目はあるようね」
「ははっ、では時間もないことですので、さっそく話に入らせていただきますが、現在、この星はウイルスに侵されています」
「我々はそのウイルスの特効薬を開発しました」
「ウイルスねぇ……。今、みんなが大騒ぎしているあれかしら。薬を作るなんてすごいじゃないの。でも、ただでくれるわけじゃないんでしょう?」
「いえ、失礼ながら、我々の星はこの星よりはるかに豊かで、すでに充足しております」
「我々は宇宙の平和と星々で暮らす生き物のために活動しているのです」
「ふーん、まあ信じるとしましょうか。続けてどうぞ」
「ええ。それで、その特効薬なのですが、即効性があり、この星にばらまけば瞬く間にウイルスは駆逐されるでしょう」
「ですが……ウイルスもまた生命の一つです。それに、あなたのようにそれをうまく利用し、自分たちの確固たる地位を築いている方も多くいらっしゃいます」
「あら、それって批判かしら?」
「いえいえ、とんでもない! あなたのやり方に口を出す気など毛頭もありません」
「ええ。部外者である我々の勝手な判断で動いていいものかと思い、あなた様に意見を伺いたく、今宵参りました」
「なるほどねぇ。でも、そうねぇ、どうしたものかしら……なんて、悩むことはないわよね。駆け引きとか、もうウンザリだわ。この星のためになるのなら、やってちょうだい。私のためにもなるでしょうしね」
「ははっ、では早速、大気に混ぜて散布しましょう」
「では、我々はこれで失礼します。お邪魔いたしました」
宇宙人たちは、再びスーッと浮かび上がり、天井に消えた。
それから少し経つとドアが開き、人がため息をつきながら部屋に入ってきた。
「ふぅー、あら、ただいまぁ。起きて待っててくれたのねぇ。いい子にしてましたかぁ? うふふ」
「大統領、まだ明日のことで少し……」
「えー? はぁ、もう。ごめんなさいねぇ。おやつはもう少し待っててくだちゃいねぇ、んふふふふ。あら、天井を見上げてどうしたの? 虫? ちょっとやだわぁ、蚊だったらどうしましょ。ミィミちゃんが刺されて病気になったら困るわぁ。ほら、最近また流行っているし……。ちょっと、何ボケッとしてんの! 探して駆除しなさいよ!」
「え、あ、はい……」
「んふぅ、大丈夫よぉ。ミィミちゃん、ママが守ってあげますからねぇ」
頭を撫でられながら彼女は思った。
なーんか調子のいいことを言ってるけど、どうせまた注射ってやつをするつもりなんでしょ? あんたたちもたまには痛い思いをすればいいわ、と。