小さなクリスマス
貧しい兄弟が過ごすクリスマスの一日です。
昔、ある裕福な街の裏路地に、貧しい兄妹が住んでいました。
兄妹はいつもお腹を空かせており、日々、飢えと戦っていました。
二人とも孤児のため両親がおらず、食べ物を買えるお金を持っていません。
けれど、兄妹は本当の兄妹以上に仲良しでした。
兄はサムという名前で妹想いの優しい兄です。
しかし、時折、無茶をして妹を心配させます。
妹はクリスという名で寂しがりの女の子。
捨てられていた時に、一緒に置いてあったクマのぬいぐるみを、いつも大事そうに抱えていました。
深々と雪の降り積もる年の末。
街はクリスマス一色に染まっていました。
街路樹はイルミネーションで彩られ、繁華街の店先にはクリスマスリーフが飾られています。
家族連れ、若い恋人たち、老夫婦など、たくさんの人で賑わっていました。
その様子を裏路地からサムとクリスが物欲しそうに眺めていました。
「何だか楽しそうだね」
クリスは目を輝かせながら、にこやかに笑います。
「オレたちには関係ないよ」
繁華街から目を背け、サムは言葉を吐き捨てました。
お金のない兄妹にとってクリスマスはただの大きな騒ぎ。
楽しみもなければ、これっぽっちもお腹を満たせないのです。
「お兄ちゃん、あっちに行ってみようよ」
クリスは頬を丸くさせ、嬉しそうにサムの袖を引っ張ります。
クリスにとって貧富の差は関係なく、いっしょにクリスマスを楽しめたら、それでいいのです。
サムはおねだりするクリスに根負けして、繁華街を歩いて行きました。
すると、どこからかチキンの焼ける香ばしい匂いが漂って来ます。
「美味しそうな匂い。お兄ちゃん、あの店からだよ」
クリスが駆けて行った先には、大きなレストランがありました。
窓越しにチキンを焼いている様子が見られるお店で、辺り一面香ばしい匂いが立ち込めています。
サムとクリスは窓にへばりついて、調理の様子を眺めていました。
「美味しそうだね」
「うん・・・ゴクリ」
サムは思わず生唾を飲み込みました。
あのチキンを二人で丸々一匹を食べられたら、どんなに幸せなことだろう。
お腹いっぱい食事をできるなんて、二人にとっては夢のまた、夢です。
すると、店の呼び込みをやっていたやせっ細った男がやって来ました。
「こんな所にいられると店の売り上げが落ちてしまう。野良犬はあっちへ行った、行った」
「ボクたちは犬じゃないよ!」
サムはクリスをかばうようにやせ細った男の前に踏み出ると、語気を荒げて言い返しました。
いくら貧乏だからと言って、犬呼ばわりされて黙っている訳には行きません。
それに、子供だからと軽く見られていることがしゃくに触ったのです。
「オマエたちのように金のない貧乏人はみんな犬だ。疫病神はあっちに行け!」
やせ細った男は憎たらしそうに兄妹をののしると、サムを勢いよく突き飛ばしました。
「ちっくしょー。金がなんだ。金があるからって、みんな偉いのかよ!」
「お兄ちゃん、もう行こう」
やせ細った男に食い掛かるサムを引き留めようと、クリスが不安げに呟きました。
クリスはこの先に起こることを予感していました。
このまま男とサムがケンカしても、ボコボコにやられてケガをするだけだということを。
「そっちの娘ちゃんはオマエより賢いようだ。大人になったら買ってやってもいいぞ。ギャハハハ……」
やせ細った男のあざけるような笑い声が街にこだましました。
繁華街から外れにある橋の下にやって来た兄妹は、静かに流れる川を見つめていました。
「クリス、何で止めたんだよ。あんなヤツ、ボコボコにしてやったのに」
「無茶よ。相手は大人よ。敵いっこないわ。それにお兄ちゃんが殴られるところを見たくなかったし」
クリスはサムをたしなめるように言いました。
「悪かったよ。今度からは無茶しない。クリスを悲しませるようなことはしないから、安心しな」
「約束だよ」
サムは小指でクリスの小指を絡めると、かたく約束をしました。
「けれど、クリスマスって楽しそうだったね。私も一度でいいからクリスマスをしてみたいな。ごちそうをお腹いっぱい食べて、プレゼントをもらって」
すると、クリスのお腹がグ~っと鳴りました。
「クリスマスのこと考えていたら、お腹が空いちゃった」
クリスは舌をぺろりと出して無邪気に笑いました。
屈託のないクリスの笑顔を見てサムは考え込みます。
そして、何かを決断したように小さく頷くと言いました。
「クリス、教会で待っていろ。ボクが食べ物を持ってきてやる。二人でクリスマスをやろう」
「クリスマスって……」
心配げなクリスをよそに、サムは繁華街へと駆けて行きました。
とりあえずサムは手っ取り早く食べられるパンに目をつけました。
何食わぬ顔で店に入って行くと、トレーとトングを持ってパンを買うふりをします。
そして適当なパンを3つトレーに乗せると、客の列の一番後ろに並びました。
店員が他の客の対応をしている隙を狙って逃げるつもりです。
しかし、店員はサムが店に入って来た時から目をつけていました。
「今だ!」
サムはパンを鷲掴みにしながら、勢いよく店を飛び出します。
しかし、店員もすぐに気がつき、追いかけて来ました。
そして、あっという間に取り押さえられてしまいます。
「離せよコノヤロー」
「店のパンを盗んでよく言えたものだな。盗人はこうしてやる」
店員は拳を握りしめるとサムの顔を思いっきり殴りました。
サムの顔はみるみるうちに赤く腫れあがって行きます。
「これに懲りたら、もう盗みなんてするなよ!」
店員はサムを放り投げると店に戻って行きました。
周りで見物していた群衆も何事もなかったかのように繁華街へ戻って行きます。
そう、この街では貧乏人は大人だろうと子供だろうと、人として扱われないのです。
その中でサムはうずくまり、悔しそうに拳を握りしめていました。
しかし、サムはこれだけでは諦めません。
このくらいのケガは日常茶飯事だからです。
男の勲章がついたと思えば痛みなど割り切れました。
「食べ物がダメならば、お金だ」
サムは人ごみの中から裕福そうな人物を探しました。
キラキラ宝石を身に着けた婦人よりも、何か商売をしていそうな人がターゲット。
サムの経験上、現金をたくさん持っているのは商売人が多いのです。
サムは小太りのヒゲを生やした男に目をつけました。
頭にターバンを巻き、赤いベストを羽織ったいかにも商売人らしき身なりの人物。
そっと背後に近づき腰巾着に手を伸ばします。
そして、「ごめんよ」とぶつかったふりをして腰巾着を盗みました。
サムは急いでその場から離れます。
バレてしまったら、さっきと同じように殴られてしまいます。
しかし、小太りのヒゲを生やした男はまったく気づかず、そのまま歩いて行ってしまいました。
「このくらい、ちょろいちょろい。中身は・・・おっ、結構持っているな」
腰巾着の中には銀貨が3枚と銅貨が5枚入っていました。
これだけあれば、とりあえずお腹は満たせそうです。
すると、向こうから裏路地のゴロつきたちがやって来ました。
「おっ、サムじゃないか。景気はどうだい」
リーダーの男が馴れ馴れしくサムの肩に手を回します。
そして、片方の手でサムのポケットをまさぐりました。
「コイツ、金を持ってやがる。どれどれ・・・結構、持っているじゃなか」
リーダーの男はサムから腰巾着を巻き上げると、硬貨を全部奪いました。
「返せよ」
サムはリーダーの男に掴みかかります。
しかし、子分たちに取り押さえられてしまいました。
多勢に無勢、これでは手も足もでません。
「この金はオレ達がもらっておく。お前は土でも食ってろ」
リーダーの男が合図をすると、子分たちがサムの顔を地面に押し付けました。
サムは成す術もなく顔中泥だらけ。
ゴロつきたちはこの辺りの裏路地を支配している、厄介な連中なのです。
「ちくしょー」
サムは拳を地面に叩きつけました。
サムはひとり、橋の上でしょげた顔をしながら、川を眺めていました。
結局、お金は全部奪われ、すっからかん。
これでは飴ひとつも買えません。
「あいつらめ」
サムがふいに川を見やると、何かがキラリと光りました。
よく目を凝らして見ると硬貨らしきものが川底で光っています。
サムはさっそく川に入って行って、川底をあさりました。
「見つけた・・・これは銀貨じゃないか!」
サムは小躍りして喜びます。
銀貨1枚だけれど、パンや肉を買える価値はあります。
けれど、貪欲なサムは簡単にお金を増やす方法を思いつきました。
それは、賭け事です。
繁華街の裏路地はギャンブラーたちの溜まり場になっていました。
街ではギャンブルが禁止されているため、影でやっているのです。
お金も持っている者ならば、誰でも参加できるのが良いところ。
「よお、サム。やって行くかい?」
サムと顔なじみのゲームマスターが声をかけて来ました。
サムはいつもココの場所に来ては、ゲームを眺めています。
それは、いつかゲームで勝つために普段から学習していたのです。
しかし、ゲームに参加するのは今日がはじめてでした。
ゲームのルールは至って簡単。
カードを2枚引いて、カードの数を足して下一桁が9に近い者が勝ちとなります。
いわゆるバカラゲームです。
勝てば賭けたコインの倍のコインがもらえます。
しかし、負ければ全部なくなってしまいます。
「今日は、ツイているんだ」
「そんな顔してかい?」
サムの腫れた顔を見て、ゲームマスターが笑いました。
「じゃあ、はじめるよ。カードを1枚引いて」
サムのカードは5でした。
ゲームマスターのカードは11です。
次のカードを引いて足した数が9に近い方が勝ちになります。
「いくら賭ける?」
「男は一発勝負だ」
サムはテーブルに持ち金の銀貨を1枚を置きました。
「それでいいのかい?」
ゲームマスターは再度、確認します。
サムは一瞬ためらいましたが、伸ばした手を引き戻しました。
「人間、素直が一番だ。さて、行くぞ」
ゲームマスターは小さく笑うと、カードをテーブルに置きました。
サムのテーブルに置かれたカードは2。
ゲームマスターのテーブルに置かれたカードは8でした。
「私の勝ちだ」
「ちくしょー!」
サムは悔しそうにテーブルを叩きました。
勝負に負け、すっからかんになるなんて、見るあてもありません。
すると、ゲームマスターが銅貨を一枚、テーブルに置きました。
「これは見舞金だ。またの挑戦を待っているよ」
サムはテーブルの銅貨を手に取ると、拳の中で強く握りしめました。
サムはしけた顔をしながら裏路地を歩いていました。
結局、残ったのは銅貨1枚だけ。
これでは果物の一つも買えません。
すると、裏路地の脇から手招きをする老婆がいました。
小さなテントを張って、中で占いをやっている占い師です。
サムは導かれるように近づいて行きました。
「おや、お主は何かやらなければならないことがあるようだね」
老婆の突然の指摘にサムは目を丸くしました。
「何でわかるんだよ」
「水晶玉に出とるわい」
老婆は水晶玉を撫でながらニヤリと笑いました。
そして袋から真っ赤なリンゴを一つ取り出すとテーブルの上に置きました。
「このリンゴを食べればひとつだけ願いが叶う。じゃが、その代わりに大切なものをひとつ失う。どうじゃ、いるかい?」
サムは半信半疑で老婆の話を聞いていました。
リンゴを食べただけで願いが叶うなんて嘘っぱちだと思いました。
けれど、お腹を空かせて待っているクリスのことを思うと、手ぶらでは帰れません。
「タダではやらん。そのコインと交換じゃ」
サムは仕方なく銅貨1枚とリンゴを交換しました。
リンゴひとつだけれど、ないよりはましです。
そして、クリスが待っている教会へ急ぎました。
クリスは古びた教会でサムが来るのをひとり待っていました。
この教会は二人が捨てられていた場所です。
今は管理する人がいなくて、すっかり錆びれてしまいました。
「クリス、食べ物を持って来たぞ。クリスマスには、ちょっと物足りないけど」
「リンゴ・・・どうしたのこれ?」
クリスは驚いたように目を見開くとサムに聞き返しました。
「交換したんだよ」
「交換って……」
クリスはそれ以上何も聞きませんでした。
サムの顔を見れば一目瞭然。
また、何か無茶をして来たのだと言うことがわかったからです。
「このリンゴは普通のリンゴと違って、食べれば願い事が叶うんだ」
「願い事が叶うって……私をからかわないでよ」
クリスはサムが冗談を言って笑わせようとしているのだと思いました。
そして、そのままリンゴに噛り付きました。
口一杯にほんのり甘い果汁が広がります。
すっかり乾いた喉も果汁で潤いました。
「お兄ちゃんも食べなよ。美味しいから」
サムもリンゴに噛り付きました。
二人で半分ずつ食べると、少しだけお腹が膨れました。
すると、急に眠気が襲って来て、二人はそのまま眠りこけてしまいました。
サムが目を覚ましたのは、クリスマスに彩られた広いリビングの中。
部屋の中にある大きな暖炉の脇には、クリスマスツリーとプレゼントの山がありました。
「お兄ちゃん、そんなところでぼーっとしてないで、早くこっちに来て」
サムは戸惑いなかが、クリスに促されてダイニングへ来ると、テーブルいっぱいに豪勢な料理が並べてありました。
こんがり焼けたチキン、温かいビーフシチュー、ピザ、ケーキやワインもあります。
サムは思いがけない光景に目を丸くしました。
「こんなにいったいどうしたんだ?」
「どうしたって、今日はクリスマスじゃない。パパとママが用意してくれたんだよ」
キッチンの奥で父親と母親が笑い声を上げていました。
父親はヒゲを生やしたクマのような大男。
対照的に母親は黒い長い髪が印象的な細身の女性でした。
サムが一人でぼーっと立っていると、父親が言いました。
「サム、そんなところに立っていないで早くこっちに来なさい」
「そうだよお兄ちゃん。早くパーティーをはじめようよ」
サムは二人に促されて椅子に腰を下ろしました。
チキンの香ばしい匂い、ビーフシチューの美味しそうな香、チーズの焦げる匂い。
涎の滴るほどに美味しそうな匂いがサムの鼻をくすぐりました。
「それじゃあ準備ができたわね。パパ」
「カンパーイ」
母親がグラスにワインを注ぐと、父親が乾杯の音頭をとり、みんなでグラスを合わせました。
さっそく、クリスはおいしそうにチキンにかぶりつきます。
頬を丸くさせとても幸せそうな笑顔。
そして、ひとりぼーっと見ていたサムに向かって言いました。
「お兄ちゃん、食べないの?お腹でも痛い?」
「ううん。食べるよ」
サムは思い切ってチキンにかぶりつきました。
チキンの肉汁が口いっぱいに広がって、幸せな気分になります。
見栄えなど気にせず、貪りつくように食べました。
「サム、そんなに慌てなくてもまだまだ、おかわりはいっぱいあるわ」
母親が嬉しそうに笑いながら言いました。
テーブルの料理はみるみるうちになくなり、サムとクリスのお腹の中へ消えて行きました。
サムは、こんなに幸せな気分になれたのは生まれて初めてです。
この時間がずっと続けばいいのにと思いました。
「食事の後は、たのしみのプレゼントだな。クリスにはコレ。サムにはコレだ」
食事を終えた父親がプレゼントを持ってくると、サムとクリスに渡しました。
クリスのプレゼントは大きな袋状の包み。
サムのプレゼントは四角い箱です。
クリスは目を輝かせながら袋の包みを開けました。
すると中から大きなクマのぬいぐるみが出て来ました。
「これ、前から欲しかったんだ。ありがとう、パパ」
クリスは嬉しそうにクマのぬいぐるみを抱きかかえ、父親にお礼のキスをしました。
そのクマのぬいぐるみに見覚えのあるサムは、首を捻ります。
それは、いつもクリスが抱えていたボロボロのクマのぬいぐるみに似ていたからです。
「お兄ちゃんのプレゼントは何?」
クリスが興味津々でプレゼントを覗き込みます。
箱を揺すってみるとカタカタと音がしました。
サムは、ラッピングを外し箱の蓋を開けます。
すると、中から何かのミニチュアが出て来ました。
「何だこれ……」
古びた教会のような部屋に小さな人形が2つ。
真っ白な雪を被り、小さく震えています。
「これは・・・ボク達じゃないか!」
サムがそのことに気がつくと、急に目の前が真っ暗になりました。
サムが再び目を覚ましたのは古びた教会の中。
サムもクリスも長い間、夢を見ていたのです。
「うぅぅ……」
辺りを見回すと、壊れた天井から雪が舞って来て、床を真っ白に染めています。
側で倒れていたクリスも雪を被っていました。
サムはクリスの所へ駆け寄り、雪を払いのけました。
しかし、クリスの体は雪のように冷たくなっています。
夜風に晒されていたせいで、すっかり体温が低下してしまっていたのです。
「クリス、起きろ。目を覚ますんだ!」
「うぅ……うん」
サムはクリスの頬を軽くたたくと、クリスは薄っすらと目を開きました。
そして、サムに向かって言いました。
「お兄ちゃん、もう、食べられないよ……」
「何を寝ぼけているんだよ。起きろ!」
クリスの意識は朦朧としていて、はっきりと目を覚ましません。
そればかりか、だんだんと体から血の気が引いて行きました。
サムはクリスの体を摩りながら、呼びかけました。
「クリス、眠っちゃいけない。死んでしまうぞ!」
しかし、クリスは静かに目を閉じると深い眠りにつきました。
「クリス……」
サムは大粒の涙を流してクリスを抱きしめました。
夢なら覚めてくれと心の中で祈るけれど、現実は無常で何一つ変わりません。
あの占いの老婆の言う通りになったってしまったのです。
「大切なものを失うって、クリスのことかよ……」
サムはいたたまれない気持ちになりました。
クリスにリンゴを食べさせたのはサム自身。
自分でクリスを殺したようなものだと、ひどく自分を恨みました。
「無茶しないって約束したのに、すぐに破ってダメな兄ちゃんだよな。ひとりで寂しかったよな。あの時、リンゴなんかもらわなければ、今頃、クリスは笑っていられたのに……」
サムは普段の軽率な行動を反省しました。
そして、クリスの手を握ると固く決意します。
「クリス……ひとりにはしないからな」
サムは冷たくなったクリスに優しい言葉をかけるとクリスをそっと抱き寄せました。
そして、二人は白い雪の中へ消えて行きました。