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6 悪女

 ノックの音がした。

ドアを開けるとロザリンダが立っていた。

 ロザリンダの深夜の突然の来訪にヴァスコは驚いた。しかも胸に紙袋の荷物を抱えていた。


「それは?」


「中に入れてくださればお見せします」

 

 ヴァスコはしぶい顔をした。


「どうぞ」


 ヴァスコの部屋は豪華さはない実務的な客間だった。机の上には書類がいくつも散らかっていた。


「明日のスケジュールを確認していたところです」

 ヴァスコは書類を束にして机の上に置き直した。


「次の予定地に向かわれるのですか?」


「いえ、この地での視察が済んだらフローラ王女様とともに王都に戻る予定です。フローラ王女様は大変この地がお気にめしたようで、もうしばらく滞在できるかスケジュールを確認していたしだいです。どうぞ、お座りください」

 ロザリンダは居間のテーブルを挟んで座った。膝の上には紙袋の荷物があった。


「父の書斎から拝借した本です」

 ロザリンダは紙袋を開けて本を取り出すとテーブルの上に置いた。革の表紙に金糸で縫われたタイトルの豪華本だ。ヴァスコはタイトルを一瞥した。


【最新貴族目録〜アウグス王国編】


「この本の筆者は世界の国を回って貴族目録を編纂しています。完成した本を貴族に高額で売りつけてるみたいですね。えーと、作者の名前は……」

 タイトルの下部に筆者名があった。


 

 デロッシ・ヴァスコ



「あなたのお名前ですね」


「いかにも」


「この本ではアウグス王国の貴族目録にはあなたの名前はなかったです。フローラ王女様が側に置く従者が名無しとはおかしいですわ。どういうことか説明してください」


「デロッシ・ヴァスコは偽名です。これはお父上のマスケローニ伯爵には伝えております。近頃は物騒ですから、穏便に旅をしたいと思っていました」


「やはり……あなたは」


「リベリオ・ヌヴォラーリ。アウグス王国の第一王子です」


 ロザリンダは破顔した。王族が持つ特有のオーラに圧倒されそうになったが踏みとどまった。


「なぜ気づきました?」


「簡単でした。最初に会ったとき、父はフローラ王女様よりあなたのことを意識してるように感じたからです」


「まいったなー。マスケローニ伯爵とは旧知の仲ですから初対面だとするのは乱暴過ぎたかもしれません」


「この視察の本当の目的はなんですか? 噂では第一王子の花嫁探しだと……」


「まず、私はいずれ国王になる身ですから、国の隅々まで把握したいと思っております。そしてこれは趣味で貴族目録の編纂を完成させたいと思っているのです。マスケローニ家はいろいろ興味深いものがありました」


「エレナのことですか?」


「はい」


「あの子は【悪女】です。近づかない方がいいです」



     ◇



「悪女? 私が」


 私は姉の言葉に衝撃を受けた。まさか、私の居ない場でそのような悪口を言われるとは思わなかった。


「何を根拠にそのようなことを言ったか分かりませんが、私は気にしていません」

 ヴァスコが言った。


「エレナさん、今回は姉上のロザリンダさんを連れて帰りたいと思っています。了承してくださいますか?」


「私は……構いません。ロザリンダが幸せになることは私の願いです」

 

 この言葉は本当だ。姉のロザリンダ、アンジェラ、二人とも大好き。彼女たちの笑顔のためなら何でもできる。


「いずれ、エレナさんを向かいに行きます。それまで待ってください。私の本命はエレナさん、あなたですから」



 まさか、愛の告白?



 それともただの気まぐれだとしても、その言葉を聞いて私は嬉しかった。ヴァスコが私の体を抱きしめた。


「エレナ、愛してる」


 ヴァスコは私の唇を奪った。私の体はとろけそうになった。人から愛されるのはなんて幸せなの。こんなの……夢みたい。





 結局、姉ロザリンダはフローラ王女様のお眼鏡にかなって女官に推薦されることになった。あとは王家の承認を得るだけだ。そのこともふまえてロザリンダはフローラ王女様一行と一緒に王都に行くことになった。

 父のマスケローニ伯爵は大喜びだった。アンジェラはロザリンダの次は私よと意気込んでいた。

 私は密かに王都での生活を夢見た。これまで辺境の地を出たことのない私が王都での生活をする。周辺の田舎貴族ではなく本物の貴族たちとの交流できる。そうだ。貴族学校に入ろうか。私は姉たちと違って王都アルバの貴族学校には入らなかった。なぜか父と姉ふたりが大反対した。そのせいで家庭教師をつけて勉学を済ませていたけど、本格的な学業を収めるのには学校に行くのがいちばんね。私は新たな計画を思い浮かべた。教養を身につけて、そしていつかヴァスコと……





 出立の日が訪れた。

 フローラ王女様一行が屋敷の前の馬車に乗り込んだ。


「マスケローニ伯爵、この度の盛大なる歓迎に感謝しております。“葡萄踏み”は本当に楽しかったです。この地の重要性が理解出来ました」


「それはありがたい。わが娘ロザリンダのことよろしくお願いいたします」


「はい。ロザリンダさんは姉のような存在なので私は頼りにしています」

 フローラ王女が側のロザリンダを見た。ロザリンダはかしこまって頷いた。


「お嬢様、出発の時間です」

 ヴァスコが言った。

 促されてフローラ王女が馬車に乗った。ヴァスコは私の方を見て目配せした。



 フローラ王女様一行を乗せた馬車が行った。姉のロザリンダが馬車の窓から手を振ってくれた。


「あー、とうとう行っちゃったわね」

 次女のアンジェラがため息をついた。


「あたしも王都に行きたかったな。レーナも行きたかった?」


「私は……」

 ヴァスコの言葉を信じている。きっといつか私を迎えに来てくれるはずだ。その時を心待ちしている。


「ローザはヴァスコにぞっこんみたいね。ヴァスコもまんざらじゃないみたい」


「えっ」


 意味がわからない。なぜアンジェラ姉さんはそんなとんでもないことを言うのかしら。ヴァスコは私に気があるのよ。私に『エレナ、愛してる』って言ったのよ。


「ローザから直接聞いたの。ヴァスコにとてつもなく惹かれるって」



 私は自室にこもった。ヴァスコの顔を描いた絵を見つめた。

 精悍な表情は頬と口周りの髭のおかげだ。木炭で描いた髭を布切れで拭った。黒々とした髭面がなくなったヴァスコは一気に若返った。

 私は部屋の壁に飾った王族の肖像画を眺めた。王と王妃の横に佇んでいる第一王子とフローラ王女。5年前の肖像画だが、第一王子の顔は髭面を消したヴァスコの顔と瓜二つだった。


 ──そう。

 デロッシ・ヴァスコは第一王子その人なのだ。

 私は最初に出会ったときから気がついていた。父マスケローニ伯爵が王家を崇拝していたおかげで、王族の顔の特徴は事細かく覚えていた。フローラ王女様は顎にホクロがあった。ヴァスコの右の目尻のホクロの位置は第一王子の肖像画にも描かれていた。

 私はだまされない。すべてお見通しだ。


          

 **********



 霧の中を3台の馬車が連なって峠の脇道を通った。先頭の馬車で窓から外を見ていたヴァスコが首を捻った。


「止めてくれ!」


 ヴァスコの声を聞いて御者があわてて馬車を止めた。後ろの馬車も止まった。

 ヴァスコは馬車から降りて馬車の背後の分かれ道を見た。確か最初にこの道を通ったとき、左右の右側を選択したはずだ。麓の村で峠の分かれ道は右側を行くように教えられたからだ。そうすればマスケローニ伯爵領に行けると。左側は落石の危険があるから絶対に行っては駄目だと念を押された。

 

「お兄様、どうしたのですか?」

 妹のフローラが馬車から降りてきた。ヴァスコは最後尾の馬車のわだちを指さした。


「見ろ。轍が左側から来ている。行きは右、帰りも右側のはずなのに……これはどういうことだ?」


お読みいただきありがとうございます。


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