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5 接待係をクビになった

 今回の葡萄踏みイベントがきっかけでフローラ王女様と姉たちの仲が良くなった。屋敷に戻ってからも葡萄踏みの話題で盛り上がっていた。3人で踊る振り付けはダンスが上手な姉が考えたものだ。わずか1時間の練習でものにしたという。3人の真ん中の王女様が引き立つようになっていた。


「こんなに楽しんだの初めてよ。ロザリンダさんアンジェラさん、ありがとう」


「私もフローラ様の踊りが上手いので教えがいがありました」

 ロザリンダが言った。


「あの踊りはこの地域の語り草になりそうですね。村人たちも大喜びしていました」

 とアンジェラ。


「だとしたら嬉しいわ」

 フローラ王女様が笑った。これまでの気を使った笑顔ではなかった。屈託のない15歳の少女の笑顔だ。



「これから接待係の役割はロザリンダさんとアンジェラさんにやってもらいます。エレナさん、ご苦労さまでした」



 ──あっ。



 私は接待係をクビになった。ショックだった。もちろんそんなことはおくびにも出さないけど、内心は揺れ動いていた。

 私が王女様の部屋を出るとヴァスコが追いかけて来た。


「待ってください!」


 階段を降りた1階で私は振り返った。


 ヴァスコが驚いた顔をした。いつの間にか私は大粒の涙を流していた。涙が頬を伝わった。


「エレナさん、大丈夫ですか?」

 ヴァスコがオロオロした。

 

 あら、ヴァスコさんの意外な一面を発見したわ。沈着冷静なヴァスコさんにもこんなとこがあるのね。なんだか可愛い。


 もちろん嘘泣きよ。


 私はいつでも涙を流せるの。三姉妹の末っ子って大変なのよ。小さいときから気の強い姉に囲まれて泣くことが身を守るすべだと学んだの。


「どこかでお話しましょう」

 ヴァスコが言った。



 私たちは屋敷を出て裏庭の花壇近くの東屋あずまやに行った。ここは密かに安らげる場所なのでお気に入りだ。

 丸いテーブルを挟んで椅子に座った。


「フローラ王女はロザリンダさんとアンジェラさんを女官にしたいとおっしゃっていらっしゃいます」


「女官? フローラ王女側付きの女官ですか」


「はい」


「それは喜ばしい出来事です。姉たちはこの辺境の地から出て王都での生活を夢見ていました。姉たちの夢が叶って本当に嬉しいです」


「エレナさんは王都に行きたくないですか?」


「私を連れてってくれるような殿方はいません」

 私は自虐的に言った。姉たちのような華やかな容姿も行動力もない私は一生この地に縛られて生きて行くのだわ。


「ここにいます」


「えっ?」


 私はぽかんと口が半開きになった。


「私と一緒に王都に行きませんか?」

 言葉に熱がこもっていた。冗談でないことは明白だ。


「私は……」


「もちろん考える時間が必要なことはわかっています。返事は今でなくでもいいです」


 私は舞い上がった。この髭面の紳士に一目惚れしてもそれはかなわない恋だと諦めていた。私のような地味な女。三人娘のみそっかすの恋が実るなんてありえないと。

 でもヴァスコは私を選んでくれた。嬉しかった。


「一つお願いしてもいいですか?」

 私が言った。


「はい」


「私は絵をたしなんでいます。よろしければヴァスコ様を描かせてくれませんか」





「ほう、本格的なアトリエですね」

 私の部屋に入ったヴァスコが壁際のイーゼルの帆布木枠とパレットの絵の具と筆を見て言った。

 壁一面には私がこれまで描いた人々の肖像画と王都から取り寄せた王家の肖像画があった。


「いい心がけです。最近では王家の肖像画を飾らない貴族もいますのに」



 椅子に座ったヴァスコが膝を組んでこちらを向いている。私はキャンバスに木炭を使ってデッサンをした。最後に口元と頬髭を描いた。しばらくして休憩してもらった。


「見せてください」

 ヴァスコが固くなった体をほぐしてこちらに来た。


「完成するまで待ってください」

 私はキャンバスを隠した。だって恥ずかしいもん。その後、ヴァスコと色々話しあった。壁に飾った叔母のパメラの肖像画に目を止めたヴァスコから質問された。私はできる限り答えたわ。部屋を出る時にヴァスコが沈んだ表情になったのは気になった。



 私とヴァスコが部屋から出ると、廊下でロザリンダとばったり会った。


「ヴァスコ様、フローラ王女様がお呼びです」


 ヴァスコがいなくなるとロザリンダは私を睨んだ。


「あの方には近づいたら駄目よ」

 私は釘をさされた。ロザリンダも気があるのかしら。これまでそんな素振りはなかったけど……



 翌朝、侍女のマウラが私の部屋に来た。私はフローラ王女一行の同行を探るように頼んでいた。何か粗相があったら大変だからだ。

 するとマウラは顔を曇らせて言いよどんでいた。


 何か問題があったに違いない。


「いいから言って」


「夜中にローズマリーお嬢様がヴァスコ様の部屋に入ったのを目撃しました」


「えっ」


 私は唖然とした。

 ロザリンダ姉さんは私がヴァスコに気があることを知っていた。なのにどういうこと? それにヴァスコは私に『私と一緒に王都に行きませんか?』と言ったじゃない。嘘だったの。その言葉を信じた私の心を踏みにじったのね。


 ふつふつと怒りが湧いてきた。

 

 ロザリンダに確かめなければ!



「そうよ、ヴァスコ様の部屋に行ったわ」

 ロザリンダを見つけて話を聞いたらあっけなく認めた。


「だって素敵な殿方だからほっとけないでしょ」


「お姉ちゃん!」


「そんなこわい顔をしないで」

 ロザリンダは私をハグした。


「ごめんね。レーナを悲しませたわね。でも今回だけは私に譲って」


「……」


 ロザリンダは私の髪の毛を撫ぜた。子どもの頃からの習慣だ。私はロザリンダに優しくされると何もできなかった。

 


 私たち三姉妹には母がいない。私が産まれた後、産後の肥立ちが悪くなって亡くなったのだ。そのせいで次女のアンジェラは私に対して恨みを持ってる。5歳の頃にアンジェラと人形の取り合いで喧嘩したとき面と向かって言われたことがあった。


「レーナが産まれてお母様が亡くなったのよ! あんたのせい!」


 私はショックだった。寝耳に水だ。今までそんな話を聞いたことがなかった。そばにいたロザリンダは私とアンジェラの間に入った。


「アンジー! 何でそんなこと言うのよ」


「だって私の人形なのに……」

 アンジェラは私が抱きしめた人形を指差した。


 この頃の私は野生児だった。物を投げたり壊したり、姉たちに迷惑をかけまくっていた。なぜか感情が制御できなかった。それでも姉のロザリンダは私に甘かった。私を抱きしめて背中をさすってくれた。

 私は泣きながら人形をアンジェラに手渡した。


 

 私はロザリンダのことを姉というより母親のように慕っていた。物心ついた頃から服の着替えを手伝ってくれたり、風呂上がりの濡れた髪の毛をバスタオルで拭いてくれた。歯を磨いてくれてのびた爪も切ってくれた。もちろん、そんなことは侍女にさせればいいことだけど、姉は私が面倒見ると父に言ったらしい。

 だから私はロザリンダには頭が上がらない。そのことをロザリンダはよく理解していた。



「──今回だけは私に譲って」



 私は何も言えなくなった。


 でもヴァスコが私に好意を持ってくれたのを無下にはできない。確かめなければ!


 朝食が終わって、部屋から出てきたヴァスコに私は声をかけた。


「二人だけでお話したいんですけど」


 ヴァスコは一瞬目線をそらしたが、仕方なさそうにうなづいた。


 屋敷の奥の書庫に入った。ヴァスコは無言でついてきた。


「昨夜、ロザリンダがヴァスコ様の部屋に入ったというのは本当ですか?」


「本当です」


「……わかりました」


 私は書庫から出ようとしたら、ヴァスコに右手首を掴まれた。


「話は最後まで聞くべきでは」


 確かにそうだ。頭に血がのぼって感情的になってしまった。冷静にならなければ。


お読みいただきありがとうございます。


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