2 三姉妹会議
燦々と太陽が輝く下で麦わら帽子を被って葡萄畑の作業を手伝っていたら、丘の上から声がした。
「エレナ! もう上がっていいわ」
村長の奥さんジルダの声が斜面で作業をしていた人々にも届いた。
「まだ途中だから、もう少しやらせてよ」
私は葉っぱの茎をハサミで切って葡萄の実を太陽に晒した。切った葉っぱは籠の中に放り込んだ。ジルダが太った体を震わせながらやって来た。
「時間です、エレナお嬢様」
「んもー、この格好の時はただの農民だから敬語なんていらないわ」
「だから今日はここまでってことで、また手伝い頼むからねエレナ」
満面の笑みでジルダが言った。
「先生、帰るの?」
ボニートが言った。この男の子は私が村で勉強を教えてる生徒の一人だ。
「ごめんね、今日の手伝いはここまでみたい」
「仕方ねーな、さっさと行けよ」
ボニートは拗ねた顔をした。
「こらボニート! エレナ先生を困らすな」
ジルダの一喝でボニートはひるんで作業に戻った。
農作業小屋で私は作業着からドレスに着替えた。小屋の外に御者のアレンが待っていた。
「エレナお嬢様、お乗りください」
小屋の前に馬車が停められていた。マスケローニ伯爵邸の馬車だ。私は馬車より乗馬の方がいいけど彼の仕事を奪ってはいけないと父のマスケローニ伯爵に言われていた。
うちは貴族だけど商人から成り上がった貴族なの。この辺鄙な南の土地をアウグスト王国から購入して開拓地にしていたら、みるみる人が増えて今では漁業と葡萄農園が栄える地域になったの。すると王国は父に貴族の称号を与えたわ。“辺境伯”の爵位ね。いわば名誉称号だけど、納める税金は激増するのよ。ほんと王国って強欲なんだから。私なら文句のひとつでも言ってやろうと思うけど、父は大人だから貴族の一員としてよくやってるわ。
海沿いの丘に邸宅を建てて侍女や下僕を雇った。私たち三姉妹も領地外の近郊の町にある公爵家に行儀見習いとして預けられたりしたのよ。いわば新興貴族が恥をかかないようにするためだけど、そりゃ海辺や畑で村人の子ども達と遊びまくってた私には退屈だったわ。貴族って腹の中を見せたりしないの。いわば建前だけで存在してるような感じなのが、商人の血を受け継いでいる私には苦手だった。だから、私たちマスケローニ伯爵一家はほかの貴族から“貴族の仮面を被った商人”などと陰口を言われたりもする。
でもそんなのヘッチャラよ。私は葡萄畑の収穫期には農作業を手伝うし、普段は村の子ども達に勉強を教えてるの。領民は家族みたいなものだからね。
「こらっ、また逃げ出したな」
父のマスケローニ伯爵が馬車から降りた私の腕をつかんで屋敷の中に連れ込もうとした。
「アレン、助けてよ!」
御者のアレンは苦笑いをして馬車を馬房に移動させた。
ほんと薄情なんだから。
屋敷入ると姉のロザリンダとアンジェラが待っていた。
「いい、もう逃がさないから」
そう言って私にエプロンとバケツとモップを手渡した。
実は近日中に王族がうちにやって来ることになったの。何でもハンサムな第一王子様が嫁探しの全国行脚を行ってるというのよ。うわ──、凄いよね。もしかして私たち三姉妹が候補に上がるかも……もちろんそんなの妄想よ。こんな辺鄙な土地から未来の王妃様が出るなんて考えられないわ。でも、姉たちは本気で考えてるみたい。
私は侍女たちと一緒に部屋の掃除をした。普通は貴族が掃除なんてするわけないと思うでしょうけど、わが家は人手不足なの。首都から遠く離れたところに来てくれる人材は余りいないの。だから一家総出で掃除をしたわ。さすがに父のマスケローニ伯爵は指示するだけだけどね。
半日かかって今日の掃除は終わった。これが一週間続くんだって。貴族の生活が本当に嫌になる。ああ、子どもたちに勉強教えたいなぁ、農作業の方がハードだけど太陽が拝める葡萄畑にいるの好きだな。父は商人の出だけど亡くなった母は農家出身なんだ。私たち三姉妹には貴族の血はどこにも流れていない。
えーとここらで自己紹介をしなくちゃね、私はエレナ・マスケローニ18歳。姉はアンジェラとロザリンダ。二人は20歳と22歳よ。今回の王族の到着を心待ちしていて気合いの入りようが違うのよ。
「今晩、三姉妹会議を行います」
ロザリンダがアンジェラと私に言った。
──三姉妹会議。
これは就寝時間にお菓子を持ってロザリンダの部屋に泊まることなの。子どもの頃からの習慣で何か問題が起きると三姉妹で話し合うのよ。でも、いつも肝心な話よりお菓子をボリボリ食べることが優先するのよね。ロザリンダは「第一王子を攻略する!」と顔を真っ赤にして叫んでいた。ちょっとお酒が入ってるの。姉二人は酒が好きだからね。葡萄畑の産地に生まれたのだから仕方ないわ。私はたしなむ程度だけど……ううん、私もいずれ姉のような飲んべになるのかな?
ロザリンダは恋バナを始めた。何しろ貴族学校時代に男どもに言い寄られて難儀したらしい。自慢よね? でもいつも付き合っても長く続かない。ロザリンダは男に飽きてぽいぽい捨てるんだそうだ。アンジェラも最近はろくな男がいないとほざいている。
「ねえ、エレナはどうなの?」
アンジェラが私に言った。
矛先が私に回って来た。
「あんた昔から浮いた話ないけどいったいどうなってるの? 男に興味ないの」
「そんなことないよ。いい人がいればね」
「どんな男が好み?」
ロザリンダが言った。
キタキタ。その話はこれまで何百回も繰り返したじゃない。私が好きなのは歳下だって。
「だから村で鼻たれ坊主を教えてるんだ。将来のお婿として育成してるの。へへへ」
あ、痛っ。 アンジェラが私の頭をこづいた。手加減なしか。ほんとにもー、容赦ないんだから。
「冗談はいいから本音を話しなさい」
「のらりくらり誤魔化すわね」
ロザリンダが言った。
そんなこと言われてもなー。好みの男か……私は18年の人生だけどそれなりに色んな男性を見てきたな。父のような威厳のある人物、生真面目すぎるマスケローニ伯爵家の執事に下僕たち……でも子供の頃は村で生活していたから一緒に遊んでいた男の子たちと今でも仲がいい。恋愛対象じゃないけどね。
「また逃げた」
アンジェラが砂糖菓子をボリボリ食べてお酒を紅茶で割って一気に飲み干した。
「ロザリンダ、やっぱり本音は吐かないよ。こうなったら腕づくで」
「仕方ないわね」
ロサリンダは私の手首を握った。テーブルから連れていかれたのはキングサイズのベッドだ。子供の頃の私たちはこのベッドで一緒に寝ていた。
ロザリンダが私をお姫様抱っこをした。きゃ、恥ずかしい♡
「せ──の」
私の体と共にベッドにダイブした。
ドサッ!
「何だこの……弾力は」
げっ、ロザリンダの顔が私の胸の上にあった。
「ゆ、豊かすぎる。同じ血を受け継いでるとは思えない」
「そうなのよ。ちょっとずるいわね」
ベッドにアンジェラが上がった。あーあ、これもお約束の展開だ。姉たちの娯楽は私をいじることなんだ。
「さて、葡萄畑の収穫が終わったら今度はスイカ狩りね」
ロザリンダが言った。両手の指を広げた。わしづかみするつもりだ。
ひえぇぇ────!
私は胸をガードした。
お読みいただきありがとうございます。
この小説がお気に召しでしたら、ブックマークや↓の✩✩✩✩✩評価等、応援よろしくお願いします。