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コメディ&おもしろ系

番を攫って閉じこめたい竜人vs人類最強女子

作者: 猫の玉三郎

 神聖な結婚式を突如として破壊したのは、頭に二本のツノを生やした長身の男だった。


「やっと見つけた……我が番よ」


 艶のある黒髪にすらりとした体躯。けぶる睫毛の下から覗くアメジストのような紫の瞳。人形のように整った鼻梁から続く薄い唇は、男といえども艶めかしいものがあった。破壊されたステンドグラスから漏れる光の粒が男を神秘的に照らす。誓いの口づけを邪魔されたにも関わらず、その麗しい見目に花嫁は思わずほほを染めた。


「なっ、竜人だと!?」

「ばかな……亜人国の王族がなぜこのような所に」

「竜人の番に対する執着は常軌を逸しているというが……まさか花嫁を攫いにきたのか」

「姫さまを守れ!」


 ざわめく参列者などおかまいなしに男は静かに降り立つ。同時に竜人だけが持つスキル「威圧」がその場にいた者たちをひれ伏させた。


「なんだこれは」

「からだに、力が入らない……」


 一歩二歩と長い足を優雅に動かす。多くの者が怯えて身動きが取れないなか、勇敢なひとりが乱入者の前に立ちはだかった。


「こ、ここは、姉上の結婚式の場です。ファスラファ国の王族とお見受けしますが、あなたには何の権利があってこのようなことをされるのです。どうか、お引き取りを」


 ようやく十歳になろうかという少年が、恐怖に顔を引きつらせながらも強い眼差しで男に訴える。


「花嫁の弟か」

「レスタブルク王家の第五子、ヨハンです。どうかお引き取りを」

「神聖な儀式の場を乱してしまって申し訳ない。用がすめばすぐにでも去ろう」


 固まるヨハン王子の横を抜けると、男は花嫁がいる方へ視線を向けた。


 そこには花嫁を守るように立つ人影があった。それもかなり大きな人影だ。


 身長はゆうに180センチはあるだろうか。丸太のように太い手足は突進するイノシシ程度なら簡単に払いのけそうな力強さがある。騎士服に包まれていてもわかる広く大きな背中。盛り上がった胸筋から繋がるたくましい首。この体格と筋肉量ならば軽く100キロは超えていそうだ。


 男の放つ威圧などそよ風のごとく効いていない。太い眉の下にある鋭い眼光は竜人の男を射殺せんばかりに刺し、男はおもしろそうに唇の端を上げた。


「だめだミーナ、危ないよ!」

「ご安心を、わが主」

「きみは女の子なんだ。無理しちゃだめだ」


 ミーナと呼ばれた巨体の騎士はヨハン王子の護衛だった。その類まれなる体格と戦闘技術を持ってまだ幼い王子の護衛についていたのだが、今はこの式をぶち壊した元凶に並々ならぬ怒りを抱いている。


 ミーナの後ろで花嫁が「だめよ、わたしには愛している人が」と若干嬉しそうに怯えていた。



「我が名はジークベルト。さあ行こう愛しい番、決してきみに苦労はさせな——」



 そう言いながらミーナの手をとろうとした瞬間、ジークベルトの体が高速回転しながら宙に舞った。ミーナの重い拳が彼の左の頬をぶち抜き、盛大に吹っ飛んだのだ。


「へぶっ……!!」


 次いでドガシャーンと盛大に壁に激突し、衝撃で壊れた壁材に埋もれるジークベルト。ぱらぱらと破片がこぼれるが、男が動く気配はない。ミーナは大股で歩みよると、竜人の誇りである双角のひとつをつかみ、その体を豪快に引きずり上げた。意識はないようだった。おキレイな顔は土ぼこりに汚れて、四肢は力なく床にたれている。


 ミーナは身につけていた式典用の真っ赤なマントを片手でとり床へ広げる。そこに白目を向いたままのジークベルトの体を乱暴に置き、無慈悲に折りたたみマントで包んだ。あとは身動きがとれないようきつく縛る。


「……ミーナ……かわいい、名前……だ……」


 白目のジークベルトがしゃべっている。無意識なのだろう。あまりに気持ち悪いのでミーナは思わず男のツノをぼきりと折ってしまった。仕方がないのでマントの中に同封しておく。


「この無礼者を亜人の国へ送り返せ!!」


 ミーナが片手で持ち上げた大きな赤い包み。隙間からは成人男性の手足があちこちからはみ出していた。ちょっとだけ覗いた顔はどこか嬉しそうだった。




 ◇




 ふたりが再び出会ったのはそれからひと月後のことだった。


「貴殿からの果たし状、しかと受け取った」


「俺は恋文のつもりだった」


 例の結婚式襲撃事件から数日たったころ、ミーナの元に届いたのは五十枚以上にも渡ってつづられたジークベルトからの手紙だった。深い謝罪からはじまり情熱的な愛の言葉が続くのだが、要約すればジークベルトのいる国へ来てほしいということだった。


 ミーナがかろうじて理解できたのは「あの時の男がなにやら顔が見たいと言っている」ぐらいで、あとは目がすべって読めなかった。ただ折られたツノがうんぬんかんぬんと書いてあったので、その礼をしたいのだと理解した。物騒な意味での礼だ。確かにあれは不要な制裁だったので、報復に出ると言われれば受けて立つ所存である。


 さらに同封された美しい刺繍のハンカチ。


 やたらハートやら花やら小鳥やら刺繍してあったが、ミーナにハンカチを送り付けてくる男がいるとしたらその理由はひとつしかない。


 決闘だ。


 ミーナの国では決闘の合図として相手にハンカチを投げつける。ジークベルトから好かれているとは微塵も思わないままミーナは小さく笑った。


 おもしろい、受けて立つ。


 日時と場所を記入し「そこにて待つ」とひと言添えて返信した。


 ちなみに結婚式を妨害してしまったことへの謝罪はすでに国を通して受け入れられ、ジークベルトの個人資産から莫大な詫びの品が届けられたという。当事者の花嫁はというと豪華な新婚旅行にいけるとるんるん気分だったそうだ。


 ミーナが指定したのは騎士団が所有する広い演習場の一角。事情を把握したヨハン王子がひと払いをしてくれたおかげで、この場にはクジャクのように着飾り花束を持ったジークベルトと騎士服のミーナ、そして見届け人のヨハン王子しかいない。


「あのハンカチは夜なべしながら俺がひと針ずつ心を込めて刺した」


「そうか」


 並々ならぬ復讐心だと感心した。

 ミーナは戦いに身を投じるのが好きだ。強い者を相手にするのはもっと好きだ。代々強さを誇る家系に生まれ、まだ幼いヨハン王子をお守りするべくこの地へやってきたミーナ。気づけば、近隣では負ける者なしと最強の名を背負ってしまった。ゆえに力比べをする相手がいなくなり、今回の申し入れに心躍らせていたのだ。


 タイミングを見計らっていたヨハン王子が口をはさむ。


「……あの、ジークベルト殿。ツノが折られたと思うのですが大丈夫でしょうか」


「問題ない。糊でくっつけた」


 竜人のツノは誇りであると聞いたことがあったがジークベルトはさして気にしていないふうだった。結婚式を妨害したとは言え、ツノをひとつ失ったとなると相当怒りを買っていてもおかしくないと思っていたヨハン王子は驚いた。もし相手がミーナだから気にしていないのだとしたら。


「ミーナがあなたの番というのは本当なのでしょうか」


「ああ。今日改めてミーナを見て確信した。彼女は俺の番だ」


「そうなんですね。……あの、ミーナは現状をおそらく理解していません。今日も真剣に決闘だと思っています」


「ふっ、そういう所もチャーミングだ。しかし心配は無用」


 ジークベルトは再びミーナに向きなおると声高らかに宣言した。


「ミーナ、俺が勝ったあかつきにはファスラファ国へ連れて帰る! そして部屋に閉じ込めてあらゆる危険から守ってやる。人と会うのは許可制にする。食事は俺が手ずから食べさせてやる。おはようからおやすみまでずっと一緒だ!」


「……言っていることはよくわからないが、わかった。私が勝てばなんの問題もない」


「きみを傷つけることは本意ではない。今日ばかりは許してくれ」


 心配そうなヨハン王子をよそに、ふたりはお互いに一歩距離を詰めた。ミーナは好戦的なその瞳を嬉しそうに細める。


「いざ勝負!」




 ◇




 結果から言うとジークベルトは負けた。上半身が地面に埋まったままピクピクしている。


 竜人は強い。もともと亜人は人間的な頭の良さにプラスして祖の肉体的な強みがある。超人的な怪力、脚力、瞬発力、などなどその身体能力は人間の上を軽々と超える。魔力の扱いが苦手なのがネックなのだが、亜人ヒエラルキーのトップに君臨する竜人はその魔力さえも容易に扱ってみせた。さらに固有スキル「威圧」も強く、人間を含めた種族のなかで一番の実力を持つと誰もが思っていた。


 地に埋まるこの瞬間までは。


 最初こそ手加減していた。愛しいミーナに傷でもつけたら大変だからだ。しかし繰り出された右拳をギリギリで避けたときに悟った。これはやるかやられるかだと。


 スキル「威圧」は同列には効かない。体格の差はミーナの方がやや小柄であるものの筋肉量で言えば彼女に軍配が上がるだろう。おそらく真っ向からパワーで勝負しても勝てない。


 であればスピードで上回るしかないと切り替えても、彼女はそれになんなく反応した。動体視力がとんでもない上に、反射神経もよい。よく動く体だと感心するほどだ。


 ならば魔法でねじ伏せる。


 人間の強みは回転数のよい頭と細かな魔力操作だ。おそらくミーナは体力強化に魔力を使用していて、生まれ持った体躯と合わせて無敵の体術を得ている。


 だがいくら強かろうと当たらなければ脅威ではない。ジークベルトは距離をとりながら、術の準備にかかる。威力が強すぎて同じ竜人相手にも繰り出すのをためらう大技だ。まずはミーナの手の届かない空中へ舞い、その場で浮遊する。そして狙いを定めて術を発動した。


「重力操作!」


 次の瞬間、ミーナの足が石畳みにずしんと沈んだ。そして半径1メートル付近の様子もおかしくなる。石畳みに次々と亀裂がはいり、ミーナを中心に半球状に抉れていった。パラパラと散っていく小石とともに、ミーナの苦しそうな息づかいが聞こえる。


「重力を五倍にした。さあミーナ、降参するんだ。立っているのがやっとだろう」


 かわいいかわいいミーナをこれ以上傷つけたくない。本心だからこそジークベルトも必死だった。みしり、みしりと地面にめり込む音が聞こえる。普通の人間だったら五秒と立つこともできないのに、ミーナは歯を食いしばり耐えている。


「降参と言ってくれたらそれでいいんだ! ミーナ、早く! 我慢しなくていい!」


 ミーナがゆっくりと顔を上げた。

 たれた鼻血を乱暴にぬぐい不敵な笑みを浮かべると、なぜかミーナは魔力の流れをその手でつかんだ。ジークベルトの手から伸び、投網のように広がる重力操作魔法の魔力をつかんだのだ。


「は!?」


 それがどれほど非常識なことか。

 空中で浮遊していたジークベルトの体がものすごい勢いで引っ張られる。重力五倍というフィールドのなかでもミーナは戦意を失わず、むしろ反撃にでた。魔力の綱をつかむとジークベルトを振り回し、勢いがついたところで地面に叩きつけたのだ。


 竜人の体は亜人のなかでも特に頑丈だ。

 刃物で軽く切り付けたくらいじゃ傷はつかないし、打撃にも滅法強い。なので上半身が地面に埋まるほど叩きつけられても大そうな事にはならないのだが、今回は相手が悪かった。


 ジークベルトは地中で気を失いつつあった。生まれてこの方、多方面で褒めそやされて多少天狗になっていたのは認めるところだった。だが麗しいと言われた見た目が、強いと恐れられた技術が、讃えられたこの血統が、こんなにも相手に届かないことがあるだろうか。


(ミーナ……おもしろい……おん、な……)


 ここでジークベルトの記憶は一端途切れている。




 ◇




「……ここは」


 気がつくとジークベルトは見知らぬ部屋でベッドに寝かされていた。体のあちこちが痛い。


「気が付いたか」


「ミーナ」


 がばりと身を起こすとまた体が痛んだ。筋肉痛らしい。わずかに表情にでたようで、ミーナがその大きな体をずいと近づけた。


「痛むか」


「いや、平気だ」


「……竜人というのはとても強いのだな。もしよければまた手合わせを頼みたい」


 そう言って彼女はほほ笑んだ。ジークベルトの心臓はドキドキと鼓動を増し、こみ上げる衝動を必死に抑えた。ここで暴走すると幻滅された上にまた荷物として強制送還されかねない。せっかく、せっかく柔らかい雰囲気を見せてくれたのに。


「……俺と一緒に国へ来てくれれば、いつだって勝負できる」


「それはできない。私はヨハン王子の護衛を務める身。責務を放り出して私欲で動くわけにはいかない」


 穏やかな口調できっぱりと断られ、ジークベルトは口をつぐむ。こうなったら無理やりにでもさらってしまおうかとの考えが頭を占め始めた。どうにかしてミーナを、と策略を巡らせはじめたとき。


「よくわからないのだが、番への衝動とはどんなものなのだ」


「攫いたい閉じこめたい囲いたい愛でたい。誰にも盗られたくないから隠したいし、大事だから守りたい」


 まさに今考えていたことを聞かれてジークベルトはまくしたてるよう一気にしゃべった。代わりに聞こえてきたのはふっと漏らすような小さな笑い。


「……それが嬉しい者もいるだろうな。人は強いばかりではない。助けが必要な者は少なからずいる」


 だが、と続けるミーナの表情は真剣そのもの。


「私には不要なものだ」


 ジークベルトの想いはいらない。

 真っ直ぐすぎるミーナの言葉が胸をえぐる。


 そんなもの関係ない。本能のままに番を攫え、囲え、閉じ込めろ。もう半分の自分がジークベルトにそう訴えかける。結局女は強引な男に惹かれる。最後にはほだされる。だから力ずくで。今すぐにでも。


 ——本当にそうだろうか。少なくともミーナは腕力でどうにかなる相手ではない。身をもって痛感したはずだ。なにより本人がそれを望んでいない。彼女には居場所があって、やるべきことがある。


 嫌がる番を無理やり従えることが本当に自分のやりたいことなのか。笑顔が見たいのではないか。大事にしたいのではないか。


「……私はこんななりだし、とても女らしいとは言えない。貴殿に似合うのはドレスの似合う可憐な令嬢だろう。まちがってもレンガを素手で握りつぶす大女ではない」


 そう言ってミーナは寂しそうに笑った。

 刹那、ジークベルトの心臓は張り裂けそうになった。無数の傷口から血をダラダラ流れるかのように胸が痛くてたまらない。


 好きだなんだと言っていても、結局ジークベルトは自分がどうしたいかしか考えていなかった。相手の都合などいっさい構わず、自分のことだけ。そんな男を、ミーナは気づかっている。自らを傷つけてまで。


「そんなこと、言わないでくれ」


 ミーナはミーナのままで素晴らしい。屈強な体も、頑強な精神も、讃えこそすれ卑下する必要は一切ない。似合う似合わないではないのだ。ジークベルトは今のままのミーナを愛しいと思っている。自分のことばかりでそれすらも伝えてなかった。


「……ああ。どうして、ミーナは人間なんだ。同じ亜人だったら、互いに番だとわかるのに」


 すまない、と静かに謝るミーナ。

 言ってから後悔した。ひどく幼稚な言葉を吐くくらい感情が不安定だ。うずまく激情から涙がひと筋流れ落ちる。本当にイヤな奴だと、ジークベルトは自分を呪った。


 こんなにも優しく強い彼女に自分がふさわしいと思えなかった。それでも番を欲する気持ちは消えてくれず、板挟みになった心が苦しみにあえいだ。



 少しの沈黙のあと、ためらいがちに口を開く。


「この、魔術具は……」


 人間のなかに番を見つけたと言ったときに持たされた金属製の腕輪。使うことはないと思っていたが、ジークベルトはそれを懐から取り出した。


「番への衝動を抑える魔術具だ。俺たち亜人は番を求める習性が本能に刻み込まれていて、それはとても幸せなことであると共に、数々の悲しい歴史も生み出してきた。悲劇を繰り返さないようにこれは作られたんだ。この魔術具を付けることによって、目の前に番がいても何も感じなくなる」


 手の上で腕輪がにぶい光を反射する。


「俺に着けてくれないか」


 身に着ければ魔術が作用して一瞬意識が混濁する。そこからは二度と番の存在を感じない人生となる。本当はこんな魔術具などつけたくはない。ミーナが「着けなくてもいい」と言ってくれるのを密かに望んでいる。しかし彼女は迷うことなく腕輪を受け取り、ジークベルトの腕にはめようとした。それでようやく諦めがついた。


「……もし、意識が戻った俺がとんでもなく失礼だったら殴ってくれ。番を認識しない状態がどんなものか、俺には想像もつかない。きみにひどい言葉を投げつけるかもしれない。この国にいる目的も見失ってここはどこだと喚きたてるかもしれない。その時は問答無用で殴って黙らせてくれ」


「わかった」


 こんなにも愛しいと想う気持ちが魔術具ひとつできれいさっぱり消えると思うと複雑だった。道具ひとつでいかようにもなる感情だと突きつけられるようで、寂しいし、虚しい。


「……所詮はただの本能、か」


「そうだ」


 ミーナの手で魔術具が装着されると意識が奥へ奥へと引っ張られる。とてつもなく悲しい気持ちに浸かりながら、ジークベルトは流れに身をゆだねたのだった。




 ◇




「それで、これはいったいどんな状況なの」


「私にもさっぱりで」


 様子を見にきたヨハン王子と一緒にミーナは首をかしげていた。魔術具をつけたジークベルトは一瞬意識を手放し、そして再び目を覚ました時には人が変わったようだった。


 ミーナを見るなり、顔を真っ赤にさせて動かなくなってしまったのだ。


「あの、大丈夫ですか」


 見かねたヨハン王子が声をかけると、ジークベルトがぴくりと動いた。


「……す」


 見守っている二人がそろって首を傾げる。

 魔術具に不具合があったのかもしれないとミーナが内心ひやりとしていると。


「す、てき、だ。きみを連れて帰ることで頭がいっぱいだったが……対面して改めて思う。きみは本当に素敵な人だ」


 ジークベルトは恥ずかしいのか両手で顔を隠してしまった。それでも耳や首すじの赤みは隠せず、ヨハン王子は「なるほど」とひと声もらす。


 なにがなるほどなのか解説をしてほしかったが王子にそんな気はないらしい。やはり魔術具の不具合かと心配していると、ジークベルトからぼそりと声がした。


「俺と、」


 顔を隠したままジークベルトが勢いよく口を開く。


「俺と文通してくれミーナ!」


「……あ、ああ」


 勢いに流されて了承してしまったが、相変わらず状況はわからなかった。





 竜人の末王子が人間に恋をした。

 そんなウワサが市井で聞こえてくるようになった頃にはジークベルトは滞在許可をとってちゃっかり引っ越しをすませていた。


 番本能の最たるものである所有欲が抜けて純粋に好意を抱いているジークベルトだが、そのお相手であるミーナ自身は魔術具が不具合を起こしていると思い深く心配している。


「番の本能関係なく、きみのことが好きになったんだ」


「そうか」


「いろいろ聞いてまわったが、魔術具を着けたらさっぱり相手に興味がなくなった同族もいる。効果はあるんだ。その上できみに惚れた」


「そうか」


 ミーナはまるで酔っぱらいを相手するようにしてポンポンと彼の肩を叩いた。


「ん”んんッッ!」


 急なボディタッチに全身を沸騰させているジークベルトなどつゆ知らず、くるりと背を向けて決意を固める。魔術具を装着したことにミーナは少なからず責任を感じていたのだ。


(必ず元に戻してやるからな)


 初対面の印象こそ最悪だったが、ジークベルトはとても親切で才能豊かな人だった。なによりミーナと同じくらいタフで強い。タイマンでは無意識にセーブしているのかミーナが勝つことがほとんどだったが、王子の護衛中に危ない場面を助けられたことがいくつかあった。そんな人物だからこそ、自分になど執着しないでやりたいことをやってほしいとミーナは思う。


 ジークベルトを正気に戻すという目的はミーナにとって新しい世界へ足を踏み込むきっかけともなった。


 魔術を専門とする学者たちと話を交え、知識と理解を深めた。希少な素材があれば研究が進むことも知ったので積極的に素材収集を請けおった。全てはジークベルトのためだ。その合間に彼の腕輪について意見をもらったが「正常に作用していると思う」と皆が言うので首をかしげるばかりだ。


 素材を求めてときおり霊峰や人外魔境へ足を運ぶミーナだったが、ジークベルトもそれについて行った。断られても「料理ができる裁縫ができる空中も移動できる自分はとても役に立つ好きだ」と口説きに口説きまくりその許しを得た。


 ふたりが持ち帰った功績は数知れず。


 魔術の飛躍的な発展の貢献はもちろん、暴れる火龍を鎮め、邪神の復活を阻止し、世界樹の腐敗を止めた伝説はいつまでも語りつがれるだろう。



「うでずもうで勝負だ。俺が勝ったら、腕輪に不具合はなく俺は真剣にきみのことが好きだという事実を認めてくれ」


「……わかった」



 もう何回目になるかわからない勝負。

 ふたりはいつだって真剣そのもの。



「いざ勝負!」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高!  顔面ぱんち喰らって角を折られてマントで梱包されてもちょっと嬉しそうなジークベルトさん。 50枚超えのラブレターを書きハンカチをせっせと刺繍し折られた角は糊でくっつければオールオ…
[一言] 読み進むにつれスペキャ顔に…( ゜д゜) んんっ、けど面白いっ!!
[良い点] なんだろう、ミーナ、善意100%なのにずれてておもしろかったです。 とりあえずジークベルト、恋文を果たし状だと思う相手に文通は難しいかとwww なんだかんだ楽しそうでほっこりしました。
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