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世界をぼんやりと包み込むグレー  作者: みーなつむたり
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腐った種とカラフルな飴と


 サクラが生まれた日。


 生まれたばかりの小さな手のひらには、一つの種が握られていた。


 その種を見たサクラの母親は、ひどく怯えてひどく泣いた。


 そんな姿を見たサクラの父親は、赤ん坊のサクラが握っていた種を奪い取ると、力の限り窓の外へと投げ捨てた。



 月日は経ち、サクラが二歳になったばかりの春。

 ピンク色の花びらが舞い散る夜に、サクラの母親は死んだ。


『あれは、「腐った種」だったの。』


 サクラの母親は死の間際、声を殺して泣くサクラの父親に向けて、黄金色の瞳を涙で揺らしながら、消え入る声でそう告げた。


     *  *  *


 飴を欲したカヌスに幼いサクラが差し出したのは、小さな種のようだった。


 一見するとヒマワリの種に似ているが、苔むしたようにくすんだ緑色をしている。

 この種から、何かしらの植物が育つとはあまり想像できない。そんな色をしていた。


(…えっ、と、)


 何よりこれは、明らかに飴ではない。


「……うーん、」


 とはいえ当のサクラが満面の笑顔である以上、無下にはできなかった。


 カヌスはサクラの小さな手のひらから、その種を、人差し指と親指でつまみ上げて、曖昧に笑った。そんな笑みを称えたまま、視線をサクラの父親に投げれば、予想に反してサクラの父親は驚愕している。


(えええええぇ…)


 カヌスの困惑は増すばかりだった。


「えっと、これは、飴なの、かな?」


 恐る恐る小さなサクラに尋ねてみる。

 するとサクラは当然のように首を横に振り、


「え? ちがうよー? それはタネー!」


 とても無邪気にコロコロ笑った。


「…え、うん、あはは、…そっかー。飴じゃなかったかー。…種かー。そ、そっかー。あはは…」


 カヌスはもう、サクラの父親に目を向ける勇気がなかった。


「えっと、…これ、ください。」


 仕方なく、サクラに手渡された種を買うことにした。


 俯きながら種を片手にレジへと向かい、一度もサクラの父親を見ることなく財布を取り出すと、


「豆銅一粒でいい」


 豆銅一粒を要求された。


 豆銅一粒では普通、パンの一つも芋の一つも買うことはできない。

 たった豆銅一粒で買えるのであれば、これはもしかしたらお買い得なのかもしれない。


 言われるがまま豆銅を一粒差し出すと、


「持っていけ」

「……あ、ありがとう、ございます。」


 不機嫌を隠さないサクラの父親は、種と共に小さな瓶に詰められた飴玉を紙袋に詰めてくれた。豆銅一粒で飴の小瓶が買えるとなると、やはりお買い得であったようだ。


「………」


(喜んで、いいのかな…?)


 カヌスは俯いたまま紙袋を受け取った。

 手にした紙袋は思いの外、ずしりと重い。


「………」


 次第次第にカヌスの頬は緩んでいった。


(どうしよう、…嬉しいや)


 思いがけずに得したことに高揚しつつも、未だサクラの父親が不機嫌な面持ちを隠さないだけに、カヌスは大っぴらに喜ぶことができなかった。


 綻んだ顔を隠すように俯いたまま店入り口まで歩んでいく。


「お客さん、またねー」

「あ、うん。ありがとうね」


 途中、サクラがニコニコとカヌスに手を振った。カヌスもそれに小さく応えるように笑って手を振り返し、そのまま菱形の窓の付いた扉のノブに手を掛けた。


 刹那、


「…また来い。」


 不意に、出ていこうとするカヌスの背中へ向けてサクラの父親が声をかけた。


(えっ、)


 振り向くべきか一瞬悩んだが、営業トークとしか思えないサクラの父親の言葉に、カヌスは軽く会釈するだけにとどめた。


 扉を開けると、カランコロンとベルが鳴る。


 カヌスは、紙袋を抱えるように胸に抱いて、そのまま店を後にした。


     *  *  *

 

 帰路の途中、空を見上げると既に月は真上までやってきていた。

 今夜は下弦の月だった。


「ツイてたなぁ、」


 不幸続きの人生だと思っていた。

 だが、小さな喜びに出会えれば、人生も満更ではないと思えもする。


「…今日はいい日だ。」


 にんまりと微笑み、カヌスは大事に胸に抱えていた紙袋から飴の入った小瓶を取り出した。


 コロンとした瓶の蓋を開けると、甘い香りがふわりと溢れる。


 瓶の中にはピンクや黄色や黄緑色の小ぶりな飴がたくさん詰め込まれていた。


「…ふふ、かわいい」

 

 高揚していた気分がまた少し上がる。


 ピンク色の飴を一粒つまんで口に放ると甘いベリーの味がして、口角までも持ち上がった。この飴は、自然のベリーの甘酸っぱさが凝縮されており、とても美味しい。

 これほど美味い飴も珍しかった。


「やっぱり、今日はいい日だ」


 すっかり気分をよくしたカヌスは、何度か口の中で飴を転がした後、いつもの癖で甘噛みしながら奥歯に力を込めかけた。

 そのとき、


「……?」


 ふと、月明かりに照らされた小さな影が視界の端を掠めて、思わず足を止めた。


 口を半開きにしたまま、何の気なしに影の方向を見やる。


「……ッ!」


 ガリっ


 途端に意図せず飴を噛み砕いてしまった。


(…なんで、)


 月光を背に、闇夜に紛れて立つ遠い人影。


「…なんで、」


 遠目ながら、あれはおそらく赤い髪の男だと察したカヌスは、飴を咀嚼しながら嘆息を漏らして、固く目を閉じた。

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