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世界をぼんやりと包み込むグレー  作者: みーなつむたり
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小さな種


 赤髪の男がカヌスの推測通り軍人で、ましてコロル軍の将校ほどの地位だったならば、カヌスの遁走は礼を欠いた行動である。


 だが、


(…そんなことはどうでもいいっ)


 あの男は、カヌスがカヌスであることを認知した上で話しかけてきた。

 それがカヌスには底知れず恐ろしかった。


(…目立たないように生きてきたのにっ)


 カヌスには、軍に知られてはならない秘密がある。同時にその秘密は、なんの効力もないくせに重要で、カヌスの今を覆すほど厄介だった。


(だって私は、…無能な能力者だから、)


 有翼人の遺児でありながら、なんの取り柄もない。だがカヌスが穏やかに生きるためには、無能であることは免罪符でもあった。


(そう。…私は無能な自分を恥だとは一度も思ったことはない)

 

 しかし、大きな組織においては、カヌスが無能であることよりも、カヌスが有翼人の遺児であることの方が事実なのだ。


(だから、見つかるわけにはいかないのに、)


 生活のため、藁をも掴む思いでテネブラエへの入隊を希望した。普段は防護服に身を包んでいられるし、忌み嫌われる仕事だからこそ身分を隠すのに適している。


 そう思っていた。


(…浅はかだった。テネブラエもコロル軍所属なわけだし)


「…転職しないといけないのかな、」


 カヌスはベッドに頭から突っ込み、布団をかぶってから、少し泣いた。


     *  *  *


 懐に辞表を忍ばせて早半月あまり。

 普段の生活が脅かされるのならば即座に辞表を提出する予定だったが、今現在、平素と変わらぬ毎日が続いている。

 

(…考えすぎだったのかな?)


 半月前に赤い髪の男と出会ったことは、夢だったのかもしれないと思い始めた初夏のある日。


 カヌスは常備していた残り一個の飴を食べてしまったために再び夜の街へとやってきていた。


 相変わらず夜の街は不思議な違和感で満ちており、案の定、カヌスは目当ての飴屋に到着することができないでいる。


 そして、


「…ええぇ、」


 気がつけば、難なく、カヌスはあの青々とした蔦で覆われた店の前に佇んでいた。


 もはや導かれているとしか思えない。


(…どうして、)


 この店自体に嫌悪感は抱いていない。しかし見えない力に支配されているかのような強制力には嫌悪感を抱いた。それは自身の無力さにも通じているようで、よけいに落胆は深くなる。


「…はぁ、」


 それでも、溜め息混じりにカヌスは一歩踏み出し、意を決して扉を開けた。

 途端にカランコロンと心地よいベルが鳴り響く。そして、


「いらっしゃいませー」

「えっ」


 思いの外幼い声に迎えられた。

 驚き、足が止まる。


「いらっしゃいませー」


 扉を開けたまま固まるカヌスを急かすように再び幼い声がした。


「おいサクラ、勝手に店に出るんじゃねぇ」


 すると更に奥の方から野太い男の声がして、カヌスの身体はびくりと震えた。


 退散しなければ、と後退しかけ、


「だってお父さん、お客さんだなんだよ」


 だが幼い声に引き留められた。

 内心、はわわわ、と慌てるカヌスの眼前に、カウンターの影からトコトコと小さな何かが近づいてきた。


 それは真っ黒なくるくる髪を無造作に後ろに一つで束ねた小さな女の子。


(わ、可愛い!)


 思わずカヌスはしゃがみこんでいた。

 小さな女の子と目線が合う。綺麗な黄金色の瞳をした少女だった。年の頃は4、5歳といったところか。


「お客さんいらっしゃいませー」

「あ、わざわざありがとうございます」


 懸命な幼い子の接客に、クスクス笑いながらカヌスは頭を下げる。


「お客さん何買いに来たの?」

「あー、えっと、…飴、かな?」

「アメちゃん?」

「え? あ、うん、飴、ちゃん」

「お父さーん! お客さんアメちゃんいるんだってー」


 注文を承ると、幼い女の子は再びパタパタと奥へと消えていった。


「!」


 すると入れ替わるように現れたのは、ボサボサの黒髪をかきむしる大きな男。妙に体格がよく、明らかに傭兵風情のむさい男だった。だが調理でも担当しているのか、粉まみれのエプロンを付けていた。


 その風貌に驚いて、カヌスは慌てて立ち上がる。


「あ、あの、」

「いらっしゃい。あんた、うちに飴があるってよくわかったな。パン屋なのに」

「パン屋!? ここパン屋なんですか!?」

「はあ? どう見てもパン屋だろ」


 カヌスは驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。

 こんなに鬱蒼とした店がパン屋だったとは予想外にも程がある。


「え、だってパンなんてどこにも、」


 ない、と言いかけて、しかし改めて辺りを見渡すと、あの鬱蒼とした蔦が消え去っており、よく見れば小ぶりのショーケースに並ぶさまざまなパンが確かにあった。


「え? えー!?」


 突然の景色の変化に脳が付いていかずにカヌスは大きな声を上げて頭を抱えた。


「お客さん、はい、どうぞ!」


 そんな混乱の最中にいるカヌスの元へ、またあの女の子がトコトコとやってきた。


 女の子はくりくりとした黄金色の大きな瞳でカヌスを見上げると、クリームパンのような手のひらに乗せた小さな粒を差し出した。


 だがそれは、明らかに飴ではなく、


「?」


 何かの種にしか見えなかった。


 カヌスは恐る恐る女の子からその種を受け取る。


「…えっと、」


 困惑のまま曖昧に笑って、カヌスが大男に視線を投げる。すると大男は細く真っ黒な瞳を大きく見開いて、あからさまに驚愕していた。


「え?」


 その姿に、カヌスも同じく驚愕した。

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