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世界をぼんやりと包み込むグレー  作者: みーなつむたり
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そして天へと還りゆく

 大きな身体に似つかわしくない機敏な動きでコダはカエルラに斬りかかった。


 カエルラは嬉々として剣を構えてコダの一太刀を受け流し、コダの胴を払いにかかる。コダは身を捻ってカエルラの切っ先を避けた。避けた勢いで身体を反転させ、コダは片手で握った刀をカエルラの首めがけて振り下ろす。


 カエルラは体勢を崩しながらもそれをかわした。だが体勢を崩したことで一瞬の隙が生まれ、すかさずサンディークスがコダの脇を低く通り抜けた。そしてカエルラの足にタックルをかまして押し倒した。追随するようにコダがカエルラの腕を踏みつける。踏みつけた足に力を込める。


「ぐっ!」


 カエルラの手から剣が外れた。コダはカエルラを踏みつけたまま悠然とカエルラの剣を拾い上げると、地面に叩きつけてへし折った。


 そしてコダはそのままカエルラの胸の辺りにどかりと腰を下ろし、カエルラの喉元に切っ先を突きつけた。

 切っ先を突きつけ、カエルラを見下ろし、コダは背後のサンディークスに向けて口を開く。


「殺すか?」


 カエルラの足を押さえていたサンディークスは顔を上げた。

 しかし顔を上げてもみても、サンディークスにはカエルラの上半身に股がったコダの背中しか見えない。


 表情の見えないコダの問いを鼻で笑いながらサンディークスは立ち上がった。


「アンタも人の親だ。無駄な殺生は止めた方がいいっすよ。…それに、」

「サンディークス! この男を殺せ! さすればお前の軍紀違反も不問に付してやろう!」

「………」


 サンディークスの見えない位置で、カエルラの聞いたことのない声がする。その声は裏返り、かすれていた。


「………」


 余裕がないのか、この声がカエルラの地の声なのか、サンディークスには計り知れなかった。


 ただ途端に胸に去来した一抹の空しさに、サンディークスはほくそ笑み、ため息まじりに地面を見据えた。


 木々の隙間から辛うじて降り注いでいた斜陽も既になく、足元は闇に覆われている。


 重い帳がずっしりと、サンディークスの肩に垂れ込めてくるようだった。


「…はぁ、」


 サンディークスは肺一杯にどす黒い空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そして静かな声で言った。


「コダさん、アンタが手を汚すことはないっすよ。」


 やがてサンディークスはコダの肩に手を置き、軽く後ろへと引いた。コダはそれに応えるように振り向く。


「オレがやるよ。…どいてください。」

「!」


 だが、サンディークスを見上げるコダの細く黒い目は、サンディークスの更に上へと向けられたまま、驚いたように見開いていた。


 眉間にシワを寄せて、コダは訝しそうに呟いた。


「…あれは、なんだ?」

「え?」


 サンディークスがコダの視線に気がつき、同じく空を見上げた瞬間、


「ああっ! とうとうこの時がやってきたかっ! 神々が、神々が我が国を救わんがためにっ! この地へと舞い降りてくださっている!」


 仰向けに空を見上げていたカエルラの歓喜の声だけが、暗い山の中で空しく響いた。


「…いや、…逆だろ…」


 三人の見上げた先、木々の隙間から見える闇夜には、ぼう、ぼう、と、光の珠がいくつもいくつも飛び交っている。


 白い光を筆頭に、黄色や緑色や水色や、様々な色の淡い光が意思をもったかのように上空を舞い踊った。

 

 それはまるで蛍のようで。

 それはまるで虹のようで。

 ゆらりゆらりと光の乱舞は止まらない。


「ああっ なんと、なんと美しいことかっ」

 

 これを幻想的と言うのだと、うっとり見上げるカエルラの瞳だけがみるみる透き通っていく。

 

 しかし、

 

「………ウソだろ、」

 

 光の群れの端っこに、小さな紫色の光が弱々しく何度も何度も空を照らしてはそっと消えたのを、サンディークスは見逃さなかった。


「…あれは、…まさか、…ウィオラーケウム、なのか…」


 サンディークスは、驚愕のあまり、一瞬、自身の息が止まったのかと思った。


 あの光の珠は、おそらく地上にいたであろう有翼人たちだ。

 そして今、彼らは総じて天へと還っていこうとしている。


 しかし人間に与していたウィオラーケウムだけは、天に還ることさえままならず、霧散するように消え去ったのだろう。


「…とうとう、始まるのかっ」


 それは、人間を殲滅するために地上へと舞い降りた彼らの役目が終わったことを意味しているかのようだった。


 あとは、地上に残した不浄によって、ゆっくりと大地を腐らせていくだけ。


「…カヌスっ」


 サンディークスは悲痛に顔を歪め、絶望の中で小さく呟いた。


 地下深くに廃棄されている有翼人亜種の腐敗によって発生する腐乱ガスを一時的に止めるため、『プルウィウスの傀儡』たちはその身を地下へと投じてきた。身を投じることで一部の不浄を浄化をさせてきたのだ。


 しかし、それはあくまでも一時的であり、恒久的な解決策ではない。


 そのためこの度、『腐った種』を発芽させたカヌスが、その役目を一心に背負って地下へと投じられようとしていた。


「……カヌスっ」


 だが有翼人が一斉に天へと還っていっている今、カヌス一人を地下に投じたところで事態が好転するはずがなかった。


 おそらく、腐乱ガスは止められない。


「カヌスっ!」


 青ざめた顔のサンディークスは、コダたちに背を向けると、身を低く屈め、獣のように走り出した。


     *  *  *


 深い深い地下深く、何かがパチンと弾けて消えた。

 パチン、パチン、と連鎖して、何かがひとつ、またひとつと弾けゆく。


 やがて弾けた先からゆっくりと、灰色のガスが滲み出て、大地は、今、静かに持ち上がろうとしていた。

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