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世界をぼんやりと包み込むグレー  作者: みーなつむたり
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序章


~アエテルニタス著『コロル王国建国史』より~


 300年以上前。


 人間が、隣人を愛せない利己的な戦争を起こした結果、たった数年で世界は草木も生えない薄茶色一色の不毛な大地へと変貌した。生命のほとんどは死に絶えて、人間も一度は滅んだと思われていた。


『この箱はつまらぬ庭になったものだ。』


 ≪何モノ≫かが静かに呟いた後、神という名の底知れぬ「意志」が、気まぐれに、七色の羽根を持つ美しい有翼人をその掌から産み出した。


 彼女の名前はプルウィウス・アルクス。


 無垢な彼女は初めて見る「意志」に無邪気に微笑んだ。そんな彼女に「意志」は、一つの醜く黒ずんだ腐った種を差し出した。


 太陽の光を体現したような色を孕んでこの地に舞い降りたプルウィウスは、薄茶色だけの世界でしばらく一人、佇んだ。


 どれ程の時が流れた頃だろうか。


 プルウィウスは人のそれよりもはるかに白い足を恐る恐る踏み出して、2歩、3歩と乾いた大地を歩き始めた。あてもなくさ迷い続け、ふと、黄金色の瞳を青い空へと向けた。


 暖かくも冷たくもない風が、瞳の色と同じ色の長い髪を揺らす。


 彼女は視線を前に、右に、そして左に移してみた。


 だが何度見回してみても、やはりこの大地には自分以外の何も存在してはいなかった。

 座り込み、翼で両の足を包んで、太陽が沈んではまた昇るのを不思議そうに眺めていた。

 そんな無限にも思える静寂の中で、彼女はふと、何に対してなのかわからない涙で頬が濡れていることに気付き、驚いた。


 少し泣いて、乱れた呼吸を正すために深呼吸をして、ようやく腐った種の存在を思い出した。


 底知れぬ「意志」に託されたその腐った種を両手で包み込み、さらに上から七色の羽根で覆って、小さく一つ息を吐く。


 刹那腐った種は鈍く光り、彼女の羽根の中で確かに息吹を宿したようだった。


 嬉しくなって笑みが戻った彼女は、小さく光る腐った種をそっと大地に置いて、乾いてカサカサした土を被せてみた。


 そして盛り上がった乾いた土に一滴ずつ一滴ずつ溢れる涙をかけ続けた。


 種を労うように励ますように来る日も来る日も微笑みを称えて歌を歌い続けながら、ただ純粋に願い続けた。


 この地にたった一つでいい、自分以外の生命が育まれますようにと。

 だがそれはあまりに幼く儚い愚かな願いだった。


   *  *  *


 有翼人、有翼人亜種がこの世に現れて、人を襲い始めたのは今からおよそ150年前。


 きっかけは、大地に緑をもたらした最初の天の使徒プルウィウスを、コロル王国初代王が私欲のために殺めたことだった。


 300年前。


 腐った種が、大地から緑とわずかな生命を産み出した時、地下に隠れていた数名の人間が、生命の息吹を嗅ぎ付けて顔を出した。


「……!」


 プルウィウスは人間たちの存在を目の当たりにして、心の底から喜んだ。


 そしてその数名の人間たちと大地を耕し作物を育み、やがて小さなコミュニティを築いていった。


 しかし、プルウィウスと人間たちでは生きる時間の早さがあまりにも異なっていた。


 永遠の時を生きるプルウィウスと、虫けらのようにすぐに死んでしまう人間たち。


 共に同じ土地で同じ空気を吸って生きておきながら、人間は何度も世代交代を繰り返す中で、淀のように欲を蓄積していくようになっていた。


 その永遠の命への憧れ。

 その美貌への醜い欲。


 大地に息吹が甦って150年程経った頃。


 小さなコミュニティから国へと変遷を遂げつつあった過程で、6代目首長プッルムが初代アートルム王を名乗り、ここにコロル王国の建国を宣言したのである。


 宣言の中でアートルム王は、人間による人間のための国家を目指すことを明言した。そしてまず手始めに、人の力以外のものを外圧と判断し、粛清することを法として定めた。


 永遠の命を生きるプルウィウスが人間の常識から外れた存在であること。

 「無」から「有」を生み出すその強大な力は近い将来必ず人類の脅威となりうること。


 その全てを異端と判断し、強い口調で人心に畏怖を植え付けていった。そして同族愛護の精神の下、人智を越えた存在を排除する必要性、真の人間による統治国家の必要性を声高に叫んだのだ。


 そして国は、プルウィウスの討伐を閣議決定し、同じ年に討伐隊を編成すべく国防軍を立ち上げた。


 人間を疑うことを知らないプルウィウスは呆気なく捕らえられ、王の住まう城の最下層の石造りの牢獄へ拘束された。


 その際、飛んで逃げないよう背中の翼は無造作に半分切り落とされた。


 何が行われているのかわからないプルウィウスはただ痛い痛いと泣いていた。


 喜びの感情しか知らなかったプルウィウスが、生まれて始めて恐怖というものを知ったときには、両手両足の自由は太い鋼の鎖で奪われて、冷たい石畳の上に座ることだけを強いられていた。


 数名の兵を引き連れてやってきたアートルム王は、拘束されたプルウィウスの憐れな姿に満足した様子で周りの兵士に目配せし、人払いをした。やがて誰もいなくなった底冷えのする牢に入り込むと、徐に、震えるプルウィウスの足を掴んで持ち上げた。


 そしてその透き通るような美しい身体の中心に、アートルム王は自らの欲望の楔を打ち付けたのだ。

 

 一体何が起こっているのか。


 プルウィウスは何一つ理解できぬまま、行為の最中からその背中の羽根は全て抜け落ち、みるみるただの人間に堕とされていった。


 透き通っていた肌はどんどん黒ずみ、真綿のように軽かった両手足も酷く重くなっていった。


 重力に逆らえず、立つこともままならず、ただ横たわるだけの木偶の坊のように成り果てたプルウィウスの姿に、王は幻滅し、二度とプルウィウスの前に姿を見せることはなかった。

 横たわることしかできなかったプルウィウスは、食事を取ることもままならず、凌辱された日から10日後、干からびた姿で死んでいるのが見つかった。


   *  *  *


 プルウィウスの死は、神という名の底知れぬ「意思」の逆鱗に触れた。

 そしてプルウィウスの死の翌日、突如天から複数の有翼人が舞い降りた。

 有翼人たちは自らの血から幾つもの傀儡を作り出すと、次々と人間を襲わせた。

 逃げ惑う人間を無差別に嬲り殺しにしていくだけの、ただ一方的で圧倒的な殺戮。

 その先陣をきったのは、漆黒の羽根を持つ有翼人だった。


 無力でひ弱な人間たちは畏怖を込めて彼を《混沌のニグレド》と呼び、ひたすら恐れ戦いた。


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