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相方合コン

作者: 大橋 秀人

この作品は、テーマ『相棒』。

3千字の字数制限で書いています。

私は鈴蘭桃。

大阪にある養成学校を卒業した新進気鋭のお笑い芸人である。

金はないけど夢がある。金はないけど笑いがある。

卒業時の寄せ書きに私はこう書いた。

あの時はよかった。

これから自分に起こるであろう面白エピソードを熱心に語っていた。

それがどうだろう。

学校を卒業して5年目でコンビ解散。

その後ピンで孤軍奮闘してみたが、3年経っても芽もでない。

芸暦が長くなるに連れ出世頭は深夜に冠番組をもち、露出が増えた同期も何組か出てきた。

一介のオーディション芸人に甘んじている自分の状況に、近頃ひしひしとジェラシーを感じているのである。



その日も私はスベッていた。

必死に考えたネタを途中で止められる悔しさを、番組ディレクターはわかっているのだろうか。

「おい鈴蘭。また駄目だったみたいだな」

自宅へ引き上げようとしていた私に、同期のナニガシが声を掛けてきた。

彼の同情するでもない口調に私の気持は幾分軽くなり、

「あんたは最近調子いいみたいね」

と笑った。

「そんなことより、今日の夜、空いてるか?」

彼が言うには、今夜、先輩芸人の誕生会があるらしい。

久しぶりに栄養があるものをお腹一杯食べられるかもしれない。

誘惑が私を頷かせていた。




お洒落居酒屋を貸し切って誕生会は行われていた。

大物になると店一件貸し切るくらい簡単なのだろうと思いながら看板を見上げる。

街外れにあるその店は、扉を開けると別世界のように喧騒に包まれていた。

「おう。ここ、ここ」

物怖じする私にナニガシが声を掛けてきた。

引き込まれた店内には若手芸人が溢れ、カラフルで目がチカチカした。

「こいつ、鈴蘭桃っていうんです」

席に座るとナニガシは、前に座る二人の男性に私を紹介した。

どちらも見るからに変わり者だったが、私はそんな変人達からも変人を見る目を向けられた。

「なんなの、これ」

必死に愛想笑いを浮かべた後、小声でナニガシを問いつめる。

が、彼はすぐさま先輩に呼ばれ席を外してしまった。


「オトナビタの崎田さんですよね」

私は唯一顔を覚えていた崎田に声をかけた。たしか、養成学校の一つ上だった。

「オトナビタは、もう終わったんだ」

崎田の隣の、チャラ男風の男がそういった。

「おれはヤサオ」

ヤサオは笑顔を振りまいた。

「鈴蘭。おまえ、ピンになって何年だ」

挨拶もなしに崎田が聞いてくる。

その目は挑むようで、明らかに自棄めいている。

コンビが解消した直後で途方にくれているに違いない。

「三年です」

遠慮がちに言うと、三年かー、とヤサオが溜め息混じりに呟いた。

「芽も出てないよな」

と彼はやんわり酷いことを言う。

「お前、これからもピンでいくつもりか」

崎田の質問に、私ははっとした。

そうか、これが噂に聞く相方合コンというやつか。

私は思いを巡らせながら曖昧な微笑みを浮かべる。

崎田はコンビ解消直後で、今後の自分の方向性を模索している。

ヤサオもコンビ名を言ってこなかったあたり、ピンであるにちがいない。

いずれも崖っぷちに立たされている者だ。

ナニガシがピンでうだつの上がらない私を案じ、この場を設けてくれたにちがいない。

「今後、誰かと組むつもりはあるのか」

崎田はどんどん核心をついてくる。

「まあ、いい人がいれば…」

そう言って私は言葉を濁す。

この際、新たにコンビを組むのも悪くないかもしれない。

が、崎田が隣にいるイメージは沸かなかった。

「鈴蘭ちゃんは、どんなところが売りなの?」

弾まない会話に、ヤサオが横やりをいれる。

イケメンだがそれだけで、ヘラヘラした印象だ。

「それはですね」

いつの間に隣にきたナニガシが代わりに答える。

「不幸オーラでしょ」

「いやいやそれウリじゃないから」

私のツッコミに同期は笑う。

「特徴が無い身なりだけど異様に不幸そうだったり」

「だから売りじゃないでしょ?」

「じゃー不幸なとこ?」

「不幸いうな!」

「体も顔も貧相。トータル的不幸」

「また不幸!」

貶され慣れている私は、ナニガシの悪ふざけも軽くサバく。

「お前、たしかボケだったよな」

崎田は私たちのやりとりを呆気に取られたように見た。

私が遠慮がちに肯くと、崎田は立ち上がり、

「いや、またの機会に」

とそそくさと席を立っていってしまった。



しっかりとお腹が満たされ良い気分でいたのに、ヤサオはいつの間に私の隣にきて、グラスをキザに掲げて見せた。

「鈴蘭ちゃんは、ピンなんだよね」

体を寄せてくるヤサオの目は笑っていなかった。

「私生活でも、ピンなんでしょ?」

吐く息が掛かるくらい顔を近づけて、

「公私共に、相方、ほしくない?」

こんなことを言ってくる。

うんざりしながら曖昧な返事をしていると、向かいに座っていたナニガシの姿がないことに気付いた。

店内を見渡すと、出入り口付近でこちらに小さく手招きする同期の姿があった。

「あたし、お先に失礼します」

勢いよく私が立ち上がると、ヤサオは凭れかけていた体を支えられず、倒れこんだ。

背中に浴びせられる罵声も気に留めず、私は出口へ急いだ。



悪い事はしていないが、私とナニガシは店を出た瞬間から走り出し、息が切れるまで住宅街を走り続けた。

「お前、先輩相手に、あんなに失礼だったっけ?」

「あんたが手招きしたんじゃない」

どこかもわからない公園に入り、二人はブランコに座る。

二人とも息が切れていたが、なんだか可笑しくて笑い出してしまった。

通り雨が降ったようで地面は濡れており、冷たい夜気が頬に当たって心地良い。

「どうだ、やっぱりピンでこの先も頑張るか?」

ナニガシはブランコを大きく漕ぎながら言う。

「誰かと組んでもいいかなと一瞬思ったけど、あたしだって相手は選ぶのよ」

運動神経が無い私は、ブランコも上手く漕げない。

座って足をブラブラさせているだけだ。

「あの中には、気に入った奴がいなかったか」

というナニガシのブランコは、私に比して大きく振れていた。

「贅沢言う訳じゃないけど、せめて私とソリが合うっていうか、コンビになった時のイメージが沸く人ならいいな」

ざっとスニーカーが砂を削る音がし、横を見るとナニガシはブランコを降りて私を見下していた。

「なによ?」

なんだか恥ずかしくなり俯いていると、不意に私の体が浮き出した。

「生意気!」

そういってナニガシは私の背中を勢いよく押したのだった。

「必死になれ!」

私は鎖にしがみつくしかなかった。

「もっと必死になれ!」

「止めてよ!」

それでもナニガシは止めなかった。

「ドキドキしてるか?」

「え?」

私が聞き返すと、ナニガシは手を緩め、強引にブランコを止めた。

「ドキドキしているかって聞いてる」

彼のその真剣な面持ちに、私は息を呑む。

「これからの人生、もっと大きく振れて、もっといっぱいドキドキしたくないか?」

私は忘れていた情熱を呼び覚まされ、体中が熱くなった。

「俺と組め」

ギラギラした眼差しで、ナニガシはそう言った。

「売れるぞ、俺たち」

返事も聞かずに言った彼の一言に、私は深く頷いたのだった。

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