いつか貴方と共に夜空に会いに行く
「ふんふーん♪」
「今日はご機嫌だな音廻」
「ぽかぽかお散歩日和だからさっ♪」
とある場所、少女と虎が散歩をしていた。
「………!」
「どうした、音廻」
「姉さん、あれ見てよ」
音廻は指をさす、その先にあったのは大きな檻であった。
「……なんだこれは、こんなものあったかな。置かれてから大分時間は経ってそうだが」
「そいつには近づかない方が良いぜ」
「!」
男の声がした方向を見ると、そこに居たのは黄金の龍だった。
「近づかない方が良いって……」
檻の中を見ると、蒼色の瞳をした銀色の狼が寝座っていた。
「この子は…?」
「人間を酷く嫌ってる狼……いや、人狼だ。しばらく前に姉と妹を人間に殺されちまってな……可哀想な奴なんだ」
「へぇ……」
「………そもそも、元は人狼ですらなかったんだが」
「え?」
「いや、何でもない。とにかくそいつには近づくな。檻の中に少しでもその体を侵入させてみろ、その瞬間…喰われるぞ。俺でも……このザマだ」
龍の体は傷まみれだった。
「…………」
音廻は檻の中に手を伸ばそうとした。
「ガルルルルルッ!!!」
狼は爪と牙を剥き出し、毛を逆立てた。
「………明日も、会いに来て良い?」
龍はしばらく黙っていたが…
「………勝手にしろ」
「この子の名前は?」
「………寂滅だ」
「そっか、寂滅さんって言うんだ。よろしくね寂滅さん、私は音廻って言うんだ」
「私は蒼冬、音廻の姉だ」
「…………」
それから一週間。
「ほらー寂滅さんー、お肉持ってきたよー。狼は肉食だったよね?」
「グゥッ!!!」
「あ゛いだっ!!それは私の手だよー!!」
「グゥゥゥッ!!ガァァァァッ!!!」
「ただブラッシングしてあげたいだけだよっ!体汚いじゃないー!」
二週間…
「寂滅さんっ、これ何かわかる?」
「………」
「アスターっていうんだ!真っ白で綺麗でしょ?これ貴方にあげるね」
ガジッ
「あらら、食べられちゃった」
三週間………
「いててー、今日も派手に引っ掻かれちゃった」
「音廻」
「ん?」
蒼冬が言う。
「お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「姉さん心配だよ。お前が動物好きで、思いやりが深い奴だってことは姉さんが一番知ってる。だけどな、これ以上あの狼と関わったらお前の命に関わることなんだぞ。それほど……あの狼にこだわる必要があるのか?」
「………………まぁ、あの子の力は本当に強いから、最悪死んじゃうかもしれないね」
「………」
「だけどね―――」
人間を嫌いなままで、いてほしくないんだ。
「―――私が、あの子の最初のお友達になるよ」
「………ふむ」
「寂滅さんっ、ごはん持ってきたよ!」
檻の中は相変わらず静かだった。静かだったが……
「………寂滅殿?」
「ハァーッ……ハァーッ……」
ぐったりと、狼は倒れていた。
「ちょ、これ不味くないか!?」
「ひ、ひどい熱だよ!この前のドラゴンさん呼ばなきゃ!」
………どうして?
どうして、姉さんと妹を殺したの?
どうして………?
何も、悪いことしてないよ?
どう………して……
「………グゥ」
「あ、起きたな寂滅殿」
「大丈夫…?」
「…………」
「……寂滅殿?」
寂滅は、号哭しながらその口を動かす!!
「人間なんて、大っ嫌いだ!!!!」
「音廻、危ない!!」
蒼冬は音廻を弾き飛ばす、そのまま寂滅の牙が蒼冬の首根っこに刺さった!!
「姉さん!!?」
「お前、大丈夫か!!?」
「あ…あがぁ………」
「グ……ゥゥゥゥッ!!!」
「はははっ……良いよ…好きなだけ咬めば良い。こんなことじゃ私は死なないからな……貴方の苦しみを、悲しみを、怒りを、辛さを、全て私達が受け止めてやる。だから………これ以上人間を嫌いにならないでくれ……」
………貴方達が来ると、不思議と家族と一緒に過ごしていたころを思い出すのです。貴方達とは微塵も似ていないのに。今の貴方のように、姉や妹は人狼の私を厭わずによく抱きしめてくれました。そして、あの時思い出したのです。真っ白なアスターを貴方の妹さんが差し出してくれたあの時。よく二人は私に花を採ってきてくれたのです、この前はアサガオやアジュガを採って私にくれたのです。だからこそ、私は人間が憎い、私に向かってオトギリソウを突き出した人間共が……だというのに……
「辛かったよね……苦しかったよね……憎かったよね……人間達が……」
どうして……貴方達はわざわざご飯を持ってきてくれたのですか。
どうして……私を外に出そうとするのですか、人間に害を成すこの私を。
どうして……貴方達は私に慈悲を向けることが出来るのですか。
「どうして………」
「………?」
「貴方達を嫌いでいさせてくれないのですか………」
「やっほ、寂滅さん。調子はどう?」
「普通」
「そっか、それは良かった!それで……一緒にお散歩行かない?」
「……ええ」
「どうしたの、湖覗いちゃって」
「魚は見当たらないが」
「…………」
この姿を見ると思い出すのです。この悍ましい狼の姿を見ると嫌でも思い出すのです。この姿に振り回されたあの日のことが。今となっては私は誰だったのか思い出せない、覚えているのは自分の名前と姉妹の存在だけ。かつての自分が、一体何者だったのかが思い出せないのです。
「……泣いても良いんだよ、ここには私達しか居ないからね」
「…………グギュウ」
「ん…?」
「これは、アゲラタムだな。くれるのか?」
「グゥ」
「えへへ、ありがと寂滅さん!」
………もう、満月に向かって号哭するのはやめましょう。星空に向かって雨泣をするのはやめましょう。夜空に向かって悲歌慷慨を歌うのはやめましょう。
………音廻、よく姉と妹を乗せたこの背中に貴方を乗せて、そして貴方のお姉さんと共にいつか夜空の下を駆けたいものです。もしその時が来たのなら……
私達と五重奏を奏でませんか。




