「くっ、殺せ」と、姫騎士は言った
その地は、もはや修羅場と呼ぶのにふさわしかった。
実力は全くの互角。永遠に続くとも思われた戦いはしかし、決着がついた。
男が着ている白鎧は、もはやその色もわからないくらいボロボロになっているが、しかし男は両の足で地面に立っていて。
黒鎧の女はもう、立つこともできない。
隣国同士の争いから、誇りがなくなって久しい。敗者が、辿る末路が凄惨なものになるということを女は伝聞で知っている。そのことについて、思うことが無いわけではないが、自分一人がどうこうできるものでは無い。そんな諦念を抱くようになってしまったのは、いつからだろう。
ただ、今は。
自身を打ち倒した、宿敵の男が持つ誇りを信じて。
「くっ、殺せ」
せめて、楽にしてくれることを祈る。
男も、もはや立っていることが限界であろうに、女の言葉に呼応して彼が動く。
「ありが」
とう、と礼を女が言おうとして。
言えなかった。
なんせ、男がその辺の石で自傷し始めたからだ。
「えええええええええ! ちょ、ちょっと待って! なんでぇ!??? ちょ、やめろそんな石で傷口グリグリしたらまじで死ぬぞ貴様、私を打ち負かしておいて自殺するつもりなのか!?」
「くそが……誓約が仇になった」
「誓約?」
誓約とは、神への契約である。誓いをたててそれを守ることで、神から力を授かる。戦士であれば、多かれ少なかれ誓約をたてる。
「ああ、俺の誓約は『殺す』という言葉…………あああああ!」
「貴様はバカなのか!?」
男は自分の言葉でまたもや身体を痛めつけだした。砂利とか傷口に入っているのが見えて、めちゃくちゃ痛そうだった。
「すまん、取り乱した」
「取り乱したという問題なのか?」
「まあ、つまり俺の誓約は『○す』という言葉を認識すると自身を殺そうと……………いいいいいいいい!」
「分かった。 貴様はとんでもないアホだ。 なんで、私はこれに負けたんだ……」
ただ、誓約はその誓いが重いものであればあるほど、授かる力も強くなる。だから、男の誓約はバカにするべきではない。
だけど、女はなんかもう、宿敵がアホで哀しくなってきた。シンプルに男が不用意すぎる。
「まあ、なんだつまり貴様の誓約は『ピーーー』という言葉を認識すれば自傷すると」
「そうだ、だから俺はいつも単独で動いていたんだ」
「ああ……そういう」
宿敵がいつも一人で行動していた理由が今はっきりした。
もしも、仲間と行動していて。
「『ぶっ殺してやる』と…………」
「痛みになれてくるな! せめて、悲鳴くらいあげろ!無言でズシャズシャされる方が怖い!」
「もう……痛みを感じないんだ……ただ、焼けるように熱い……だが、お前に殺……コヒューコヒュー」
「私何もしてないよ!」
本当に哀しくなってきた。今度はこんなアホを宿敵と見なしていた自分が。
「されるなら悪くない」
「無理やり続行するな。 良い感じ風にまとめてるけど、九割貴様の自傷だからな」
「なあ、黒よ」
聞けよ、と思ったが女もそろそろ疲れてきた。そういえば、男も女も瀕死の状態であった。
「お前の名は何というのだ」
「そんなことを知ってどうする」
「俺に弔いくらいは、させてくれ」
彼らが戦場で出会ってから、十数年の歳月が流れている。お互いに家族よりも濃密な時間を過ごしてきた。
これは、感傷か。絆か。あるいはそれ以外の。男女の間に芽生える情か。
女は薄く微笑み、
「アイリス・エウリュア・コロシャ」
「そうか……では、あの世で待っていてくれ。 アイリス・エウリュア・殺しゃ…………ぐはぁ!?」
「嘘だろ貴様!?」