Remote.07 アイドル声優殺人事件 13/14
『ま、まずは……お、お忙しいところを、ありがとうございます……』
『いいですよ。忙しくなんてしていませんでしたから』
智の言葉に、ウェブ会議ソフトを介して、タブレットモニターの中にいる天貝七海は、にこりと笑みを浮かべた。もっとも、その笑顔を智が見ることは出来ない。智の声は、水希のスマートフォンを通じ、それをパソコンのマイクが拾うことで、画面の向こうの天貝に届いている。そのため、天貝もまた、智――富山県警から「捜査協力を仰いでいる」と紹介された民間探偵――の顔を見られないことは同じだった。
『それで……いったい何のご用でしょうか、富山県警って、まさか……』
『そ、そうです、その、まさか、です……椎橋智登世さんの、事件に、つ、ついて……』
『通報した際に、私が知っていることは全部話しましたけれど――』
『は、犯人が、わ、わかりました……』
画面の中の天貝の表情が、一転してこわばった。
『犯人が……?』
『そ、そうです……』智の声が、『椎橋さんを、さ、殺害した犯人は、あ、あなたですね……天貝さん……』
『……』
天貝の目が水希に刺さり、その両隣に座る大輔、有斗夢へと視線は流れる。カメラの角度の関係で、智と繋がっているスマートフォンは画角に入っていなかった。
『なにをおっしゃっているんでしょう……』ふう、とひとつため息をついた天貝は、『智登世――椎橋さんが殺されたとき、私は東京で生番組を配信している真っ最中だったんですよ。というか、彼女が殺されるところを、私は……』
『ま、まず、私の推理を、き、聞いてもらえないでしょうか……』
『……』
「警察からもお願いします」
水希と、それに倣って大輔、有斗夢も頭を下げたのを見ると、天貝は、『……わかりました』と、座っている椅子の背もたれに体を預けた。
『ど、どうも……』智は、一度息を吸うと、『ま、まず、天貝さん、あなたのお住まいは、上野駅の近く、じ、自転車で片道十分くらいの、ば、場所だそうですね……』
天貝は頷いたが、それだけでは電話の向こうに伝わらないと気付いたのか、すぐに『ええ』と声を発した。
『あ、ありがとうございます……。そ、そのことを前提に、推理を、は、始めます』こほん、と咳払いを挟み、智の声は続く。『き、昨日、天貝さんは、富山へ行きます。お、恐らく、北陸新幹線を利用したのでしょう。ど、どの便までかはわかりませんが、遅くとも、午後七時頃には富山に、せ、正確には、富山駅前のホテルに、着いていたはずです。な、なぜなら、午後七時というのが、被害者――椎橋さんの、死亡推定時刻の、じょ、上限だから、です。天貝さんは事前に、椎橋さんに電話をかけ、泊まっているホテルを訊き出していました。椎橋さんは、宿泊しているホテルを、た、他人に漏らさないよう、事務所から固く言われていたようですが、あ、相手が親友の天貝さんであれば、な、何も疑いを持たず教えたのではないでしょうか……。は、話を戻します。富山に着いた天貝さんは、椎橋さんに電話をして、こ、これから部屋に行きたい、と言います。天貝さんが富山に来ていることに、椎橋さんは、お、驚いたでしょうけれど、きゅ、急遽、生配信をここでやることにした、とか、サプライズを仕掛けたことにすれば、椎橋さんは納得した、というか、よ、喜んで天貝さんを迎え入れたのでは、ないかと思います。なにせ、お二人は、し、親友だったそうですから……』
親友、という言葉が発せられるたび、こわばっていた天貝の表情が一瞬だけ変化した。が、それを知り得ない智の声は続き、
『へ、部屋に入った天貝さんは、椎橋さんを、こ、絞殺します……。親友である天貝さんのことを、椎橋さんが、け、警戒なんて、するはずがなかったでしょうからね……。そ、そうして椎橋さんを殺害すると、天貝さんは、彼女の死体をうつ伏せにして、右手の下にスマホを置きます。へ、部屋で、椎橋さんが使用していた石油ストーブが、た、焚かれていたかは、わかりませんが、もし、焚かれていなかったなら、そ、そのストーブもつけます。こ、これは、室内の温度を上げて、死亡推定時刻の幅を少しでも広げるための工作です。な、なにせ、椎橋さんは、このあと、あ、あなたが仕掛けるトリックによって、十時三十五分頃に亡くなると、さ、錯覚させられることになるんですからね……。す、すべての作業を終えると、天貝さんは部屋を出て、新幹線で帰京します。こ、この新幹線は、ええと……』
「富山駅を午後七時三十八分に出る、北陸新幹線かがやき516号だと思われます。この新幹線が上野駅に着くのは、九時五十分です」
水希が助け船を出した。
『そ、そうです、すみません……』話し手は智に戻り、『う、上野駅の到着が九時五十分、そこから自転車で十分、そ、そうすると、天貝さんの自宅への到着は、午後十時ちょうどになります。生配信番組の開始が、十時半。は、配信の準備は当然、事前に済ませていたのでしょう。余裕を持って、は、配信に臨めます。な、なにせ、一世一代の、お、大勝負ですからね。余裕はあるに、超したことは、あ、ありません……』
その「大勝負」をしたときのことを回想したのか、天貝の表情に緊張の色が滲んだ。
『そ、そして、いよいよ、午後十時半。は、配信開始となります。ば、番組冒頭、天貝さんは、ゲストである椎橋さんを呼ぶために、で、電話をかけ、遠く離れた、富山のホテルの一室で、椎橋さんのスマホが、そ、その発信を受信します。椎橋さんのスマホは、が、画面に触れるだけで、電話を受けられる設定にしてあったのでしょう。死体の指が乗せられた状態にあった椎橋さんのスマホは、す、すぐに天貝さんの発信に応答しました。が、当然ですが、す、すでに亡くなっている椎橋さんが、何か応答することなど、で、出来るわけがありません。し、しかし、あのときの生配信では、た、確かに椎橋さんの声が、聞こえていました。じ、事前に録音したものに、天貝さんが喋りを合わせたりしたものでは、あ、ありえません。リアルタイムで書き込まれる、し、視聴者のコメントに、し、自然に対応していましたからね……。そ、そうなんです、あ、あのとき配信に流れていた椎橋さんの声は……天貝さん、あなた自身が声色を使って、つまり、モノマネして出していたものだったんです……。し、しかも、ただのモノマネではありません。天貝さん、あ、あなたは、モノマネと一緒に、腹話術も、へ、併用していたんですね……』
今から数十分前。配信動画を見直すことになった水希たちが、“天貝の口元を注視してくれ”と、智から要請を受けていた理由がこれだった。いかに巧みな腹話術――唇をいっさい動かすことなく声を発する技術――だとしても、それが使われているという前提で注視すれば、唇の微細な不自然な動きを発見できるだろう、というのが智の考えだった。が、結果、実のところ、水希たちに天貝の腹話術を見破ることは出来なかった。どんなに注目しても、口元をアップにして見ても、天貝は自身の唇を閉じたまま、あるいは、自然な笑みを浮かべたまま、ついぞ怪しい動きを一度も見せることなく、椎橋の声を発し続けていたのだった。――しかし、智は、もうひとつ、天貝が腹話術を使っているという傍証を指摘していた。それは、
『わ、私が、天貝さんの腹話術を疑ったのは……天貝さん、あ、あなたと、電話の向こうで喋っている――とされる――椎橋さん、そ、そのお二人が、同時に声を発している場面が、い、一度もなかったから、な、なんです……。じょ、冗談を言って、二人が笑うところが、な、何度もありました。で、でも、そのどの場面でも、天貝さんが笑ってから椎橋さんが笑う、あ、あるいは、その逆。け、決して、二人の笑い声が重なることがなかったんです。あ、当たり前ですよね。どんな声の達人だって、ふ、二つの声を同時に出すなんて、そんなことまでは、さすがに、で、出来るわけがありませんから……。わ、私がもっともおかしいと感じたのは、最後、椎橋さんが襲われたと、さ、されている場面です。あそこでも、天貝さんの声と、椎橋さんの声が、重なることは、あ、ありませんでした。わ、笑い声はともかく、これは変ですよ。親友に、い、異常事態が起きたんです。声をかけ続けて、け、結果、二人の声が何度も重なるのが、ふ、普通なのではないでしょうか……』
画面の向こうで、天貝がまぶたを閉じた。その瞑目が数秒ほど続いたあと、ゆっくりと目を開いた天貝は、
『そんなの、偶然かも知れないじゃないですか』
『そ、その可能性は、も、もちろん、否定できません……』
『ですよね。他に証拠があるんですか?』
『あ、あります……』
智が即答したことに驚いたのか、数回まばたきをした天貝は、
『……聞かせて下さい』
『は、はい……。は、配信の中で、椎橋さんは、こ、こんなことを言っていました……。椎橋さん演じる、主人公のエテルノの衣装が、か、かっこいい、という話になって、椎橋さんが、映像がすごく綺麗で、アフレコしていて、テンションが、あ、上がった、と……』
『……それが、なにか?』
『お、おかしいんですよ』
『だから、なにがですか?』
『「ラルプリ」では、え、画が完成した状態でのアフレコは、こ、これまで、一度も行われていない、そうです……』
『……!』
『だ、だから、椎橋さんが、「アフレコで映像を見た」なんて意味のことを、言うはずが、な、ないんです……』
『……そうなんだ』
『天貝さんは、ま、まだ「ラルプリ」のアフレコをしていないので、そ、そんな事情は、わからなかったんですね……』
『はっしーの言葉の綾……なんて、通用しないでしょうね。あの子が、アフレコのことを、そんなぞんざいに描写するはずないもん……やっちゃったなぁ……。ホント、画のない状態でアフレコさせられるの、勘弁してほしいわ。その点、吹き替えはいいわよ。確実に映像があるから……』
天貝は笑みを浮かべた。困ったような、自虐しているような、曖昧な笑みを。智は続けて、
『わ、私たちは最初、椎橋さんが、へ、部屋に鍵をかけていなかったことや、侵入してきた、は、犯人に対して、「誰?」と言ったことなどの、む、矛盾する情報から、ず、ずっと犯人像を絞り込めずにいました。で、でも、そんなの関係なかったんですね。あ、あの犯行場面は、天貝さんが作り上げた、か、架空のものでしかなかった。見事に、ほ、翻弄されてしまいましたよ……。つ、ついでに言えば、椎橋さんが襲われているときに、も、物音がなにも聞こえませんでしたが、こ、これも当たり前の話です。声真似と違って、も、物音を人間の声で再現するというのは、か、かなり難度の高いことで、や、やったとしても、不自然に聞こえてしまいますからね……』
『私もね、リアリティを上げるために、椅子やテーブルが倒れる音を出してみようかと練習してみたんだけど、結局うまくいかなかった。特に、腹話術をしながらなんて、さすがに無理だったわ……』
『ど、どうしてなんですか……?』
『どうしてって?』
智の声に、椅子の上で居住まいを正した天貝が訊き返すと、
『どうして、はっしー、椎橋さんを……ふ、ふたりは、親友だったんですよね……』
殺害動機を問うた智の言葉に、たっぷり十秒以上沈黙を挟んでから、天貝は、
『私ね、「ラルプリ」のファンだったの。声優になる前から、ずっと。好きなのは、もちろん主人公のエテルノ。人類の未来を守るため、時を超え、未来から来た最強のプリンセス。強くてかわいくて、時々見せる切なさとか、もう、全部が大好きだった。もし、「ラルプリ」がアニメになるなら、絶対にエテルノを演りたいって、ずっと思ってた。そして、「ラルプリ」のアニメ化が決まって、うちの事務所にもオーディションの案内が来たわ。当然、私は立候補した。でもね……』天貝は目を閉じた。何かを思い出しているのだろうか、閉じられたまぶたの横に、深い皺が刻まれた。ゆっくりと、目を開いた天貝は、『でもね、駄目だった。受けさせてもらえなかったの……』
『ど、どうして……』
『見れば分かるでしょ。私……ブスだもん。キャラソンを歌って、踊って、コスプレしてグラビアなんて、絶対に無理。事務所もそれを分かってたから、受けるなって言ったの。落ちると分かってるオーディションを受けさせるほど、事務所も暇じゃないからね。で、これならどうですか、って受けさせられたのが、犬のクロノちゃんだったってわけ……』
『そ、そんなことで……』
『私にとっては、そんなことじゃなかったの。それだけ』
『で、でも……はっしーは、椎橋さんは、親友なのに……』
『私ね、はっしーがエテルノ役を受けるって知ったとき、はっしーが受けるオーディションで初めて「落ちて欲しい」って思ったの。ひどいでしょ。だから、私……はっしーの親友でも何でもなかったんですよ……。仮に、もし、エテルノ役がはっしーじゃなかったら、私、そのエテルノ役の声優さんを殺そうだなんて、考えなかったと思う。でも……はっしーだけは……あの子だけは……無理だった……。あの子にだけは……エテルノを盗られたくなかったの……。私、あの子と一緒にいて、ずっとコンプレックスしか感じてこなかった。声もいいし、歌も上手いし、なにより……かわいいし……。おまけに正義感が強くて、私が心ないファンに酷いこと言われたときなんて、自分のことみたいに怒って、泣いてくれて……。私にないものを、あの子は全部持ってた。だからこそ、声の技術だけは、絶対に負けないものを身につけよう、私は中身で勝負しようって、そう思っていたんだけどね……』
『どうして……』
『だって……仕方ないじゃない。条件が、整い過ぎちゃったのよ……。はっしーが「ラルプリ」のイベントで富山に行く、その日の夜に、私の番組に出演してくれることになって、まだ秋だけれど、寒い夜が続いてるから――特に北陸の富山では、東京よりもずっと寒さが厳しいだろうしね――彼女は暖房には必ずストーブを使うことも知ってた。そんなことを断片的に考えていたらね、浮かんじゃったの。はっしーを殺して、死亡推定時刻をずらして、私は完璧なアリバイを手にする。腹話術をしながら、はっしーの声マネを出来る、私にしか不可能な犯罪。完全犯罪……絶対にいけるって思った……思ったのになぁ……』
天貝は、この日一番深いため息をついた。智の声もすでに喋ってはおらず、洟をすする音だけが、断続的に聞こえてくるだけだった。
「天貝さん」
智と天貝とのやり取りを黙って聞いていた水希が、声を上げた。目だけをカメラに向けた天貝と、画面越しに視線を合わせた水希は、
「あなたのアリバイ工作、一人二役を、自然に、しかも腹話術を使って演じきるという、あの技術は、こんな言い方が正しいかは分かりませんが……見事でした。特に、椎橋さんが大越さんのモノマネをした、あの場面、あなたは、大越さんのモノマネをする椎橋さんを、腹話術を使いながら演じるという、恐ろしく高度な業をやってのけました。あれだけの技術を持ちながら……。残念でなりません……」
『ありがとうございます』画面の中の天貝は、深く一礼して、『でも……私、なりたいものには、結局なれませんでした……こんな私でも、アニメでなら……声優になれば……美少女に、きれいなプリンセスになれるって、そう信じていたけれど……実際は違いました……』
「天貝さんの演じるエテルノも、聞いてみたかったです」
水希の言葉に、笑みを――嬉しそうな笑みを――少しだけ浮かべた天貝は、
『無理ですよ。だって、私……ブスだもん……』
その頬に、ひと筋の涙が流れた。




