Remote.07 アイドル声優殺人事件 12/14
「いないって、真鍋、お前……」水希は立ち上がって、「どういうことだ?」
「言葉どおりの意味です。いなくなったんです、速見燎が……」
「詳しく話せ」
「はい。キャストやスタッフが控えている部屋に行って、速見さんを捜したんですけれど、いなかったんですよ。そこにいる誰も、速見さんがいなくなったことに気付いていなくって」
「誰も気付かなかった?」
「それもやむなしなんですよ。控えてもらっているとはいえ、トイレには自由に行って構わないとなっていましたから、たぶん、速見さんは、トイレに行って――あるいは行く振りをして――そのまま姿を消してしまったんじゃないかと」
「スマホは?」
「駄目でした。番号を知っているキャストにかけてもらいましたけれど、電源が切られているか電波の届かない場所にいる、ってアナウンスが流れるだけで……」
「ぬう……」
水希が腕組みをしたところに、やはり立ち上がった大輔が、
「怪しいな」
『なっ! 兄貴、な、何を……』
それを聞いた智の声が、卓上のスマートフォンから響く。
「だって、そうだろが」大輔は、智と繋がっている端末を見下ろして、「誰にも、何も告げずに姿を消したんだぞ。しかも、スマホの電源を切って」
『そ、それだけで、あ、怪しいとは……』
「十分だろが。しかも、さっきのユートムによれば、その速見ってやつは、このアニメで被害者と一番絡んでた声優だっていうじゃねえか。共演している中で、何かしら揉め事やトラブルが生じたという可能性はある」
『な、ないだろ!』
「何で言い切れんだよ!」
『速見様だぞ!』
「答えになってねえよ! 急に犯人候補が浮上したな」
『は、犯人だと?』
「そうだよ。椎橋殺しの最重要容疑者だ」
『てめえ! ぶっ殺すぞ!』
「智ちゃん、言い方」水希は、智の言葉遣いをたしなめると、「とにかく、このまま放っておけないのは事実だ。速見さんの捜索を開始しよう」
『水希さんまで!』
「智ちゃん、落ち着いて。なにも速見さんのことを疑っているというだけじゃないわ。もしかしたら、速見さんの身に危険が迫っているという可能性もあるでしょ」
『き、危険……速見様に……?』
「そう。だから、今は速見さんの捜索を最優先させるわ」
『は、はい……』
「私のスマホは本部との連絡に使うから、いったん切るわね。進展があったら、また連絡する」
『わ、わかりました……水希さん』
「なに?」
『速見様のことを、よ、よろしくお願い、し、します……』
「任せて」
努めて明るい声で答えると、水希は通話を切った。
「さすがっすね、水希さん」
「なにが?」
大輔の声に水希が顔を向けると、
「智の扱いが上手っす」
「ふふ」
笑みを浮かべてから、水希は県警本部に連絡を取った。
一方、水希との通話を終えた智は、
「ふ、ふはぁー……」
ため息をついて、スマートフォンをサイドテーブルに置くと、ベッドに倒れ込んだ。
それからしばらく、落ち着かない様子で横になっていた智は、着信音で上体を起こした。その設定音から、電話をかけてきたのは稲口千奈都だと分かる。
「千奈っちゃん、どした?」
電話を受けた智が訊くと、
『どした? って訊くのは私のほうだよ。智ちゃん、事件のほうは、どうなっているの?』
「ちょ、ちょっと今、調べものの、け、結果待ち状態で……って、千奈っちゃん、で、電話して大丈夫なの……?」
『うん、お昼休みだから』
「あ、ああ、もう、そんな、じ、時間か……」
『本当は校内でのスマホの使用は禁止なんだけど、まあ、いつものことってことで。電話しているところさえ先生に見つからなきゃ、何も問題ないよ。昼休みだから、私の通話の声だって、他の生徒たちの声に紛れちゃうしね』
確かに耳を澄ますと、千奈都の声に被さり、他のクラスメイトたちの話し声もスピーカーから聞こえている。
『で、智ちゃん、犯人は分かりそうなの?』
「が、頑張ってます……」
『お願いだよ、智ちゃん。学校のアニメ好きの間では、その事件の話題で持ちきりなんだよ。今も、クラスのアニメグループは事件のことを話してるし』
「そ、そっか……」
『天貝さんの生配信を観てた人もいたらしくて、すごくショックを受けてたよ……』
「む、無理もないよね……」
『アナウンス部の梨花ちゃんなんてさ、もう見てられないくらいだったよ。梨花ちゃん、はっしーに憧れてたから……』
「そ、そっか……。梨花ちゃん、美声だもんね……。ま、まあ、私は、しばらく聞いてないけど……」
『今度、聞かせてあげるよ。録音して……って、ちょっと待ってね……こら! そこの男子、うるさい! ……ごめんね、智ちゃん』
「う、ううん、か、構わんよ」
千奈都の一喝が効いたのか、背後に聞こえていたクラスメイトの声――男子の蛮声――は若干ボリュームが治まった。
『それでね、私、このあいだ梨花ちゃんに教えてもらったんだ……』
「う、うん」
智が相づちを打ったところに、再び男子の奇声が被さってきた。
『お前らなぁー!』
再び千奈都の声が飛び、物音がしたあと、背後に聞こえる声は急に静かになった。
『ふう、お待たせ、智ちゃん』
「う、うん、ず、ずいぶんと、静かになったね……」
『コテンパンに叩きのめしてやった』
「ま、まじで……?」
『うそうそ、私がベランダに出ただけ』
先ほどの物音は、千奈都が歩いて教室のベランダに移動した際の音だった。
「な、なんだ……」
『でね……えっと、何の話をしてたんだっけ?』
「千奈っちゃんが、梨花ちゃんに、な、何か教えてもらったって……」
『あ、そうだった。ねえねえ、智ちゃん』
「な、なに?」
『私ね、隠し芸を教わったんだ』
「か、隠し芸? 梨花ちゃんから?」
『そう。梨花ちゃん、声がいいだけじゃなくて、色々な話術なんかも習得しようとしてるんだよ。本気で声優目指してるから。歌のレッスンにも通ってるって言ってた』
「す、凄いね……。で、隠し芸って、な、何を習ったの?」
『聞いてくれる?』
「も、もちろん……」
『じゃあ、行くよ……』
「お、おう……」
『……あれ……声が……遅れて……聞こえるよ』
「電話で腹話術されても!」
智はベッドの上にひっくり返った。
「面白かった?」
『お、面白かった……あはは』
「あはは」
智と千奈都は、同時に笑い声を発した。
「――!」
『本当は腹話術なんて出来ませーん。受けた? でもね、梨花ちゃんのは本物だよ。他にもね、モノマネ――もちろん声のね――も得意で、数学の蒔田先生の真似なんて絶品で……』
「……」
『……智ちゃん?』
「……も、もしかしたら」
『えっ?』
「い、違和感の正体も……これで……。ご、ごめん、千奈っちゃん、私、用事が……」
『事件のこと?』
「う、うん。千奈っちゃんのおかげで、わ、わかったかも……」
『え? 本当に?』
「あ、ありがと……」
『智ちゃんの役に立てたなら嬉しいよ。それに、それで事件が解決するなら、はっしーの仇を討てるってことだもんね』
「そ、そうだね……」
『じゃあ、もう切るね。頑張ってね、智ちゃん!』
「う、うん……」
千奈都との通話を終えた智は、すぐに水希に電話をかけた。
『もしもし、智ちゃん』数秒で着信に出た水希は、『ちょうど電話しようと思ってたところだったの。あのね、速見さんが見つかったわ』
「えっ? ほ、本当ですか?」
『うん。あのね、トイレに立ったついでに、コンビニに買い物に行っていただけだったの。で、自分だけじゃなくて、他のキャストやスタッフにも差し入れしようかと思っていたそうで、店内であれこれ買い物に悩んでたところを捜索に出た警官が発見したのよ。電話に出なかったのもね、ただスマホの充電が切れていただけだったの。人騒がせな話よ……』
「そ、そうですか……い、いや、そんなことよりも、水希さん!」
『なに? 智ちゃん、もしかして?』
智の声色に同調するように、水希の声も鋭さを帯びた。
「天貝さんの、は、配信番組を、もう一度、き、聞かせてもらえませんか?」
『それはもちろん構わないわ』
「で、出来れば、兄貴たちと一緒に、水希さんもその映像を見てもらいたいんです」
『私たちも? とにかく、大輔たちを呼んで応接室に戻るわ。またすぐにかけ直すから』
「は、はい……」
「準備整ったわよ、智ちゃん」
水希、大輔、有斗夢の三人は、聴取を行った応接室のソファに座り、タブレットを前にしていた。
『じゃ、じゃあ、お願いします……』
タブレットの傍らに置かれた水希のスマートフォンから、智の声が響く。
「でも」とタブレットを操作しようとした有斗夢が、「智ちゃんは画面を見なくていいの?」
『は、はい。さ、三人もの警察官が、注意して見てくれれば、あ、安心なので……』
「いいから、時間がもったいねえぞ。さっさと始めろ、ユートム」
急かす大輔の声に、「わかりました」と有斗夢はタブレットに指を伸ばす。
「いいか」水希は、左右に座る大輔と有斗夢と目を合わせ、「智ちゃんの言ったこと、憶えてるか?」
「もちろん」
「はい」
二人が返事をすると、水希も頷いて、
「瞬き厳禁で注視しろよ……天貝七海の口元に……」




