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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.07 アイドル声優殺人事件 ~リモート探偵、推しに会う~
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Remote.07 アイドル声優殺人事件 11/14

「そうか……」


 (みず)()が答えると、有斗夢(あとむ)はソファに座り直した。


『これで、僕の容疑は完全に晴れたということですね』


 (いた)()の声には、幾分かの明るさが滲んだように聞こえた。


「そういうことになります」水希は応じて、「板屋さん、お時間、まだよろしいですか」

『え、ええ』

「では、ついでにと言っては何ですが、椎橋(しいはし)さんが殺害されてしまったことについて、何か思い当たるようなことなど、ありませんか?」

『ぼ、僕が、ですか?』

「ファンから見た事件の様相というのは、我々には持ち得ない視点ですから」

『そ、そうですねぇ……あ、「ラルプリ」の原作者との関係とか』

「そんなことまでファンは知っているのですか?」

『ということは、警察のほうでも、このことは調べ上げているわけですね。まあ、当たり前ですよね。僕たちファンが知っていることを警察が知らないわけがありません』

「とはいえ、そんな個人的な、言ってみれば醜聞に近いようなことまで……」

『最近の声優さんは、ファンとの距離が近いですからね。SNSでファン同士のコミュニティも活発ですから、そういう噂は自然と耳に入ってくるものですよ』

「ファンとの距離が近い、ですか」

『そうです。より声優さん――いわゆる“推し”に近づけて、喜んでいるファンがほとんどでしょうけれど、古いファンなんかには、寂しさを感じている人も多いみたいですけれど』

「寂しさ?」

『そうです。昔は、声優なんて人は、それこそ雲の上の存在だったわけですよ。アニメを通してしか接点がない。あっても、ラジオ番組で葉書を読まれるとか、常連になってラジオネームを憶えてもらえるとか、その程度だったわけです。それが今では、顔出しのイベントで直接会えるなんてことはざらですし、生配信でやり取りしたり、チャットで一対一で数分間おしゃべり出来たりとか』

「チャットとはいえ、一対一で話すとか、そんなサービスをしている声優さんもいるのですか」

『ええ、多いですよ』

「それが、寂しいと感じる人もいると」

『そうみたいです。何て言うか……手の届かない、届かせようとも思わない、憧れだけの存在でいてほしかった、なんてことを言うファンもいますよ』

「では、そういったファンは、遠くから見守るだけで、チャットイベントなどに参加したりはしないのでしょうね」

『いえ、します』

「するんかい」

『いくら「憧れの存在でいてほしい」と想っていても、その憧れである声優さんが、他のファンとおしゃべりしているのを止められるわけないですからね。だったら自分も、となっちゃうんでしょう』

「複雑な心境、ということなんでしょうか」

『そうだと思います』

「そういった、憧れの存在とファンとの間が近くなることについて、板屋さんはどう考えていらっしゃいますか?」

『そうですね……』板屋は、しばらく沈黙を作ってから、『ファンの側に、より自分を律する心構えが必要になるんだと、思います』

「どういうことでしょう」

『声優さんとの距離が近くなるということは、ファンの声も向こうに届きやすくなるということです。SNSのエゴサーチをしている声優さんもいらっしゃいますし』

「心ない発言が、当人に届いてしまう可能性が高くなるということですね」

『そうです、そうです。昔は、声優さんの誰かに何かしらの不満があったのだとしても、仲間内の飲み会とか、身内だけのチャットとか、そういったところでしか発言をしなかった。どちらも、声優さん自身の目には決して触れようもない空間だったわけです。でも、SNSというのは違いますからね。特にエゴサーチなんてしなくても、自然とそういった意見が本人の目に入る可能性が非常に高い』

「そういったものを体験したことが?」

『あります。それも、椎橋さんと……天貝(あまがい)さんのことで』

「天貝さんって、椎橋さんが亡くなった番組の……」

『そうです。事件には関係ないかもしれませんけれど……』


 水希は、有斗夢、大輔(だいすけ)と顔を見合わせて頷き合う。スマートフォンからも、『お、お願いします……』という(とも)の声を聞き、


「聞かせて下さい」


 と水希は続きを促した。


『はい』と板屋は、『椎橋さんと天貝さんの二人は、声優としてデビューする前からの友人同士だということは、ご存じですか?』

「ええ、聞いています」


 ベテラン声優の大越(おおこし)の話に出てきていた。


『もう、三年くらい前になりますか、二人はデビューしたての頃、あるアニメで、ダブルヒロインみたいな役で共演したことがあったんですよ。で、ご多分に漏れず、声の演技だけじゃなくて、歌を歌ったり、グラビアの仕事もやっていたんです。そのグラビアを見たファンが……』

「何か、心ない発言をしたと?」

『そうなんです。僕が言ったんじゃないですからね。あくまで、その心ないファンが、こんなことをSNSで呟いたんです。「天貝を椎橋と並べるなんて、何の罰ゲームだよ」って……』

「それは……」

『天貝さんは、演技や歌唱力なんかは抜群だったのですが、“アイドル声優”として活躍するには、ルックス的に向いていなかったというか……。天貝さんの所属事務所が、若手の女性声優なら誰でも彼でもアイドル売りしていこう、という方針だったため、そういう仕事にも駆り出されたらしいんです』

「その呟きが、本人の目に触れた」

『いえ、天貝さんの前に椎橋さんが見つけたんです、その呟きを。それで、もう烈火の如く怒って……』

「椎橋さんがですか」

『そうなんです。彼女、見た目と違って、そういう気性の激しいところがありますから』


 プロデューサーの(いた)()からのハラスメントに対しても、一歩も引き下がらなかった、という話を水希は思い出した。


『天貝さん自身は、そんなものは気にしないというスタンスだったそうですが、椎橋さんのほうが収まりつかなくって。苦楽を共にしてきた親友を侮辱されたことが我慢ならなかったんでしょう。その発言者を訴えると息巻いて、実際に弁護士に相談までしたそうですから』

「それで、実際に告訴に至ったのですか?」

『いえ、あくまで被害者は天貝さんで、彼女自身はそこまで望んでいなかったんです。それでも椎橋さんの怒りは収まらず、噂では、その発言者の過去の呟きや投稿された写真なんかから推理して、本人を特定して、「声優ファンを辞めなければ、個人情報を公開する」と脅しまでかけたらしいです』

「本当ですか?」

『あくまで噂ですけれど、そんな噂が流れてすぐに、その発言者がアカウントを消してしまったことは事実です』

「……そんなことがあったのですか」

『はい。その事件の影響もあったのかもしれませんけれど、それから天貝さんは、徐々にアニメから海外ドラマや洋画の吹き替えに仕事の軸足を移していきました。アニメの仕事をやるにしても、歌を歌ったり顔出しをしたりすることのない役ばかりをやるようになって。今度の「ラルプリ」でも、クロノ――犬の役でしょう。もったいないなあって思いますよ』

「どういうことでしょう」

『天貝さんは、演技力や表現力は、デビュー当時から秀でたものがありました。裏で声優が声を当てている、というんじゃなくて、アニメの、セル画で描かれているキャラクターが本当に喋っている、としか聞こえないような演技をしていたんです。演技、という言い方も語弊があるのかも知れません。天貝さんは、まさにキャラクターになりきって喋っていたんだと思います。あの才能を吹き替えに持って行かれて、アニメで活かしきれないなんて、業界の大きな損失です。天貝さんは、モノマネや即興劇なんかの話術も得意なんですよ。世が世なら、天貝さんは大越(のり)()みたいな存在になっていたかもしれません。声だけで勝負する、本当の声優、仕事師として』

「声優にもアイドル的な魅力を求める今の時代が、それを許さなかったということですか」

『僕みたいな、アイドル声優にうつつを抜かしている人間が言っても説得力ゼロですけれど……そうですね』

「ちなみに、先ほど話に出た、心ない発言をして、椎橋さんが激怒した相手の素性というのは……」

『誰も分かりません。アカウントの痕跡ももう残っていないでしょうし、今になって特定するのは不可能だと思いますよ。知っているのは、それこそ……』

「実際にその人物を特定した、椎橋さんだけ」

『そういうことになりますね……あ、すみません、そろそろ仕事に戻らないと』

「そうですか。長い時間ご協力いただき感謝します」

『いえ……少しでも力になれたのなら嬉しいです。僕の疑惑も晴らしてもらいましたし。それでは』


 板屋との通話は切れた。


「……どう思う?」


 水希は、有斗夢、大輔の顔を見た。


「最後の話が、やっぱり気になるっすね」と大輔が、「椎橋さん殺害の十分な動機になるんじゃないっすか?」

「しかし、三年も前のことだそうじゃないか。どうして今になって?」

「何か、自分がそういった発言――声優を侮辱した発言――をした過去を、完全に消し去らなければならないような事情が起きたとか」

「それで、自分の素性を知っている椎橋さんを手にかけた?」

「そうっす」


 大輔が頷くと、水希は、


()(なべ)は?」


 と有斗夢に水を向けた。


「僕も、その発言者が怪しいと思います。なにせ、その侮辱事件にも、今度の事件にも、椎橋さんだけでなく、天貝さんも関わっているじゃないですか」

「天貝さんか……」

「そうです。犯人が、椎橋さんが天貝さんの番組に出演してる最中を犯行のタイミングに選んだのも、それが関係しているんじゃないでしょうか?」

「どういうことだ?」

「犯人は、椎橋さんだけでなく、天貝さんにも恨みを抱いていたんですよ」

「次に天貝さんも狙われるということか?」

「あるいは、今度の犯行で、すでに犯人は目的を達しているという考えは出来ませんか?」

「目的?」

「そうです。親友の椎橋さんが、自分の番組に出演している最中に殺される。その様子を、天貝さんは為す術なく見ている――正確には聞いている――ことしか出来ない。これって、かなり強烈な復讐になるとは思いませんか?」

「復讐……か、しかし……」

「ええ、さっきの板屋さんの話にもあったように、その人物――かつて天貝さんを侮辱する発言をして、椎橋さんに身元を特定されたという人間――が誰なのか調べる術は、もうないと言っていいでしょうね……」

「ああ……智ちゃんは、どう思う?」


 水希は、智に話を向けた。


『そ、そうですね……。こ、ここに来て、有力な容疑者が浮かび上がってきた、と、い、言いたいところですが……それにしたって、こ、この事件の疑問は、依然として残されたまま、です……。つまり……』

「犯人は、どうやって椎橋さんの宿泊している部屋を知り得たのか。また、どうして椎橋さんは、部屋に鍵をかけていなかったのか、ってことね」

『そ、そうなんです……。い、いくら新しい情報が出てこようとも、け、結局、その疑問に戻ってきちゃうんです……』

「とりあえず、警察はその人物を追えないか、駄目元でやってみるわ。智ちゃんのほうでは、何か他に調べたいこととか、ある?」

『そ、それなら……』

「なに?」

『……(はや)()様に――』

「駄目だ!」


 智の声を遮断したのは大輔だった。


『な、何だ兄貴、邪魔すんな……!』

「お前、事件にかこつけて、好きな声優にと喋りたいだけだろが!」

『ち、違わい!』

「違うのか? 速見って声優と喋りたくないのか?」

『……』

「黙っちまったじゃねえか!」

「まあまあ、大輔」と水希が、「いいんじゃないか、その速見さんに話を訊くのも」

「また! 水希さんはそうやって智を甘やかす! おい、ユートム、お前からも何か言ってやれ!」


 大輔は、有斗夢をあごでしゃくったが、


「いいと思いますよ」

「おいー!」

「いえいえ、先輩」と顔の前で両手を振り、有斗夢は、「速見(りょう)は被害者の共演者ですよ。しかも――僕は『ラルプリ』の原作を読んでいるから分かるのですが――序盤で主人公のエテルノと一番絡むのは、速見燎演じる敵役のドリフテンなんです。つまり、今時点で被害者ともっとも接点のある声優、という見方も出来ます」

「……なるほどな」

「なるほどな、じゃないですよ、水希さん!」

「……よし、真鍋、その速見さんを呼んできてくれ」

「喜んで」


 有斗夢は勢いよく立ち上がった。


「まったく……」有斗夢が出て行った出入口を眺めつつ、大輔は、「さては水希さん、智のおかげで、さっきの声優からサインをもらえたから、そのお返しのつもりなんでしょ」

「そ、そんなことはないぞ。だって、ほら、大越さんは、最初から色紙を用意してきていたじゃないか。智ちゃんが何も言わなくても、サインは書いてくれていたんだと思うぞ。うん、そうに違いない」


 目を閉じ、腕組みをして、何度もうんうんと頷く水希から、テーブル上のスマートフォンに視線を移した大輔は、


「智、お前、事件に無関係なことを訊くんじゃねえぞ」

『……』

「返事は!」


 大輔が声を上げたところで、足音が近づいてくるとともにドアが開け放たれた。


「水希さん、先輩……」


 顔を見せたのは有斗夢ひとりだけだった。


「どうした?」


 そのただならぬ様子に、水希が声をかけると、有斗夢は、ごくりと唾を飲み込んでから、


「速見燎が……いません!」

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