Remote.07 アイドル声優殺人事件 10/14
『……はい』
数回のコール音のあと、電話口から、いくらかか細い男性の声が聞こえてきた。スピーカーモードにされてテーブルに置かれた有斗夢のスマートフォンに向け、水希が身分を明かし、聴取を行うことを頼むと、
『いいですよ。というか、そのつもりで電話してきたんでしょ』
ぶっきらぼうに返してきた板屋の物言いに、感謝いたします、と答えると水希は、民間探偵も聴取に加わることを許可してもらえるよう頼んだ。
『探偵ですか。構いませんよ、別に』
多少興味をそそられたような雰囲気ではあったが、板屋の気怠げな口調に大きな変化はみられなかった。ではさっそく、と水希が、昨日に富山市を訪れた目的を尋ねると、
『それは……』と言い淀んでから、『「ラルプリ」の公開プロモイベントを鑑賞するため、ですよ……』
「板屋さん、あなたは過去に、声優の椎橋さんとトラブルを起こしたことがあったとか」
『そ――それは、もう過去の話でしょ。僕も十分反省しています』幾分か語気を荒げて、板屋は、『イベントへの出入り禁止とか、そこまでの処分を受けたわけではありませんし、僕が何のイベントに行こうが、自由だと思いますけれど』
「ですが、今回は、その椎橋さんが――」
『僕は関係ありませんよ! だいたい、僕は、そのことがきっかけで、もうはっしー……椎橋さんのファンは辞めたんですから』
「では、どうして昨日のイベントに?」
『なるしー……成川珠季さんですよ。なる――成川さん目当てでイベントに行ったんです……』
「そうですか。イベント終了後は、どうされていましたか」
『東京に帰りましたよ。翌日に仕事がありましたから……』
「帰京するのには、どの交通手段を?」
『バス……です』
「富山と東京を結ぶ高速バスですね」
『ええ……』
「どの便に乗車されましたか?」
『え、ええと……』
「ああいった交通機関を利用するには、事前の予約が必要ですよね。バス会社に問い合わせて調べれば、板屋さんがどの便に乗車したかは、すぐに判明します」
『……最終の便です』
観念したような、ため息まじりの声で板屋は答えた。
「最終ということは、富山駅前を午後十時五十分に発車する便ですね」
『そうだったかもしれません……』
「イベントの終了が、午後六時でしたよね。バスの出発までには、それから五時間近くもありますが」
『せ、せっかくだから、富山市内を観光しようと思ってたんです……』
「どちらに行かれましたか」
『どちらって……い、色々とですよ……』
「海王丸パークには?」
『え、ええと……い、行きました』
「そうですか。でも、午後六時から行ったのでは、もう暗くて船体は見えなかったでしょう」
『そ、そうですね。残念でした……』
「海王丸は、夜間にライトアップイルミネーションをやっていますよ」
『……えっ?』
「だから、夜でも見学することは出来ます」
『……そ、そうでした。ええ、き、綺麗なライトアップでしたね』
「写真や動画の撮影はされましたか?」
『そ、それは……し、していません』
「せっかくの綺麗なライトアップだったのに?」
『そ、それは……って、ちょ、ちょっと待って下さい』
「なんでしょうか」
『なんでしょうか、じゃないですよ。さっきから、こ、これじゃあまるで、犯人に対する取り調べじゃないですか……』
「誤解なさらないで下さい。私は、昨日の板屋さんの足取りを確認しているだけです。関係者みなさんに伺っていることですから、どうかご協力願います」
『は、はあ……』
水希は、ひと呼吸おいてから、
「それで、どちらにいらしていたのですか?」
『えっ?』
「アニメのイベントが終わってから、バスに乗るまでの五時間近くの時間にです」
『……』
「本当は、観光なんてしていなかったのではありませんか?」
『な、何を……』
「ホテルにいたのでは?」
『ち、違います!』
「椎橋さんや、あなたのお目当てだった成川さんが宿泊しているホテルに――」
『し、知りません。声優さんがどのホテルに泊まるかなんて、公開されるわけありませんから』
「そういう情報が漏れないよう、徹底されていたらしいですね」
『そ、そうですよ……』
「ある声優さんが遭ったストーカー被害がきっかけとなって」
『……や、やっぱり、ぼ、僕のことを疑ってるんじゃないですか!』
「そう思われたくないのであれば、話して下さい。昨日のイベントが終わって、十時五十分出発の高速バスに乗るまで、板屋さん、あなたがどこで何をしていたのか」
『……』
「答えられないのでしょうか」
『……にいました』
「はい?」
『ホテルの……近くに、いました』
水希は、大輔、有斗夢と顔を見合わせると、
「そのホテルというのは……」
『成川さんたちが……泊まっていたと思われるホテルです……』
水希は、一度ため息をついてから、
「そのホテルの名前を、言っていただけますか」
板屋が口にしたホテル名は、アニメ『未ラ?来ル!プリンセス』プロモーションのスタッフ、キャストが宿泊していたホテルと一致していた。
「板屋さん、あなた、性懲りもなく……」
『ち、違うんですよ!』
「何が違うというのですか」
『偶然だったんです』
「何が?」
『僕が、なるしーたちが泊まっているホテルを特定したわけじゃないんです。イベントが終わったあと、僕は百貨店に行ったんです。おみやげの買い物なんかをするためにです。そうしたら、そこで、見かけてしまったんですよ』
「見かけたって、もしかして、声優さんのことを?」
『いえ、違います。スタッフです』
「スタッフ?」
『はい。「ラルプリ」のキャラデザをやっている、的場さんのことを』
「キャラデザ?」
首を傾げた水希の横から、有斗夢が、「キャラクターデザインの略です」と耳打ちした。
「その、キャラデザをやっているスタッフを見かけたと」
『そうです。で、もしかしたらと思って……』
「具体的にお願いします」
『で、ですから……的場さんのあとについていけば、もしかしたら、泊まっているホテルが分かるんじゃないかな、って……』
「はぁー……」
今度は水希は、電話越しの板屋にも聞こえるほどのボリュームのため息を吐いた。
『でっ、でも、それだけですよ! 的場さんがホテルに入っていくのを見送っただけです。僕自身は、一歩もホテルに足を踏み入れたりはしていません!』
「胸を張るような声で言うことか!」
『す、すみません……』
「それで、そのあとは?」
『あ、あととは?』
「百貨店でスタッフを見かけて、尾行してホテルに行くまでで、五時間近くも消費するわけないだろ。ホテルに到着して、それから何をしていたんだ」
『コーヒーショップに、いました』
「コーヒーショップ?」
『は、はい。ホテルの前に、大通りを挟んで、チェーンのコーヒーショップがあったので……』
「そこで張り込みをしていたというわけか」
『は、張り込みだなんて……』
「じゃあ、何をしていたんだ?」
『だ、誰か、来ないかなと……』
「誰かって?」
『なるしーとか……』
「言い訳無用の張り込みじゃないか!」
『すみませんっ! で、でも、誰も来なかったんですよ。たぶん、声優さんは、正面玄関じゃなくて、裏口とかから出入りしていたんでしょうね。悪質なファン対策として』
「お前のことだよ」
『ち、違いますよ。僕は、本当に心を入れ替えたんですから……』
「心を入れ替えたやつが、ホテル前で張り込みなんかするか!」
『張り込みじゃありません!』
「とにかく、それじゃあ、お前は、最終のバスに乗るまで、ずっとホテルで張り込みを続けてたってことか?」
『張り込みじゃなくって――』
「なにぃ?」
『ひぃっ! そ、そうです。は、張り込みを続けていました! あのコーヒーショップは、深夜営業している店舗だったので……』
「お前、今からこっちに来い」
『こ、こっちって……富山にですか?』
「そうだ」
『ど、どうして?』
「逮捕してやるから」
『ひ、ひぃー!』
板屋の悲鳴が響いたところに、
『水希さん……』
もう一台の、智と繋がっているスマートフォンから呼ぶ声がした。
「智ちゃんも、こいつのことは逮捕したほうがいいって思うでしょ」
『は、はい……って、そ、そうじゃなくって、い、今の話が本当なら……』
「本当に決まってるわよ」
『そ、それなら、板屋さんのアリバイは、か、完璧なのでは……』
「アリバイ……あ」
智の言わんとしていることに水希も気付いた。
『ご、五時間近くも粘っていたお客なら、店員さんの記憶にも、の、残りやすいんじゃないかと……』
「……昨日の服装を言え」
水希に促された板屋が、昨日に富山を訪れていた際の自身の服装を述べると、それを手帳に書き留めた有斗夢が、「確認してきます」と席を立ち、応接室を出て行った。板屋の顔写真は入手済みだ。
『あ、あの……』応接室に流れる静寂を破り、板屋の声が、『すみませんでした、刑事さん……』
「どうした、急に」
水希が応じると、
『はっしーがあんなことになって、僕が疑われていると思ったものですから、変に隠し事なんてしてしまって……』
「正直に話してくれれば、それでいいよ」
『刑事さん……』
「なんだ」
『はっしーは、椎橋さんは、本当に死んでしまったんですか……』
「……ああ」
『僕がコーヒーショップにいる間に、はっしーは……こ、殺されてしまったということなんですよね……』
「そういうことになるな」
『はっしーが……』
板屋の声が徐々に涙混じりになり、最後には嗚咽へと変わった。
「こちらこそ、すまない――すみませんでした。乱暴な言葉遣いをしてしまって」
『いえ……疑われたくないばかりに、曖昧なことを言っていた僕が悪いんですから。それに、張り込みなんて怪しい行動を取ってもいましたし……』
「張り込み……そうだ、板屋さん」
『は、はい?』
「コーヒーショップで張り込みをしている間に、誰か怪しい人物が出入りするのを見ませんでしたか?」
『怪しい人物……それって、はっしーを殺した犯人ということですか?』
「犯人かどうかはともかく、怪しい人物です」
『……いえ、特には。顔を知っているスタッフを何人かは見ましたけれど。それだけです』
「他に、例えば、椎橋さんのファンは?」
『ファン?』
「そうです。声優のファン同士、横の繋がりもあると聞いたものですから」
『繋がりといっても、ほとんどの知人はSNSを通じての知り合いでしかありませんから、実際に顔を知っている人なんて、ほとんどいません』
「しかし、板屋さんは、例の件で特定されてしまったそうですが」
『僕の場合は、結構積極的にファンに声をかけたりしていたから、特別なんだと思います。僕が声優のファンを始めた頃は、まだSNSなんて広まっていなかったから、ファン同士が知り合おうとすれば、顔を合わせるのが当たり前だったので。その名残なんです、僕が他のファンに声をかけるのは』
「そうですか……」
そこに、有斗夢が戻ってきて、
「確認が取れました。昨日、板屋さんと思われる客が、午後七時頃から十時半過ぎまでいたと、コーヒーショップの店員が証言してくれました。顔立ち、服装、さらに、その客は窓側の席に座って、じっと向かいのホテルを眺めていたそうですから、板屋さん本人と見て間違いないでしょう」




