Remote.07 アイドル声優殺人事件 7/14
「次は、どうします? 水希さん」
刑事三人と、スマートフォン越しに参加していた探偵だけになった応接室で、大輔が訊いた。
「残る容疑者は、ストーカーじみたファンの……」
「板屋です。板屋武則」
大輔が名前を補足した。
「そうそう、その板屋にも話を訊きたいところだが、東京に居るしな」
「電話で聴取するしかないっすね。現在、警視庁を通して、電話での聴取に応じてもらえるよう、板屋に連絡を取っていますが」
「そうなると、智ちゃんとは、電話同士で聴取して、されることになるな」
「まどろっこしいっすね」
「板屋への聴取は、警視庁からの連絡を待つことにして……どう? 智ちゃん、これまでの聴取や、事件のことで、何か気になることはあった?」
水希の問いかけに、スマートフォンのスピーカーから、
『そ、そうですね……。き、気になるといえば、椎橋さんが襲われたときの、声……というか、言葉、ですね』
「言葉?」
『は、はい。椎橋さんは、襲われる直前、こ、こう言ったんですよね……「誰?」って』
「うん」
『だ、だとしたら、犯人は、椎橋さんの顔見知りではない、ということに、な、なるのでは、と』
「そうね。通話の内容から、犯人は部屋のドアから侵入したとみて間違いない。その直前、椎橋さんが『ドアの施錠を忘れていた』という意味のことを言っていたからね。であれば、椎橋さんは当然、ドア方向に目をやったはずで、犯人の姿を直視したことになる、にもかかわらず、『誰?』と言っているんだものね」
『そ、そうです。あるいは、犯人が知人だったとしたら、マスクを被っていたなどの、か、可能性も考えられますけれど……あ、このマスクって、あ、頭をすっぽり覆ってしまう、プロレスラーみたいなマスクのこと、です。め、目出し帽みたいな』
「それなら、犯人が顔見知りだったとしても、『誰?』と言ってしまうでしょうね。なにぶん、犯人は一切声を発しなかったから、犯人が椎橋さんの知人だったのかどうか、そこのところの判断は付けようがないわね」
『え、ええ。で、ですが、そもそも、この犯行自体が、お、おかしくありませんか?』
「おかしいっていうのは?」
『は、配信の内容から察するに、今度の犯行の状況というのは、こ、こういうことになります……。ま、まず、犯人が椎橋さんの部屋に侵入する。そ、そのとき、椎橋さんはスマホを通して、配信番組に出演中でした。は、犯人の侵入に気付いた椎橋さんが、犯人に対して「誰?」と言う。犯人、椎橋さんを殺害。……こ、こういう流れ、ですね』
「うん、そのとおりだと思う。おかしなところっていうのは?」
『ま、まずですね、犯人が、わざわざ被害者が配信番組に出演している、さ、最中に襲撃をした、っていうところ、です。そのせいで、犯行の一部始終は、ネットに載って大勢の人の目に映って――じゃなくって、み、耳に聞こえてしまい、即、外部に知られることとなって、た、多少の手間はかかったとはいえ、犯行後数時間で、つ、通報はされてしまいました』
「そうね。犯人の心理としては、なるべく犯行の発覚は遅らせたいって思うのが自然よね」
「いいっすか」と大輔が手を挙げて、「配信番組に出演っていっても、椎橋さんは電話での声だけでの出演で、傍目に見れば、スマホで通話をしていただけにしか見えませんよね。会話の内容も、友人と他愛のない会話をしてるだけ、みたいな感じだったし。犯人は、椎橋さんがプライベートで電話をしているだけで、まさか、その通話がネットにリアルタイムで流されているとは知らなかったのでは?」
「いえ、先輩」と、その意見には有斗夢が、「それにしたって、被害者が電話で通話をしていた以上、通話相手に犯行の様子を聞かれてしまうということは、犯人にも分かっていたはずですよ。どのみち通報はされるだろうということも」
「それもそうか……」
「犯人が、被害者の電話中――ひいては、ネット配信番組に出演中――に犯行に及んだという理由について、智ちゃんは何か考えがある?」
水希が、再びスマートフォンに向けて訊いた。
『そ、そうですね……。犯人には、そのタイミングでしか犯行を行えない、り、理由があったから、とか』
「だから、標的が通話中であろうが、その会話がネットを通じて世界中に流れていようが、承知のうえで強行するしかなかった」
『そ、そうであれば、理由は、とりあえず、ふ、二つ考えられますね。まず、犯人は多忙だったから、犯行を行う時間がそこしか取れなかった』
「それが、たまたま被害者が番組に出演する時間と重なってしまったってわけね。で、二つ目は?」
『と、突発的な犯行だった、ということです……』
「突発的、つまり、犯人は何かの理由で、急激に被害者に対して殺意を持って、状況お構いなしに殺してしまうことになった、と」
『ええ。で、でも、犯人が計画犯か、突発犯か、そこは、まだ決めかねるということにして、次の疑問に、い、行きます』
「うん」
『つ、次の疑問はですね、は、犯人が、外部からの侵入者だ、ということです』
「まあ、ドアから入ってきたんだから、それは当たり前のことだと思うけれど、それの何が気になるの?」
『椎橋さんは、か、過去にストーカー被害に遭いかけて、それ以来、部屋番号はおろか、泊まっているホテルさえも、け、決して外部には漏らしていなかったんですよね』
「――あっ! そうか」
『は、はい、にも関わらず、犯人が外部犯だという、こ、ことは……』
「犯人は、椎橋さんが宿泊していたホテルも、部屋も知っていた人物!」
それを聞くと、大輔も、
「そうなると、かなり犯人像は絞られてくるんじゃないっすか?」
「だな」頷きを返した水希は、「椎橋さん所属の事務所関係者か、プロモーションに参加したスタッフ、キャスト……。最初に智ちゃんは、犯人が知人かそうでないか、という選択に触れたけれど、今の条件が加味されるなら、犯人は知人、と断定してもいいかもね」
『え、ええ。さ、さらにですね、犯人が椎橋さんの知人だろうということには、もうひとつ、こ、根拠があります』
「なに?」
『へ、部屋の鍵、ですよ。今回の事件は、たまたま椎橋さんが、部屋に鍵をかけ忘れてしまっていたことから、よ、容易に犯人の侵入を許してしまったわけですけれど、も、もし、椎橋さんが、施錠を忘れていなかったら、犯人は、部屋に入れなかったわけです』
「智ちゃんの言いたいことが分かった。もし、鍵がかかっていたとしても、犯人には関係なかったのね。その場合、犯人は、自分の名前を名乗れば、椎橋さんに部屋に入れてもらえると確信していた。なぜなら、犯人は椎橋さんの知人――しかも、名乗っただけで部屋に通してもらえるような、極めて親しい人物だったから!」
『そ、そうです……。つ、次に、さっき私は、計画犯か突発犯か、き、決めかねる、とも言いましたが、が、外部犯となると、突発犯の線は薄いと、思います』
「そうね。突発的な犯行って、犯人と被害者が同じ空間にいて、すぐに相手を殺傷することが可能な状況だからこそ起きるわけだもんね。仮に、全然別の場所にいて、急に椎橋さんに対しての殺意が沸騰したのだとしても、じゃあ、今から椎橋さんの部屋まで行って殺してこよう、とまではならないと思う。ということは、今回の犯行は、計画犯だったという可能性が高いわね」
「そうであれば」と大輔が、「椎橋さんが『誰?』と言ったことにも説明が付くんじゃないっすか? 犯人は犯行に備えて、顔を見られないようにマスクを用意していたんですよ」
『あ、兄貴、そ、そこ……』
「ん? 何が」
『こ、今度の犯人が、計画犯なら、そもそも、マスクなんて用意していく必要は、な、ないんじゃあないかと……』
「どして? 犯行に及ぶときに、被害者に顔を見られちまうんだから、顔を隠す用意は必要だろ。それがプロレスのマスクだったかどうかまでは、当然わかんねえけど」
『こ、殺してしまうのに、顔を隠す必要、あ、ある?』
「……いや、今回の場合においては、あるだろ」
『ど、どうして?』
「決まってんじゃねえか。被害者は電話中だったんだぞ。犯人に、どんなにすみやかに犯行を行う自信があったとしても、顔を見られたら名前を呼ばれてしまう危険はある。そうなったら、被害者が犯人の名前を呼んだ声が、電話を通じて相手に伝わっちまう」
『そ、それって、被害者が電話をしている、ということが、じ、事前に分かっていないと、出来ない、よ、用意だよね……』
「そりゃ、まあ……あ! そういうことか!」
『そ、そうなんだよ。今までの推理で、は、犯人の条件は、犯行を行うタイミングが午後十時三十五分前後にしかなかった、被害者の知人で、計画犯、と、ここまで絞った。で、さらに追加される条件が……』
「被害者が、その時間に配信番組に出演中だと、少なくとも、スマホで通話をしている、ということを知っていた人物……。すでに聴取した、プロデューサーの岡市と、声優の成川は、二人とも条件すべてに当てはまるんじゃないか?」
「いや、待て、大輔。一番最初の条件が怪しい」
水希が待ったを入れた。
「一番最初の条件……犯行を行うタイミング、ですか」
「そうだ。岡市は飲み会に参加していて、成川は自室で寝ていたと証言している」
「ええ」
「他の時間に犯行を行っても、何も問題はないじゃないか」
「……確かに」
「だろ。飲み会を抜け出す時間なんて、いくらでも調整できるだろうし、自室にひとりでいたなら、何時に犯行を行おうが自由だ。わざわざ、被害者が配信番組に出演している時間帯を狙うなんて危険を冒す必要はない」
「ううむ……」
大輔が黙り込んだところに、
『も、もうひとつ、いいですか?』
「なに? 智ちゃん」
『こ、ここまで話し合いをしておいて、今さら何だ、って、い、言われるかも知れませんけれど……』
「なに? 気にすることないわよ。ぜひ聞かせて」
『は、はい……。そ、そもそもですね、今回の事件は、ほ、発端からして変です……』
「変って、何が?」
『椎橋さんが、へ、部屋の施錠をしていなかったということですよ。か、過去にストーカー被害に遭うという、お、恐ろしい経験しているというのに、部屋の施錠を忘れるというのは、あ、あまりに不用心に過ぎるんじゃないかと……』
「……確かに」水希は頷いて、「普通の感覚からしたら、考えがたいわね」
「わざとだったんじゃないすか?」
と大輔が意見を挟んだ。
「わざと?」
水希が顔を向けると、
「はい。若い女性で、しかも、アイドル声優が、ひとりでホテルの部屋にいるのに施錠をし忘れるというのは、あり得ないとまでは言いませんけれど、ちょっと俺も首を傾げます」
「だから、椎橋さんが部屋の鍵をかけていなかったのは、わざとそうしていたということか?」
「はい」
「何のために?」
「さあ、そこまでは。でも、過去にストーカー被害に遭ったアイドル声優という立場にいながら、部屋の施錠を忘れるということよりは、信憑性はあるんじゃないかと」
「……かもな。智ちゃんは、どう?」
『は、はい。わ、私も兄貴に同意見です。と、当然、そんなことをした目的までは、わ、わかりませんけれど……』
「誰かを部屋に招き入れる予定だったんじゃないですか?」そう意見を出したのは有斗夢だった。「わざわざ鍵を開けに行かなくてもいいように、最初から施錠をしなかった」
「いや、ユートム」と大輔が、「被害者は配信番組に出演していたんだぞ。訪問者の予定があったんだとしても、その時間は避けてくれ、とあらかじめ言っておくはずだし、であれば、その時間から鍵を開けておく必要はない。番組出演を終えてから解錠すればいいだけの話だ」
「……ですね。それに、誰か訪問の予定があったんだとしても、その人のために鍵を開けておくというのはやりすぎですよね。実際にその人が来てから鍵を開けに行けばいい。玄関まで遠い、広大な大邸宅にいるわけじゃないんですから」
『と、ともかく……』再びスピーカーから智の声が、『ひ、被害者の椎橋さんが、部屋に、せ、施錠をしていなかったというのは、こ、この事件の鍵なんじゃあないかと、お、思うんです、も、文字どおり……』
「……」
ソファに並んで座る三人の刑事は、智のジョークに無言で答えた。




