Remote.07 アイドル声優殺人事件 3/14
「その三人が容疑者候補に挙がった理由を聞こうか」
水希に促されると大輔は、はい、と返事をしてから、
「三人とも、被害者を殺害するに足る動機があると思われ、犯行時刻――昨夜午後十時三十五分――のアリバイが不明瞭だということが共通しています。
まず、アニメプロデューサーの岡市大二郎ですが、動機は、被害者からの告発を恐れたため、というものです」
「告発って?」
「実は、殺された椎橋さんは、以前から周囲の親しい人たちに、『制作の偉い人からしつこく誘われて迷惑している』というようなことを漏らしていたそうなんです」
「その『偉い人』が、岡市さん?」
「どうも、そうらしいですね。立場を利用しての、女性への性的行為の強要ですね。この場合の女性というのは、ほとんどが声優だったらしいですが」
「それって、あれか。いい役をやるから、その見返りに、ってやつか?」
「ぶっちゃけて言えば、そうっす」
「最低だな」
「この岡市って男には、そういったことをしているという噂が以前からあったそうです。その都度、噂が出ては立ち消えてっていうのを繰り返していて、また、標的となった声優たちも、立場上の関係から公にしにくかったという事情も重なって、なあなあで済まされていたみたいなんですが、今回、椎橋さんが、『このまましつこく誘い続けるようなら、然るべきところに訴え出る』と、岡市に面と向かって宣言したという話があって」
「それを封じるために、か」
「はい。岡市の悪い噂は、スポンサーサイドにも漏れ聞こえていたらしくて、ここで決定的な証言が出て、本当に告訴にまで発展してしまえば、岡市は間違いなく業界を干されますし、場合によっては過去の罪も暴かれて、刑事罰を受けるなんてことにもなりかねません」
「そうか……。で、アリバイのほうは?」
「岡市は、被害者が主演する新作アニメの制作にも加わっていて、プロモーションに同行していたんですよ。で、昨夜は、スタッフやキャスト十数名と一緒に、地元のスポンサーとの飲み会に参加していたそうです。その会場というのが、現場ホテルと目と鼻の先にある、徒歩でも十分程度で往復できる居酒屋だったため、トイレに行くなんかの口実をつけて、あるいはこっそりと、十分程度席を外すのは可能だっただろうと思われます。店内が騒がしく、参加者も多かったので、誰がどの時間に席を外していたかまでを詳しく憶えている人はひとりもいませんし」
「アリバイの立証は不可能、というわけか」
「そういうことです」
そうか、と頷いてから水希が、
「で、二人目は……」
「声優の成川珠季です。彼女も椎橋さんが主演するアニメにレギュラー出演しており、今回のプロモーションに参加していました。動機というのはですね、いわゆる三角関係です。相手は、漫画家のマチダ檻彦です。今回のプロモーションのアニメの原作者でもありますね。このマチダという漫画家は、富山市出身在住で、今回のアニメも富山市が舞台になっているということで」
「なるほど、富山市でアニメのプロモーションをやるなんて、珍しいなと思っていたんだが、そういう縁があってのことか。で、その漫画家をめぐっての、恋のライバルだったというわけか、被害者と、その成川さんという声優は」
「公になってはいませんが、関係者の間では知られていることだったようです。椎橋さんと成川珠季は、マチダが原作をした別のアニメでも共演をしていて、その繋がりから、親しく付き合い始めるようになったそうです」
「で、三角関係に陥ったと」
「そのようですね。成川は、今度のアニメの主演が椎橋さんに決まったのは、原作者のマチダが裏から手を回したからだ、みたいなことを、親しい友人らに愚痴っていたそうです。マチダの知人らへの聞き込みでも、マチダは成川よりは、椎橋さんとの付き合いを深めていたという話も聞けています」
「アリバイは?」
「成川は飲み会には参加せず、ホテルの自室にいて、午後十一時には寝てしまったと証言しています」
「つまり、それを証明してくれる人はいない」
「はい」
「で、三人目は、被害者のファンだそうだが」
そうなんです、と手帳のページをめくって、大輔が、
「板屋武則、東京で会社員をしています」
「ファンが容疑者って、どういうことなんだ?」
「この板屋という男、過去にですね、被害者も参加した地方で行われたイベントで、被害者が泊まったホテルの部屋の隣室に宿泊しようとして、ひと悶着起こしたことがあったそうで」
「なんだそれは?」
「被害者の椎橋さんが投稿したSNSの情報や画像なんかから、泊まっているホテルと、その部屋までを特定したそうなんですね。で、そのホテルに駆け込んで、椎橋さんの隣室を取ろうとしたそうです。部屋を指定してくるなんて怪しいなと思ったフロントの担当者が、その隣室に声優が泊まっていることを知って事情を察し、その部屋は埋まっている、と答えたんですけど、そうしたら今度は、ひとつ飛ばした部屋――被害者の部屋の両隣のもう一方ですね――を指定してきたものだから、これはもう間違いないなと思って、その部屋も埋まっていると突っぱねたそうです。そうしたら板屋は、平日で客も少ないのに、指定した部屋のどちらも埋まっているのはおかしいだろう、って結構な剣幕で文句を付けてきて、いっこうに引かないものだから、とうとう警察を呼ぶ羽目になったそうです」
「ははあ」
「で、そのことが椎橋さんの耳にも入って、自分のラジオ番組で、そんなことをする人間は自分のファンをやめてもらいたい、という意味のことを、結構きつめの口調で糾弾したことがあったんだそうです。そうしたら、ああいう声優のファンって、ファン同士の横の繋がりもあるそうで、“犯人”のあぶりだしが始まって、特定されてしまったそうなんですよ」
「特定って、その、ホテルに泊まろうとしたファンが、板屋さんだということが?」
「ええ。板屋は、椎橋さんが参加するイベントなんかには、ほぼ必ず顔を出していて、他のファンの間でもわりと有名な人物だったみたいで、それも手伝ったんでしょう。そのことがあって以来、板屋が椎橋さんの出演イベントなどで見かけることはなくなったそうです」
「だが、今度の事件の容疑者に挙がっているということは……」
「そうなんですよ。昨日のイベントで板屋の姿が目撃されているんです。何人かのファンが『板屋が来てる』ってSNSなんかに投稿していて、本人に確認をしたら、昨日は富山市に来て、イベントに参加していたことを認めていました。翌日――今日ですね――に朝から仕事が入っていたので、昨日のうちに帰京したそうですが。ひとり旅行だったようなので、アリバイの証言者はいません」
「動機としては、自身のストーカー行為を指摘され、他のファンに特定されたことへの恨み、というわけか」
「ええ。まあ、この三人は、動機があり、かつ、アリバイがないという条件で抽出された容疑者ですが、さっきも言ったように、昨夜に行われていた飲み会では、十分程度席を外しても誰にも分からないような状況だったようですから、動機云々を考慮しなければ、そこに出席していた全員が容疑者候補になると言えばなるっすね」
「まだ、表面化していない被害者への恨みなんかが出てくる可能性もあるってことだな……。大輔、関係者たちは?」
「全員、一階の会議室に集まってもらってます。聴取には、応接室を借りられることになっています。ただ、最後に話した容疑者の板屋だけは、さっきも言ったように東京に居るので」
「そうだったな」
「警視庁に連絡して、本人の居場所は押さえてもらっています」
「分かった。とりあえず、行こうか」
水希を先頭に、三人は部屋を出て一階会議室に向かった。




