Remote.EX 白猫捜索事件 2/2
「……どこだ」
「見当たりませんね……」
須能と板東は、自転車置き場の前に立ち、様子を窺っていた。足下の雪の上に残る猫の足跡は、確かにここ、自転車置き場の手前で消えている。そこから先はアスファルト舗装で、屋根もかぶっているため雪は積もっていない。
その後ろから、智たちも追いつき、
「ど、どうですか……」
走ってきたため、智が若干息切れのする声で首尾を訊くと、
「まだだ」
「姿は見えません」
自転車置き場から目を離さず、須能と板東は答えた。
猫の捕獲作戦に、先ほど出会った少女――上内麻美も参加してもらうことになった、と教えてから、千奈都が、
「一気に突っ込みますか?」
と提案したが、
「いや、見てのとおり、自転車置き場はいたるところ隙間だらけだ。大勢で行って下手に刺激したら、どこから逃げられてしまうか分からん……」
自転車置き場は、人が滞在する建築物のように密閉された造りではなく、簡易なフレームに風よけの鉄板を貼り、屋根を乗せただけの構造となっている。そのため、床と風よけとの、あるいは風よけと屋根との間などに、人間は無理でも、猫ならば十分に通り抜けることは可能な隙間が空いている。
「じゃあ、はい」と千奈都が手を挙げて、「誰かひとりが中に入って猫を追い立てて、他の四人が自転車置き場を囲んで、出てきたところを捕まえる、というのはどうですか?」
「四人で、自転車置き場の外周をカバー出来るか? 結構広いぞ」
「む、難しいかも……」
須能の疑問に、智が答えた。そこに、麻美も、
「え、ええ、この雪ですから、また外に出られたら、見つけるのはとても困難かと……」
自転車置き場周辺を見回した。辺りは当然、一面雪で覆われている。
「全員で、ゆっくり侵入するしか――」
板東がそこまで言ったところに、
「にゃー」
猫の鳴き声が聞こえた。
「聞いたな?」須能は全員の顔を見て、「自転車置き場の中からだ」
「はい。声の反響の仕方からして、間違いないでしょう」
板東も頷く。
「よし」と自転車置き場に入り、中を窺った須能は、「……あっ、いた!」
前方斜め上を指さした。その指の先、十数メートルほど向こう、自転車置き場の外壁を構築している梁の上、そこに、
「あっ!」
智たちも確認した。一匹の白猫が梁の上に立っている。猫も人間たちに気付いたらしい、「にゃー」と鳴き声をかけてきた。須能は、ゆっくりと歩を進め、徐々に猫との距離を詰めていくが、
「……逃げようという様子は、ないな」
須能の言葉どおり、猫はその場に立ち尽くしたまま、にゃーにゃーと鳴き声をあげ続けるばかりだった。
「も、もしかして……」それを見た智は、「は、梁の上から、お、下りられなくなったんじゃ……?」
智の考えは正しかった。五人の人間が直下に来ても、白猫は逃げるどころか、しきりに何かを訴えかけるような鳴き声をかけ続ける。さらに、狭い梁の上で体を支える細い四本の脚には、かすかに震えが見て取られた。
「届かないな……」
この中で一番の長身の須能が手を伸ばしても、梁の上の猫には触れることも出来ない。
「よし」と腕組みをした須能は、「板東、馬になれ」
「トランスフォーマー?」
「お前はマッハキック(※)か!」
(※テレビアニメ『ビーストウォーズネオ 超生命体トランスフォーマー』に登場するキャラクター。馬に変形する)
四つん這いになり、「お、俺を踏み台にした」と呟く板東の背中に乗ることで、須能は白猫の救助及び捕獲に成功した。
「よしよし、もう大丈夫だぞ」
腕の中で、にゃーにゃーと泣き続ける白猫に、須能は頬を寄せると、
「……見たところ、怪我なんかはしていないな」
猫の全身を眺めた。
「よかったですね」
「だ、だね……」
千奈都と智も、それを見て笑顔になる。
「あ、あの……」
「どうした、板東」
「そういうのは、下りてからにしてくれません……?」
「あ、そうだった」
今度は、板東の手足がプルプルと震えを見せていた。
「よかったな、タイガトロン」
「その名前、だめー!」
白猫の頭を撫でる板東に向け、千奈都は両腕で大きなバツ印を作った。
漫画部四人が笑顔の中、ただひとり、上内麻美だけは不安そうな、寂しげな表情を見せていた。それに気付いた千奈都が、
「上内さん、どこか具合でも悪いの?」
「う、ううん……」麻美は首を左右に振って、「そ、そんなこと、ないです……」
「でも……」
須能と板東も、心配そうに麻美を見る。と、そこに、
「せ、先輩……」
「お、おう」
智は手を出して、須能から白猫を受け取ると、
「は、はい」
と麻美に手渡し、
「よ、よかった、ね、猫ちゃんが、も、戻って……」
「戻って?」
「どういうことなの、智ちゃん?」
目を丸くした板東と千奈都、そして、須能の三人に向かって、
「こ、この猫ちゃんは、上内さんのペット、なんだよ、ね……?」
それを聞いた麻美の目に、じわりと涙が浮かんだ。
自転車置き場の空きスペースに輪になって座る中、智が話し始めた。
「上内さんが背負ってる、そ、そのバッグって、猫を入れるためのもの、でしょ?」
「は、はい……」
麻美が頷くと、
「ああ、言われてみれば、そんなアイテムがあるって聞いたことあるな」
須能が手を打った。よく見ると、麻美が背負ったバッグの一部は、換気を取るためにメッシュ構造となっている。
「け、結構大きなバッグなのに、中身が空っぽだったから、へ、変だなって思ったんだ」
「中も見ないで、よく空っぽって分かったな」
「上内さんが動いたとき、そ、そのバッグも、ぼふぼふって、お、大きく動いていました……。な、中に何か入っていたら、そんな動き方、す、するはずないですから」
「なるほどな」
感心したように、須能は頷いた。
「そ、それと」智の話は続き、「ね、猫の捕獲作戦を話していたとき、上内さんは、こんな意味のことを、い、言ったんです……『外は雪だから、猫が自転車置き場から出たら、見つけるのは困難になる』って」
「……それがどうかしたか? その」と須能は、麻美の腕の中で寝息を立てている猫を指さして、「猫は全身真っ白な見事な白猫だから、雪景色の中に出たら保護色になってしまう。当たり前のことを言っただけだと思うが」
「わ、私たちは、上内さんと会ってから、捕獲しようとしている猫が、どんな猫だったかまでは、しゃ、喋っていませんでした」
「……ああ! そうだったかも! なのに、上内さんは、私たちが捜しているのが“白猫”ということが、雪に紛れてしまうと見えなくなってしまう白猫だということが、分かっていた!」
麻美は、こうなった経緯を話し始めた。
飼い猫の予防接種のため、麻美は猫を入れた愛用の猫キャリーを背負い、動物病院へと向かっていた。が、その途中、キャリーの中で猫が暴れ始めてしまったという。
「たぶん、前に病院に連れて行かれたことを思い出したんだと思います」
暴れる猫をなだめるため、好きなおやつを与えて機嫌を取ろうと、麻美がキャリーの口を緩めた一瞬の隙を猫は見逃さなかった。脱走した猫は一目散に走り、智たちの高校の敷地内に入り込んでしまったという。
「それを、俺たちが見つけたってわけですか」
板東は、なるほど、と頷いた。
「それならそうと、早く言ってくれればよかったのに」
「そ、そうは言いますけれど、須能先輩……」
「うんうん、私には、上内さんの気持ち、分かるなー」
「何だよ、お前たち」
智と千奈都を見て、首を傾げた須能に、板東が、
「おっかなかったんですよ、先輩のことが」
「なにー!」
「だって、ほら、たぶん、上内さんは見てたんですよ、俺に対して、奇声を発しながらモンゴリアンチョップを叩き込んだところを」
「待て! 私がしたのは普通のチョップだっただろうが!」
「わ、私にも、ヘッドロックをかけてた……」
「うっ……」
須能も思い出していた。麻美と顔を合わせたときのことを。そのときの自分と智(ヘッドロックをかけているものと、かけられているもの)を見て、初対面の少女が悲鳴に近い声を漏らしながら、あとずさったことを。
「それで、怖い先輩を前にして、何も言えなくなっちゃったってことなのねー」うんうんと頷いて、千奈都は、「それに、上内さんは来年度から、うちの高校に入学するんだもんね。ここで変な先輩に逆らって、目を付けられたら困るし」
「すっ、すみませんっ!」
麻美は深々と頭を下げた。
「そ、そんな謝られるような……」
困惑する須能を前に、千奈都は、
「でも、安心して、上内さん、須能先輩って、本当はやさしい人だから」
「そうそう」
我が意を得たり、とばかりに須能は前のめりになる。
「それとね、須能先輩って、こう見えても乙女チックな恋愛漫画が大好きなんだよ」
「べ、別に、いいだろ!」
須能は一転、体を引いて顔を赤くする。
「そ、それと、上内さんが須能先輩に、き、気を遣ったのには、別の理由もあってですね……」
「まだ、何かあるのか?」
須能が困ったような顔を見せると、
「は、はい……」と、智は、「上内さんは――当然、自分ではまったくそんなつもりはなかったんですけれど――須能先輩のことを、よ、呼び捨てにしてしまっていたから……」
「おい、呼び捨てって、もしかして、私が聞いた声って……?」
「た、たぶん、上内さんですよ……ち、違う?」
智に顔を向けられると、麻美は、
「……す、すみません」
と、また頭を下げた。
「い、いや……何で? 私、上内さんと会うのは初めてだよね?」
「色々と、悪い噂が耳に入っていたんじゃないですか――」
「黙れ!」
須能の逆水平チョップを胸元に受けた板東は、
「そういうところです……」
と言葉を残し、アスファルトに倒れた。
「ま、まあ、先輩」智は、須能に手を向けて、「じ、実は、上内さんは、先輩の名前を呼んでいたわけじゃ、な、なかったんですよ」
「どういうことだ?」
「上内さんは、に、逃げ出した自分の飼い猫を捜すため、そ、その名前を呼んでいただけだったんです……」
「その猫の名前が、私と同じだったってことか?」
「ま、まったく同じじゃあないんですけれど、よ、よく似ているんです。そ、そうじゃない?」
智が確認を取るように顔を見ると、麻美は黙ったまま、こくりと頷いた。
「や、やっぱりね……。上内さんが、そ、そのこと――猫と先輩の名前が似ていること――に気付いたのは、上内さんが、わ、私と先輩に会う直前だったんだろうと、思います。せ、先輩が、私にヘッドロックをかけながら、あ、歩いているとき、校舎の角の向こうで、上内さんは、私が言った先輩の名前を耳にしたんです。そ、それが、自分の猫ちゃんの名前と、とても似ていたから、も、もしかしたら、自分が猫ちゃんの名前を呼んでいる声を、き、聞かれてしまったかもって、先輩のことを、よ、呼び捨てにしたと勘違いされてしまったんじゃないかと、き、気まずくなって、猫ちゃんの名前を呼ぶのを、や、やめたんですよ、きっと……」
「それで、戸森、その猫の名前は、何ていうんだ?」
「ま、まあ、先輩、焦らないで下さい……。上内さん、い、言ってあげてよ……」
「はい……」
麻美は微笑むと、自分の膝の上で丸くなり、気持ちよさそうに寝息を立てている、雪のように白い猫の名前を口にした。
――SNOW
~次回予告~
人気声優が司会を務めるネット番組の生放送中、電話出演していたアイドル声優の身に異変が生じて通話が途切れてしまう。その声優は、宿泊先のホテルで死体となって発見されて……。
次回『リモート探偵 戸森智』
「Remote.07 アイドル声優殺人事件 ~リモート探偵、推しに会う~」にご期待下さい。




