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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.EX 白猫捜索事件 ~ビフォア・リモート探偵のとある日常~
74/89

Remote.EX 白猫捜索事件 1/2

 これは、()(もり)(とも)がリモート探偵になる前、まだ学校に通えていた頃の話……



「先週の四コマは評判よかったぞ、戸森」

「あ、ありがと、ございます、()(のう)先輩……」


 三学期も中盤に差し掛かった時期のこと。漫画部次期部長に内定している、二年生の須能明日子(あすこ)に褒められて、智はぺこりと頭を下げた。


「やったね! 智ちゃん!」


 智の隣を歩く稲口(いなぐち)千奈都(ちなつ)は、両手を高々と挙げ、


「俺も、あれは傑作だと思ったね」


 板東(ばんどう)伸介(しんすけ)も、あごに手を当てて、うんうんと何度も頷く。

 同級生二人に褒められて、智は「ど、ども……」と頬を赤らめた。

 智たちが通う高校では、新聞部が週間で学校新聞を発行しており、その紙面に四コマ漫画を提供することが漫画部代々の慣例となっていた。


「来週は俺の番だな」


 板東が、コキコキと手首の骨を鳴らした。四コマ漫画の描き手は、部員の持ち回り制となっている。


「板東、お前の先回の作品に新聞部からクレームが来てたぞ。意味が分からない、って」

「心外なっ!」


 須能の言葉に板東は憤ったが、


「ああ、確かにー」

「だ、妥当な意見……」


 千奈都と智は須能に同意を示した。


「なんだよー! 稲口と戸森まで! お前たち、あの壮大なドラマが理解できなかったのか?」

「壮大なドラマも何も、四コマ全部ロボットしか出てこなかったじゃない」

「し、しかも、セリフいっさいなしで……」

「行間――いや、コマ間を読んでくれよ! お前たちには聞こえてこなかったのか? 友軍の危機を救うためには、愛する人との永遠の決別を選ばなければならない。この非情な決断を迫られたパイロットの声なき声が」

「聞こえない」

「き、聞こえるっていうか……漫画だし……。そ、そもそも、四コマでやる内容じゃないだろ……」

「昨今、幅をきかせている、説明過多なメディアに触れすぎた弊害だぞ。もっと想像力を働かせろ。五感すべてでメディアに対峙しろ。雪が衝撃を吸収して無事だった、なんてことは、画面を見れば十分理解できるんだ。あと“ロボット”じゃなくて“アサルトアーマー”な」

「どうでもいい」


 千奈都が突き放したところに、須能が、


「まあ、板東、お前の言いたいことも、わからなくなくもなくない」

「どっちなんですか?」

「とりあえず、私がお前の作品に対して言いたいのはな」

「言いたいのは?」

「ロボット以外も描けるようになれ、ってことだ」

「心外なっ!」


 再び板東は憤った。


「俺は、人型メカだけじゃなくて、車も飛行機も描けます!」

「同じことだろ!」

「いいえ! 同じじゃありません。世の中には、ロボットは描けても、車や飛行機と言った人型以外のメカニックを不得手としている描き手は大勢います!」

「それに、板東、お前将来の夢はアニメーターだそうだが、それこそ、アニメの現場で今や手描きのメカなんてないだろ。全部CGだ」

「それは違います! 手描きのメカがないんじゃなくて、手描きでメカを描けるアニメーターが激減しているというだけです!」

「人数が減ってるってことは、需要がないからそうなってるってことなんじゃないのか?」

「いいえ! 手描きメカニックの需要はありますっ! 絶対に! CGでは出せない、手描きだけが描写できる絶妙な二次元の嘘。それによって生み出される、バリバリにバリってる外連味あふれるメカニック作画は、絶対に失ってはいけない日本の……いえ、世界の文化なんですっ! それに、俺だって人間くらい描けますよ!」

「板東の描く人間は、顔が三パターンくらいしかないだろ」

「そっ、それは……じゃ、じゃあ、俺からも言わせてもらいますけれどね、須能先輩、年長者の表現で、顔にほうれい線を入れただけ、というのはどうかと思いますよ」

「うっ……お前……」

「顔の下半分を隠して見れば、十代二十代の若者と見分けが付かないじゃないですかっ!」

「板東……お前、形変えるぞ? コラ」

「パワハラだ!」

「車に」

「トランスフォーマー? じゃあ、シボレー・コルベットでお願いします」

「サイドスワイプ(※)かよ!」

(※実写映画『トランスフォーマーリベンジ』に登場するキャラクター。シボレー・コルベットに変形する)

「もういい。できの悪い後輩とは付き合い切れん。私はここでおさらばさせてもらう」

「ここでおさらばって、いつものことじゃないですか」


 玄関を出て歩いてきた智たちは校門までたどり着いていた。自宅の位置関係から、ここで須能ひとりだけが帰路が別になる。

 手を振って須能と別れた智たちは、学校敷地を囲むフェンス沿いに歩道を歩き始めた。重機による除雪で車道から押しのけられた雪塊によって、歩道の幅は圧迫されており、普段であれば三人並んで歩ける歩道も、今は縦列で進まざるを余儀なくされている。


「いやー、雪、降ったねぇ」

「だ、だね。こんだけまとめて降るのは、ひ、久しぶりじゃない?」


 先頭の千奈都の声に、その後ろを歩く智が答えた。


「俺、こんな凄い雪は初めてだよ」


 最後尾の板東の言葉に、


「そっか、板東は東京生まれだもんね」


 千奈都が振り向いて言った。部員の板東伸介が富山市に来ることになったのは、親の仕事の都合のためだった。その時期がちょうど進学と重なったため、板東は富山市内の高校を受験、合格し、智たちの同級生となったのだった。


「そうそう。いや、まじで凄えって。よくこんな雪が降るところで普通に暮らせるよな」

「板東、もしかして雪国人をディスってる……?」

「違う違う! リスペクト、リスペクトだって……」


 じろりと睨んできた千奈都に向かい、板東はぶんぶんと両手と頭を振った。


「智ちゃんからも、何か言ってやって」

「お、おう……」千奈都の要請を受けて智は、「板東、お、お前、ロボット以外も描けるようになれよ……」

「雪と無関係! その話をぶり返すな! ていうか、そんなら俺も言わせてもらうがな、戸森は逆にロボットが描けないだろうが!」

「な、なにおう。ロボットくらい、か、描けるわ……」


 智は、歩道脇にうずたかく積まれた雪山の表面に、手袋をした指を滑らせていき、ほぼ四角形だけで構築された単純なロボットの絵を描き上げた。


「何だよそれ! 話にならん。いいか、ようく見とけよ……」


 板東も、雪山の表面にロボットの――智の作品とはまったく違った、複雑な曲線を多用した――絵を描き込んでいく。そこに、


「あっ、猫だ!」


 千奈都が声を上げた。


「稲口! お前、これが猫に見えるのかよ! どういう目をしてるんだ?」

「違うって、ほら、あそこ」


 智と板東も振り向くと、


「……ど、どこ?」

「猫なんていないぞ」

「いるよ、ほら、そこ」

「あ、た、確かに」

「いるな」


 智と板東が、すぐに猫の姿を認められなかったのも無理はなかった。その猫は全身白毛のため、周囲の雪に保護色のように紛れてしまっていたのだった。

 千奈都が指さす先、フェンスを超した学校敷地内に立つ猫は、三人と順に目を合わせると、「にゃー」とひと鳴きした。


「かわいい」

「う、うん……」


 千奈都と智が微笑む中、


「捕まえようぜ」


 板東は、数メートル向こうにある学校裏口へと足を進め、二人もそれに続いた。

 裏口を抜け学校敷地内に戻り、抜き足差し足で近づいていくが、猫に警戒するような素振りは見られない。さくさくと雪を踏む音を立てながら、三人は白猫に接触することに成功した。

「ちっちゃいねえ、かわいいねえ」


 千奈都に頭を撫でられた白猫は、ごろごろと喉を鳴らす。


「一歳に、な、なってないくらいかもね……」


 体をさすりながら、智が言った。


「野良猫かな? それにしては結構きれいだな……」


 板東の言うとおり、猫の体は足下が濡れている程度で、白い毛並みに目立つような汚れは見られなかった。


「ねえねえ、この猫ちゃん、漫画部で飼えないかな?」


 千奈都の言葉に、智も、


「い、いいね……」


 と笑みを浮かべた。


「じゃあ、名前はタイガトロンにしようぜ」

「だめー」


 千奈都は、大きなバツを作った両腕を板東に向けた。


「かわいくないから、だめー」


 なおも千奈都は、交差させた両腕を板東にかざす。「わ、わかったよ……」と板東がたじろぐ中、


「ん? どうした、お前ら」


 校舎のほうからかけられた声に、智が顔を向けると、


「あ、須能先輩……」


 校門で別れたばかりの須能が立っていた。


「あれ? 先輩のほうこそ、どうしたんですか?」


 千奈都の声に、須能は、


「いや、、ちょっとな……って、猫か」


 三人の中心に鎮座する白猫を確認した須能が近寄ると、


「――あっ」


 千奈都の手から頭を離し、白猫は駆けだしていってしまった。


「あーあ……」


 白猫が姿を消した校舎の角を見つめつつ、千奈都はため息を漏らした。


「須能先輩の殺気を感じ取ったんですよ、きっと」

「なんだとう」

「うぐっ」


 板東は、須能のチョップを頭頂部に受けた。


「智ちゃん、捜しに行こう!」


 千奈都が立ち上がると、


「お、おう……」


 智は呼応し、


「当然、俺も行くぜ」


 板東も拳を握った。


「野良猫捜しか。よし、私も手伝ってやろう」

「先輩が近づくと怯えるから、ご遠慮ください」

「なんだと、このやろう」

「あ、アイアンクローはやめて……」


 須能にこめかみを握られ、板東はうめき声を漏らした。



 千奈都と板東、智と須能のコンビで二手に分かれ、白猫の捜索が開始された。本来は千奈都が智とコンビを組みたがったのだが、そうなると自然に自分のパートナーが決まってしまうことに恐れおののいた板東の泣きにより、この組み合わせは決定された。


 須能は、隣を歩く智に声をかけた。


「お前ら、あの猫を部で飼おうと思ってたんだろう」

「だ、駄目ですか……ね?」

「先生はいい顔をしないだろうが……私が説得してやる」

「あ、ありがとう、ございます……」

「『須能次期部長は頼りになるなぁ』って言ってもいいんだぞ」

「……」

「言わないんかーい」

「と、ところで、先輩、ど、どうして、学校に戻ってきたんですか……?」

「ん? ああ、そのことか。実はな、誰かに呼ばれて」

「よ、呼ばれた?」

「そうなんだ。お前らと別れて、ひとりで歩いているとき、『須能ー』って、私の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ」

「そ、その声を聞いて、学校に戻ったということは、こ、声のした方向は……」

「ああ、フェンスの中、学校敷地内からだったと思う。お前らじゃないよな?」

「あ、当たり前じゃないですか。わ、私たちが、先輩のことを呼び捨てになんて、す、するはずないじゃないですか……」

「いや……私のいないところでは……」

「だ、だったとしても、そ、それなら、フェンスの向こうにいる先輩にまで届くような、お、大声を出すはずがないじゃないですか……」

「それもそうだな」

「先輩を、よ、呼び捨てにしたということは、相手は、ど、同級生以上の生徒か、先生と考えられます」

「だな。でも、そこらにいたやつらに訊いたんだが、誰も私を呼んだりはしていないって言うんだよ。そもそも、この雪だから、屋外で部活動をしてる生徒自体いないからな」

「た、確かに、歩道を歩いている先輩に、こ、声が届いたっていうなら、その人物も、外にいたはず、ですね。も、もしくは、窓を開けて呼んだか……」

「職員室からなら、窓を開けて叫べば、私のいた歩道まで声は届くかもしれないから、先生方にも尋ねたんだが……」

「す、須能先輩を呼んだ先生は、いなかった、と……」

「そういうことだ」

「ち、ちなみに訊きますけど、人違いってことは……」

「ないな。“須能”って名字は、この学校に私ひとりだけだ。教職員含めて」

「め、珍しい名字ですもんね……。ど、どんな声、でした?」

「女だったな」

「……ね、年齢なんかは?」

「うーん……若い声だった」

「そ、そうなると、二年生の誰か、ですかね? さ、三年生はもう部活を引退してるから、放課後のこんな遅い時間まで残っているひとは、す、少ないと思うし……」

「いや、分からんぞ、一年ということもあり得る」

「あ、あり得ん……。一年で須能先輩を呼び捨てにする、い、命知らずなんて、いるわけが……」

「どういう意味だよ」

「がっ――こ、こういう意味……です……ギ、ギブ……」


 ヘッドロックに捕えられた智は、須能の背中を数回叩き、ギブアップの意思表示をした。

 話しながら――ヘッドロックをかけながら――も、逃げていった白猫の姿を求め、右に左にと視線を移しながら歩いていた須能は、校舎建物の角を曲がったところで、ひとりの少女と鉢合わせた。


「ひ、ひぃっ……」


 その少女は、ヘッドロックをかけた(かけられた)二人の女子生徒姿を目に留めると、押し殺した――悲鳴に近い――声を漏らし、二、三歩あとずさった。


「ん? おっす」


 ようやく智を離して、須能が手を挙げると、


「ど、どうも……」


 怯えた表情のまま、少女も挨拶の言葉を返した。


「一年?」


 須藤のさらなる質問には、


「ち、違います……」


 少女は首を大きく左右に振った。それに連動して、背負っている大きなバッグも、ぼふぼふと音を立てて揺れる。


「てことは、二年?」


 訝しむ目で、須能は少女の全身を見回す。少女は私服姿で、背の高さも――学年いちの低身長の――智に比肩していた。


「い、いえ、わ、わ、私、まだ中学生で……」

「ああ、そうなんだ」

「で、でも……四月から、ここに通うことになっていて……」

「おお、じゃあ後輩じゃん」

「は、はいっ、よ、よろしくお願いしますっ!」


 九十度を超える角度に腰を折り、少女は頭を下げた。背負っているバッグが、ばさりと少女の後頭部に被さる。


「入学前に、学校の見学にでも来たのか?」

「……あ、は、はい」

「そうか、そうか。なあ、ちょっと手を貸してくれる?」

「な、なんでしょうか」

「実はさ、猫を捜していて……」

「ね、猫ですかっ」

「そうそう。あのな――」


 須能がそこまで言ったところに、


「おーい! 須能先ぱーい!」


 板東が手を振りながら走ってきた。それを追う千奈都の姿もある。


「板東、見つかったか?」


 期待を込めた声で須能が訊くと、


「いえ、見つかってません」

「なんだよ」

「見つかってませんけれど、見つけられる算段はつきました」

「どういうことだ?」

「雪ですよ」

「雪?」

「ええ、雪です。須能先輩、相手は猫ですよね」

「ああ」

「翼があるわけじゃありません」

「当たり前だろ」

「ということは……走って逃げたのであれば、足跡が残るはずなんです」

「……なるほど!」

「で、俺たちが見たところ、逃げた猫の足跡は、自転車置き場の辺りで消えているんですよ!」

「自転車置き場には屋根があるな!」

「そうなんです。つまり……」

「あの猫は、自転車置き場に逃げ込んだ!」

「その可能性が高い」

「冴えてるな、板東」

「いやいや……」


 頭をかいている板東は、ようやく追いついた千奈都から「――ていっ!」と背中にチョップを叩き込まれ、


「ぐわっ!」


 雪の上に突っ伏した。


「板東! それ、私のアイデアでしょ! なに自分が考えたみたいに言ってんだ!」

「い、稲口……ち、違うんだ、今、そのことを須能先輩に説明しようと思っていたところで……」

「とにかく、自転車置き場に向かうぞ」


 須能は、雪の地面に埋もれた板東を引き起こすと、自転車置き場に走った。


「智ちゃんも、急いで」

「う、うん……」


 智が千奈都に返事をしたところに、


「あ、あのっ……」


 鉢合わせた少女が声をかけた。


「な、なに……?」


 走り出しかけた足を止め、智が振り向くと、


「わ、私にも、て、手伝わせてくださいっ……」


 懇願するような目を向けた。智は、千奈都と顔を見合わせ、互いに頷くと、


「い、いいよ……」

「あ、ありがとうございますっ!」

「じゃ、じゃあ、行こう……え、えっと……」

「あ、上内(かみうち)麻美(まみ)、です」

「わ、私、戸森智」

「私は、稲口千奈都」


 三人は名前を教え合った。


「そ、それで、さっき、千奈っちゃんにチョップをくらってた男子が、板東伸介で、お、おっかなそうな人が……須能明日子」


 須能の名前を聞くと、少女――上内麻美の表情に微妙な変化が起き、すのうあすこ、と、口の動きだけで、声には出さずに復唱した。


「智ちゃん、早く行こう」

「う、うん」


 上内麻美の反応を見ていた智は、千奈都の言葉に頷いた。

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