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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.06 覆面レスラー殺人事件 ~リモート探偵VS.ザ・ブレイド~
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Remote.06 覆面レスラー殺人事件 16/19

挿絵(By みてみん)

 喫茶店内では人の目もあるため、(みず)()たちは病院駐車場に駐めてある覆面パトに戻り、管内の所轄署へ向かう道中で(とも)の推理を聞くことにした。智と通話が繋がった水希のスマートフォンは、助手席に座る大輔(だいすけ)が持ち、ハンドルを握る有斗夢(あとむ)、後部座席からは水希が、スピーカーから聞こえる智の声に耳を澄ませた。


『ま、まずは一昨日、パラドクスこと(たか)()さんが殺された事件から……。あ、あの事件において最大の謎とされたのは、な、何を置いても、犯人が会場に併設された資料室から、わ、わざわざケースの鍵を開けるという手間をかけてまで、亡くなったレスラー、ザ・ブレイドのマスクを奪い、そ、それを被って犯行に及んだ、ということでした』

「そうね」と後部座席から身を乗り出すようにして水希が、「資料室には、他にもっと簡単に入手できるマスクがたくさんあったのに」

『そ、それが答え、なんですよ』

「えっ? どういうこと?」

『は、犯人が、ブレイドのマスクを盗み出したのは、そ、それが一番持ち出しやすい場所にあったから、です』

「持ち出しやすいって……あれは部屋の一番奥に、しかも、鍵付きのケースに入れられてあったものよ」

『じ、事件直前の資料室は、そうなってはいなかったんです。ザ・ブレイドのマスクは、ケースから出されたうえ、部屋に入った一番手前の台の上に、お、置かれていたんですよ。つ、つまり、資料室に忍び込んだ犯人は、もっとも盗み出しやすい位置に置いてあるマスクを盗んだ、というだけなんです。それが、たまたまブレイドのマスクだったと、こ、こういうわけです』

「あっ、事件後に調べたとき、ブレイドのマスクを被せていたマネキンヘッドは、確かに出入口の手前で発見された」


 水希の言葉に、有斗夢と大輔も頷いた。


『そ、そうなんです。犯人が忍び込んだとき、そのマネキンヘッドには、ブレイドのマスクが被せられていたんです』

「どうして、ブレイドのマスクはそんなところにあったの?」

『は、犯人の前に資料室に入って、ブレイドのマスクを、ぬ、盗もうとしていた人が、いたからですよ』

「ええっ?」

『あ、ああいうマスクって、()(なべ)さんも言っていましたけれど、型崩れや皺を防ぐために、マネキンヘッドに被せた状態で保管するのが、い、一般的なんですよね。マスクを盗み出そうとした犯人も、お、同じように考えたんだと思います。マネキンヘッドからマスクを脱がせて、畳んでポケットにでも入れた状態で、ぬ、盗み出すほうが、効率的でバレにくいのですが、マスクが痛むことを危惧した、は、犯人は、マネキンヘッドごとブレイドのマスクを盗み出そうとした……』

「でも、実際には盗んでいかなかった。どういうわけか、出入口近くに置いてあった」

『そ、そうです』

「どうして?」

『た、たぶん、ですけれど、急な用事が入ったのでは、な、ないでしょうか。ゆ、悠長にマネキンヘッドごと、マスクを持ち出す、ひ、暇がなくなった』

「ケースを開けて、マネキンヘッドごとマスクを持ち出したはいいけれど、出入口近くに差し掛かったことろで急用が出来た。だから、とりあえずマネキンヘッドは近くの台に置いて、用事に向かったってことね」

『は、はい。用事を済ませたあとで、ゆっくりと、あ、改めてマスクを運び出すつもりだったのかもしれません。と、ところが、窃盗犯――結果、未遂に終わったわけですけど――が戻る前に、鷹野さんを殺害したほうの犯人が、か、顔を隠すためのマスクを求めて、資料室に入ってしまったんです』

「そこで、出入口一番手前にあったマスク、窃盗未遂犯が持ち出そうとしていた、ブレイドのマスクを手にしたと、こういうことね」

『お、恐らく……。つ、つまり、この事件には、亡くなったレスラーのザ・ブレイドの復讐とかは、な、なんの関係もなかったということに……』

「その、マスクの窃盗未遂犯ってのが、誰だか分かってるの?」

『か、完全な推測に過ぎませんが……営業部の堀内(ほりうち)さんが、あ、怪しいのではないかと……』

「最初に話を聞いた、あの人?」

『は、はい。兄貴から聞いた話では、堀内さんは、いきなり電話で用事を言いつけられることが、しょ、しょっちゅうだそうですね。それに、元々プロレスファンでもある、ということでしたから、ブレイドが最後に被っていた、お宝もののマスクを、ほ、欲しがってもおかしくないのではと……』

「確かに、智ちゃんが推理した犯人と符合する点は多いわね……。それはあとで調べるとして、で、智ちゃん、その肝心の、資料室からブレイドのマスクを盗んで、鷹野さんを殺した犯人も、分かってるの?」

『か、重ね重ね、今回は推測ばかりで、も、申し訳ないんですけれど……。た、たぶん、何とかっていう格闘技に出る、()(どう)(かず)()っていう選手なんじゃ、ないかと――』

「なにぃー?」


 助手席で大輔が大声を張り上げた。


『ひゃうっ!』

「大輔! 声がでかい! 智ちゃんが怖がるだろ!」

「す、すんません……ていうか、お前、後道が犯人だぁ?」

「大輔!」後部座席からシート越しに、大輔のこめかみを両拳で挟んで抉りつつ、水希は、「黙って聞け!」

「は――はい! 黙って聞きますから、やめて! グリグリやめて!」


 大輔がおとなしくなったところで、水希が拳を離して、


「あの日、ブレイドのマスクを被ってリングに乱入してきた犯人が、後道一馬……。それにしたって、動機は? 後道が、パラドクス――鷹野さんを殺した動機は、いったい何なの?」

『そ、そこなんですけれど……たぶん、後道さんは、鷹野さんを殺すつもりは、な、なかったんじゃないかと、思います……』

「殺意はなかった? ということは、あれは過失致死?」

「でも、智ちゃん」運転席から有斗夢が、「(とり)()さんの証言はどうなるの? あの蹴りには、明らかな殺意が籠もっていたっていう、取手さんの見立ては?」

「おい、ユートム」と隣の助手席から大輔が、「お前、そんな“殺気を感じ取った”なんて漫画みてーな話、まともに受け取ってんじゃねえよ」

「いや、先輩、こと格闘技に関しては、取手さんが言うことは真実だと僕は思います」

「智ちゃんは、どう思うの?」


 水希の言葉に、智は、


『は、はい。正直、わ、分かりません。だって、殺気なんて目には見えないし、それがあったと証明することも、ふ、不可能ですから……』

「そうよね」

『え、ええ。で、でも、後道さんがパラドクス――鷹野さんに対する殺意は持っていなかったということは、ま、間違いなかったんじゃないかって、思うんです』

「どうして?」

『そ、それはですね……後道さんが殺そうと思っていたのは……鷹野さんじゃなくって、蔦岡(つたおか)さんのほうだったから、です』

「えっ?」

『は、犯人――後道さんは、あ、相手を取り違えてしまったんですよ』

「蔦岡さんと間違って、鷹野さんを殺してしまった? どうしてそんなことが?」

『ふ、覆面、ですよ。後道さんは、パラドクスの中身のほうが、蔦岡久也(ひさなり)だと、か、勘違いしていたんです』

「なぜ、そんなことが?」

『く、繰り返しますが、今から話すのは、完全な、わ、私の推論ですからね……。過去――と言っても、そんなに昔じゃなくて、たぶん一ヶ月ほど前に、蔦岡さんと後道さんは、ま、街の路上かどこかで、喧嘩をしてしまったことがあったんじゃないか、と思うんです』

「後道の怪我は喧嘩によるものだっていう、あの噂は本当だったってこと? しかも、喧嘩の相手は、エル・ゴリオンこと……蔦岡久也?」


 横目で大輔が握るスマートフォンを見つつ、有斗夢が言った。


『え、ええ。で、その喧嘩は、蔦岡さんのほうが勝った。で、負けてしまった後道さんは、相手の名前を聞き出そうとした。そ、そこで蔦岡さんは、自分の名前を名乗る代わりに、こ、こう言ったんじゃないかと思うんです。「俺は、プロレスリング・サーガのマスクマン、パラドクスだ」って』

「なんで、わざわざそんなことを」


 大輔の疑問に、有斗夢が、


「――先輩! サーガのコンプラですよ! サーガは所属選手の管理が厳しくて、路上で喧嘩なんてしたことがもしバレたら、一発でクビになってしまうということです。サーガほどの大手に干されたら、もうプロレス界では生きていけなくなる」

「それで、喧嘩の罪をパラドクス――鷹野さんに着せようと? いや、ていうか、それなら名乗ったりなんかしないで、さっさと立ち去ればよかっただけじゃねえか。わざわざパラドクスの名前を出す必要なんて()えだろ?」


 大輔の声は、最後はスマートフォンに向こうにいる智に対してかけられていた。


『あ、兄貴の言うとおり。本当なら、さっさといなくなればよかった。ど、どうして蔦岡さんが、そんなことを言ってしまったのか。も、もしかしたら、喧嘩の前後で、自分の身分が、プロレスリング・サーガ所属のレスラーだということだけは、し、知られてしまって、だったら、いっそのこと、パラドクスの名前を出すことで、相手――後道さんが必要以上に詮索してくるのを回避しようと、そ、そう考えたのかもしれません』

「っても、何でまた、パラドクスの名前を……?」

『ふ、普段から蔦岡さんは酒癖が悪くて、プロレスのスタイルなんかを巡って、パラドクスこと鷹野さんと揉めることも、お、多かったそうだし、なんとかっていう、自分が開発しながら完成させられなかった飛び技を、い、いとも簡単に鷹野さんにマスターされてしまったということも、や、やっぱり、心の奥底では嫉妬していたのかもしれない』

「そういった感情が少しずつ積み重なっていって、鷹野さんを陥れるようなことを言ってしまったのかもな……」


 水希が言った。


『そ、そうかもしれません。それと、蔦岡さんが鷹野さんの振りをしたというのには、もうひとつ、け、計算というか、予防線を張るための意味も、こ、込めてあったんじゃないかと』

「どういうこと?」

『け、喧嘩相手の後道さんは、“狂犬”なんて呼ばれるくらいに、き、気性の激しい人なんですよね? 兄貴と真鍋さんの話によれば、い、一度負けた相手には、何が何でもリベンジするとか……』

「復讐を恐れて?」

『と、というか、むしろ、“後道さんがパラドクス――鷹野さんに復讐することを期待した”のかも、し、しれません』

「それは……」

『と、とはいえ、まさか蔦岡さんも、後道さんがあんな形で“リベンジ”を果たしに来るとは、お、思ってもいなかったんじゃないでしょうか。し、試合のため、一週間以上前から、ここ、富山市に来ていた後道さんは、自分の滞在期間中に、プロレスリング・サーガの興業が、お、行われることを知った。お、恐らくですが、後道さんの心には、“路上の喧嘩でプロレスラーに負けた”というわだかまりが、ずっとくすぶっていたのじゃないかと、お、思います。そんなとき、喧嘩に負けた憎き相手、マスクマンの“パラドクス”が試合をする興業と鉢合わせた。こ、これを後道さんは、天啓のように感じとったのではないでしょうか。ほ、本来であれば、いつかのときと同じように、路上の喧嘩で再戦できればと、後道さんは、そ、そう考えていたのかもしれません。ですが、一日限りの地方興業では、選手が街に出てくることはなかなかありません。喧嘩をした相手の顔も、う、うろ覚えで、もう一度顔を見たとしても、こいつだ、と決めてかかるだけの、じ、自信もなかったのかもしれません。唯一、後道さんが持っている、あ、相手の情報というのが、リング上では“パラドクス”というマスクマンに扮している、ということ。“パラドクス”に確実にリベンジを果たすためには、も、もう取るべき行動はひとつしかないと、後道さんは考えたのでしょう』

「それが、試合開始前にリングに乱入すること。そのためには、多くの観客の中に出ていかなければならない。いくらフリーランスとはいえ、そんな暴挙を働くのに、まさか素顔を晒して出て行くわけにはいかない。会場に入った後道さんは、まず資料室に向かった。彼自身、一週間後にそこで試合を行うから、会場に資料室が併設されていること、さらに、そこに顔を覆い隠すためのマスクがあることも、分かっていた。そうして、資料室に忍び込んだ後道さんは、部屋に入ったすぐ手前に置いてあって、一番に盗みやすいブレイドのマスクに手を伸ばしたと、そういうわけね」

『は、はい。そ、それと、後道さんがマスクで顔を隠して――つ、つまり、身元を隠してリングに乱入したのには、今、水希さんが言ったのとは、ほ、他の理由もあったのではないかと、わ、私は思うんです』

「なに?」

『そ、それはもう……取手さんが言ったとおりです。後道さんは、ほ、本当にパラドクスを殺すつもりだったんですよ……』

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