Remote.01 小さな恋の殺人事件 7/12
富山県警本部に戻った戸森大輔は、現場近辺のコンビニエンスストアなどから提供された防犯カメラ映像を確認する作業に駆り出された。
大輔たちが下校途中の女子生徒から得た情報、及び、稲口美佳自身から聞かされた供述は、すでに水希から上司に報告されていたが、相手が中学生女子というデリケートな事情もあり、警察としては、本格的な事情聴取に乗り出す決定を下せずにいた。よって、篠原水希と真鍋有斗夢の二人も、大輔と同じように映像確認に加わることとなっていた。
大輔ら三人を含めた、数人態勢での映像確認作業が進む中、
「――あっ」
声を上げたのは、有斗夢だった。それを聞き、捜査員たちが一斉に席を離れて有斗夢の周囲に集まる。
「見て下さい、ここ」
と有斗夢は、一時停止された画面の一部を指さす。それは、街頭に設置された防犯カメラから、現場周辺の歩道を斜めに俯瞰して撮影された映像だった。その歩道の隅、有斗夢が指さした位置には、
「……渡浦礼衣子!」
大輔が口にした。捜査員たちは、それぞれ資料として配付された被害者の写真を手に、それと画面内の人物の顔を見比べる。
「間違いないな」水希も写真から顔を上げて、「身につけているのも、確かに松宮中学校の制服だ。靴も遺体が履いていたものと同じだしな。まったく、最近のカメラは高解像度で助かる。真鍋、このあとの渡浦礼衣子の行動は?」
「まだ見ていません」
「じゃあ、動かしてくれ」
「はい」
有斗夢が停止していた映像を再生した。画面の中で渡浦礼衣子は、歩道を歩いている途中、何かを気にするようにして、狭い路地裏に入っていった。
「渡浦礼衣子が入っていった先は?」
「すぐに現場に辿り着くはずです。歩いて一分もかからないでしょう」言いながら有斗夢は再び映像を停止させ、画面端に表示された録画時刻を見て、「時間は……零時九分です」
「てことは」と大輔が、「午後十一時半から午前零時半の間の一時間とされていた死亡推定時刻が、さらに狭まることになりますね」
「だな。現場に到着した直後に死んだのだとしても、死亡推定時刻の幅は、零時十分から半の間の二十分間に更新される……」
停止された映像に目をやったまま無言でいた水希に向かって、大輔が、
「水希さん、学校に話を訊きに行きましょうよ。渡浦礼衣子の死が他殺にせよ、事故にせよ、真夜中に中学生がこんな場所を歩いているなんて、どう考えても異常です。もう一度、被害者についての情報を話してもらう必要がありますよ」
「……」考えをまとめるかのように黙っていた水希は、「親御さんの耳には、あまり入れたくない話だからな。先に学校関係者に聴取したほうがいいかもしれない。よし、大輔、真鍋、行くぞ」
「はい」
名前を呼ばれた二人は、そろって返事をした。
水希を後部座席に、大輔を助手席に乗せて、有斗夢がハンドルを駆る覆面パトは、松宮中学校の駐車場に滑り込んだ。水希に続き、大輔も大股で外来玄関口に向かうが、
「おい! ユートム、早くしろ!」
振り返り、運転席から降りたばかりの有斗夢に向かって声を張り上げた。
「すみません!」
有斗夢は、手にしていたスマートフォンを背広の胸ポケットに滑り込ませてから、駆け足で先輩刑事のあとを追った。
応接室に通された三人は、再び、岡野校長、渡浦礼衣子が所属していた三年一組担任教師の高薮享子、稲口美佳が所属する二年一組担任教師の津吹彰と向かい合った。水希は、三人の顔を順に見回すと、
「実は……昨夜――日付のうえでは本日ですが――の午前零時十分、現場近くの防犯カメラに、渡浦礼衣子さんの姿が映っていることが確認されました」
息を呑む音が、テーブルを挟んで座る三人から聞こえた。
「そ、それは、本当ですか?」
岡野校長が狼狽えた様子で訊く。
「はい、間違いありません」水希は、毅然とした態度と口調を崩さないまま、「それで、先生方に伺いたいのですが、彼女がそんな時間に現場近くにいたことについて、何か理由や事情などの心当たりのある方は、いらっしゃいませんか?」
再び三人を見る。
「……このことは」と、担任の高薮は「渡浦さんのご両親には?」
「まだ、話しておりません」
「そうですか」高薮は、ほっとしたような表情を浮かべて、「渡浦さんは、厳格な家庭で育ったということを聞いていましたので、まさか、そんな彼女が……」
「深夜に外出していたこと自体、信じられない?」
水希の言葉に、高薮は震えながら頷いた。
「で、では、渡浦さんは」と今度は岡野校長が、「やはり、犯罪に巻き込まれて、こ、殺されたのだと?」
「そう思われますか?」
「そ、それは……」再び岡野は狼狽えたような声で、「そんな深夜に外出して……死体で発見されたわけですから……だから……そう考えても当然だと、そう思っただけでして……」
「すみません。別に責めているわけではありませんので」
口調を柔らかにして水希が言うと、岡野は「はい」と小さく呟いた。
「あの」と、次に高薮が、「渡浦さんは、ひとりだったのでしょうか?」
「映像を確認する限り、そうですね」水希は答えて、「誰かと一緒だったのではという、心当たりでも?」
「いえいえ」高薮は顔の前で両手を振り、「そういうわけじゃ、ありませんけれど、もしかしたら、誰かに呼び出されたのだという可能性も、あるのではないかと……」
「深夜に渡浦さんを呼び出せる人物、ですか……」と、ここで水希は高薮だけでなく、岡野と津吹の顔も見回して、「どうでしょう、先生方、そういった人物について、何か心当たりや、思いつくことはないでしょうか?」
訊かれて、二人の教師と校長は顔を見合わせる。
「渡浦さんの友人で、そんなことをしそうな人物は思い当たりません、もちろん、私が把握している範囲内では、ですけれど」
高薮が答えると、次に岡野が、
「ですが、誰かに呼び出された、あるいは、連れ出されたという可能性は高いのではないかと思います。なにせ、まだ中学生です。何の目的もなしに、そんな深夜に外出する用事があるとは思えません」
「それに」と津吹も、「どうして中学生がこんな時間に、と周囲の人間も怪しむでしょうし」
「ええと」再び岡野が、「渡浦さんが目撃――じゃなかった、カメラに映っていたのは、何時とおっしゃいましたっけ?」
「零時十分です。正確には、零時九分ですが」
「では」と、それを受けて高薮が、「渡浦さんが亡くなったのは、その時間以降ということになりますね?」
「そういうことです。その映像と検死の結果から、渡浦さんの死亡推定時刻は、本日零時十分から零時半の間と見られています」
「たった二十分間――」
「ちょっと待って下さい」
水希が岡野の声を遮る。その目を校長から、窓に向け直して、
「……大輔」
「ええ」
すでに承知している、という具合に大輔は頷き、ゆっくりとソファから立ち上がると、足音を殺して窓際に向かった。窓の前に立ち、窓枠に手をかけた、その瞬間――
「あっ! 待て!」
言うなり窓を開け、外に躍り出た大輔は、窓の外にしゃがみ込んでいた人物の手首を取った。大輔に見つかり、逃げようとしたところを捕らえたのだ。水希をはじめ、室内にいた全員も窓際に走り、潜んでいた人物を見やる。大輔に手首を捕まれ、力なくうなだれているその人物は、松宮中学校の制服を着ていた。
「い……稲口さん?」
高薮が、その人物の名を呟いた。
顔を伏せたままの稲口美佳は、きつく歯を食いしばり、大粒の涙を流していた。




