Remote.06 覆面レスラー殺人事件 14/19
「あの夜は、俺、蔦岡、柏、それと、取手さんの四人で飲んでの、その帰り道だった。後ろから誰か歩いて来るなと思って、振り返ろうとした……その矢先だった。いきなり背中に跳びかかられて……」
病室ベッドの、リクライニングに背中を預けた姿勢で、石塚信明は聴取に応じた。同席するのは、水希、大輔、有斗夢と、水希のスマートフォン越しにリモート参加している智の四人だった。
「襲撃犯が、ブレイドのマスクを被っていたということは、お分かりでしたか?」
質問者は水希が務めている。
「……これも、正直、そうだったとは言い切れない。夜のことで外灯の明かりも十分じゃなかったし、相手は終始俺の背中側にいたので。でも、素顔じゃなかったことは確かだ。何かしらのマスクを被っていたということだけは証言できる」
「そうですか。ですが、防犯カメラの映像では、襲撃犯がブレイドのマスクを被っていたということは、はっきりと確認できました」
「そうだな……」
「それで、石塚さん、犯人に心当たりなどは、ありますか?」
石塚は、黙ったまま首を横に振って、
「すまんが、心当たりは一切ない。ただ、素人の仕業じゃないってことだけは確かだ。あの絡みつくようなスリーパー、あれはプロの極め方だった」
「石塚さんを襲った襲撃犯は、一昨日にパラドクス――鷹野さんを殺害した犯人と同一人物だと思われますか? 石塚さんは一昨日も現場であるリング上にいらっしゃいましたし、間近で両方の犯人を見た唯一の人となりますが」
「どうだろう……。一昨日はジャージで全身を覆っていたし、昨日は背後から襲われてしまったから、俺は相手の姿をまともに見ていない。身長は同じくらいだったとは思うが……同一人物だったかと問われても、肯定も否定も出来ないな。映像も見せてもらったが、暗くてよく分からなかった」
自分が奇襲を受けて“落とされる”映像を見せられた屈辱からか、石塚は渋面を作り、掛け布団の上に出している拳を強く握りしめた。
「警察でも、双方の映像を比較してみたのですが、同一人物だとも、そうでもないとも確信は得られませんでした。それで、どうでしょうか、石塚さん、改めて伺いますが、一昨日に引き続き、犯人がブレイドのマスクを被っていたということについては、何か思い当たることなどありませんか?」
「……こうして俺までが襲われた以上、答えはひとつしかないんじゃないか?」
「それは?」
「警察も当然考えてるんだろ。……復讐だよ」
「鷹野さんも、石塚さんも、二ヶ月前にブレイドが亡くなってしまった試合の対戦相手だったから。そういうことですね」
石塚は頷く。
「そうなると、当然、犯人の次の標的は、残るひとり、取手さんということになります」
それを聞くと、石塚は大きなため息を吐いて、
「また、取手さんに笑われちまうな」
苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「今回、襲われてしまったことについて、ですか?」
「もちろんだよ。鷹野を守れず、あまつさえ、てめえ自身もやられちまう始末だ。言い訳じゃねえが、酒が入っていなかったら、俺もむざむざやられはしなかったんだが……いや、やっぱり言い訳だな。こうなったら、もう……レスラーを廃業するしかねえかもな」
「そんなことを言わないで下さいよ」
横からの有斗夢の声に、石塚は、わずかに笑みを返すと、
「すまんね。あまり有益な証言が出来なくて」
水希に視線を戻した。
「いえ、お疲れのところ、ご協力感謝いたします」
水希以下、三人の刑事はそろって頭を下げた。
「智ちゃんのほうからは、何かある?」
水希は、手にしているスマートフォンに声をかける。
『は、はい……』と智の声が返ってきて、『い、いいですか……』
「構わんよ」
石塚の声を受けると、
『で、では……、。あ、あの、石塚さんが襲われたのは、レスラー仲間四人と飲みに行っての、か、帰り道だったということですが、おひとりだったということは、みなさん、宿泊先は別だったと、そ、そういうこと、ですか?』
「ああ、そうだよ。というのも、昨日まではみんな同じ宿だったんだが、本来だったら昨日の朝には次の巡業先に出発する予定でいたので、それ以上に部屋を取っていなかったんだよ。スタッフが宿泊の延長を頼んだんだが、あいにくとその先の予約がすでに埋まっていたそうだ。だから、周辺の空いている宿に片っ端から連絡を入れて、何とか全員分の宿を確保できたそうだ。同じ宿になったレスラーもいたけれど、俺たち四人はみんな別々の宿をあてがわれたから、帰りはみんなバラバラになったんだ」
『そ、そういうこと、ですか……』
「あ、そうそう、そういや、蔦岡が泊まってるホテルに、後道一馬も宿泊してるらしいぞ」
「――えっ? 本当ですか?」
その言葉に真っ先に反応したのは有斗夢だった。水希を挟んだ隣では、大輔も、おお、と声を上げた。
「蔦岡をホテルに案内していった社員から聞いたから、間違いないと思う」
「ブリッツの興業も、一週間後にトヤマコロッセオでありますもんね」
「そうだな。しかし、後道が試合の一週間も前から現地に乗り込んでるっていう話は、本当だったんだな。総合の試合は年に何回もないからこそ出来るんだろうな。一年中巡業で地方を回ってる俺たちには、とても無理だよ」
「後道はフリーランスだから、そういう面でも融通が利くんでしょうね」
「そちらのプロレス好きの刑事さんは、ブリッツも観てるのかい?」
「え、ええ、格闘技全般が好きなもので……」
ばつが悪そうに頭をかく有斗夢を見ると、石塚は笑って、
「はは、別に怒ったりはしねえよ。ブリッツをはじめ総合のリングには、たまにプロレスラーも上がるしな。まあ、戦績は決していいとは言えねえがな……」
「いえいえ、やっぱりプロレスと総合は似て非なるもの、全然違うジャンルの格闘技ですよ。畑違いの競技で実力を発揮しきれないのは仕方ありません。プロサッカー選手に、同じ“球技”という括りだからって野球をやらせるようなものです」
「はは、上手いこと言ってくれるね。ありがとよ。西部に代わって礼を言っとくよ」
西部って? と小声で訊いてきた水希に、大輔は、前回のブリッツに出場して負けたプロレスリング・サーガの選手っす、と耳打ちするように答えた。
「そうだ、刑事さん――えっと……」
「真鍋です」
名前を言いあぐねていた石塚に、真鍋が名乗った。
「真鍋さん、時間のあるときに、俺のホテルの部屋を訪ねてくれ、何かプレゼントを用意しておくよ」
「ほ、本当ですかっ!」
「事件では世話になったし、警察の中にも熱心なプロレスファンがいてくれて、俺も嬉しかったからね。何がいい? やっぱり、プロレスファンが欲しがるものってったら、マスクかな? スペル・グリフォが試合で使ったマスクなんて、どうだい?」
「ええっ? グリフォが使用したマスク?」
ガタリと椅子を鳴らして、有斗夢は立ち上がった。
「グリフォは俺の付き人をやってたから、頼めば一枚くらいくれるよ。サインも入れさせよう」
「ままままじっすか? ――いや、本当ですか?」
「じゃあ、決まりだな。明日にでも用意しておくよ。俺はマスクマンになった経験がないからよく分からんけど、ああいうのって、畳んだりしないほうがいいんだろ?」
「そ、そうですね。僕もマスクは何枚か持ってるんですけれど、型崩れしたり、皺になったりしないように、マネキンヘッドに被せた状態で、鑑賞も兼ねて保管していますので……」
「それもこっちで用意しておくよ」
「うわ……どうしよう……」
「落ち着け、真鍋。ここは病院だぞ」
水希が背広の裾を掴んで、有斗夢を椅子に座らせた。
「はは、その代わりと言っちゃなんだが、事件の早期解決をよろしく頼むぜ」
「は、はい! それはもう……。って、サーガの次の興業は新潟ですよね。開催は確か、明後日……」
有斗夢が興業の心配をした。
「明日の夕方までに出発すれば間に合うよ。だから、それまでに事件を解決して、俺たちを自由にしてもらいたいもんだ」
「頑張ります」
有斗夢がしゃちほこばった。




