Remote.06 覆面レスラー殺人事件 13/19
翌朝、智はスマートフォンの音で目を覚まされた。定時に設定していたアラーム音ではなく、大輔からの着信であることを教える呼び出し音によってだった。数回のコールののち、智は応答した。
『智!』
「……な、なんだよ、兄貴……今、な、何時だよ」
『六時半だ。それよりも、智、またやられた』
「……やられたって――え? も、もしかして?」
まどろみの中にあった智の意識は完全に覚醒し、ベッドから上半身を跳ね起こした。
『ああ……ザ・ブレイドが、またレスラーを襲ったんだよ』
「――ええっ? い、いつ? ど、どこで? 誰が?」
『時間は、昨日の午後十一時四十五分。場所は、富山市内の路上。襲われたのは、石塚信明さんだ』
「い、石塚っさんて、た、確か……」
『ああ、そうだ。ブレイドが亡くなった試合の対戦相手のひとりだ。一昨日、リング上の乱入で殺されたパラドクス――鷹野研さんと同じくな』
「で、石塚さんは……も、もしかして……?」
『いや、幸いなことに命に別状はねえ。襲撃されたときに頭を打って入院はしているが、軽傷で意識もはっきりしているってよ』
「……こ、殺されては、いない」
『そういうことだ。詳しい経緯を話すとだな……』
昨夜、日付が変わろうとする午後十一時五十五分過ぎ頃、近くのコンビニに夜食の買い出しに行き、宿泊しているビジネスホテルに帰ろうと歩いていた出張中のサラリーマンが、大通りから枝分かれした路地の脇に人が倒れているのを発見した。慌てて駆け寄ったサラリーマンは、倒れている人を介抱しつつ119番通報をした。
「そ、その倒れていた人っていうのが、石塚さん」
『そういうことだ。救急車到着時、石塚さんは頭から出血が見られ、意識も朦朧としていたものの、救急隊員との受け答えは可能な状態だったそうだ』
「さ、さっき兄貴は、しゅ、襲撃された時間は、午後十一時四十五分って、ピンポイントで言ってたよね、じゃあ、それは、石塚さんの証言から?」
『いや、石塚さん自身は、襲われた時刻についてそこまで詳しく憶えちゃいなかった。襲撃時刻が正確に把握できたのはな、犯行の一部始終が防犯カメラに映っていたからなんだよ』
「ぼ、防犯カメラに?」
『ああ、カメラとの距離は十メートル以上あったし、外灯の明かりも十分じゃなかったけど、結構はっきり映ってたぜ。少なくとも、襲われたのが石塚さんで、襲撃者が……ザ・ブレイドのマスクを被っていたってことが分かる程度にはな』
「そ、それで、頭から血ってことは、や、やっぱり、石塚さんも頭を蹴られて?」
『いや、そうじゃねえ。映像はこんな感じだ。
まず、カメラ手前側から、路地を歩いている石塚さんの後ろ姿がフレームインしてくる。それから数メートル程度距離を置いて、もうひとりの人物――ブレイドのマスクを被った襲撃犯――が石塚さんのあとをつけるように、やはりフレームインしてきた。映像に録音機能はなかったが、体勢や足取りからして、足音なんかの物音を立てないように、慎重に忍び寄ったんだろうことが窺える。石塚さんがそれに気付いたときには、襲撃犯との距離は二メートル程度にまで縮まっていた。石塚さんが足を止めて、振り向こうとした、その瞬間だった。襲撃犯は石塚さんが振り向ききる前に飛びかかって、背後から首に腕を回したんだよ』
「く、首を絞めたってこと?」
『ああ。具体的に言えば、スリーパーホールドって技なんだけど、智には分かんねえよな。相手の首に腕を絡みつかせ、頸動脈を圧迫させることで失神に追い込む技だ。最初こそスリーパーから逃れようと、もがいていた石塚さんだったが、段々と力が抜けたようになっていって、最後には両腕がだらりと垂れた。その時点で落ちた――意識を失ったんだろうな。そこで襲撃犯がスリーパーを解くと、石塚さんは前のめりに倒れて、ビルの壁に頭を打ち付けちまったんだ。頭部の出血はそれが原因だ』
「……で、襲撃犯は、去って行った」
『ところがな、ちょっとおかしな点がある』
「な、なに?」
『襲撃犯は、現場を立ち去る前に、倒れた石塚さんのそばに屈み込んで、何かしていたんだよ』
「な、何かって?」
『映像を見たところ、石塚さんの呼吸の有無を確かめたり、頭の怪我の具合を確認したりしているように見えた』
「そ、それって、どういうこと? お、襲った相手の安否を気づかってたって、こと?」
『犯人に訊いてみなきゃ分かんねえが、そうとしか見えねえ』
「……」
『そのあと、立ち上がって、襲撃犯は現場を去るんだが……』
「ま、まだ何かあるの?」
『これは、そうだと決まったわけじゃねんだけどな……襲撃犯は最後、カメラをじっと見つめてたんだよ。いわゆる“カメラ目線”ってやつだな』
「はあ?」
『まるで、そこに防犯カメラがあることが分かったうえでの犯行で、上手く撮れているかを心配しているみたいな仕草に、俺には見えた』
「……で、今度こそ、襲撃犯は立ち去った」
『ああ、来た道を戻って、カメラ手前側にフレームアウトしてな。そのときも、ちらちらとカメラを見るように顔を動かしてた』
「そ、そこまで来ると、か、完全にカメラを意識してたとしか、お、思えないね……」
『だろ。どういうことだ? まあ、とにかく、俺たちはこれから本格的な聞き込みなんかの捜査に入る。医者の許可が出て石塚さんの聴取ができるようになったら、また智にもリモートで参加してもらうけど、いいか』
「も、もちろん」
『たぶん、水希さんから電話が行くから』
「わ、分かった……」
『もちろん、お前のほうでも何か気付いたこととかあったら、電話をくれ。じゃあな』
「う、うん、じゃあ……」
通話を切ろうとした智だったが、
『――ああ、そういや』
「な、なに?」
大輔の声に、離しかけていたスマートフォンを耳元に戻した。
『お前、昨日の夜に電話くれたろ。俺は仮眠を取ってて出られなかったんだけど、何かあったのか?』
「あ、い、いや……な、何でもないよ……」
『……そっか』
「うん……」
『……なあ、智』
「な、なに?」
『事件のことだけじゃなくっても、何か話したいこととかあったら、言えよ』
「な、なんだよ、急に……き、気持ち悪いな」
『おめーが電話してきたからだろうが!』
「だ、だから、な、何でもないって……」
『……まあ、いいや。じゃあな』
大輔のほうから通話は切れた。
スマートフォンをサイドテーブルに戻した智は、再びベッドに横になると、
「ザ・ブレイド……。二ヶ月前に、し、試合中の事故で亡くなった、プロレスラー……。ま、また、板東が騒ぎ出すんだろうな……」
壁に向かって寝返りをうった。




