Remote.06 覆面レスラー殺人事件 10/19
「とりあえず、関係者への聴取は終了したわけだけれど……」
水希は、両隣の大輔と有斗夢、それと、スマートフォン越しの智向かって話しかけた。
「何か、気付いたことはある?」
と、これも三人に対して。それを受けた大輔が、「いいすか」と手を上げて、
「最後の柏さんの聴取で、初めて被害者の鷹野さんへ恨みを持つ人物ってのが浮上してきたっすよね」
「エル・ゴリオン――蔦岡さんのことですか?」
反応したのは有斗夢だった。
「そだよ。何とかっていう飛び技をパクられて――」
「パクったわけじゃないですよ! 柏さんも言ってたじゃないですか。あれは譲ったものだって」
「そうかもしれねえけどよ、これも柏さんの証言だけど、やっぱり嫉妬っつーか、そういう感情はあったんじゃねえの? 自分が出来なかった技をいとも簡単にマスターした後輩に対して」
「そんなことで殺意にまで発展しますかね……」
「それと、酒が入ったうえでのこととはいえ、鷹野さん――パラドクスのファイトスタイルを否定するようなことも言ってたそうじゃねえか」
「それだって、殺すまでに行くとは到底思えませんよ。それに先輩、大事なことを忘れていますよ。鷹野さんが殺されたとき、その蔦岡さんはタッグパートナーとして同じリングに上がっていたという、完全無欠のアリバイがあります」
「忘れたわけじゃねえよ! そんなのはな……例えば……あの乱入者は共犯者だったとか……」
「そこまでしますか? それに、さっきも言いましたけれど、プロレスっていうのは、互いに信頼しあっている相手がいなければ成り立たない格闘技です。自分が完成させられなかった技を誰かが継承して、それでプロレス全体が盛り上がればいいって、そう考えるはずですよ。ファイトスタイルだって、色々なものがあっていいんです。そのほうが新しいお客さんを引きつける呼び水になりますから。メジャー団体だって電流爆破やデスマッチをやる時代ですよ!」
「ユートム、おめえはプロレスラーに夢見すぎなんじゃねえのか? そんな聖人君子みたいな人間ばっかりじゃねえだろ」
「いいえ! 先輩はプロレスを分かっていません!」
「んだと!」
「やりますか?」
「上等だ! 立場の違いを分からせてやる!」
「僕は先輩の噛ませ犬じゃありません!」
立ち上がってファイティングポーズをとった二人に、
「はい、そこまで」
水希は左右に突き出した両拳を、大輔と有斗夢、それぞれのみぞおちにめり込ませた。
「ぐふっ!」「がはっ!」
二人の口からくぐもった悲鳴が漏れた。
「だいたいだな、お前ら……」水希は悶絶する二人の部下を見下ろしながら、「もし、大輔の言うように、蔦岡さんが鷹野さんに殺意を抱いていて、それを実行に移したのだとしよう。それにしたって、共犯者を試合中に乱入させるなんて、そんな危険な真似をするとは思えない」
「だ、だから……」腹部を押さえて立ち上がりつつ、大輔は、「それは……自分が被害者と同じリング上にいられるという、鉄壁なアリバイを持つために……」
「殺し方だってそうだ。頭部にハイキックを叩き込むという、危険極まりない手段だったとしても――結果的に鷹野さんは亡くなってしまったわけだが――確実性に欠けることは否めない。それこそプロレスラーなんて、日常的に殴られたり蹴られたりが商売だ。その一撃で殺害という目的を達せられる保証はない」
「で、ですよね……」と有斗夢も震える手を床に突いたまま、「本当に殺そうと思ったのなら、刃物を使うとかのほうが確実です」
「そもそも、だ、共犯者を実行犯にさせるなんて、相当難しいことだぞ。試合直前、リングへの乱入に見せかけて標的を蹴り殺すという、そんな危険な犯行に協力する共犯者がいるとは思えない。仮に、共犯者が蔦岡さんに何かの弱みを握られていて、共犯関係を強要されたのだとしても、そんな利害関係があるなら警察の捜査で必ず知られてしまう。しかも、プロレスラーを一撃で絶命させたほどの蹴りを持つ人物、という条件が重なるとなれば、蔦岡さんと繋がりは容易に辿られてしまうだろう。リスクが高すぎる」
「ええ、普通は逆ですよね……」と、水希が喋る間に元どおりソファに腰を据え直した有斗夢が、「主犯が実行犯になって、共犯は主犯のアリバイ工作に加担するだけというのが自然です」
「だろ。被害者に恨みのない共犯者が実行犯になるなんて、異様だ」
「――あ! 水希さん!」腹部を押さえていた手を離して、大輔が、「それですよ!」
「なんだ?」
「普通は主犯が実行犯。だから、やっぱ実行犯は蔦岡なんですよ!」
「何を言ってるんだお前は。蔦岡さんは犯行時、リング上に――」
「覆面ですよ!」
「えっ?」
「蔦岡は、覆面レスラーとしてリングに上がっています。つまり、素顔は隠されているじゃないですか!」
「あのときリングにいたエル・ゴリオンの中身は、蔦岡さんじゃなかったってことか?」
「そうっすよ! 中の人が違ったんです! 共犯者にも、覆面をかぶって入場するってだけなら、協力させることは難しくなかったはずです。試合開始前に蔦岡が乱入して鷹野さん――パラドクスを蹴り殺してしまうわけですから、当然試合は中止になるはず。共犯者も実際に試合をする必要はないと、そこまで分かっていたから、替え玉になることを了承したんですよ」
「替え玉……か」
「映像では、あの乱入者とリング上のエル・ゴリオンは、同じくらいの身長に見えました」
「エル・ゴリオン――蔦岡さんの身長は……」
水希が手帳をめくろうとしたところに、
「身長180センチ、体重98キロ。です」
有斗夢が、エル・ゴリオンの身長と体重を暗唱した。
「さすがだな、真鍋」
水希は感心した表情で部下の顔を見やった。
「ちなみにですね……パラドクス、179センチ、96キロ。石塚信明、181センチ、110キロ。柏新市郎、188センチ、101キロ、です」
「き、訊いてない! 誰もそこまで訊いてない! と、とにかく真鍋、映像を見せてみろ」
水希の要請で、有斗夢は鞄からタブレットを取り出すと、事件が起きた試合の映像を再生させ、レスラー四人と乱入者の計五人がそろって映っている場面を一次停止する。テーブルに置かれたタブレットを、水希と大輔も覗き込んだ。
「……確かに、乱入者の身長は、エル・ゴリオンとほぼ同じだな」
「でしょ、入れ替わっている可能性はあるんじゃないかと……」
「異議あり!」
そこに有斗夢が手を上げた。
「何だよ! ユートム!」
眉根を釣り上げた大輔を制した水希が、「言ってみろ」と促すと、有斗夢は「はい」と返事をして、
「この映像でリングに上がっているのは間違いなく、エル・ゴリオン、つまり、蔦岡さんでした」
タブレットを指さす。
「お前」と大輔が、「言い切れんのか?」
「言い切れます。確かにエル・ゴリオンはマスクマンですけれど、上半身は裸です。エル・ゴリオンこと、蔦岡久也選手は、何年か前の試合で左上腕に凶器攻撃による裂傷を負ってしまい、今もその傷跡が残っているんです。事件時の映像に映っていたエル・ゴリオンも、確かに同じ箇所に同じ裂傷がありました」
「……なに?」
「それに、いくらマスクで素顔を隠したからって、いま言ったように上半身は裸です。中身を替え玉にしたって、身長から体型からを完全に似せることは不可能でしょう。裂傷は特殊メイクなりで何とかできたのだとしても、コアなファンの目は誤魔化せません。あのときリングに上がっていたエル・ゴリオンの中は、間違いなく蔦岡さんのはずです。プロレスファンに確かめてもらってください。百人見れば百人が、あのエル・ゴリオンの中の人が普段と変わっていたなんて、そんなことはないと証言するはずです」
「ぬう……」
「真鍋の異議を認める」水希は有斗夢に頷いて、「私も、ファンの目を誤魔化すことは相当に難しいと思う。まして、あの試合は配信用に撮影もされていたんだからな。あとで映像を検証されれば、どんなに似た体格の人間を見つけてきたのだとしても、替え玉だとバレるのは時間の問題だ。ファンだけでなく、普段から試合をして間近で蔦岡さんの体を見ている同僚のレスラーやレフェリーなら、なおさら替え玉だと見破ってしまうだろう。人前で肉体を見せることが商売のプロレスラーが、そこまで考え及ばなかったとは思えない」
「……一理ある、な」
大輔は、腕組みをしてソファに座り直した。
「どう思う? 智ちゃん」
水希は卓上のスマートフォンに話しかけた。
『わ、私も、真鍋さんの意見に賛成、です』
探偵のお墨付きを得た有斗夢は、両腕を広げて天井を仰いだ。
『そ、それに……』とスマートフォンからの智の声は続き、『か、仮に蔦岡さん――エル・ゴリオンが犯人だったのだとしても、マスクの説明が、つ、つきません』
「マスク――そうか、“ザ・ブレイド”……」
水希は額に手を当てた。
『そ、そうです……。犯人は、資料室からマスクを調達して、その際に、マスクなら何でもよかった、というんでなく、ザ・ブレイドのマスクを狙って盗んだのだということは、め、明白なんです。その理由は、まったく不明のままです……』
「智ちゃんの言うとおりだ。もしも蔦岡さんの犯行であるならば、計画性があることから、事前にマスクを用意していたはずだ。わざわざ当日に資料室から盗み出したというが、そもそも解せない」
水希の言葉に、大輔と有斗夢も、うんうんと頷いた。
『あ、あの……水希さん。い、今までは、マスクは資料室から盗まれた、と漠然としか聞いていなかったんですけれど、そ、そもそも、その資料室は第三者が侵入して、か、簡単に展示されているマスクを盗み出せるような状態だったんですか……ね?』
「そうね。そこのところの説明はしていなかったわね。よし、じゃあ、これから資料室に行って、現場の詳しい状況を智ちゃんに見てもらいましょう。智ちゃん、構わない?」
『は、はい、私は……大丈夫です』
「えー? 今からトヤマコロッセオに行くんすか?」
立ち上がった水希を見上げた大輔は、そのまま視線を掛け時計に移した。時刻は午後九時を回っている。
「行きましょうよ、先輩」と有斗夢も立ち上がり、「来週の“ブリッツクリーク”の興業までに事件を解決するんでしょ」
「あ、お前、どうしてそれを?」
「先輩、先週“ブリッツクリーク”のホームページを熱心に見てたじゃないですか」
「大輔、お前、勤務中に何やってんだ」
「ち、違いますよ! 昼休みにですって!」
水希に睨まれ、大輔は青くした顔の前で両手をぶんぶんと振る。
「僕も楽しみにしてるんです。後道一馬とバルト・ゲッツェの試合」
「ユートム、お前、プロレスだけじゃなくてブリッツも観てんのか?」
「プロレスファンは総じて懐が深いんです。総合には総合の面白さがありますからね。あ、そういえば、知ってます? 先輩。後道って、試合のときは『土地の空気に慣れるため』とかで、一週間以上前から会場のある街に入ってトレーニングしてるんですって。だから、もしかしたら後道はもう富山市のどこかのホテルに宿泊してるかもしれませんよ。その辺でばったり会ったりして」
「そんなことになったら、絶対にサインもらうぜ」
「あ、そういえば、後道って、怪我してたじゃないですか」
「ああ、顔に絆創膏貼ってたよな。練習中にやったんだとか」
「実は、そうじゃないらしいですよ」
「どういうことだ?」
「街でチンピラ相手に喧嘩をして負った傷だっていう噂です」
「まじか?」
「あくまで噂ですけどね」
「さすが後道だな。“狂犬”の異名は伊達じゃねえ。去年の滝嶋へのリベンジ戦なんて、凄かったもんな。レフェリーが止めなきゃ、滝嶋は死んでたんじゃねえか?」
「ですよね。一度負けた相手には何が何でもやり返すっていう、あの執念は狂気すら感じます」
「でもよ、後道も街で喧嘩なんかして、そんなのがバレたら、サーガのレスラーみたいに処分くらっちまうんじゃねえのか」
「それはないでしょう。後道はフリーランスですから」
「ほらほら、無駄口叩いてないで、行くぞ」
二人の雑談を制した水希は、スマートフォンを取り上げると、「じゃあ、智ちゃん、向こうに着いたらまた電話するね」と伝えて通話を切った。




