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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.06 覆面レスラー殺人事件 ~リモート探偵VS.ザ・ブレイド~
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Remote.06 覆面レスラー殺人事件 7/19

挿絵(By みてみん)

「な、なん()うか……」と大輔(だいすけ)は、(とり)()が出て行ったドアに目をやって、「あんな小さな――言っちゃ悪いけどおっさんに、プロレスラーが務まるんですかね?」


 (みず)()を見て言った。するとそこへ、


「それは誤解です先輩」と有斗夢(あとむ)が入ってきて、「体の大小は、必ずしもプロレスラーとしての優劣の決定的な差にはなりません。取手さんだって、十年前にZ1(ズィーワン)バトルマックスで準優勝したこともあるんですから」

「なんだよそれ?」

「プロレスリング・サーガの主要選手たちで争われる、年に一度のシングルマッチの祭典です」

()ったって十年前だろ? 自分でも言ってたけど、今はもうロートルじゃねえか。俺が相手しても勝てそうだぜ」

「言いましたね先輩。じゃあ、やってみて下さいよ! 取手道尊(どうそん)()(もり)大輔、60分1本勝負」

「上等だ。俺の必殺正拳で……」

「先輩、プロレスではパンチは反則です」

「ほらほら、そこまで」


 水希は、両隣に座る大輔と有斗夢の額に向け、弾いた中指を当てた。


「いてー!」

「ぐわーっ!」

「おい、()(なべ)、プロレスだとデコピンも反則なのか?」

「ルールには、書いてないと思います……」

「水希さんなら、プロレスラー相手でも勝てそう……」


 ソファの上で有斗夢と大輔は呻いた。


「まったく……」ため息をひとつ吐き出してから、水希は、「まあ、とはいえ私も、取手さんに護衛を付けないのは心配だなと思っている」

「ですよね、あんな小っさな爺さんじゃあ」

「それはあとで考えることにして、ちょうどいいから、このまま他の関係者への聴取もやってしまおう。真鍋、ひとりずつ呼んできてくれ」

「はい……」


 赤く腫れた額を押さえながら、有斗夢は応接室を出た。



 有斗夢は、覆面を被ったレスラーを伴い戻ってきた。


「エル・ゴリオン選手です」


 有斗夢が紹介すると、覆面を被ったレスラーは大きな体を折り曲げた。


「えるごりおん……ええと……」水希は捜査資料をめくって、「ああ、事件当日の、パラドクス選手のパートナーだった」

「はい」


 促されてエル・ゴリオンは、刑事たちの対面ソファに腰を沈めた。


「エル・ゴリオン選手、本名は、蔦岡(つたおか)久也(ひさなり)さん」

「そうです」


 本名を呼ばれ、蔦岡は返事をした。


「失礼ですが、覆面を脱いでいただいてもよろしいですか」

「水希さん、それは無粋ですよ」


 有斗夢からの突っ込みが入ったが、


「無粋もなにも、これは殺人事件の聴取だぞ」

「構いませんよ。私はデビュー当時からマスクマンですので、素顔を知られたからって、『エル・ゴリオンの正体は何々選手だったのか』みたいな、いわゆる“正体あばき”とはなりませんから」


 蔦岡はあっさりとエル・ゴリオンのマスクを脱いだ。


「最近は、そういうタイプのレスラーが多くなりましたよね」


 素顔を晒した“エル・ゴリオン”を前に、少々緊張気味に有斗夢が言った。


「そうですね。昔は、営業的な意味ですとか、くすぶっていたレスラーが再起のきっかけにするですとか、マスクを被ること自体は手段に過ぎなかったマスクマンもいましたが、今は自分から好んでマスクを被る選手が多いですね――かく言う私もそうですが。鷹野……パラドクスもそうでしたよ。あいつはマスクも自分でデザインして、こだわっていましたからね……」


「ありがとうございます」マスクを脱いでもらったことに礼を述べた水希は、頭を下げると、「この写真とは、マスクが違うんですね」


 蔦岡が手にしたマスクと、手元資料にあるエル・ゴリオンの写真とを見比べた。


「水希さん、今、エル・ゴリオン――蔦岡さんが被っていたのは、プライベート用のマスクなんです」

「マスクにも種類があるのか?」

「そうです」有斗夢は説明を続け、「覆面レスラーは、試合以外に被るプライベート用のマスクを別に作っている人が多いですよ。試合用のマスクは、激しい戦いに耐えられるよう頑丈に作られていますが、プライベート用はただ単に顔を隠せればいいわけですからね。通気性なんかも考えて付け心地優先で作られたものが多いです」

「なるほど」

「それに、見てもらって分かるとおり、エル・ゴリオン選手のものもそうですが、試合用とプライベート用では、マスクそのもののデザインを変更する選手もいます。試合用は見栄え重視で目の部分がメッシュになっているけれど、プライベート用は空いているとかね。角なんかの飾りも省略されていたり。まあ、マスクマンは、試合用でも色々と細部のデザインや色をアレンジしたマスクをたくさん持っていますけどね。例えば、普段、エル・ゴリオンのマスクは赤を貴重とした配色がされているんですけれど、昨日の試合で被っていたのは、目の部分にシルバーの縁取りを入れた、いわゆる“白銀モデル”と呼ばれるものですね。ここ一番という試合で被ってくるバージョンなんですよ。他にもですね……」

「き、訊いてない! 誰もそこまで訊いてない!」


 水希は大きく両手を振って、有斗夢のマスク談義を強制終了させると、「すみません」と蔦岡に頭を下げた。


「はは、いいですよ」蔦岡は手を振ると、「営業の堀内(ほりうち)さんから、プロレスに詳しい刑事さんがいると聞いていましたけれど、予想以上でしたね。こちらとしても嬉しいですよ」

「は、はい……」


 ともう一度会釈をしてから、水希は卓上のスマートフォンを指し、この事件に対して民間探偵の捜査協力を仰いでいること、電話越しに聴取に参加してもらっていることも告げる。スピーカーから聞こえてきた探偵の声が若い女性のものだと知ると、蔦岡は取手同様に驚いた顔を見せていた。

 事件についての質問には、


「あの乱入者――犯人に気付いたのは、やつがリングに上がってからでした。私はちょうどあいつが走ってきた方向に背中を向けていたものですから。名前のコールを受けて、あとはゴングが鳴るのを待つばかりという状況だったのですが、何やら会場の雰囲気がおかしいことに気付きましてね。振り返ってみたら、リングに上がった犯人が、ロープを挟んでレフェリーと向かい合っているところでした。レフェリーは通路の奥を指さして、戻るよう促していたのですが、犯人はお構いなしにロープをくぐってリングに入ってきましたね」

「それを見て、どう思いましたか?」

「誰かが何かやってきたな、くらいにしか思いませんでした。プロレスではよくあることですので。でも……犯人がフードを脱いで、ブレイドのマスクを被っているのを見たら、えっ? と思いましたね。まさか、冗談が過ぎるぞって。それで、犯人のやつは、パラドクスに近づいていったかと思うと……」


 蔦岡はそこで、喉を鳴らして唾を飲み込むと、額に浮かんだ汗をぬぐった。


「犯人は」と水希が、「いきなりパラドクス――鷹野さんを蹴り倒してしまった」

「はい……正直、最初は何が起きたか理解できませんでした。私は、てっきり、あの乱入者まずマイクアピールをしてくるものだとばかり思っていたものですから……まさか、いきなり蹴りを入れてくるだなんて……。私は犯人に詰め寄ったのですが、あいつはすぐにリングを下りて走り去ってしまって。追いかけようかとも思ったのですが、犯人の蹴りの鋭さと鷹野の倒れ方が普通じゃなかったもので、これはまずいんじゃ? と思って鷹野に駆け寄りました。鷹野は、私の呼びかけに何も答えず、ぴくりとも動いていなくて……。対戦相手の石塚(いしづか)(かしわ)も、鷹野のそばに駆け寄ってきました。レフェリーに呼ばれてドクターも上がってきたのですが、すぐに本部席に救急通報を要請しました。……ええ、そうですうちでは、試合の際には本部席にドクターを常駐させておくようにしたんです。なにせ……たった二ヶ月前に、佐田(さだ)――ブレイドのことが起きたばかりでしたので……」


 話すうちに、蔦岡は沈痛な面持ちになっていった。

 犯人、あるいは、殺された鷹野を恨んでいるような人物に心当たりはあるか、との質問には、蔦岡は無言で首を横に振るだけだった。


「そうですか……では、最後に、犯人がブレイドのマスクを被っていたことについては、何か思うことなどありますか?」

「分かりません、さっぱり……」

「何者かが、ブレイド――佐田さんの復讐のために犯行に及んだのだと、そういう考えについては、どうでしょうか」

「どうも何も……いかれてるとしか思えませんね。もしそれが動機なのだとしたら、プロレスのことを何も知らない人間の犯行だとしか言えません。私が――佐田が死んだあの試合に関わっていない私が、こんなことを言うのはお門違いかもしれませんが、あの事故は誰の責任でもありませんよ。私たちは、万がいち――本来は、その万がいちにも絶対に起きてはいけないことですが――そういう事態が起こりえることも常に考えて試合をしています。それだけの覚悟を持って、私たちプロレスラーはリングに上がっているんです」


 蔦岡の目は、まっすぐに水希を見ていた。


「分かりました」と水希は、卓上のスマートフォンに視線を向け、「智ちゃんのほうからは、何かある?」

『え、ええと、ですね……』


 蔦岡も、興味深そうな目で水希のスマートフォンを見た。


『さ、先ほど、取手さんからお話しを伺ったのですが、取手さんは映像を見て、は、犯人が鷹野さんを死なせてしまったのは、事故じゃない。犯人は、め、明確な殺意を持って鷹野さんを蹴ったのだろうと、そ、そうおっしゃっていました。映像ではなく肉眼で、は、犯行を目撃された蔦岡さんは、ど、どうお感じになりました、か?』

「そうですか、取手さんがそんなことを……」蔦岡は、ため息を漏らすと、「取手さんは、私たちに失望していたでしょうね。あんな間近にいながら犯行を防げなかった、鷹野を守れなかったことに対して」

『そ、それは……』

「たぶん、鷹野自身にも厳しい言葉を投げていたんじゃないですか?」

『……』

「いいんですよ。取手さんのおっしゃることももっともです。我々はプロレスラーである前に、いち格闘家でもある……そうでなければいけないわけですから」蔦岡は、寂しそうな笑みを浮かべて、「私は――私も含め、死んだ鷹野、対戦相手の石塚さん、柏もですが、取手さんに対して何も言い訳することは出来ません。私は……完全に虚を突かれていました。まさか、リング上であんなことが起きるだなんて、想像すらしていませんでした……」

『わ、分かりました。私からは、以上です……』


 智からの聴取も終わったところで、蔦岡は手にしていたマスクを被り直し、応接室を出て行った。

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