Remote.06 覆面レスラー殺人事件 6/19
『プロレスラーに、ご、護衛、ですか。了承しますかね? ほ、本人たちに知らせたら、「舐めんじゃねぇ!」って怒鳴り散らされそう……』
智は感想を述べた。
「そうだな、人をぶん殴り、ぶん殴られを商売にしてる人たちだからな」と水希も同意を示し、「とはいえ、そのプロレスラーのひとりが、何者かにキック一発で命を奪われていることも確かだ」
「そのことなんすけど……」大輔が手を上げて、「あの犯人のキック、あれって、本気で相手を殺そうとして出したものなんすかね?」
「どういうことだ?」
水希が訊くと、
「いや、もしかしたら、あの乱入者――犯人は、相手を蹴り殺そうなんて、そこまで思ってなかったってことはありませんか?」
「事故だったと?」
「そうっす。やっぱり、あの乱入者はレスラーの誰かなんすよ。ちょっと名前を売るために、メインイベントの直前に乱入して、パラドクスをハイキックでノックアウトしてやろうと思っていた。ところが……」
「加減を間違えて殺してしまった……つまり、過失致死ということか」
「ええ。で、慌ててリングを走り去って、今になっても怖くて名乗り出られずにいるとか」
「しかしな、大輔。そうなると犯人は内部犯ということになるが、場内からブレイドのマスクは発見されなかったんだぞ」
「マスク一枚程度、どうとでも処分できるんじゃないすか?」
「うーん……。どう思う? 智ちゃん」
水希に振られると、智は、
『い、いやー……わ、私は、その映像を見ていないから、な、なんとも言えませんけど……』
「あ、そうだったな。大輔、智ちゃんに犯行時の映像を送ってやってくれ。というか、メモリに入れて持ち帰るか?」
「あ、いや……ええ、そうします……」
「ああ、誰かに用意させておこう。で、真鍋はどう思う? プロレスファンとして」
水希は有斗夢を見た。
「うーん……」
と有斗夢が首を捻ったところに、
「それはありませんよ」
ドアが開けられる音がした直後、声がかけられた。三人が向くと、廊下にひとりの男が立っていた。
「あっ! 取手道尊……選手!」
有斗夢は勢いよくソファから立ち上がった。
「取手って……プロレスラーの?」
水希は改めて男――取手を見た。
「トイレに行って戻る途中だったのですが、この部屋の前を通りかかったら、何やら面白い話が聞こえてきたもんで、つい、ね」取手は片手を上げると、「邪魔しましたね」
「ちょ――ちょっと待って下さい」
「なんです?」
呼び止められて振り向いた取手に、水希は、
「今、おっしゃったことです。何が『それはない』んですか?」
「……ああ、そこの兄さんが言ったことですよ」
取手は大輔を見やった。
「俺?」
大輔が自分を指さすと、
「そうですよ。あなた、あの乱入者は、鷹野――パラドクスを蹴り殺すつもりはなかったんじゃないかって、そう言いましたね」
「それが『ない』と?」
水希が訊くと、取手は頷いた。
「……関係者の方々には、このあと聴取をさせていただく予定だったのですが、ちょうどいい機会です、取手さんには今お話しを聞かせていただいてもよろしいですか?」
「いいですよ」
水希に迎え入れられた取手は、空いているソファに腰を下ろした。
「取手さん、失礼ですが、おいくつですか?」
「五十五になりました。もういい加減ロートルですよ」
水希に年齢を問われ、笑みを浮かべて答えた取手に、
「そ、そんなことありません! 取手選手の動きは昔と少しも変わってませんよ。あの電光石火のヒールホールドの切れ味は、未だ健在じゃないですか!」
爛々と目を光らせて有斗夢が熱弁する。
「はは、ありがとう」
さらに笑みを広げた取手の顔に放射状に皺が寄った。プロレスラーとしては小柄なほうだろう。身長で比べれば大輔のほうがずっと高く、半袖シャツから覗く前腕もプロレスラーとは思えないほど細い。その取手が、テーブルに置かれた水希のスマートフォンに視線を落とした。
「ああ、これはですね」と水希が、「探偵に捜査協力を要請していまして、この電話がその探偵と繋がっているんです」
取手が怪訝そうな目をやると、
『ど、ども……』
スピーカーから智の声が答えた。
「探偵って、まだ子供ですか? しかも、女の子?」
「ええ。でも、探偵としての能力は確かですよ」
「はあ……」
「それで、取手さん、先ほどのお話ですが……」
「ああ……」取手は腕組みをすると、「俺も例の映像を見ましたよ。で、確信したんです。あの犯人の蹴りは、鷹野を本気で蹴り殺すつもりで繰り出したものだって」
「明確な殺意があった、と?」
取手は水希の目を見て頷く。
「……そんなことが、わかりますか?」
「わかりますよ」取手は平然と答えて、「確かにプロレスっていうのは、観客に見せることを前提にショーアップされた格闘技です。でも、その根底には、やっぱり、“ガチでやっても強い”っていう説得力が必要なんですよ。少なくとも、俺なんかはそう教わってきましたし、若い頃には実際、ガチの勝負も何度も経験があります。だから、分かるんですよ。蹴りひとつ取っても、“魅せる”用のものか、それとも……“マジ”なものかの区別くらいは」
「取手さんの目を通して見たら、あの乱入者のキックは、“マジ”のほうだった」
「ええ。俺だけじゃなくて、ある程度“場数”を踏んできたレスラーや格闘家なら、みんなそう答えるんじゃないかと思いますよ」
「そうですか……」
「それにしても……」と取手は、白いものが混じった頭をかき、「こんなこと言っちゃ怒られるかもしれませんが……鷹野にはがっかりしましたよ」
「亡くなった鷹野選手に? どういう意味でしょう?」
「無様に蹴り殺されてしまって……あの不届き者の“殺気”を感じ取れなかったってことじゃないですか。おおかた、また誰かがパフォーマンスで入ってきた、くらいにしか思っていなかったんでしょう。蔦岡に、対戦相手の石塚と柏もだ。あの乱入野郎の殺気を感じ取れていたら、鷹野を守ることだって出来たはずだ」
「蔦岡」というのは、パラドクスのパートナー、エル・ゴリオンの本名だ。
「では」と水希が、「もし、あの場に取手さんがいらっしゃれば、状況は変わっていたということでしょうか?」
「鷹野を死なせずに済んだ……と自信を持って言えるつもりはありませんが、少なくとも、あの野郎を取り逃がしたりはしませんでした。こんなことならセコンドにでもついておくべきだったと後悔しています」
「取手さんは、あの事件が起きた時刻には、どちらに?」
「俺は、昨日は試合が組まれていなかったんで、そこらをうろうろしていましたよ」
「それを……証明できますか?」
「……」
取手は、数秒間、水希と視線をぶつけてから、
「ははっ、アリバイってやつですか。他の警察の方にも話したけれど、残念ながら証人はいませんね」
「そうですか……。それと、取手さん、事件とは直接関係のないことですが、先ほど、警察官としては聞き捨てならないことを耳にしてしまったので、いちおう伺うのですが……」
「ん? 俺、何か変なことを言いましたか?」
「ええ。お若い頃に、ガチの勝負も何度もやってきた、と」
「……ああ」
「正式なプロレスや格闘技の興行以外で殴り合いなどをやったとなると、場合によっては暴行罪に問われる可能性もあります。ましてや、プロの格闘家ともなれば……」
「心配いりませんって。そんなのは遙か昔の話ですよ。昔はね、『道場破り』なんて抜かして、血の気の多いやつが喧嘩を売りに来たり、路上で同業者同士の喧嘩なんてのもしょっちゅうでしたがね。今はもう、そんな時代じゃありません。コンプライアンスっていうんですか? そういうのに厳しい時代ですからね。殴る蹴るが商売のプロレスラーとはいえ……いえ、そんな商売をしているからこそ、うち――プロレスリング・サーガでは、特に選手たちには厳しく言いつけてあります。もし、うちの選手が路上で喧嘩なんてしようものなら、有無を言わさずクビですよ。うちは業界内では大手のほうで方々に顔が利くから、他の団体に鞍替えするってのも難しいでしょう。早い話、業界を干されてしまいます」
「そうですか」
「はい。だからこそ……あの犯人のことが俺は許せないんです」
「殺された鷹野さんのことを、恨んでいるような人物に心当たりはありませんか?」
「ないですね。あいつ――鷹野に限って、そんなことはありませんよ」
「では、最後に。あの犯人が、亡くなったレスラー“ザ・ブレイド”のマスクを被っていたということについて、何か思い当たることなどありませんか?」
「……」その質問に対して取手は、少しの沈黙を挟んでから、「分かりませんね」
と小さく答えた。
「あのマスクは、会場に併設された資料室から犯人が奪ったものだと確認が取れています。資料室には他にもたくさんのマスクがあったにも関わらず、犯人はわざわざガラスケースに入れられていたブレイドのマスクを選んで奪い、それを被って犯行に及んだのです。そこには、何かしらの犯人の意図が隠されていると我々は睨んでいるのですが」
「復讐、ってわけですか」
「……取手さんは、そう思われるのですか?」
「確かに、鷹野――パラドクスは、佐田――ブレイドの最後の対戦相手のひとりでした。その鷹野が、ブレイドのマスクを被ったやつに殺されたというなら、そう考えるのも無理はないと、単純にそう思っただけですよ……。もし、そうであれば……」
「何でしょうか」
「警察もとっくにご存じでしょうが……次に狙われるのは私か石塚のどちらかでしょうね」
取手は笑みを浮かべた。
「そのことについて、取手さん、これは我々からの提案なのですが……取手さんと石塚さんに、警察官の護衛を付けようと考えているのですが」
水希の提案に、取手は笑みを崩さないまま、
「それは……お断りしておきますよ」
「しかし――」
「刑事さん、プロレスラーが警察に身辺をガードされるだなんて、洒落にもなりません。しかも、相手が拳銃持ちのヤクザってんならまだしも、同じ格闘家相手に」
「取手さんも、あの犯人はプロの格闘家だと見ますか?」
「ええ。素人にあの蹴りは無理ですよ。もう、よろしいですか」取手は立ち上がり、「犯人の早期逮捕を期待しています。それじゃ」
会釈を残し、応接室を出て行った。




