Remote.06 覆面レスラー殺人事件 5/19
捜査会議が終わり、水希、大輔、有斗夢の三人は所轄署の応接室を借りて智へ電話を掛けた。スピーカーモードにしてテーブルに置かれた水希のスマートフォンに、
『あ、水希さん、ど、どうも……』
智が応答した。
「智ちゃん、いつもごめんね」
『い、いえ、そんなこと……』
「今度もお願いするわ」
『そ、それはもう……』
「もう、話をして大丈夫?」
『は、はい、夕ご飯も食べましたから……』
「わかった。じゃあ、まず会議で新たに得た情報を話して、そのあとで関係者に聴取をするわ。智ちゃんもリモートでの同席をお願いね」
『聴取、ですか?』
「そう、事件が起きたときにリングに上がっていたレスラーや、現場責任者の人たちに所轄署に来てもらってるの」
『わ、分かりました』
「じゃあ、まず、現場周辺の状況からね。犯行に使われたザ・ブレイドのマスクや、犯人が着ていたと思われるジャージは、現場周辺のどこからも発見されなかったわ。だから、犯人は犯行後に会場を出ると、すぐに着替え――もしくはジャージの下に服を着込んでいて――マスクと着衣は鞄などに入れて持ち去ったものと見られているわね」
『そ、そうですか。でも、それは、犯人が外部犯だった場合の、は、話ですよね?』
「そうね。もちろん、犯人がプロレスリング・サーガ所属の選手である可能性も考慮されてて、会場内も捜索されたんだけど、控え室なんかからブレイドのマスクやジャージが発見されることはなかったわ。ちなみに、映像で確認したところ、犯人が着用していたジャージは、メジャーなメーカーから最も多く市場に出ている製品で、ここから犯人に辿り着くのは無理ね」
『い、致し方ありませんね』
「うん。で、次に、動機面のほうなんだけど……。殺されたパラドクス――本名、鷹野研さんが、ザ・ブレイドの最後の対戦相手だったという話ね。ええとね、その試合というのが……おい、真鍋、お前が話せ」
水希は有斗夢に説明役を振った。
「は、はい」と有斗夢が代わり、「その試合が行われたのは、今から二ヶ月ほど前、場所はプロレスの聖地、娯楽園ホール。ザ・ブレイド、トルトゥガー、松浦翔組対、石塚信明、取手道尊、パラドクス組の六人タッグで、当日のメインイベントだったんだ。ブレイドとトルトゥガーの実力者に、若手の松浦を加えた華やかなチームに、対するはブレイドのライバルであるパラドクスと、石塚と取手といういぶし銀の中堅コンビが手を組んだ異色トリオ。堅実なレスリングと華麗な空中殺法がほどよく組み合わさり、コンビネーション技も冴えまくった、まさに六人タッグの醍醐味ともいえる名勝負でねぇ……。あんなことさえなければと今でも思うよ……はあ……」
有斗夢が嘆息した、その横で、「エヘン」と水希がわざとらしい咳払いをする。それに背筋を伸ばした有斗夢は、
「は、はいっ! そ、それでね……犯人がパラドクス――鷹野さんを殺した動機が、ブレイドの復讐のためだったのではないか? という点なんだけれど、これは、正直なんとも言えないね」
『い、いちファンの暴走、ということも、あ、ありえるんじゃないかと思いますけれど……。と、当然、プロレスラーを殺してしまえるほどのキックを持っているんだから、ブレイドのファンで、かつ、格闘技の経験者と絞り込んでいくというのは……』
「うーん……」
『だ、駄目、ですか?』
「駄目ってんじゃないけど……それこそ、いちプロレスファンの見解として言わせてもらえれば、その線は薄いんじゃないかと思うね、僕は」
『ど、どうして、ですか?』
「プロレスファン、ザ・ブレイドのファンの中で、あの試合の対戦相手を恨んでるだなんて、そんな人はひとりもいないと思うよ。だって、ブレイドが死んでしまって、一番つらい想いをしたのは、実際に戦った対戦相手の三人だよ」
『そ、それは……そうかもしれませんね……』
「絶対にそうだよ。あのね、智ちゃん……それと、水希さんと先輩も聞いてほしいんですけれど、相手が憎いだとか、ぶっ潰してやろうだとか、そんな考えで試合をしているプロレスラーなんて、ひとりもいませんよ。プロレスっていう競技は、対戦する相手との信頼があってこそ成立する格闘技なんですから」
「信頼って」と水希が、「戦う相手をか?」
「そうですっ! 古今東西のプロレスの名勝負と呼ばれる試合は、全部が全部、戦う選手同士の信頼関係がなければ生まれてこないものばかりですよ。そりゃ、レスラーも人間ですから、気に食わない相手だとかはいますし、そういう感情が試合に出てしまって、いわゆる“セメントマッチ”みたいになってしまう試合もあって、その緊張感がたまらないっていうファンもいることは確かです。でも、そんなものはプロレス本来の楽しみ方じゃありませんよ。信頼し合ったプロの選手同士が、鍛え抜いた技と力を駆使して魅せる格闘芸術、それがプロレスってものです」
「じゃ、なにか?」と今度は大輔が、「リングで『てめえ! ぶっ潰してやる!』みたいにマイクでやり取りしてる選手同士も、裏では仲良くしてるってことか?」
「そうです」
「そんなもん見て面白いのか?」
「戸森先輩、そこがプロレスの、プロレスファンの深いところなんですよ」
「でも、お前、深いったって、本当は仲のいい連中が試合では『てめえ! ぶっ潰してやる!』とか言って殴り合ってる――つーか、殴り合ってる振りをしてるってわけだろ? ぶっちゃけちまえば八百長じゃねえか?」
「違う、そうじゃない。あのですね、先輩、かつて、アメリカであるプロレスの試合が行われたとき、選手のひとりが試合中に骨折するほどの大怪我を負ってしまったことがあったんですよ。でも、その選手は痛みをこらえてそのまま試合をやりきった。で、後日、実は試合中に骨折していたことを公表したうえで、その選手はこう言ったんです『真剣勝負の格闘技だったら、骨が折れたりしたら試合は中止になるけれど、プロレスは嘘のショーだから、俺はそのまま試合を続けたんだよ』って。どうですか? しびれませんか? それに、誰がどんなに『八百長』だとか言ってたとしたって、それこそブレイドのように、試合中に亡くなってしまうレスラーがいるのも事実なんですよ。彼らプロレスラーは、命を懸けて観客を楽しませてくれているんですよ。そうだ、先輩、ミッキー・ローク主演の『レスラー』という映画を観て下さい。プロレスを、プロレスラーを好きになること請け合いですから」
「わ、わかったよ……」
「で」と水希が、「話を戻すとだ、熱狂的なファンが、ブレイドの仇とばかりに鷹野さんを狙ったというのは可能性として低いと、真鍋は言いたいわけだな?」
「はい。ファン心理としては、納得できませんね。……とはいえ、警察官としての立場で言えば、その可能性を完全に排除してしまうもの危険だとも思っていますけれど……」
「ああ、分かってる。だから、その試合の対戦相手の残る二名、ええと……」
「石塚信明と取手道尊」
「そうそう、その石塚さんと取手さんの二人に、警察の警護を付けるべきか、検討中だという話だ。もし、犯人の動機がブレイドの――佐田功武さんの復讐にあったのだとしたなら、その二人も当然標的になりえるわけだからな」




