Remote.06 覆面レスラー殺人事件 3/19
「亡くなった? 試合中に?」
水希は驚きの声を上げ、大輔は、
「あ、そういや、そんなニュースを聞いたことあるな……」
と呟いた。
「はい」堀内は小さく頷くと、「場外の相手に向かって、得意の空中殺法を繰り出したときでした。恐らく、相手との目測を見誤ってしまったのだと思います。ブレイド――佐田にしては珍しい、単純すぎるミスでした。リングを走り、トップロープを飛び越えた佐田は、場外で待つ相手を遙かに通り越して、誰もいない床に落下してしまったのです。それも頭から……。その会場となったイベントホールの床は、固いコンクリート製でした……」
落下したまま動けずにいたザ・ブレイドに対して、「かかってこい!」と対戦相手は挑発を続けたが、一向に起き上がってこない――いや、指先をぴくりともさせないブレイドの様子を見て異変を感じ取ったらしい。近づいて声をかけ、その試合は六人タッグマッチであったため、対戦相手とブレイドのパートナーの五人、さらにはレフェリーもリングを下りてブレイドのもとに駆け寄り、しきりに声をかけ続けたが、ブレイドはぐったりとしたまま、まったく返事をしない。その様子を見て控え室から飛び出してきたリングドクターは、ブレイドの容体を看るとすぐに救急車を呼ぶよう手配した。
「ですが……搬送先の病院で、ブレイド……佐田は死亡が確認されてしまいました。勢いが付いたまま頭部を固い床におかしな角度で打ち付けたことで、脊髄が損傷したことが原因だという話です」
「……そんな事故があったのですか」
思い空気が沈殿する応接室で、水希は言った。
「これで分かっていただけたでしょう」顔を上げて堀内は、「あの犯人が、うちの選手ではありえないということが。もし……もしも、誰かが乱入を装って鷹野――パラドクスを襲撃しようと考えたのだとしても、ブレイドのマスクを被ったりするはずがないんです。選手全員が皆、あの事故には大変なショックを受けましたから……」
「確かに……試合に乱入するのに、試合中の事故で亡くなった選手のマスクを被ってくるとは、悪趣味が過ぎますね」
堀内の話を聞いた水希は頷いた。
「……ですね」と大輔も納得したが、「とはいえ、さっきも話に出ましたが、あの犯人は素人ではありませんよ。俺も映像を見ましたが、いくら不意打ちだったとはいえ、屈強なレスラーを一発でノックアウト――いや、蹴り殺してしまえるなんて、あれはプロの仕業に間違いありません」
「それについては、私も同意しますが……」
そこまで言った堀内は、「失礼します」と懐に手を入れた。抜き出した手には振動するスマートフォンが握られている。「どうぞ」と水希に促され、堀内は会釈をし、着信に応答しながら部屋を出て行った。一分程度で堀内は戻ってきた。
「すみませんでした。社長からでした」
「お忙しいところにご協力いただき、感謝しています」
「いえいえ。いつものことなんですよ。私なんて、社長の手足の如く扱われていますからね。何か用事を思い立つと、すぐに電話をかけて呼びつけてくるんです。しょっちゅうですよ。でも、今回ばかりは警察の聴取を受けているということで、勘弁して貰いました」
ペコペコと頭を下げながら、堀内はもとのようにソファに腰を下ろした。
「大変ですね」と水希は、「それで、先ほどのお話の続きなのですが、『不意打ち』という言葉に関して、確かに、亡くなった鷹野さんが受けたキックは完全な不意打ちだったと私も見ましたが、その前段階で、あの犯人がリングに乱入してきた時点までは、別に誰も驚いたような様子は見せていなかったように感じました。これは被害者だけでなく、他の三人の選手と、レフェリーについても言えることなのですが」
「ああ、それは……」と堀内は、わずかばかり苦笑を見せて、「時折、ああいったことをやる選手がいるんですよ」
「ああいった、というのは、他人の試合直前に乱入する、ということですか?」
「ええ……」
「そこはですね」と堀内に代わって口を開いたのは有斗夢だった。「プロレスという格闘技ならではの演出、パフォーマンスの一種ですよ。遺恨のある相手に不意打ちを仕掛けて痛めつけることで、自身の存在をアピールしたり、あるいは、実力はあるのにくすぶっているレスラーがブレイクのきっかけにするためだとか、そういう目的での、入場中や試合開始前、中には試合の途中でもおかまいなしの乱入劇というのは、過去にプロレス界において枚挙にいとまがないくらい行われてきているんです」
「……そんなのありなのか?」
「もちろん、乱発したらさすがに飽きられますよ。でも、こういう乱入劇っていうのは、上手くハマったらとてつもないインパクトを観客に残します。プロレスというのは、対戦相手だけじゃなくて、観客とも勝負をしなければならない競技ですからね」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんです」有斗夢は、うんうんと頷いてから、「あ、すみません。これはあくまで、いちプロレスファンである僕の個人的な見解ですので……」
「いえいえ」と有斗夢に頭を下げられた堀内は、顔の前で手を振って、「プロレスに理解を深くしていただき、嬉しいですよ」
彼のほうからも有斗夢に頭を下げた。
「まあ、とはいえ」と水希は、「これで理解ができました。あんな突然の乱入者が現れたというのに、選手たちが特に驚いた様子も見せずに対処していたという理由が」
「そうですね」有斗夢も頷いて、「この犯人は、プロレスのそういう“ギミック”を知った上で犯行に及んだんだと、僕も思います。恐らく、亡くなってしまったパラドクス選手も含め、エル・ゴリオン選手たちは、『誰かが何かしに来たな』くらいにしか思っていなかったんじゃないでしょうか。加えてですね、プロレス会場には、マスクを被って観戦、応援するファンも大勢います。犯人が外部の人間であるのなら、マスクを被った状態で会場内にいても、誰にも怪しまれずに居られたはずです」
「私も、そう思います」
堀内もそれに同意した。
「わかりました」と水希は応接室の掛け時計を見上げて、「では、今日はもう遅いので、これを最後にします。プロレスについての話が長くなってしまいましたが、基本的なことを最後に伺います。亡くなった鷹野さんのことを恨んでいたような人物について、心当たりはありませんか?」
「いえ」堀内は首を横に振って、「鷹野に限って、そんなことはなかったと思います。レスラーという職業に就く人間なんて、多少なりとも普通の人とは違う型破りが多いことは確かですが、鷹野は入門前には一般の職業を経験したこともあってか、うちの所属レスラーの中では一番の常識人でした。誰かから恨みを買うだなんて、そんなことは……」
「わかりました。では、聴取はこれで終わりにします。また明日、改めて関係者の皆さんに話を伺うことになりますので、ご協力をお願いします」
「それは、もう」
水希と堀内は、互いに頭を下げ合った。
トヤマコロッセオの応接室を出た水希たちは、試合会場となっていたメインホールに入った。広い会場に観客の姿はひとりもなく、本来であればレスラーたちの激しい戦いが繰り広げられるリング上では、紺色の制服を着た鑑識員たちによる遺留品採取などの作業が続けられていた。
「緊配(緊急配備)のほうがどうなってるか再確認してみましたが、駄目ですね」と通話を終えてスマートフォンをしまった有斗夢が、「マスクを取ってジャージを脱いで、その下に普通の服を着ていたら、もう犯人の特徴は消えてしまいます。犯人の推定身長は百七十センチ台で、そんなやつ、そこら中にごろごろ転がっていますから。とりあえず、マスクとジャージが会場周辺から発見されたという報告もないので、恐らく犯人は鞄を用意していて、そこに脱いだマスクとジャージを詰め込んで、何食わぬ顔で出て行ったんでしょうね」
「そうだな……あるいは、犯人は内部の人間か……」
「でも、堀内さんも言ってたじゃないですか」
「ああ、“ザ・ブレイド”か……」水希は、ため息をひとつ吐いて、「真鍋、どう思う? プロレスファンとしてのお前の見解を聞きたい」
「はい……。あのですね、さっきは、堀内さんの手前もあって言えなかったことがあるんですけれど」
「何だ?」
「堀内さんは、亡くなったパラドクス――鷹野さんを恨んでいる人間なんていないとおっしゃっていましたが……」
「心当たりがあるのか?」
「ええ、心当たりというか……このことは、堀内さんも分かっていて、あえて口にしなかったんじゃないかと思うんですけれど。……実はですね……亡くなったパラドクス選手は、ブレイド最後の試合の対戦相手のひとりなんですよ」
「えっ? 最後の試合ってことは、ブレイドが事故で亡くなったっていう?」
「そうです。その試合は、三対三で戦う六人タッグマッチだったのですが、その対戦チームに、パラドクスもいたんですよ」
「ちょっと待て……それじゃあ、他にもたくさんマスクがあるにも関わらず、犯人がわざわざブレイドのマスクを選んだ理由ってのは……もしかして……?」




